学位論文要旨



No 122764
著者(漢字) 鈴木,健二
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ケンジ
標題(和) 非圧縮拘束条件付き大規模有限要素解析における反復法の前処理に関する研究
標題(洋)
報告番号 122764
報告番号 甲22764
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第301号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
 東京大学 講師 渡邉,浩志
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 特任助教授 中島,研吾
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は有限要素法によって離散化された非圧縮拘束条件付きNavier-Stokes方程式(以下N-S方程式)に対する反復ソルバーの前処理に関するものである。具体的にはMultigrid法(以下MG法)に用いるsmootherとして、要素ごとに更新を行うElement by Element Multiplicative(EBEMP)-smootherおよびILU smootherを安定化したILUPS-smootherを提案し、その有効性を検証する。そして、これらのsmootherを用いたMG法を前処理としてGMRES法を用いることにより、実装・並列化が容易であり、N-S方程式に対しても反復数が自由度によらないソルバーの開発を目的とする。

 本論文の構成は第1章にて全体に対する緒言を記述し、第2章において流体の基礎式であるN-S方程式に対する離散化を行い,マトリクス方程式を導出する.この際に,SUPG及びPSPG安定化手法についても説明する.第3章においては,連立一次方程式の種々の解法(MG法を含む)及びそれらを理解するうえで欠かせない線形代数のついての基礎知識を説明する.また,第3章の最後においては本章で紹介した代表的なソルバーを正定値問題の代表とも言えるPoisson問題に適用した数値例を掲載する.正定値問題に対するMG法の効果を実感できる.第4章においては定常Stokes問題に対する新たなMG法(EBEMPPSMG法)を提案し,数値実験を行い,考察した.また,MG法を前処理としたGMRES法を用いることにより,更に高い収束性を達成した.第5章においては定常N-S問題に対して同様の数値実験及び考察を行った.N-S問題においては非線形の移流項が存在する.移流項を離散化すると,その係数行列は一般的には非対称になる.これが収束性を妨げ,問題をより一層難しくする.本研究では,異方性に効果のあるILU-smootherをEBEMP2MG-smootherに組み合わせることにより,高い収束性を実現した.第6章においては本研究の成果及び今後の課題について紹介する。以後各章に対する概要を示す.

 第1章の全体緒言は四部構成となっており、初めの第1.1章にて本研究の背景と目的が記述されている.次の第1.2章では既存の代表的なMG法に関する研究を紹介し、それらに対する筆者の考察が示されている.そして第1.3章にて本論文の構成を示し、最後の第1.3章にて本研究の特色について述べる。

 第2章のN-S方程式の有限要素法による離散化は四部構成となっており、本章にて有限要素法による流体問題の離散化及び安定化手法を記述している。第2.1章では流体のための連続体力学の基礎について述べる。第2.2章では流体の支配方程式について述べる。本節にてN-S方程式が導出される。第2.3章では流体の有限要素解析について述べる。ここまでで得られたN-S方程式を有限要素法を用いて離散化し、連立一次方程式に変換する。第2.4章ではSUPG、PSPGによる安定化有限要素法について述べる。最新のパラメータなどについても言及する。

 第3章の連立一次方程式の解法は六部構成になっており、本章にて既存の連立一次方程式ソルバー及びその周辺知識を記述している。第3.1章ではソルバーの収束性評価などに用いる定理を証明知る際に必要となる線形代数の基礎について述べる。第3.2章では反復法の基礎といえるRichardson反復法及び現在主流の反復法といえるKrylov部分空間法、およびその関係性ついて説明する。第3.3章では非対称行列に対するKrylov部分空間法ソルバーとしてよく用いられるGMRES法の収束性やアルゴリズムなどについて説明する。第3.4章では、第3.2章で説明した方法に前処理という概念を組み合わせた前処理付きRichardson反復法及び前処理付きKrylov部分空間法について述べる。ここでは、具体的な前処理として多く用いられるILU前処理についても説明する。第3.5章では反復回数が自由度数によらないことで有名であるMlutigrid法という反復法について説明する。具体的なアルゴリズムやsmootherなどについて述べている。第3.6章では、本章で述べてきた反復法の代表としてGauss-Seidel法、ILU-GMRES法、そしてGauss-Seidel法をsmootherとしたGSMG法をPoisson問題に適用した結果を紹介する。Poisson問題のような正定値問題に対してはMG法を用いればその反復数が自由度によらないことを実験的に確かめる。

 第4章の非圧縮拘束条件付定常Stokes問題は十二部構成になっており、定常Stokes問題に対するMG法を提案する。具体的には新たなSmoother及び安定化MG法を提案する。最後にそれらのMultigird法を前処理としたGMRES法を紹介する。第4.1章の緒言にて、現在の問題点及び本章の流れについて述べる。第4.2章では定常Stokes問題の係数マトリクスやReynolds数などについて述べる。第4.3章では、定常Stokes問題に対する安定化手法及び安定化パラメータについて考察する。ここで、本章の目標についても言及する。第4.4章では本章で取り扱うキャビティーフロー問題の説明及び計算条件などについて述べる。第4.5章では既存のsmootherを用いたMG法を定常Stokes問題に用い、計算が発散してしまうことを述べる。第4.6章ではEBEMP-smootherを提案し、誤差エネルギー減少の考察も行う。第4.7章では第4.6章で提案したEBEMP-smootherを定常Stokes問題に対して適用し、有用性及び小さなパラメータに対して発散してしまう問題点について指摘する。第4.8章では計算の安定化のために、MG法内でのみ与えられた安定化パラメータより大きな値を用いるPressure Stabilized MG法(PSMG法)を提案し、その方法をEBEMP-smootherに対して適用したEBEMPPSMG法の有用性について検証する。第4.9章では第4.8章で提案したEBEMPPSMG法を前処理としたGMRES法(EBEMPPSMG-GMRES法)を提案し、この手法が安定性・収束性の観点から見て既存のソルバーに対して非常に優れていることを述べる。第4.10章ではEBEMPPSMG法のパラメータについて考察を行う。第4.11章ではEBEMPPSMG-GMRES法の自由度と反復数に関する関係を述べ、この手法が従来手法に比べて非常に優れていることを述べている。第4.12章は本章の結言であり定常Stokes問題に対して反復数が自由度数に大きく依存しないソルバーの開発に成功したことをまとめている。

 第5章の非圧縮拘束条件付定常N-S問題は九部構成であり、定常N-S問題に対するMG法を提案する。具体的にはN-S問題はStokes問題に比べて収束性がReynolds数に大きく依存することを述べる。そして、異方性に強いといわれるILU-smootherの圧力部の不安定さを取り除いたILUPS-smootherを提案し、その効果を実証する。第5.1章の緒言にて、現在の問題点及び本章の流れについて述べる。第5.2章では定常N-S問題の係数マトリクスについて述べる。第5.3章では、定常N-S問題に対する計算条件や安定化パラメータについて説明する。第5.4章では、第4章で提案したソルバーなどを各Reynolds数に対して適用し収束性の比較を行う。異方性に強いILU-GMRES法の収束性はReynolds数に大きくよらないが、本論文で提案しているEBEMPPSMG-GMRES法をそのまま用いると、Reynolds数が1000程度で発散してしまうことを述べる。第5.5章及び第5.6章では高Reynolds数問題に対して多くの数値実験を行い、収束性悪化の原因原因が異流項にあることを述べる。第5.7章においては、圧力部の不安定さはあるものの異方性に強いといわれるILU-smootherを改良したILUPS-smootherを提案し、その効果を述べる。圧力部安定化のためにはフィルインの制御が必要となり、3次元問題拡張時に計算量からみて問題点があることを述べる。第5.8章では第5.7章で述べたILUPS-smootherの計算量の問題点を解決するために、ILUPS-smoother及びEBEMP-smootherの2つのsmootherを使用し、PSMG法と組み合わせたILUPS+EBEMPPSMG-GMRES法を提案し、その効果を検証した。第5.9章は本章の結言であり非定常N-S問題に対して反復数が自由度数に依存しないソルバーの開発に成功したことをまとめている。

 第6章の全体結言は二部構成となっており、第6.1章にて本研究の成果が示されている。具体的には第4章及び第5章がそれにあたり、定常Stokes問題及び定常N-S問題に対して有効なsmootherを提案した。更には圧力部安定化を考慮したPSMG法も提案した。

 そして、これらの方法を組み合わせることにより、定常Stokes問題及び定常N-S問題に対して反復数が自由度に依存しないソルバーの開発に成功したことを示した。第6.2章では今後の課題を述べている。本研究を非定常N-S問題に適用することや並列化を行う際の注意点などが述べられている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章からなり、第1章は本論文の背景及び目的を始めとし、本論文の構成や特色などについて述べられている。

 第2章は流体の基礎式であるNavier-Stokes方程式に対する離散化を行い、マトリクス方程式の導出について述べられている。この際に、SUPG及びPSPG安定化手法やNewmark法による時間積分スキームについても説明されている。

 第3章は、連立一次方程式の種々の解法(Multigrid法を含む)及びそれらを理解するうえで欠かせない線形代数についての基礎理論の説明がなされている。その後、現在までに開発され用いられている大規模問題解法の基本となる前処理や反復ソルバーなどについての解説を行っている。また、第3章の最後においては、本章で紹介した代表的なソルバーを正定値行列問題の代表とも言えるPoisson方程式に適用した数値計算例が掲載されている。さらに正定値行列問題に対するMultigrid法の効果が具体的に述べられている。

 第4章においては定常Stokes問題に対する新たなMultigrid法として、Element by Element Multiplicative smoother(EBEMP-smoother)をsmootherとし、元の係数行列とMultigrid法に用いる係数行列の安定化パラメータを変化させ圧力部の安定化を図るPressure Stabilized Multigrid法(PSMG法)と組み合わせた方法(EBEMP-PSMG法)が提案され、数値実験や考察が行われている。EBEMP-smootherは、全体領域における係数行列と残差を要素に制限し、その要素における修正量を求め、それを全体の解に足しこみ解を更新する手法である。これを全要素において順番に繰り返すことにより、誤差をスムーズにすることができる。Multigrid法そのもののアルゴリズムを大きく変更するのではなく、smootherのみを大きく工夫することが最大の特徴となっている。実際に本論文で提案したEBEMP-smootherを本論文で提案する圧力安定化されたMultigrid法(PSMG法)に組み合わせることにより自由度によらず高い収束性を持つアルゴリズムの開発に成功している。また具体的にこのようなMultigrid法を前処理としたGMRES反復解法を用いることにより、定常Stokes問題において高い収束性が達成されることを示した。

 第5章においては、定常Navier-Stokes問題に対して同様の手法をベースとした数値実験及び考察を行った。ただしNavier-Stokes問題においては非線形の移流項が存在し、これを離散化するとその係数行列は一般的には非対称になる。このような性質が収束性を妨げ、問題をより一層難しくするため、本章においては先ず移流項が収束性を悪化させる原因について考察を行った。考察結果に基づき、本章では異方性に効果のあるILU-smootherにおいて行列の圧力部分に安定化を施したILUPS-smootherを提案し、これをEBEMP-smootherに組み合わせることにより高い収束性を実現できることを明らかにした。また、問題設定への依存性を検討するために本論文でこれまで数値実験に用いてきたキャビティーフロー問題に加えてU字型流れ問題についても数値実験を行った。さらにこのように開発した反復ソルバーの収束性が有限要素のアスペクト比によらないことも数値実験的に示すことが出来た。

 第6章においては非定常Navier-Stokes問題に対して同様の数値実験及び考察を行った。非定常問題においては慣性力項が存在するが、これを離散化し全体行列に加えると行列の正定値性が増すため、定常Navier-Stoke問題に比べて反復ソルバーの収束性が大幅に改善される。特に本論文で提案した「smootherを改良したMultigrid法を前処理としたソルバー」に関してこの傾向は著しく、収束性は定常問題に比べて大幅に改善されることが分かった。実際、Reynolds数5000程度の問題に対しても反復数が自由度によらず20回程度で収束することが示され、強力なソルバーの開発に成功したことが述べられた。更に、ILU系統の解法の収束性は移流項の異方性に強く、従って反復数がReynolds数に大きく依存しないことも実験的に示した。加えて反復ソルバーの収束性が時間ステップ幅〓tに大きく寄らないことも実験的に示すことが出来た。

 第7章においては結論として本研究の成果がまとめられ、また今後の課題・展望についても特心臓シミュレーションを念頭に置いた戦略などを含めて具体的に記述された。

 以上を要するに、本研究は非圧縮性を有する流体や超弾性体に対する有限要素解析で生成される連立一次方程式に対して、反復数が自由度に依存しないソルバーの前処理を開発したものであり、心臓シミュレーションなどの大規模生体解析に計算科学の観点から寄与するところが大きい。

 したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/9294