学位論文要旨



No 122964
著者(漢字) 茂地,圭一
著者(英字)
著者(カナ) シゲチ,ケイイチ
標題(和) 可解頂点模型と組み合わせ論的数え上げ
標題(洋) INTEGRABLE VERTEX MODELS AND COMBINATORIAL COUNTINGS
報告番号 122964
報告番号 甲22964
学位授与日 2007.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5058号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 松尾,泰
 東京大学 教授 神保,道夫
 東京大学 准教授 国場,敦夫
 東京大学 准教授 岡本,徹
 東京大学 准教授 加藤,晃史
 東京大学 教授 大越,慎一
内容要旨 要旨を表示する

近年、一次元可解模型の基底状態の波動関数や相関関数が組み合わせ論的な数え上げと密接なつながりがあることがわかってきており、注目を集めている。本論文に関わる研究として、次の二つの系に注目した。一つは可解位相モデルと歪3次元Young図(skew plane partition)の数え上げであり、もう一つはO(1)ループモデルと交代符号行列の数え上げである。

可解位相モデルは、q変形した1次元格子ボゾンモデルのq→0の極限で得られる量子可積分系である。g変形したボゾンモデルは強相関のあるボゾン系であり、量子逆散乱法によって解ける模型として知られている。量子逆散乱法で解けるモデルでは、スカラー積と呼ばれるBetheベクトルの内積に相当する量が基本的な物理量である。近年、Bogoliubov(2005)によって可解位相モデルのスカラー積の特殊な場合が、規格化定数を除いて箱に入った3次元Young図の母関数という組み合わせ的量に一致するという結果が得られている。

周期的境界条件をもつ反強磁性XXZスピン模型Hxxz=-1/2 Σ(Lj=1)σ(xi)σ(x i+1)+σ(yi)σ(y i+1)+σ(zi)σ(z i+1)の異方性パラメータム=-1/2における基底状態の波動関数が、交代符号行列の総数や3次元Young図の数え上げ等の組み合わせ論的な数によって特徴付けられることがRazumとStroganov(2001)により予想(RS予想)された。このようなスピン模型に組み合わせ論的な数が現われるという不思議な現象は、Bethe方程式の解の性質や相関関数の計算にも大きな影響を与えている。

一方、TemperleyとLieb(1971)は、平面格子上のパーコレーションを考察する際に0(η)ループ模型と呼ばれる模型を導入した。近年の研究では、開放端をもつループ模型は、ある種の共形場理論(Logarithmic CFT)で記述される物理系であることも分かってきている。

0(n)ループ模型のn=1の場合のハミルトニアンは、XXZスピン模型の△=-1/2の場合と等価である。前述したRS予想はO(n=1)ループ模型において盛んに研究が行われている。一連の研究の中で、量子群Uq(sl2)に対する量子Kniznik-Zamoldchikov(qKZ)方程式や、Temperley-Lieb代数の多項式表現がその数理構造を決めていることが分かってきた。

XXZスピン模型の△=-1/2という特殊な点は、数学的には量子群のパラメータqが一の幕根となっており、一般には解析が困難である。また、3次元Young図の数え上げは、位相モデルやRS予想のみならず、シュアー過程などの確率過程モデル、位相的弦理論の振幅などにも現われることが分かっている。位相モデルやRS予想の背後にある数理的構造の研究を行うことによって、幅広い物理の分野に新たな知見を得ることができると期待される。

可解位相モデルと歪3Dヤング図

本論文では、可解位相モデルにおいて更にスカラー積を一般化することによって、Bogoliubovの結果を拡張し、箱に入った歪3次元Young図の母関数を二通りの方法で得た。一つ目の方法は、べ一テベクトルをskew SChur関数で書き表し、一般化されたスカラー積を歪Schur関数の足し上げとするものである。二つ目は、量子逆散乱法で基本的なモノドロミー演算子の交換関係を使って一般化スカラー積の行列式表示を導く方法である。これらの二通りの方法による副産物として、一見異なる二つの一般化されたスカラー積の表式を導出し、またKuperberg(1996)による行列式の計算の拡張も得た。これらの結果は、Okounkov,Reshetikhin(2007)によって調べられたSchur過程の有限サイズ版になっており、確率過程的な解釈、相関関数の明示的な計算などが有限サイズでも可能であることを示唆している。

XXZ可解模型の構造Uq(sl2)の高階の代数への拡張

一次元スピン系の励起状態の厳密な解析や相関関数の計算、また上記のような特殊な点(△=-1/2の場合)で物理的にはどのようなことが起きるのかを理解することを研究の動機としている。

A型の可解頂点模型やA型のアフィンHecke代数(量子群Uq(slk)に付随する代数)を用いることによって、上記に書いたRS予想などを統一的に理解するため、高階の代数での正しい具体的な表現の導入を行い、この予想を研究するための基礎付けを初めて行ったことが最大の特徴である。とくに、XXZスピン鎖にはよく知られるように周期的(periodic)な場合だけでなく、一般の捻り(twisted)境界条件がある。本研究では、量子群Uq(slk)に付随する捻り境界条件をもつ模型を新たに定義し、以下に述べる詳細な研究を行った。

捻り境界条件を持つ模型を定義するために、A型アフィンHecke代数に"cvlindric relations"と呼ばれる新たな関係式を導入した。さらに、スピン表現とpath表現と二つの独立な表現の具体的な構成を与えた。後者の表現を構成するために、平行四辺形のタイリングを用いた代数の計算方法を新たに導入した。タイリングを用いる"絵"は、A型以外のアフィンHecke代数の計算にも有効な非常に強力な手法である。

本研究の対象はA型アフィンHecke代数であるが、このタイリングの手法により、周期及び捻り境界条件を統一的に扱えるようになった。

この捻り境界条件を持っ模型0)パス表現の上でのqKZ方程式の解を求めた。よく知られているように、qKz方程式のレベル1の解は、周期的境界条件をもつ模型の相関関数と密接な関係がある。それに対し、この捻り境界条件を持つ場合には、レベル1+1/k-kのqKZ方程式の解が求まることを新たに示した。ここで得られたレベル1+1/k-kのqKZ方程式の解は、Kasatani,TakeyamaによってqKZ方程式の非対称Macdonald多項式を用いて独立に研究がされた一般的な数学的立場から考察された解(Uq(skl)の場合)の具体的な特解となっている。すなわち、我々の研究は高次のqKZ方程式の表す具体的な物理的模型を与えたことになる。また特にk=2の場合にはPasquierによって求められていたUq(sl2)のレベルー1/2の解も再現していることも確認できた。さらに、qが一の幕根(g=-exp(πi/k+1)))のときにレベル1+1/k-kのqKZ方程式の解の総和則を求めた

展望

高階の代数を用いた模型の研究を通じ、Uq(sl2)の場合には見えてこなかった組み合わせ論や表現論について新しい展開を進めた、さらに、これらによってこの種の問題に関してこれまで進められていた代数的な側面に加えて、代数幾何的な側面からの研究の展開が期待される。。

本研究によって始めて導入されたタイリングを用いた記述は、1971年にTemperleyとLiebによって導入された"絵"による代数の計算を、高階の代数に対して構成するという35年来の問題を解決したことになる。これらの模型は、新たなパーコレーション模型としてみることが出来る。このタイリングを用いた記述は、周期・捻り境界だけでなく、さらに開いた境界条件を持つスピン系にも応用できる。本研究はまた、べ一テ方程式の解、相関関数の計算など数多くの物理量の計算が可能であることを示唆している。

これからの問題として、交代符号行列や3次元ヤング図(Uq(sl2)に相当)の高階な場合に相当する組み合わせ論的対象が存在することの研究や、二重アフィンヘッケ代数の表現論やマクドナルド多項式に関する研究、ヘッケ代数の代数幾何を用いた組み合わせ論的表現論などがある。

審査要旨 要旨を表示する

この学位論文は、可解模型への組み合わせ論の応用である2つの研究結果をまとめたものである。そのうち最初の研究は、Phase模型と呼ばれる可解模型と(skew plane)Schur多項式との関連を論じたものであり、もう一つは、Temperley-Lib代数に基づくO(1)100p模型におけるUq(sl2)の構造をUq(sln)への一般化するものである。

本論文は9章よりなっている。このうち第1章は導入やアウトライン、これまでの研究の歴史的な流れの説明などがなされており、第9章はまとめと今後の展望が書かれている。またレビューとして第2章では6頂点模型、Fully Packed Loop,XXZ模型などといった可解模型の一般的な説明がなされており、第3章では組み合わせ論の基本的な事柄、分割、Schur関数などの対称多項式の様々な性質、Plane partitionという3次元的なYoung図、交代符号行列などといった本論の展開に必要な基本的な知識の解説がなされている。

以上の解説を経た後、第4章で本論文の第一の研究結果であるPhase模型とSchur多項式の関係についての議論がなされている。Phase模型とは自由ボソンとよく似た交換関係を持つ演算子により定義される可解模型であり、L演算子の積のトレースであるモノドロミー行列の成分の内積により相関関数が定義される模型である。茂地氏の指摘はボソン演算子に対して図形的な解釈(図4.1)を対応させると、相関関数の計算に対して図形を用いたアルゴリズムで計算することが可能であることを見いだし、それがskewSchur多項式の関係式と対応がつくことを確立したことである。これによりPhase模型の相関関数のあからさまな形をskew Schur多項式により表現することを可能となった。これによりこれまでBogoliubovにより得られていたschur多項式に関する結果をskewSchur多項式に拡張できることができた。

次に第5章から第8章までが第二の研究結果であるO(1)100p模型の一一般化の解説が行われている。ここで考察されているものは元々0(n)loop模型として知られている模型の特殊な(n=1)もので結合定数をある固定された値にした場合であり、そのとき組紐群などで特徴的に現れるTemperley-Lieb代数の演算子でハミルトニアンが記述できる。この状況でハミルトニアンの基底状態についてRazumov-Stroganov(RS)予想、すなわちある特定の規格化を行うと波動関数の成分がすべて整数となり、しかもある組み合わせ論的な性質、すなわちその和が交代符号行列の数え上げと一致しているなどといった解釈を持っていることが知られていた。茂地氏の研究の目標は、この模型を一般化することによりRS予想であらわれる組み合わせ論的な性質が、一般化された模型でも成立することを示すことである。

まず第5章ではO(1)loop模型のレビューがなされており上で述べたRS予想などの解説がなされている。次に第6章でTemperley-Lieb代数の自然な一般化としてAffne Hecke代数が考察され、生成演算子の間の関係としてq・対称子を用いるというアイディアが提案されている。特にq-対称子に関連してYang-Baxter方程式の一般化や、その表現の性質が第6章後半から第7章にかけて展開されている。これらの性質を用いて第8章で茂地氏の主要な成果であるAkに一般化されたシリンダー上での模型が提案されている(第8.2節)。この模型はかなり複雑な模型であるがその真空に対応する解を調べてみるとRS予想でみられたような係数の整数性に近い性質がみられ、この意味でO(1)loop模型を一般化した模型が構築されていることが理解できる。現在の段階では、現れた整数性がどのような組み合わせ論的な意味を持つかどうかについては明らかにされておらず、この意味では必ずしも完全な結果とはいえないが、今後の研究でこれらの問題点についても解決されることが期待できる。

以上のように、数学的に高度な問題に関して、粘り強い研究を行い、はっきりとした進展を得た点は高く評価すべきであり、本人が十分な研究能力を有していることは明らかである。またこの学位論文の元となった論文は一部分、内山優氏との共同研究に基づいているが、本人の貢献が十分大きいと判断できる。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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