No | 123235 | |
著者(漢字) | 有田,親史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アリタ,チカシ | |
標題(和) | 相互作用する多粒子系の確率過程における厳密な解析 | |
標題(洋) | Exact Analysis on Stochastic Processes of Interacting Particle Systems | |
報告番号 | 123235 | |
報告番号 | 甲23235 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5116号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 非対称単純排他過程(asymmetric simple exclusion process,ASEP)は確率過程によって定式化された1次元離散空間上の非平衡系のモデルである。粒子に課せられたルールは,微小時間当たり左右に異なるある遷移率でホップすることと,各サイトに粒子は1つまでしか入れないことと,境界条件である。ASEPはMacDonaldらによって1968年にメッセンジャーRNA上を動くリボソームのモデルとして提唱された。1993年にDerridaらによって開放境界条件下で行列積型の定常状態が発見されると同時に境界のパラメータによる相転移が厳密に示されて以来,特に注目されるようになった。全サイト数を五として,ある時刻にある配列(T1,...,)が実現される確率をP(T1,...,TL)とおく。それらを縦に並べた確率ベクトル|P》を用いると,系の時間発展が従うマスター方程式は行列πを用いて のように書くことが出来る。H は一般には非エルミートであり,また最大の固有値は0 である。 本論文は多成分に拡張されたASEP について,以下に述べる3つの研究をまとめたものである。 第2章開放境界条件下の2成分totally ASEP(TASEP)の定常状態の性質 各サイトjは空(Tj=0),第1粒子(Tj=1),第2粒子(Tj=2)の3状態をとるものとする。以下のようなホッピングのルールと境界条件を考える。 ○は第1粒子,□は第2粒子を表すものとする。第1粒子は左端で遷移率αで注入されβで放出されるものとする。また第2粒子は両端で出入りがないものとする。上述のように開放境界条件下のASEPには行列積型の定常状態があり,拡張されたASEPに関してもシステマティックに行列積型の定常状態を構成する方法が確立されている(行列積仮説)。行列積仮説を用いると定常状態の解は と書ける。ただしXT(T=0,1,2)は行列,〈WI|は横ベクトル,|V〉は縦ベクトルと を満たすものとする。これを利用して定常状態における物理量(粒子の流れと密度)を計算すると,境界のパラメータを軸として3つの相ができ,相の境界での相転移が示される。またバルクの密度と境界付近の密度のずれ方の特徴を表す局在長を計算すると8つの相が現れた。1成分TASEPの場合,局在長の相図は5つの相であるのに対して新しい結果である。 第3章バルク部分で付着と脱離を許した多成分ASEPに対する一考察 以下のような1>種1成分の拡張されたASEPを考える(状態数としては空を含めN)。各サイト間jとj+1における粒子の交換 およびサイトjにおける付着と脱離 のあるモデルを考える(1≦x,y〃≦N,x≠y)。この場合,遷移率がサイトに依存しているため,システマティックな行列積仮説が使えない。しかしある条件の下(すなわち遷移率たちに対する制限の下)においては,定常状態の解がスカラーの積の形 で書けることがわかった。その条件は必要条件として求められるが,十分性も証明できる。また局所的な重み種DTたちは遷移率たちから作られる行列の行列積で与えられることを示した。すなわちその条件の下では流れ,密度,同時刻多点相関関数などが任意に計算できてしまう。 第4章周期境界条件下の多成分ASEPの固有値の性質 以下のようなN-1成分のASEPを考える(状態数としては空を含め1V)。 この過程は実は可積分の模型であるPerk-Schultz模型と等価である。したがってこの過程は代数的べーテ仮説によって既に解かれているモデルであると言える。周期境界条件を課しているので系全体での粒子数は保存する。したがってハミルトニアンはセクターに直和分解される。粒子πの数をαηとしてセクターを1α1…NaNとラベルする。またSpec(s)をセクターsにおける固有値の集合とする。ベーテ方程式に対する考察から,固有値の集合に対する包含関係 を示した。更に数値計算は"比較的大きな固有値"は2状態のASEPの2番目に大きな固有値に帰着できることを示唆している。これを認めれば,多成分ASEPの2番目に大きな固有値を含めた比較的大きな固有値は熱力学極限で のように振舞う。このことは,系の定常状態への緩和が と振舞うことを示唆している。すなわち動的指数に関する,成分の数に依らない普遍性を示している。 | |
審査要旨 | 本論文では、非対称単純排他過程と呼ばれる数理模型に関する厳密な結果が述べられています。非対称単純排他過程とは、1次元格子上の相互作用する多体系の一種です。各粒子は左右に隣接する格子点が空いていれば、そこにあるレートで移動できますが、隣接する格子点が他の粒子で占められていると移動できません。後者が排他的な相互作用を表しています。粒子の左右に移動するレートが非対称であるため、粒子の流れを持った定常状態が実現します。そのため、非平衡定常状態を統計物理学的に研究するための出発点として盛んに研究されています。 また、非常に単純化しているとは言え、m-RNA上をタンパク質を合成しながら移動するリボソーム群の模型ともなっています。工学の分野でも、交通流の渋滞の本質を表す模型として研究されてきました。 本論文では、この非対称単純排他過程を多成分に拡張した場合について議論しています。本論文は5章からなりますが、第2章では、開いた境界条件を持つ2成分完全非対称単純排他過程の厳密解が与えられています。(粒子が左に移動する確率がゼロである場合を「完全非対称」と呼びます。)第3章では、粒子の脱着まで考慮した非対称単純排他過程の定常状態分布関数が、ある簡単な形に書けるための必要十分条件が与えられています。第4章では、周期境界条件を持つ多成分非対称単純排他過程が定常状態へ収束する様子が、一成分のそれと一致することを強く示唆する結果が与えられています。いずれも非常に新しい重要な寄与であると評価できます。なお、第1章はイントロダクション、第5章はまとめです。以下に第2章から第4章の内容について、もう少し詳しく述べます。 第2章で扱われている2成分完全非対称単純排他過程では、2成分のうちの1成分だけが、系の左端にレート・で加えられ、系の右端からレート・で除かれます。もうひとつの成分の粒子については、出入りはないとします。有田氏は、以上の模型の定常状態を行列積の形で厳密に与え、それを用いて粒子密度や粒子流密度を厳密に計算しました。その結果、パラメータ・と・で与えられる相図の形が、これまで研究されてきた模型の相図とは本質的に異なることを発見しました。バルクの性質が同じように見えても、系の両端での密度減衰の特徴的長さによって相が分かれているのが相図の大きな特徴で、新しい成果と評価できます。 第3章で扱われている、粒子の脱着まで考慮した模型は、実際にm-RNA上のリボソームが脱着することがあるのを視野に入れています。この模型に対して有田氏は、定常状態が行列積よりも単純なスカラー積で書けるための、パラメータの必要十分条件を示しました。その条件は、例えば系のパラメータ4つに対して2つの条件式が課されるという程度の緩さになっています。定常状態がスカラー積で書けるということは、分布関数がサイトごとに独立であることを意味しています。したがって、あらゆる相関関数が簡単に計算できることになり、それが広い範囲で成り立つことを示したのは著しい成果と言えます。 第4章では、多成分排他過程の時間発展を議論しています。ここで扱われている模型は、確率過程をシュレーディンガー方程式に見立てた上で、その波動関数をベーテ仮説法で構築できます。その波動関数を基に、有田氏は数値計算によって固有値を求め、多成分の場合の定常状態に次ぐ固有値が、一成分のそれと全く一致していることを示唆しました。一成分の模型では定常状態への収束が、非対称の場合にKarder-Parisi-Zhangの普遍性クラス、対称の極限でEdwards-Wilkinsonの普遍性クラスになることが知られていましたが、有田氏の研究によって、多成分でも同じ振る舞いであろうと考えられるようになり、重要な貢献と評価できます。 以上のように、本論文ではこれまでの非対称単純排他過程の研究を超える成果を多く与えています。なお本論文は、国場敦夫氏、澤邊剛氏、堺和光との共同研究を含んでいますが、いずれも有田氏が主導した研究であると判断します。以上より、論文提出者の有田親史氏に博士(理学)の学位を授与できると認めます。 | |
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