学位論文要旨



No 123268
著者(漢字) 中村,祐一
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ユウイチ
標題(和) 強相関系の非エルミート量子力学
標題(洋) Non-Hermitian quantum mechanics of strongly correlated systems
報告番号 123268
報告番号 甲23268
学位授与日 2008.03.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5149号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 国場,敦夫
 東京大学 教授 常次,広一
 東京大学 准教授 廣田,和馬
 東京大学 准教授 島野,亮
 東京大学 教授 出口,哲生
内容要旨 要旨を表示する

本論文を通じ,強相関量子系の低エネルギー励起領域の素励起分散関係の複素運動量空間内での零点の虚部が相関長逆数に等しいことを予想する。

自由粒子系においては,零点の虚部と相関長逆数が等しいことは,明確な議論で導かれる。しかし,強相関量子系においては,その対応関係は明確ではない。S=1/2 のXYZ スピン鎖において,奥西らは2個のスピノン励起の分散関係の零点の虚部が,相関長逆数の2倍に等しいことを示した[1]。我々は,ハーフフィルドのハバード模型において,チャージ励起の分散関係の零点の虚部が,相関長逆数に等しいことを数値的に示した。以上の結論を踏まえ,分散関係の零点の虚部が相関長逆数に等しいという性質は,一次元強相関量子系において普遍的に成り立つと予想する。

複素運動量空間内の分散関係を,実軸上での分散関係を複素平面へ解析接続することにより定義する。この解析接続が複素運動量空間のどの領域で成り立つかについては過去に議論されていない。そこで,我々は分散関係の解析接続がどの領域で成り立つかを詳しく議論するために,運動量虚部がg(g は実数)の軸上での分散関係を求めることが,どのようなハミルトニアンを解くことと等価なのかを解析した。

例えば,以下のハミルトニアンで与えられる一次元の強束縛模型を考える。ハミルトニアン(1)は運動量空間で,以下のように対角化される。

ハミルトニアン(2)の運動量p をp+ig に置き換えることにより,運動量虚部がgとなるハミルトニアンの運動量空間内での表式は,Hp (g) = 〓となる。ハミルトニアン(3)に逆フーリエ変換を施せば,実空間表示でH(g) = 〓となる。すなわち,(運動量虚部)=g の軸上で分散関係を求めることは,左右のホッピングエネルギーにexp(g),exp(-g)を掛けた非エルミートなハミルトニアンを解くことと等価であることが分かる。このような量子系の非エルミート化の手法は,羽田野とネルソン[2]により,初めて導入された。

我々は,強相関量子系において,(運動量虚部)=g の軸上での分散関係を得るための非エルミートなハミルトニアンを予想した。一次元ハバード模型のハーフフィルドの場合は,チャージ励起の分散関係を(運動量虚部)=g 上で得ることは,以下の非エルミートハミルトニアン(5)を解くことと等価であると予想した。また,1次元S=1/2 反強磁性XXZ 模型においては,1スピノン励起の分散関係を(運動量虚部)=g 上で得ることは,以下の非エルミートなハミルトニアン(6)を解くことと等価であると予想した。

更に,これらの模型(5),(6)において,g=0 でギャップを決定する励起状態に対応する固有状態と基底状態間とのエネルギーギャップがg を増加させることによりどのように振る舞うのかを議論した。その結果,模型(5),(6)においてエネルギーギャップが0 になる点gc(以降,gc をギャップ破壊点と呼ぶことにする。)が,エルミート模型の相関長逆数に等しいことを示した[5]。この結果と,冒頭で述べた予想,すなわち分散関係の零点虚部と相関長逆数とが等しいことを,併せて考えれば,以上の非エルミート模型(5),(6)が,確かに,(運動量虚部)=g上で分散関係を求めるためのハミルトニアンに対応することが示唆される。また,g > gc の領域(ギャップ破壊点以降)では基底状態の性質が劇的にかわると期待すれば,複素運動量空間内で分散関係の解析接続が成立する領域はIm p≦gcであると予想する。

起状態間のエネルギーギャップがg=gc で潰れ,以降,両固有値は複素化する。)から,系の長さスケールを得るという手法は,ランダムポテンシャルVi 中の一電子アンダーソン模型(7)において羽田野とネルソン[2]により初めて提案された。非エルミートな一電子アンダーソン模型においては,隣接する固有値が潰れ,複素化する点gc は,エルミート模型での固有状態が持つ局在長の逆数に等しい。

従って,ランダムネスのある非相互作用系では,量子系の非エルミート化により局在長が固有値分布の振る舞いから出現する。一方,ランダムネスのない強相関量子系では,相関長が出現すると考えられる。

次に,厳密に解けない模型である次近接相互作用の入ったS=1/2 反強磁性ハイゼンベルグスピン鎖(8)について,ハミルトニアン(8)を非エルミート化することにより,エルミート模型の相関長を得られることを数値的に確認した。この模型の相関長を得るためには,以下の非エルミートハミルトニアン(9)の固有値分布の振る舞いを追跡すればよいことを,有限系からの数値計算により予想した。この非エルミートハミルトニアンは,非エルミートXXZ 模型(6)において次近接相互作用の入った場合の拡張とも見なせる。我々は,サイズLの模型(9)において,無限系で基底状態に対応する固有状態が複素化する点gc(L)を数値的に求め,gc(L)をサイズ外挿することにより外挿値gc(∞)を得る。以下の図は0≦α≦0.5 の範囲でgc(L)を2次近似でフィッティングしたときの外挿値gc(∞)である。

図から,α=0.5(Majumdar-Ghosh 点)でgc(∞)≒0.36 であるが,この値は,Majumdar-Ghosh 模型[6]の基底状態の相関関数の有限サイズ スケーリングから求めた相関長逆数ln2/2(≒0.347)と定量的に一致する。また,図からαが0から0.25 付近まではgc(∞)がほぼ0 で,0.25 付近から0.5 まではgc が有限であることが分かる。gc(∞)が相関長逆数に等しいとすると,αが0 から0.25 付近までは相関長が発散することになるが, これはα c ≒ 0.241 でのmassive-massless 転移[7]と符合する。以上の数値的考察から,非エルミートハミルトニアン(9)はエルミート模型の相関長を得る目的において,有効なハミルトニアンであることが数値的に確認された。

なお,α≧0.5 の場合は,基底状態はインコメンシュレートな相にある。基底状態の運動量πとギャップを決定する固有状態の運動量が異なるので,2つの固有値がペアで実数・複素数転移することはない。つまり,インコメンシュレートな相では,非エルミートなハミルトニアン(9)は基底状態相関長を求める目的においては有効なハミルトニアンではない。何らかの,別の非エルミートなハミルトニアンの導入が必要であると思われる。

参考文献[1] K. Okunishi, Y. Akutsu, N. Akutsu and T. Yamamoto, Phys. Rev. B 64 (2001)104432.[2] N. Hatano and D. R. Nelson, Phys. Rev. Lett. 77 (1996) 570; Phys. Rev. B 56 (1997)8651.[3] T. Fukui and N. Kawakami, Phys. Rev. B 58 (1998) 16051.[4] G. Albertini, S. R. Dahmen and B. Wehefritz, Nucl. Phys. B 493 (1997) 541.[5] Y. Nakamura and N. Hatano, Physica B 378-380 (2006) 292; J. Phys. Soc. Jpn. 75(2006) 104001.[6] C. K. Majumdar and D. P. Ghosh, J. Math. Phys. 10 (1969) 1388.[7] K. Okamoto and K. Nomura, Phys. Lett. A 169 (1992) 433.

図:サイズ外挿(L=4,8,12,16)されたgcのα依存性。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では,様々な一次元強相関系において,次の三つの量が一致することを確認している.即ちmassiveな素励起分散関係e(p)の複素零点Poの虚部Impo,相関長の逆数ξ一1,パラメーターgによりしかるべく非エルミート化した模型のギャップ破壊点gc。の三つである,ImPo=ξ(-1)=gc.具体的にはXY模型,ハバード模型,XXZ模型,マジュンダー・ゴッシュ模型,次隣接相互作用入りのハイゼンベルグ模型を扱っている.これらの模型において無限系での厳密解や有限系の数値計算による検証を行い,上記の関係式が強相関系で普遍的に成立すること,非エルミート化が相関長を求める新たな手法になり得る可能性を提唱している.

強相関系は非摂動的効果により顕著な性質を発現する興味深い対象であり,くりこみ群,厳密解,種々の有効理論数値計算など様々なアプローチにより研究されている.このような現状において,本論文の成果は,非エルミート解析とも呼ぶべき新たな方法論の開拓へ向けて,第一歩を踏み出すものといえる.以下,各箪ごとにその内容を概説する.

第1章では導入として,本論文の主題である非エルミート化のアイデアについて概説している.ハミルトニアンH0のうち,1次元格子上の遷移を表す運動項,典型的にはc†(n+1)cn+c†(n+1)を実パラメーターgによりe9c†(n+1)cn+e(-9)c†nc(cn+1)と変形したものをHgとする.Hgは一般に非エルミートになり,その素励起分散関係は元のエルミート模型のe(p)をe(p+ig)と置き換えたものになる.非エルミート模型のギャップ破壊点とはe(P十i9c)=0となる実運動量pが存在する最小のgc(>0)のことである.勿論このような運動量の複素化とハミルトニアンの非エルミート化の素朴な対応には種々の注意が要るが,後者では分散関係e(p)を求める作業を経ずに直接Hgのスペクトルのgについての特異性を追跡できるのが利点の一つと言える.歴史的背景として,このようなアイデアはランダムポテンシャル中の一電子アンダーソン模型の局在長の解析において最初に導入されたこと,本論文の内容はその強相関系への拡張と位置づけられることなどが述べられている.

第2章ではXY模型を扱っている.これは自由フェルミオン系と等価なので,分散関係e(p),相関長ξ,非エルミートハミルトニアンのギャップ破壊点gcは厳密に求まり,ImPo=ξ-1=gcが容易に確認される.なお,類似の1次元横磁場イジング模型では,等価なフェルミオン系が運動最の対土pを混合する基底で対角化されるという事情を反映して,先に述べた素朴な非エルミート化法は機能しないことも指摘している.

第3章ではババード模型について考察している.厳密解(ベーテ法)により知られていた相関長ξと電荷素励起の分散関係e(p)を用いて虚部ImPo=ξ(-1)を持つ零点e(Po)=0が存在することを証明している.また,ハバードハミルトニアンの非エルミート化Hgを提唱,ベーテ法による対角化を実行している.その結果,擬運動量空間でのある解析性の仮定のもとに分散関係がe(P+i9)にシフトすること,従ってギャップ破壊点はgc=ξ(-1)で与えられること,g→gcにおいてギャップはconst・/g-gc/(1/2)と振舞うことなどを解析的に導出している.

第4章では反強磁性XXZ模型のイジング的領域を扱っている.考察の対象となる励起はスピノンであるが,周期的境界条件のため,実際にはスピノン対の分散関係が問題となる.この事情を反映して,ハミルトニアンの運動項S(-n)S(+(n+1))+S(+n)S(-(n+1))の非エルミート化はe(2g)S(-n)S(+(n+1))+e(-2g)S(+n)S(-(n+1))としたものが先の関係式を満たす.内容,結果は3章とほぼ並行しており,ベーテ法による厳密解を用いた検証が詳しく記載されている.

第5章ではマジュンダー・ゴッシュ模型を考察している.これは次隣接相互作用を持つ等方的ハイゼンベルグ模型で,最隣接と次隣接の結合定数の比がα=1/2という特殊値に設定されている場合である.ハミルトニアンは解析的には対角化されていないが,基底状態とそのスピン相関関数については厳密な結果が知られている.特に〈SzSz>の相関長はξ=2/log2である.本論文では,まず変分法による近似的分散関係の複素零点の虚部がξ一1に一致することを指摘している.次にXXZ模型と同様に非エルミート化したハミルトニアンHgを導入した.基底状態をgで変形した固有状態における相関関数を解析的に求め,gc,=ξ-1を境にその振舞いは定性的な変化を起こすことを示している.

ここまでは主として無限系における解析的結果である.第6章では有限サイズLの非エルミート模型を数値解析している.ハバード模型,XXZ模型以外に,厳密解の得られていない次隣接ハイゼンベルグ模型で最隣接と次隣接の結合定数の比α(>0)が一般の場合を扱っている.有限系で,gの変化につれてギャップが閉じる某底励起エネルギーの対を適宜選択すると,ギャップ破壊点gc(L)のL→∞への外挿が他の手法で求められたξ-1と合致することを検証している.

第7章では論文全体の要約と展望が述べられている.特にどのような非エルミート化がどのような相関関数の相関長に対応するのかといった原理的な問題を今後の課題として挙げている.

本論文は強相関系について新しく興味深い知見を提供しており,学位論文として十分な内容を持っている.

なお,本論文の一部は羽田野直道氏との共同研究に基づくものであるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,その寄与は十分であると判断する.

以上のことから,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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