学位論文要旨



No 123856
著者(漢字) 二宮,真理子
著者(英字)
著者(カナ) ニノミヤ,マリコ
標題(和) 確率微分方程式に対するRunge-Kutta法を用いた新たな弱近似法に関する研究
標題(洋)
報告番号 123856
報告番号 甲23856
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第314号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 菊地,文雄
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 吉田,朋広
 東京大学 准教授 稲葉,寿
内容要旨 要旨を表示する

確率微分方程式の数値計算は, 数理ファイナンス等多くの分野で応用されており,その需要は大きい. 楠岡が紹介した高次の近似手法は実際にいくつかのファイナンスの問題に適用され, 計算速度の高速化という点で極めて優れた結果を出している. 更にLyons とVictoir はその手法を自由リー環の言葉を用いて記述している.

本論文では定理0.1 と命題0.1 により, 楠岡によるこの高次弱近似手法の新たなアルゴリズムの構築に成功した. このアルゴリズムを直感的に説明するとすると, ある与えられた確率微分方程式を近似するような平均を持つ確率変数で,「常微分方程式-値」確率変数とでも呼べるものを構築する. この確率変数から常微分方程式を一気に引き出すことができるのである. この手法の注目すべき点は, 常微分方程式が決まればあとは常微分方程式に対するRunge-Kutta 法をそのまま適用できることである. この確率変数は定理0.2 を用いて作り, 定理0.3 により常微分方程式に対するRunge-Kutta法を適用して近似した. ここで, 本論文の方法以外にも高次弱近似手法(本論文ではN-V アルゴリズムと呼ぶ) があることを述べておく. N-V アルゴリズムと本論文で紹介するものは共に同じ手法に基づくものであり, 共通した特徴を多く持っているがアルゴリズム自体は全く異なるものであり, その相違の理由に関しては明らかにはなっていない.

Euler-Maruyama 法と新しい手法を数値的に比較するために, 価格過程がHestonモデルに従う元資産に対するアジアンオプションの価格付けの実験を行った. その結果, Romberg 補外法と準Monte Carlo 法を適用した場合, 新しい手法の計算速度はEuler-Maruyama 法より約100 倍早かった. 新しい手法に補外法を用いなかった場合でも, Euler-Maruyama 法にRomberg 補外法と準Monte Carlo を適用した場合よりも約37 倍速かった.

(Ω,F , P) を確率空間とする. B0(t) = t, (B1(t), . . . , Bd(t)) をd 次元ブラウン運動とする. Cb∞ (RN;RN) は, RN に定義されたRN-値無限階微分可能関数で, 全ての微分が有界な関数の集合とする. 本論文では弱近似, すなわち(Pt f )(x) = E[ f (X(t, x))] なるオペレーターの近似を目的とする. 但しf∈ 2 Cb ∞(RN;R) であり, X(t, x) はStratonovich型の積分方程式の解とする. ここでVi ∈ Cb∞ (RN;RN), i = 0, . . . , d である. Vi∈ 2 Cb∞(RN;RN)は以下のようにしてベクトル場とみなされる: f∈ Cb∞ (RN;R) に対し,ての語の集合とする. 1は空語でありAの結合演算に関して単位元である. u =vi1・・・ vin∈A, ik∈{0, 1, . . . , d} に対し, u=n,u =u+ card ({kik = 0}) を定義する. 但しcard(S) は集合S の元の個数を表す. Am とAm はそれぞれ{w∈Aw=m}, {w∈A<m} であるとする. R<A> をAを基底とするR-係数自由代数とし, R<<A>> を基底Aの全てのR-係数形式級数の集合とする. このときR<A> はR<<A>> の部分R-代数となっている. R<A>の元は非可換多項式と呼ばれる. R<A>m ={P∈R<A>(P,w)= 〓 のとき}とする. P∈R<<A>> は以下のように書かれる:ここで(P,w) = aw ∈ R はw の係数を表している. 代数構造は一般的なものと同様に定義する. すなわちLie 括弧積はx, y ∈ R<<A>> に対し[x, y] = xy-yx で定める. またw = vi1・・・vin∈ Aに対し, r(w) = [vi1 , [vi2 , [. . . , [vin-1 , vin ] . . . ]]] とする. LR(A) をR<A> の中のLie 多項式としLR((A)) をLie 級数とする. m∈Z>0 に対し, jm は以下で定義される写像とする:任意のP,Q∈R<A> に対し, 内積<P,Q>を以下のように定義する:また, P∈R<A> に対しP2 = (<P, P>)1/2 とする. (P,1) = 0 なるP∈R<<A>> に対し,exp(P) は1 +Σ1k=1∞ Pk/k! と定義できる. またQ∈R<<A>> が(Q,1) = 1 を満たすときlog(Q) はΣk=1∞(-1)k-1(Q-1)k/k と定義できる. このとき以下の関係が成り立つ:自然な同一視R<<A>> R∞ によって, R<<A>> に直積位相が誘導される. そしてこの位相によりR<<A>> はPolish 空間となり, そのBorel σ-加法族B(R<<A>>), R<<A>>-値確率変数, その期待値などの概念を取り入れることができる.

Φ をRhAi とRN 上の滑らかな微分可能オペレーターから成るR-代数の間の準同型で,なるものとする. また, s ∈R>0 に対しΨs : R<<A>>-->R<<A>> を以下のように定義する: Pm∈R<A>m に対し滑らかなベクトル場V, すなわちCb∞(RN;RN)の元に対し, exp (V) (x) を常微分方程式のt = 1 での解と定める. また, V∈Cb∞(RN;RN) に対しVCn を以下のように定義する:ここでV(k) はV のk 階全微分を表す. すなわちである. 但しei はN 次元単位ベクトルであり, Ukj はUk∈RN のj-番目の成分である.定義0.1. C1b∞ (RN;RN) から〓 への写像g に対し, 以下を満たす正定数Cm が存在するときg はm 次積分手法と呼ばれる: W∈Cb∞(RN;RN) に対しIS(m) をすべてのm 次積分手法の集合とする.記法0.1. z1, z2∈LR((A)) に対し, z2Hz1 をlog(exp(z2) exp(z1)) と定義すると,z1, z2, z3 ∈LR((A)) に対して(z1Hz2)Hz3 = log(exp(z1) exp(z2) exp(z3))= z1H(z2Hz3)となるので, z1, . . . , zn ∈ LR((A)) に対しては(0.4) z1Hz2H...Hzn = log(exp(z1)...exp(zn))が成り立つ.以下は主要な結果である.

定理0.1. m>1, n>2 とする. Z1, . . . , Zn はLR((A))-値確率変数で以下を満たすものとする:

(0.5) Zi = jmZi, i = 1, . . . , n,

(0.6) E[jnzi]<∞ 1 i = 1, . . . , n

(0.7)いかなるa > 0 に対してもE[exp(aΣnj=1Φ(Ψs(Zj))cm+1)]<∞

このとき,s∈(0,1]に対して

(0.8)sup x∈RN g1(Φ(Ψs (Z1)))...gn (Φ(Ψs (Zn))) (x)-exp(Φ(Ψs(jm (Zn H...H Z1))))(x)Lp<Cs(m+1)/2.

なる正定数C が任意のg1, . . . , gn∈IS(m) に対して存在する. ここで関数f とg に対し, f g(x) はf(g(x))を表わす.

i = 1, . . . , d, j = 1, . . . , n に対し, Sij はガウス分布に従うR-値確率変数であるとし,cj とRjj0 , j, j0 = 1, . . . , n, は以下のような実数であるとする: i, i0 = 1, . . . , d に対し

(0.9)Σnj=1cj = 1, E[Sij]= 0, E[SijSi0j0]= Rjj0δii0 .

以下ではj = 1, . . . , n に対しS0j= cj とする.Z1, . . . Zn はZj = cjv0 +Σdi=1 Sijvi なる確率変数で以下を満たすものとする:

(0.10) E[jm(exp (Z1)...exp (Zn))]= jm(exp(v0 +12Σdi=1v2i)).

次の定理によりこのようなZ1, . . . Zn が得られる.

定理0.2. m = 5 且つn = 2 とする. このとき前述のZ1, . . . , Zn は

(0.11)〓

によって構成される. 但しu > 1/2.

注意0.1. m = 7 の場合はn = 3 では(0.9) と(0.10) に対する解は存在しないことが分かっている.

A =(aij)i, j=1,...,M をMM実行列, b = t(b1, . . . , bM) ∈RM とする. すべてのt ∈T<mに対して(A, b) がm 次条件と呼ばれるある条件を満たすとする.

このときm次M段階陽的Runge-Kutta 法は以下のように書ける: W∈Cb∞(RN;RN),y0∈RN に対し,

(0.12)〓

このとき次の定理が成り立つ:

定理0.3. g(W)(y0) = Y とおく. このとき

(0.13) g 2 IS(m)

である.

系0.1. Z1, . . . , Zn を定理0.2 によって構成されるLR((A))-値確率変数とし, 線形作用素Q(s), s ∈ (0, 1] を以下で定義する: f ∈ C∞b (RN;R), s ∈ (0, 1] に対し

(0.14)(Q(s) f)(x) = E[f(g(Φ(Ψs (Z1)))...g(Φ(Ψs (Zn)))(x))]

但しg ∈IS(m) である. このとき

(0.15)Ps f-Q(s) f∞< Cs(m+1)/2grad( f )∞

が成り立つ. ここでC は正定数である.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、ファイナンスにおけるヨーロッパ型デリバティブ等のデリバティブの価格計算に関連して、拡散過程の平均値の数値計算に関する新しい方法を提案し、その有効性を数学的に厳密に示したものである。

W(t),t≧0,をd次元標準ウイナー過程とし、RN上の拡散型確率微分方程式〓を考え、f:RN→Rはリプシッツ連続関数とする。この時、E[f(X(1,x)]を精度よく高速に求めることが特にファイナンスでは求められている。

これについて、これまでよく用いられている方法はオイラー・丸山近似法であり、汎用性の高い方法ではあるが、近似の速さに問題があり、より速い近似法が求められている。オイラー・丸山近似法は1次微分近似の方法であり、高次近似の方法の研究が行われていたが10年ほど前にKusuoka Schemeというアイデアが現れた。この方法はある条件を満たすものを見つければ、非常によい近似計算ができるということを示したものであり、その後その具体的な実現法として、Ninomiya-Victoir,Fujiwaraらの方法が見いだされた。

本論文では、まずZij,i=1,...,d,j=1,...,Jが平均ゼロのガウス型確率変数、cj,j=1,...,J,が定数としたとき、〓がKusugka Schemeの条件を満たすかどうかを〓の場合に調べた。J=2の時は5次近似となるものが存在することを示し、〓.

u≧1/2の時に限り5次近似となることを示した。さらに、J≦3では7次近似となるものがないことを示した。このような形でKusuoka Schemeを実現するというのは全く新しいアイデアである。

また、Runge-Kutta公式を用いて、exp(cjVo+Σid=1Zi,jVi)を簡単なVi,i=0,1...,dへの代入及び四則演算を行う式に置き換えてもKusuoka Schemeの枠内にあることを示した。例えば、7次の近似においては7次のRunge-Kutta式を用いて8ステップの演算でこの部分を置き換えることができる。Romberg補外法が成立することは証明されているので、上記のガウス確率変数を用いた5次近似と7次のRunge-Kutta式を組み合わせることにより、積分計算の問題の部分を除き、時間区間をnに切ったとき(すなわち、ステップ数がnのオーダー)の時、誤差がn(-3)のオーダーとなる汎用性のあるアルゴリズムを構成した。

また、積分実行には準乱数法を用いることにより、汎用性のあるプログラムも作り実際に数値実験をヘストンモデルのアジアオプションに対して行い、理論が保証する誤差の漸近的な収束のオーダーが実際の数値計算においても確認している。

また、論文の中ではButcherによるRunge-Kutta法に関する議論を、代数的に整理して、証明を非常に見やすいものにして、Runge-Kutta法により与えられる関数と、exp(W)(・)の誤差の一様評価を示している。

このように本論文では計算ファイナンスで有効な新しい数値計算法を提唱すると共に、ファイナンスの実務に実際に用いることのできる汎用性の高いアルゴリズムを与えており、単に数学的な観点からだけでなく、より複雑なモデルをヨーロッパ型デリバティブ等の価格計算に使える道を開いたという点でファイナンスの実務の観点からも高く評価できるものである。

よって、論文提出者二宮真理子は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める。

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