No | 123857 | |
著者(漢字) | 木村,康人 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キムラ,ヤスト | |
標題(和) | 結び目カンドルのホモロジー類の位相幾何的構成 | |
標題(洋) | Topological Constructions of Homology Classes of Knot Quandles | |
報告番号 | 123857 | |
報告番号 | 甲23857 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第315号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 絡み目カンドルQLは,絡み目の完全不変量でありながらも,それ自体から絡み目を分類することは非常に困難である.そこで,絡み目カンドルから,新たな絡み目不変量を構成する試みが種々なされている.筆者の研究は,その一つの手法として,絡み目カンドルのホモロジー理論について考えるものである. 以下に述べるように,絡み目カンドルの二次のホモロジーは,絡み目の管状近傍と対応するものであることが示されている.これは,曲線の埋め込みである絡み目に対して,充分な情報を保持しているとは言えない.その意味で,筆者の研究対象である絡み目カンドルの三次ホモロジー群は,各曲線間の位置関係をも情報として持つものであり,結び目に関する本質的な情報を保持していることが期待される. カンドルとは,Joyce[J]により群の共役演算の一般化として導入されたものであり,任意の絡み目Lに対して,絡み目カンドルQLとよばれる絡み目の完全不変量が対応することが知られている.一方,枠付き絡み目に対して,絡み目ラックとよばれる類似の不変量が定義されており,枠付き絡み目の完全不変量として知られる. Carter-Jelsovsky-Kamada-Langford-Saito[CJKLS]は,Foxの絡み目図式の三彩色数は,一般の有限カンドルXによる絡み目図式の彩色数に拡張されることに注目し,この各彩色図式に重さを与えることを考えた.この重さの抽象化として,彼らは,一般のカンドルQに対するラック・(コ)ホモロジー群,退化(コ)ホモロジー群,カンドル・(コ)ホモロジー群の三種を定義した.このとき,有限カンドルXの二次のカンドル・コサイクルφを重さ関数とすることで,重さ付き彩色数として絡み目Lのカンドル・コサイクル不変量Φφ(L)を導入した.この不変量は,計算に不向きな結び目カンドル自体に比べて実用上の計算に向いており,事実,絡み目の鏡像不変性や,タングル分解可能唯などの判定において,有効性を示している. さらに,Carter-Kamada-Saito[CKS]は,結び目図式の彩色の概念が,図式のアークにとどまらず領域に拡張できることを示し,このことから,有限カンドルXの三次のカンドル・コサイクルφを重さ関数とする重さ付き彩色数として,絡み目Lのシャドウ・コサイクル不変量Φφ(L)を定義した。 一方,絡み目カンドルそれ自体については,Eisermann[E]により,二次以下のカンドル・ホモロジー群と二次以下のカンドル・コホモロジー群が計算されており,この結果から,カンドル・コサイクル不変量の再構成もなされている. 以上の背景のもと,著者の目標は以下の三点に分けられる. (1)絡み目カンドルの二次のラック・コホモロジー群と二次の退化コホモロジー群を決定すること, (2)絡み目カンドルの三次のホモロジー群を決定すること, (3)ホモロジー理論を通じて影付きカンドル・コサイクル不変量を構成すること. (1)の目標に関して,Litherland-Nelson[LN]により,一般にラック・コホモロジー群がカンドル・コホモロジー群と退化コホモロジー群の直和に分解されることが示され,さらに退化コホモロジー群の構造も特定されたので,Eisermannの結果と併せて,絡み目カンドルQLの二次のラック・コホモロジー群の構造も代数的に特定された. 筆者はその上で,各コホモロジー類に位相幾何的な意味付けを与えることを考えた.EisermannはQLのカンドル・コホモロジー群を特定するにあたって,Lの各成分を開いて得られる開絡み目五の絡み目カンドルQzが,QLの拡大になるという事実を用いている. 筆者は,結び目を開く操作が結び目のロンジチュードに基点を与えることと同値であることに注目し,絡み目の枠の概念を拡張してえられる有向多重枠Fを導入し,それらに対応するラックRL濯を定義した.このとき,RL,Fが絡み目カンドルQLのラック拡大となることから,結び目カンドルのラック・コホモロジー類の位相幾何的な解釈を与えることに成功した. 主定理A 絡み目カンドルQLの任意の二次のラック・コホモロジー類ζ∈HR2(QL;Z)に対して,.Lの有向多重枠Fが一意に対応する.また,逆にLの有効多重枠Fに対して,QLの二次のラック・コホモロジー類ζが一意に対応する. 次いで,絡み目カンドルの三次のホモロジ..__に関して,筆者はCarter-Kamada-Saito[CKS]により考察された,図式によるホモロジー類の実現に注目し,以下の結果を得た. 主定理B 成分数,nの絡み目Lの絡み目カンドルQLについて,以下が成立する. (a)結び目Lの任意の図式Dに対して,シャドウ・ダイアグラム・クラス[D¢]とよばれる三次の非自明なラック・ホモロジー類が存在する. (b)三次のカンドル・ホモロジー群には,シャドウ・ファンダメンタル・クラスとよばれる非自明なカンドル・ホモロジー類が丁度n個存在する. 主定理Bの証明の要点を以下に述べる。 [CKS]により与えられたホモロジー類の図式による実現と,[E]で示された絡み目カンドルQLのカンド>L・ホモロジー群の構造から,Lの図式Dに対して,ダイアグラム・クラス[D]とよばれる非自明な二次のラック・ホモロジー類の,存在が示される.このとき,図式DはQLにより彩色されているとみなすことが可能であるが,一般に球面S2上の図式がカンドルにより彩色されているときに,領域込み彩色可能であることを示して,[D]とx∈QLから三次のラック・ホモロヅー類[D司を構成した. さらに,図式のコボルディズムを実際に構成することにより,筆者は[Dx]がxの軌道にのみ依存することをTし,QLの軌道の数がLの成分数に対応することから(a)を証明した. この事実のもと,(b)は,ラック・ホモロジー群とカンドル・ホモロジー群との関係を用いて導かれる。 主定理B(b)で述べたシャドウ・ファンダメンタル・クラスを用いると,シャドウ・コサイクル不変量Φφ(L)は次のようにホモロジー理論的に定式化される. 絡み目LをLと自明結び目の直和とし,f∈Hom(QL,X)とする. さらに,[Lsh]をLのシャドウ・ファンダメンタル・、クラスの一つとし,Xが連結有限カンドルであるとするとき,Φφ(L)=Σ〈f*[Lsh],φ〉が成立する. これで(3)の目標については解決されたといえる. 最後に(2)の目標に関連した結果について述べる.筆者は現在のところ,絡み目カンドルの三次のホモロジー群の決定には至っていないが,そのための一つの足がかりとして,次の結果を得た. 主定理C 素な結び目Kに対して,結び目カンドルQxの任意の三次のカンドル・ホモロジー類ζはある結び目Lと結び目カンドルの間の準同型f :QlQKとを用いてa[ζ]=f*[Lsh]と表すことができる.ここに,[Lsh]はLのシャドウ・ファンダメンタル・クラスである. [CKS]の結果から,ζを一般の有向曲面M上の領域込み彩色図式として実現することが可能であることが判るが,筆者の結果は,この曲面としてつねに球面がとれることを意味している. 主定理Cの証明において,筆者は一般の有向曲面M上の領域込み彩色図式Dに対して可能な手術を以下の三つの手順で考察した. 第一に,M上の本質的閉曲線0について,0∩Dが円板上の図式の境界として実現できるかどうかについての判別条件を考えた.円板上の図式の境界として実現可能なものについては,そのことにより,円板を貼り付けることで,Mの種数を落とすことができる. 第二に,C∩Dが円板上の図式の境界として実現できない0について,筆者は結び目が素であるという条件を課すことで,0上の図式として可能なものを分類した.このとき,このような本質的曲線を種数と同数だけ選んで,Mを円板に切り開くことが可能である.これにより,円板M,上の図式Dノが得られる. 最後に,この図式D'の境界を二種類の小区間に分割し,ホモロジーを保存したままこれらの区間をつなぐ手術を考えることで,最終的に球面上の図式を得ることに成功した. 既に述べたように,三次のホモロジー類は,影付き彩色図式として実現されるが,これは図式に現れる辺同士の位置関係を問うことに他ならない.影を付けていない彩色図式が本質的には,辺のつながる順序しか問わないことに比べると大きな違いといえる.それ故,辺の位置関係を問う三次ホモロジー類において,はじめて結び目の本質的な情報が含まれていると期待できる. 主定理Cから,素な結び目については,三次のカンドル・ホモロジー群を考察することが,結び目カンドルの間に存在する準同型の考察に等しいと判る.筆者は,この事実により,結び目カンドルの三次ホモロジー群の決定における一つの足がかりが与えられたものと考えている. | |
審査要旨 | 本論文の研究対象は,結び目カンドルとよばれる代数系のホモロジー理論である.論文提出者は,特に結び目カンドルの3次ホモロジー群について考察し,ホモロジー類を位相幾何学的に構成する新しい手法を与えた. カンドルとは,群の共役演算の一般化としてJoyceらによって導入された代数系であり,任意の絡み目Lに対して,絡み目カンドル(~Lとよばれる絡み目の完全不変量が対応することが知られている.QLは絡み目の補集合の基本群に周辺構造を加えた情報を与える.さらに,枠付き絡み目に対しては,絡み目ラックとよばれる完全不変量が対応する.これまでの研究で,絡み目カンドルと絡み目ラックの2次以下のホモロジーおよびコホモロジーについては,Eisermann.らによってその構造が決定されていた. 論文提出者は,まず,2次の絡み目ラックコホモロジーの要素について,絡み目の有向多重枠との対応関係を明らかにすることにより,その位相幾何学的意味を記述した.次に,絡み目カンドルQLの3次のカンドルホモロジーH3(QL)について考察し,絡み目Lのそれぞれの成分に対して,シャドウ基本類とよばれるZ上独立なホモロジー類が対応し,これらがH3(QL)の直和因子を生成することを示した.証明には,Carter-Kamada-Saitoによって考察された曲面上の図式によるホモロジー類の実現に注目して,手術によって球面上の図式に帰着する手法を用いる.また,ここで構成したシャドウ基本類を用いて,絡み目Lのカンドルコサイクル不変量をホモロジー理論によって定式化した. さらに,本論文では,素な結び目Kに対して,結び目カンドル(派の任意の3次のカンドルホモロジー類は,ある結び目Lとカンドル準同型f:(QL→QKを用いて,Lのシャドウ基本類の像として表されることを示した.これは,結び目の3次のカンドルホモロジーの構造と,結び目カンドル間の準同型の存在との関係を示唆する結果である. 本論文は,これまで構造が知られていなかった結び目カンドルの3次ホモロジー群について,新しい知見をもたらしたものであり,位相幾何学の分野に大きく貢献する.よって,論文提出者木村康人は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める. | |
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