学位論文要旨



No 123858
著者(漢字) 三角,淳
著者(英字)
著者(カナ) ミスミ,ジュン
標題(和) 長距離パーコレーション及び対応するランダムグラフ上のランダムウォーク
標題(洋) Long-range percolation and random walks on the corresponding random graphs
報告番号 123858
報告番号 甲23858
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第316号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 吉田,朋広
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 時弘,哲治
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、長距離パーコレーション(long-range percolation)と呼ばれる確率モデルの問題、及び対応するランダムグラフ(random graph)上のランダムウォーク(random walk)の問題について論じる。なお「長距離パーコレーション」の呼称は必ずしも一般的ではないが、適当な和訳が難しい為ここではこの呼び方を用いる。

長距離パーコレーションとは、与えられた離散的な空間上において、任意の2点のペアに対してそれぞれ独立に、与えられた確率で「通行可能な辺(open bond)」で結ばれるようなモデルを考えて、そのような規則でできるランダムグラフの性質について調べるものである。空間がzdの場合を中心に1980年代から研究が進められている。Open bondのできる確率が2点間の距離nに依存し、P(n)~βπ-s(n→∞)であるようなケースが最もよく調べられている。ここでp(n)は距離がπ離れた点同士がopen bondで結ばれる確率とし、β,sは正のパラメーターである。一方、隣接点の問のみにopen bondができる場合、すなわちp(n)=0(n≧2)の場合が、ボンドパーコレーションと呼ばれる古典的なモデルに対応している。

このような確率モデルに対して、ランダムグラフが無限サイズの連結成分を持つとき、それを無限クラスターと呼ぶ。無限クラスターの存在確率P∞について調べるのが最も基本的な問題であり、Z上の長距離パ0コレーションにおいては、上記のパラメーター8に対して、s=1,2を境に馬に関する相転移の現象が起きる事が知られている。

また、このような規則でできたランダムグラフを1つ固定したとき、グラフが局所的に有限であれば、open bondの上を等確率で移動していく単純ランダムウォークと呼ばれる確率過程を考える事ができる。パラメーターsが大きいときは長距離間のopen bondの影響が小さく、ランダムウォークの挙動はzd上における単純ランダムウォークとそれほど差がないと考えられる。またsが小さいときは長距離間のopen bondの影響がランダムグラフの構造に本質的な変化をもたらし、ランダムウォークの挙動は何らかの意味で飛躍型確率過程と関係を持つ事が期待されている

本研究では上記のような問題への考察を通じて、相転移の現象や複雑ネットワークの構造、ランダムな媒質中のランダムな粒芋の運動などに関する理解を深める事を目標とした。論文の具体的な構成は次のようになっている。まずPartIで全体の内容を概観する。PartIIではフラクタルを含む一般的な集合上での長距離パーコレーションの問題について論じる([4])。PartIIIでは一般のランダムグラフ上での強再帰的なランダムウォークについて論じ、それをZ上の長距離パーコレーションから定まるランダムグラフの場合に応用する(熊谷隆氏との共同研究[3])。PartIVではzd上の長距離パーコレーションにおける有効抵抗(effective resistance)の評価について述べる([5])。

1.フラクタル上の長距離パーコレーション

Z上における結果(例えば[1],[6]など],同など)を出発点に、より一般的な空間上での長距離パーコレーションの問題を考える。特にカントール集合のようなフラクタル的な構造を持つ空間を念頭に置く。

Xを可算無限集合、ρをX×XからR+=[0,∞)への写像で「ρ(x,y)=0←x=y」かつρ(x,y)=ρ(y,x)をみたすものとする。例えばX上の距離はこの条件をみたす。p(x,y)をx,y∈Xの問にopen bondができる確率とし、p={p(x,y)}x,y∈X,x≠yがα.β>0に対して次をみたすとする。(ここでは便宜上、記号αをsの代わりとして用いた。)

またCi>0(1≦i≦4),α,b>1が存在して、任意のx∈Xに対して、Xの部分集合の列{B(x,n)}∞n=0に対して以下をみたしている事を常に仮定する。

但し|B(x,n)|はB(x,n)が含む点の個数を表す。D=logb/loga とおくとき、適当な仮定の下においてDが臨界点になっている事が示される。

2.ランダムウォークの熱核評価

次に、ある一般的な設定下におけるランダムグラフG上のランダムウォークについて考える。ここでは考えているグラフが連結な無限グラフで局所的に有限、原点0を含んでいる事などは仮定する。pn(x,y)をランダムウォークのnステップ後の推移確率とし、Gのスペクトル次元dS(G)をds(G)=-21imn→∞logp2n(x,x)/lognで定める。

いまdを与えられた距離とする。この距離に関する中心x,半径Rの球をB(x,R)とし、B(0,R)=BRとおく。BRに対応する体積(volume)と呼ばれる量をVR、また原点とBcRの問の有効抵抗と呼ばれる量をReff(0,BRと定める。このとき1≦D,0〈α≦1に対して、〓がそれぞれ高1率で成り立っならば、ds=2D/D+aとなる事が分かる。

このような議論は臨界点における無限クラスター上のランダムウォークの研究の流れと密接な関係があり、特に長距離パーコレーションから定まるランダムグラフ上のランダムウォークの場合に上を適用すると、次のような事が分かる。すなわち、Z上の長距離パーコレーションでP(n)~βn-s,s>2,β>Q,p(1)=1の場合を考えると、上でD=α=1の場合に相当し、ds(G)=1となる。より詳しく言えば、ガウス型熱核評価(但しon-diagonalの場合)P2n(x,x)〓1/2が、ランダムグラフを固定することの意味と、期待値の意味の双方で成り立っ。ランダムウォークの再帰,性、非再帰性に関する先行結果(図)と併せて考えると、上の結果は1次元長距離パーコレーションのある種の不連続性を反映したものとなっている。本節の内容は熊谷隆氏との共同研究による。

3.有効抵抗に関する評価

最後にランダムウォークの問題への更なる応用を意識しつつ、前節の熱核評価の証明において鍵となった体積と有効抵抗の、より詳しい評価について述べる。Zd上の長距離パーコレーションを考え、BRはユークリッド距離に関する球とする。このとき体積に関しては、適当な仮定の下でsによらずVR〓Rd(R→∞)となる事が分かる。また有効抵抗に関しては、d=1のとき〓またd>2のとき(R→∞)となる事が分かる。d=1のときはs=2の前後でオーダーが不連続に変化している。またd≧2,d<s<d+2のときはオーダーがα安定過程でα=s-dの場合に対応しており、d=1,1<s<2の場合も含めて、ランダムウォークと飛躍型確率過程との関係については更なる研究課題となっている。

[1] Aizenman, M. and Newman, C. M. (1986). Discontinuity of the percolation density in one dimensional 1/x-y2 Percolation Models. Comrnun. Math. Phys. 107, 611-647.[2] Berger, N. (2002). Transience, recurrence and critical behavior for long-range percolation. Commun. Math.. Phys. 226, 531-558.[3] Kumagai, T. and Misumi, J. (2008). Heat kernel estimates for strongly recurrent random walk on random media. Journal of Theoretical Probability.[4] Misumi, J. (2006). Critical values in a long-range percolation on spaces like fractals. Journal of Statistical Physics. 125, 877-887.[5] Misumi, J. (2007). Estimates on the effective resistance in a long-range percolation on Zd. Preprint.[6] Newman, C. M. and Schulman, L. S. (1986). One dimensional 1/j - is percolation models: the existence of a transition for s < 2. Commun. Math. Phys. 104, 547-571.
審査要旨 要旨を表示する

論文提出者三角淳は,長距離パーコレーションにおける相転移現象,さらにパーコレーションが定める無限クラスター上のランダムウォークの熱核評価について考察を行った。とのような研究の背景には,複雑ネットワークの構造やランダム媒質中の粒子の運動など,数理物理の諸問題がある。

パーコレーション(浸透)とは,たとえば吸い取り紙にインクを垂らしてしばらく置いた後にインクが紙全体に広がるかどうかといった問題を論ずるための数学モデルである。空間を離散化して正方格子Zdを考え,隣接点を結ぶボンドが繋がる(インクを通す)確率がp,繋がらない確率が1-pで,それらはボンドが違えば互いに独立とする。pは紙の材質,つまりインクの広がりやすさを表すパラメータである。パーコレーションにおいて論じられる最も基本的な問題は,無限クラスター(無限にインクが広がる領域)ができる確率P∞が正になるかどうかを調べることである。空間次元がd≧2を満たすとき,結果はpの値に大きく依存し,ある臨界確率pcが存在してp>pcならP∞>0であるが,一方p〈pcのときはP∞=0となることが知られている。この間題はボンドパーコレーションとよばれ,Kestenら著名な確率論研究者が精力的に研究を行ってきた歴史がある。

ボンドパーコレーションでは,直接繋がるのは隣接点に限られているが,三角は離れた2点間でも繋がる可能性がある場合を考察した。これを長距離パーコレーションという。繋がる確率p=p(ρ)は,2点間の距離ρの関数であり,それはp~βρ-S(ρ→∞)のように2点が離れるとき減衰する。ここでβ,s>0は定数である。sが大きいほどpは急速に0に近づき,したがって長距離パーコレーションの挙動はボンドパーコレーションの挙動に近いと期待される。

三角は,まず論文の第1部で長距離パーコレーションの問題をフラクタル格子上で論じた。フラクタル格子のハウスドルフ次元をDとするとき,ある種の条件の下で,s>2Dであれば無限クラスターができる確率P∞はP∞=1であり,s≦DのときはP∞=0であることを示した。さらにD<s≦2DのときはP∞=0となるようにp(ρ)を選ぶことが可能である。

次に論文の第2部で三角は,1次元の格子Z1において隣接点は必ず繋がるという条件の下で長距離パーコレーションを考え,それによって生じる無限クラスター(無限ランダムグラフ)の上のランダムウォークについて考察した。ここでいうランダムウォークとは,各点においてその点と繋がる点に等確率でジャンプするような離散時刻のマルコフ連鎖のことである。そのような確率過程に対して,s>2であれば,時刻n→∞とするとき,x∈Z1から出発し時刻nでランダムウォークがxに戻る確率pn(x,x)はP2n(x,x)~Cn(-1/2)と振る舞うことを証明した。これは1次元熱核の減衰速度と同じであり,無限ランダムグラフ上のランダムウォークがZ1上の単純ランダムウォークと同等の振る舞いを見せることを示している。言いかえれば,s>2のときは長距離間で繋がるボンドの影響は殆ど無視できるのである。さらに三角は一般的な設定の下で,ランダムグラフ上のランダムウォークの熱核評価について論じている。

最後に論文の第3部で三角は,上記の熱核評価を導くにあたって基本的なランダムグラフの体積評価および有効抵抗の評価を,高次元の場合も含め導いた。

これらはいずれも重要な結果であり,長距離パーコレーションにおいて新しい視点を開くものとして大変興味深い。

以上のような理由により,論文提出者三角淳は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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