学位論文要旨



No 123862
著者(漢字) 謝,賓
著者(英字)
著者(カナ) シャ,ビン
標題(和) 非リプシッツ係数を持つ確率偏微分方程式および確率熱方程式の不変測度について
標題(洋) On stochastic PDEs with non-Lipschitz coefficients and invariant measures for a stochastic heat equation
報告番号 123862
報告番号 甲23862
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第320号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 吉田,朋広
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 中村,周
内容要旨 要旨を表示する

本論文では, 非リプシッツ係数を持つ無限次元確率微分方程式の解の存在と一意性および確率熱方程式の不変測度について考察する. 無限次元確率微分方程式とはランダムな揺らぎを持つ無限次元微分方程式のことである. これは統計力学, 場の量子論, 工学, 経済学, 海洋学, 集団遺伝学など種々の分野にわたって用いられている. 基本になるランダムな揺らぎはあるBanach 空間上のブラウン運動であるが, 最近ではもっと広いノイズ(たとえば, Banach 空間-値のLevy ノイズ) を持つ無限次元確率微分方程式についても研究がなされている. この論文では主にある種の特異性を持つノイズ, あるいはHilbert 空間上のブラウン運動が加わった無限次元確率微分方程式についてそれぞれ調べる.

第一章は序文である.

第二章では次のような(広義) 無限次元Langevin 方程式を考察する.

ただし, N (t) はある種の特異性を持つノイズである. この方程式の解u(t) を(広義) 無限次元Ornstein-Uhlenbeck 過程という. 有界区間の上の方程式(1) に対して, N (t) を時空ガウス型ホワイトノイズとすれば,たとえば[3] によりWiener 測度が無限次元Ornstein-Uhlenbeck 過程u(t) の不変測度となることが知られている. a, 0; b 2 R とR 上のLevy 測度vに対し, (a;b;o) を生成要素(a; b; o) を持つLevy 過程の分布とする.イズN (t) を構成することを中心に論じる. ノイズN (t) を構成するために, まず〓を平均測度dvdyduを持つR×R+ W0 上のPoisson配置とする.ただし, W0 :=〓はW0 上のWiener 測度である. このとき, 形式的に次のような特異性を持つランダムな測度M(t) を考える.〓ここで, Bi(t) は出発点yi を持ちSkorohod 方程式によりwi から定まる反射壁ブラウン運動である. 最後にW (t) を} と独立な時空ガウス型ホワイトノイズとして, ノイズN (t) を〓で定義する. このようにして構成されたN (t) を加えた半直線上のDirichlet 条件u(t; 0) = 0 を満たす確率熱方程式(1) について議論する. Langevin 方程式(1) の解の存在について調べるために, 任意のr > 0 に対してHilbert 空間L2r (R+) = L2(R+, e-rxdx) を導入する. W (t) に関する確率積分が知られているが,M(t)についても確率積分を定義する必要がある. そのために, Levy 測度vに関して次のような仮定をおく.

仮定A: ある定数K,k> 1 ととC > 0 が存在し,〓が成り立つ.この仮定の下で, 適切な関数空間の要素φ に対し,M(t,dx) に関する確率積分〓が定まり, 特に, ランダムな畳み込み〓は数学的な意味を持つ.ただし, p(t, x, y)はR+ 上のDirichlet 条件u(t,0) = 0を満たす熱方程式の基本解である. したがって, Langevin方程式(1)の解u(t) を構成することができ, Lr2(R+)に値をとる弱解の存在と一意性が言え,さらにKolmogorov の正規化定理を適用すれば, 解u(t) はt について(1/4-ε)-Holder連続であることが証明できる.ただし,ε>0は任意である. 最後にv に対応するLevy 過程の見本路がLr2(R+)に入ると仮定し, 確率測度u(a,b,v)とOrnstein-Uhlenbeck 過程u(t) の不変測度の関係を論ずることができる. 実際, 次の定理が言える.

定理1. 仮定A が満たされるならば,

(1) Langevin 方程式(1) の初期値〓を持つ弱解u(t)∈C(0,∞),Lr2(R+)が一意的に存在する.

(2) a とv が与えられたとき,vに対応するLevy 過程の見本路がL2r (R+) に入るならば, 任意のb∈R に対し,u(a,b,v) は(1) の不変測度である. 逆に,〓 を満たす不変測度uは{u(a,b,v); b∈ R} の重ね合わせである. ここで, 〓である.

可分な実Hilbert 空間H 上のLevy ノイズを持つOrnstein-Uhlenbeck 過程の研究が最近なされている[1] が, 本章の結論とは直接関係しない. 我々のノイズN(t) はt について連続であることに注意しておく.

第三章ではH 上の柱状ブラウン運動について非リプシッツ係数を持つ無限次元確率微分方程式を考える. H 上の有界線形作用素全体のなす集合をL(H,H) と書く. 係数F : [0, T] × H → H とG : [0, T]→ L(H,H) を持つ次の形の無限次元確率微分方程式(ISDE と略記する) を考える.

ただし,k∈ N, W(t) はH 上の柱状ブラウン運動, A は半群S(t) の生成作用素で, あるα< 1/2 に対し,〓を満たすと仮定する. ただし,〓はHilbert-Schmidt 作用素のノルムを表す.さらに, 係数F とG は次のリプシッツ条件より一般の仮定B を満たすと仮定する.

B1: [0,T]×R+ 上の非負関数f とg が存在し, 任意のt∈[0,T] およびX,Y∈Lr(Ω,F;H) に対し,〓が成立する. ただし, Lr(Ω,F;H) := {X :Ω→ H;E[Xr] < ∞}.

B2: 任意のt∈[0,T] に対して, f(t,u) およびg(t,u) はu について単調増加な連続関数である. さらに, f(t,u), g(t,u) は次の条件を満たすと仮定する. 任意の正定数βとu0 に対し, 積分方程式〓で解u(0,t) を持つ. しかも, g(t,0)= 0, 任意のβ> 0 について, z(0) = 0 を満たす非負な連続関数z(t) がz(t)〓を満たせば, z(t)=0 である.

リプシッツ条件と1 次増大条件を満たす係数F とG を持つISDE(2) については解の存在と一意性が成り立つことが一般的に知られていて, 解を構成するために, Picard の逐次近似法が用いられる. リプシッツ条件を満たさない場合には, 不動点理論など解析学的な手法を用いた研究がある. この章では, これとは異なり, Picard の逐次近似法を用いて, 仮定B を満たす係数F とG に拡張し, ISDE(2) についてC([0,T],H)に入る解を構成する. さらに, 任意のK∈ N に対して, ISDE(2) の解Xk(t) は一意的であることを示す.次に, 作用素-A は点スペクトル{λn}n∈N を持つ正定値な自己共役作用素,λi = 0 の重複度はn0>1 であると仮定すると, 弾性係数 1としたとき, 解X(t) のふるまいが分かる. ただし, 0<λ1<λ2<...である. このような極限問題は元々舟木[3] によって導入され, 「ランダムな媒質中を漂う弦のランダムな運動について, 弾性率を無限大にすると, 何が起こるか」という物理的な興味から定式化されたものである. もしあるC > 0 があって, g(t,x) = Cx, 係数F,G がt に依存しなければ, Xk(t) はある意味で有限次元確率微分方程式dY (t) = PF(t, Y (t))dt + PG(t,Y (t))dW(t) の解Y (t) に収束することが言える. ただし, P はH からspan{e1,...,en0} への直交射影である. ここで, 〓 に属する正規直交系である. 言い換えれば, 次の結論が示せる.

定理2. α < 1/4,〓が満たされるとする.

(1) 任意のr < 1/α と0 < T1 < T2< T に対し, limk→∞E[supT1<t<T2Xk(t)-Y (t)r]= 0.

(2) k→∞とき, Xk2 (t) はa.s. の意味で(0, T] の任意のコンパクトな部分区間においてY (t) に一様に収束する.

第四章では次の形の放物型確率偏微分方程式(SPDE) の解の存在および一意性について議論を行う.

ここで, 係数b,o: [0;∞)× R× R→R はそれぞれ外力項と拡散係数と呼ばれ, {W(t, x),t>0,x∈R}はBrownian sheet である. この種の方程式については様々な動機の下に研究が行われてきた. 本章では, 第二章のように, Picard の逐次近似法を適用し, リプシッツ条件より弱い条件の下で, SPDE (3) の解を構成する. 特に, この方法は1 次増大条件と次の条件を満たす係数b,oに対し応用できる.

(C) R+ 上の単調増加凹関数φがあって,〓が成り立つ. ただし, φは任意のv > 0 に対し,〓を満たすとする.

一般化されたBihari 補題を援用し, SPDE(3) の解の一意性が証明できる. さらに, 解u(t,x) は時間と空間方向についてそれぞれ1/4-εと1/2 -ε 程度のHolder 連続性を持つことも同時に示される. ちなみに本章と第三章で一意性を示すためには, A の凹性が必要であることに注意しておきたい.

最後の第五章では無限次元確率微分方程式(2) に戻り, 道ごとの一意性を主に扱う. ただし, k=1, 係数F とG はt によらず連続, W(t) はH 上のブラウン運動とする. 半群S(t) がコンパクト作用素であれば, ISDE(2) のマルチンゲール解が存在することが示されているが, 道ごとの一意性は未解決である. 最近,[2] で道ごとの一意性を仮定し, 解に関する種々の性質を調べている. 本章では係数について非常に弱い条件を仮定し, 適当なLyapunov 関数を求め, 道ごとの一意性を中心に考察する. ここではφの凹性を仮定する必要はない. さらに, 同様の手法を用いて, Markov 過程X(t) はFeller 過程であることも示す.

[1] D. APPLEBAUM, Martingale-valued measures, Ornstein-Uhlenbeck processes with jumps and operator self-decomposability in Hilbert space. Lecture Notes in Math., 1874, Springer, Berlin, (2006) 171-196.[2] Y. EL BOUKFAOUI AND M. ERRAOUI, Remarks on the existence and approximation for semilinear stochastic differential equations in Hilbert spaces. Stochastic Anal. Appl. 20 (2002), no. 3, 495-518.[3] T. FUNAKI, Random motion of strings and related stochastic evolution equations, Nagoya Math. J., 89 (1983) 129-193.
審査要旨 要旨を表示する

確率偏微分方程式は,偏微分方程式にランダムな摂動を加えたものであり,統計物理学,場の量子論,集団遺伝学,工学,経済学など幅広い分野において用いられ,種々の現象の解明に重要な役割を果たしている。これを抽象化しHilbert空間・Banach空間上の確率微分方程式とみなしたものが無限次元確率微分方程式である。論文提出者謝賓の研究対象は,このような確率偏微分方程式および無限次元確率微分方程式である。提出された論文では,特に確率熱方程式の不変測度ならびに無限次元確率微分方程式の解の道ごとの一意性について論じている。

謝は,まず第1に,半直線上の熱方程式について,Levy過程のパス空間上の分布を不変測度(平衡状態)に持つようにノイズを選ぶという問題を考察した。ただし,半直線の左端の原点ではDirichlet条件を課すものとする。たとえば,ノイズを時空Gauss型ホワイトノイズにとればBrown運動の分布,すなわちWiener測度が不変測度になる。このことはよく知られた事実である。一方,半直線上で無限個の独立な反射壁Brown運動を考えれば,その時間発展の下でPoisson場が不変測度になる。したがって,それを空間方向に積分して考えれば,Poisson過程の分布を不変測度に持つ時間発展が得られる。しかも伊藤の公式の簡単な応用として,それは熱方程式に適当なノイズを加えた方程式によって記述されることがわかる。Levy過程は雑に言ってPoisson過程のジャンプ幅をランダムに変更しさらにBrown運動の定数倍を加えたものであるから,上記2種類の時間発展法則をうまく重ね合わせることにより,Levy過程の分布を不変測度に持つようにノイズが選べ,その具体形が求まるものと予想される。

謝は,このようなアイデアを実際に数学的に定式化し実行した。すなわち,新しい種類のノイズを定義し,そのようなノイズを持つ確率熱方程式の解の存在と一意性を示し,Levy過程の分布がその不変測度になることを証明した。さらに,ある種の付帯条件(Levy測度の可積分条件)の下で,逆に不変測度はLevy過程の分布の重ね合わせに限ることを示した。重ね合わせになるのは,ドリフトを表すパラメータbの任意性があるからである。この結果は,これまでにない新しい方向の研究であり,今後の進展が期待される。

次に,謝は,一般に無限次元確率微分方程式の解について道ごとの一意性を論じた。係数がLipschitz連続であれば道ごとの一意性はよく知られた事実である。また,有限次元確率微分方程式については,Lipschitz条件を拡張する条件の下で道ごとの一意性が知られている。これは,山田・渡辺の定理とよばれ,常微分方程式の場合のOsgood条件に相当するような条件である。謝が得た結果は,いわば山田・渡辺の結果を無限次元に拡張するものであり,大変意義深い。謝はさらに,無限次元確率微分方程式がパラメータκに依存するとしてκ→∞の極限の下での解の漸近挙動を考察した。κは,たとえば弦の弾性係数に相当するパラメータで,極限の方程式は有限次元の確率微分方程式に縮退する。

これらはいずれも重要な結果であり,確率偏微分方程式あるいは無限次元確率微分方程式の研究において新しい視点を開くものとして大変興味深い。

以上のような理由により,論文提出者謝賓は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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