学位論文要旨



No 124975
著者(漢字) 乙部,達志
著者(英字)
著者(カナ) オトベ,タツシ
標題(和) 界面モデルに関連した確率過程に対する大偏差原理と大数の法則型極限定理
標題(洋) Large deviations and limit theorems of law of large numbers' type for the processes related to the interface models
報告番号 124975
報告番号 甲24975
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第330号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 儀我,美一
 東京大学 教授 吉田,朋広
 東京大学 准教授 SEBASTIA,WEISS GEORG
内容要旨 要旨を表示する

水と氷や空気中の水滴のように異なる相を分離する境界面のことを界面という.本論文では界面モデルに関連した以下の四つの問題

1. Concentration under scaling limits for weakly pinned Gaussian random walks

2. Scaling limits for weakly pinned random walks with two large deviation minimizers

3. Law of large numbers for Wiener measure with density having two large deviation minimizers

4. Large deviations for the ∇φ interface model with self potentials

について研究した.

界面の形は,大偏差原理の速さ関数(界面の総表面張力)の最小解が唯一つの場合はその最小解になる事が分かっている.そこで,大偏差原理の速さ関数の最小解が1つでない場合は界面の形はどうなるのかといった自然な疑問が出てくる.この事は,大偏差原理の精密化を行う事により解決する事が出来る.

上記1,2,3ではランダムウォークモデル(d=1の∇φ界面モデルとみなすこともできる)に対して上の精密化の問題を考察し,4では舟木-坂川(Adv.Stud.Pure Math.,39,Math.Soc.Japan,2004,pp.173-211)で扱われた自己ポテンシャルよりも広いクラスの自己ポテンシャルを持つ∇ψ界面モデルに対する大偏差原理を考察している.

1. Concentration under scaling limits for weakly pinned Gaussian random walks(Erwin Bolthausen,舟木直久両教授との共同研究)

ピンニングの影響があるGauss的ランダムウォークを考え,対応する大偏差原理の速さ関数の最小解が唯一つでない時のスケール極限について考察した.

D=[0,1]⊂Rとし,DN={0,1,…,N-1,N}とおく.このとき,ランダムウォークの微視的な位置を表す変数φ={φi∈Rd,i∈DN}に対して,巨視的な位置を表す変数{hN(t),t∈D}を微視的な変数をi-方向,φ-方向共に1/N倍にスケール変換して得られるhN(i/N)=1/Nφi,i∈DNの線形補間として定義する.M⊂RdをRdのn-次元部分空間(M=Rn,0≦n≦d-1)とし,M⊥をその直交補空間とする.y=(y(1),y(2))∈Rd≡M×M⊥と分解し,測度V(dy)=dy(1)δ0(dy(2))を考える,また,γ≡codim M=d-nと書き,Markov連鎖の状態空間がR(+d)=R(d-1)×R+の時はM⊂∂Rd+と仮定する.

また,ε≧0,α,b∈Rd(またはR(+d))として(Rd)(N+1)または(R(+d))(N+1)上のMarkov連鎖の分布を次で定義する,μの肩のD,Fは時刻Nでの境界条件がDirichlet,Freeである事をそれぞれ表している.

ここでdφ(i(+)),はRd(またはR+(d))のLebesgue測度,ZN(D'ε'(+)),ZN(F,ε'(+))は規格化定数である.また,ハミルトニアンはHN(φ)=1/2Σ|φi-φi-1|2であり,|.|はRdのEuclidノルムを表す.

定理1,μN=μN(D,ε,(+)),μN(F,ε'(+))の下,hN={hN(t),t∈D}に対してN→∞とした時,C([0,1],R((+)d))上で速さNの大偏差原理が成り立つ.(規格化していない)速さ関数Σ=Σ(D,ε,(+)),Σ(F,ε,(+))の形はΣ(h)=1/2∫(01)|h(t)|2dt-ξ|{t∈D);h(t)∈M}|である.ここでξ=ξ(D,ε,(+)),ξ(F,ε,(+))はε≧0に対して定義されるfree energyと呼ばれる非負の量である.

注意2.ここでは詳細を述べないが,ξ=ξ(D,ε,(+)),ξ(F,ε,(+))に関する詳しい情報も論文の中で述べている.

Σ(h)の最小解の候補は2つあり,Dirichlet caseの時h(D,(+)),h(D,(+)),Free caseの時h(F,(+)),h(F,(+))とおく,d=1,M={0}の時の最小解の形は,Dirichlet caseの時は次のページの図のhD,hDのようになり,Free caseの時はhhF,hFのようになる.ただしhが0に交わる座標はMarkov連鎖の状態空間がRdかR+(d)かの状況でそれぞれ異なる事に注意しておく.

以下,「limμN(||hN-h*||∞≦δ)=1,∀δ>0」を「hN→h*」と書き,「limμN(||hN-h*||∞≦δ)=c∈(0,1)、limμN(||hN-h**||∞≦δ)=1-c,∀δ>0:+分小」を「hN→h*とh**の共存」と書く事にする.ただしμN(D,ε,(+)),μN(F,ε'(+))を代表してμNと書いた.

定理3.(Dirichlet case)最小解が2つ存在する場合(i.e.Σ(D,ε,(+))(h(D,(+)))=Σ(D,ε,(+))(h(D,(+))))を考える.μN(D,ε,(+))の下で,r=1の時hN→h(D,(+)),r=2の時hN→h(D,(+))とh(D,(+))の共存,γ>3の時hN→h(D,(+)).

定理4.(Free case)最小解が2つ存在する場合(i.e.Σ(F,ε,(+))(hF,(+))=Σ(F,ε,(+))(h(F,(+))))を考える.μN(F,ε'(+))の下で,r=1の時hN→h(F,(+))とh(F,(+))の共存,r≧2の時hN→h(F,(+)).

2. Scaling limits for weakly pinned random walks with two large deviation minimizers(舟木直久教授との共同研究)

1と同様の問題を,より一般のランダムウォークについて論じる.ただし状態空間はRdとし,R+(d)上のMarkov連鎖は考えない.

D,DN,φ;{φi∈IRd,i∈PN},{hN(t),t∈D}を1で定義したものと同じものとする.また,ε≧0,α,b∈Rd,M={0}として(Rd)(N+1)上のMarkov連鎖の分布を(1),(2)で定義する.ただしハミルトニアンをHN(φ)=-Σlogp(φi-φ(i-1))で与え,pは次の条件を満たすとする.

仮定1.p:IRd→[0,∞)は次を満たす.1.∫I(Rd)P(x)dx=1.2.supe(λ,x)p(x)く∞,∀λ∈Rd.3.A*(v)≡sup{λ.v-A(λ)}〈∞,∀v∈Rd.ただしA(λ)≡log∫(Rd)eλPxp(xdxである。4.A*∈C3(Rd).

定理5.μN=μN(D,ε),μN(F,ε)の下,hN={hN(t),t∈D}に対してN→∞とした時,C([0,1],Rd)上で速さNの大偏差原理が成り立つ.(規格化していない)速さ関数Σ=Σ(D,ε),Σ(F,ε)の形はΣ(h)=∫(10)A*(h(t))dt-ξ{t∈D;h(t)=0}である.ここでξ=ξ(D,ε),ξ(F,ε)はε≧0に対して定義されるfree energyと呼ばれる非負の量である.

注意6.ここでは詳細を述べないが,ξ(D,ε),ξ(F,ε)に関する詳しい情報も論文の中で述べている.以下はd=1の時のΣ(h)の最小解の形である.

注意7.ξ(F,ε)=A*(0)かつt∈[0,1)が存在してα=-tmの時は,連続無限個の最小解がある.

定理8.(Dirichlet case)最小解が2つ存在する場合(i.e.Σ(D,ε)(hD);Σ(D,ε)(hD)))を考える.μN(D,ε)の下で,d=1の時hN→hD,d=2の時hN→hDとhDの共存,d≧3の時hN→hD

定理9.(Free case)最小解が2つ存在する場合(i.e.Σ(F,ε)(hF)=Σ(F,ε)(hF))を考える.μN(F,ε)の下で,d=1の時hN→hFとhFの共存,d≧2の時hN→hF.

3. Law of large numbers for Wiener measure with density having two large deviation minimizers

自己ポテンシャルの影響がある1-次元Brown運動を考え,対応する大偏差原理の速さ関数の最小解が唯一つでない時の大数の法則について考察した,

D=[0,1]⊂R,C=0(D),R)とし,x={x(t),t∈D}をx(0)=0であるようなBrown運動とする,α∈]R,x∈CとNV=1,2,に対して,hN(t)=x(t)/N+α,t∈D)とおく.また,W=W(r)は次の条件を満たすR上の(可測)関数であるとする:

(C)∃A>Os.t.limW(r)=0,limW(r)=-Aand-A≦W(γ)≦0 for ∀r∈R。

また,C上の分布μN(dh)=ZN(-1)exp{-N∫10W(Nh(t))dt}VN(dh)を考える.ここでVNはhNのC上の法則,ZNは規格化定数である.

この時,μNの下で{hN(t),t∈D}に対してN→∞とした時,C上で速さNの大偏差原理が成り立つ.(規格化していない)速さ関数ΣWの形はΣW(h)=1/2∫(01)h2(t)dt.A|{t∈D;h(t)≦0}である.

Σwの最小解の構造としては,α≦0またはα>2Aの時Σwの最小解はh≡αになり,0<α<2Aの時Σwの最小解hは上の図の解のようになる.ただしんが0に交わる座標はα/2Aである.

定理10.条件(C)とΣw(h)=Σw(h)を仮定する.さらに,あるK∈Rが存在して任意のr≧Kに対してW(r)=0を仮定すると,hN→h.

定理11.条件(C)とΣw(h)=Σw(h)を仮定する.さらに,以下の3条件

∃λ1,α1、>0.s.t.w((r)~-λ1r(-α1)as r→∞,

∃λ2,α2>0 s.t,W(r)≦-A+λ2|r|(-α2) as r→-∞,

0<α1∫01ht(-α1)dt,

を仮定すると,hN→h.

4. Large deviations for the ∇(φ) interface model with self potentials

自己ポテンシャルがある∇φ界面モデルに対する大偏差原理を考察した.

DをRd内で境界が区分的にLipschitz連続な有界領域とし,DN=ND∩Zd,∂+DN={xDN;|x-y|.=1,∃y∈D)N},DN=DNU∂+DNとおき,DN上の微視的なレベルの界面をφ={φ(x),x∈DN}∈RDNで表わす。相互ポテンシャルル:R→R,自己ポテンシャルS:D×R×R→R,境界条件ψ={ψ(x),x∈∂+DN}∈R(∂+DN)を持つDN上の界面のエネルギーを〓で定義する.ただしφ∨ψはDN上でφ,∂+DN上でψに一致するDN上の界面の配置を表わす.相互ポテンシャルγ:R→RはC2,偶かつある定数c-,c+>0が存在して任意のη∈Rに対してC.≦v"(η)≦C+を満たすとする.また自己ポテンシャルS(θ,s,r)≡Q(θ,s)W(γ),Q:D×R→[0,∞),W:R→Rは以下の条件を満たすとする.

(Q)Qは非負,有界かつ区分的に連続で.Q(θ,s)-Q(θ,s')|≦c(θ)|s.s'|Eを満たす.ここでc:D→[0,∞)は.||c||L2(D)<∞

(W)Wは可測で極限α=limW(r),β=limW(r)が存在し,r=supW(r)<∞かつ任意のγ∈Rに対してW(r)≧αβ

また,g∈C>∞(Rd)に対しg|∂Dを巨視的な境界条件とし,微視的レベルでの境界条件ψ∈R(∂+DN)はあるC>0とP0>2が存在してΣ|ψ(x-Ng(x/N)|Po≦CNdを満たし,さらにmax|ψ(x)|≦CNを満たすとする。

対応するR(DN)上の有限Gibbs測度はμN(ψ,S)(dφ)=(ZN(ψ,S))(-1)exp{-HN(ψ,S)(φ)}IIdφ(x)で定義される.ここでZN(ψ,S)は規格化定数である.

また,巨視的な高さ変数{hN(θ),θ∈D}を微視的な高さ変数をx-方向,φ-方向共に1/N倍にスケール変換して得られるhN(x/N)=1/Nφ(x),x∈DNの多重線形補間(一種の折れ線近似)として定義する.この時,次の定理が成立する.

定理12.μN(ψ,S)の下,巨視的な高さ変数{hN(θ),θ∈D}に対してN→∞とした時,L2(D)上で速さNdの大偏差原理が成り立つ.(規格化していない)速さ関数ΣSは次で与えられる.

ΣS(h)=∫Dσ(∇h(θΣ,dθ+∫DQ(θ,h(θ))(α1{h(θ)>0}+β1{h(θ)<+(α∧β)1{h(θ)=0})dθ

ここでσ(v)は表面張力と呼ばれる巨視的な量であり,ポテンシャルVから定まる.

審査要旨 要旨を表示する

結晶体の表面あるいは氷と水のような異なる相を分離する境界面のことを界面という。一般に界面の形は,総表面張力あるいは界面に対して外部から働く力の影響等を考慮して得られる変分問題の最小解として特徴付けられる。そのような変分問題は,数学的にはミクロなレベルのモデルに対して大偏差原理を示すことにより導かれる。特に大偏差原理の速さ関数の最小解が唯一つであれば,界面の形はその最小解として与えられることが知られている。しかしながら,大偏差原理の速さ関数の最小解が複数個存在する場合には,それらは界面の形の候補ではあるが,実際の界面の形がその中のどれであるかは定かでない。そのような状況において,界面の形を決定することは自然でかつ重要な問題である。論文提出者乙部達志は,界面モデルに関連した以下の4つのモデルについてこのような問題を論じ,大偏差原理の精密化を行うことにより極限として現れる形状を決定し,上記の問題の解決を図った。

まず第1に,ピンニングの影響がある平均0のGauss的ランダムウォークを考え,対応する大偏差原理の速さ関数の最小解が唯一つでない場合のスケール極限について考察した。また,このようにして定義されるマルコフ連鎖の原点への到達時刻に対する中心極限定理,および自由エネルギーの臨界指数について考察した。乙部は,壁がある場合,ない場合,さらに境界条件がDirichlet境界条件,自由境界条件になる場合の都合4つの異なる場合について考察し,スケール極限が境界条件と空間の次元に依存するという結果を導いた。特に,2次元でDirichlet境界条件の場合と1次元で自由境界条件の場合には,スケール極限において2つの形が確率的に共存するという興味深い結果を得た。

第2に,上記の問題を,より一般のランダムウォークについて考察した。ただし,壁がある場合,あるいはランダムウォークのドリフトが0でない場合に最小解が無限個出現するような状況が考えられるが,そのような場合は考察の対象から除外している。大偏差原理の精密化を行うためには,分配関数の詳しい挙動を調べる必要があり,その解析にはCramer変換されたランダムウォークに対する局所中心極限定理が用いられた。

第3に,自己ポテンシャルの影響がある1次元Brown運動を考え,対応する大偏差原理の速さ関数の最小解が唯一つでない場合の大数の法則について考察した。このモデルでは,自己ポテンシャルの±∞における挙動の違いによりスケール極限が変化することを示している。

最後に,自己ポテンシャルを持つ∇ψ界面モデルに対する大偏差原理を考察した。∇ψ界面モデルに対する大偏差原理は様々な研究者によって研究されてきたが,特に乙部は,自己ポテンシャルがマクロな界面の高さに依存する場合等,より広いクラスのポテンシャルに拡張して大偏差原理を示した。

これらはいずれも重要な結果であり,大偏差原理およびその精密化において新しい視点を開くものとして大変興味深い。

以上のような理由により,論文提出者乙部達志は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/28154