No | 124976 | |
著者(漢字) | 野田,秀明 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ノダ,ヒデアキ | |
標題(和) | 非正規なシェルピンスキーガスケット上のブラウン運動に対する熱核の短時間漸近挙動と大偏差原理 | |
標題(洋) | Short time asymptotic behavior and large deviations for Brownian motion on scale irregular Sierpinski gaskets | |
報告番号 | 124976 | |
報告番号 | 甲24976 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第331号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文では不規則な自己相似性を持つ図形の一つであるscale irregular Sierpinski gasket(以下SISG)と呼ばれる図形の上の拡散過程を扱う.2より大きい任意の自然数Nに対してN次元SISGを考えることができるが簡単のため本論文ではN=2の場合のみを対象とする.図1にあるように,正三角形の各辺を2分割して下向きの三角形を1つ取り除き,残った正三角形各々に同様の操作を行うことを無限回繰り返してできる図形がSierpinski gasketであり,SG(2)で表すことにする.同様に図2のように各辺を3分割して下向きの三角形を3つ取り除くという操作を上と同じように繰り返すことによって得られる図形をSG(3)で表すことにする.同様にして4より大きい自然数mに対しても各辺をm分割して作られる図形SG(m)を考えることができる.Aを2より大きい自然数の有限部分集合とする.η∈ANに関するSISGとは,正三角形の各辺をη1分割して下向きの三角形を取り除き,残った正三角形各々の各辺をη2分割して下向きの三角形を取り除く,といった操作をηに従って無限回繰り返してできる図形である.ここでは最も単純な場合,つまりA={2,3}のときを考える.図3はη=(2,3,2,2,3,..)∈{2,3}Nに対するSISGである. 本論文ではSISG上のBrown運動と呼ぶにふさわしい拡散過程の熱核の短時間での漸近挙動とSchilder型の大偏差原理について考察する.対応する事柄を多様体の場合とSierpinski gasketの場合で述べておく.リーマン多様体上Mの熱核pt(M)(x,y)の時間零への漸近挙動についてはvaradhanによる次の結果[V]が著名である:任意のx,y∈Mに対して (1) ここでρはリーマン距離とする.またSchilder[Sc]はユークリッド空間の上のBrown運動{Bt}t≧0に対して次の大偏差原理を証明した.x∈Rdを一つ定める,Pxをx出発の0([0,1]→Rd)上のWiener測度とする.任意の閉集合C⊂{ω∈C([0,1]→Rd):ω(0)=x}と開集合Gに対して が成り立つ.ただし (2) Iはレート関数と呼ばれ,連続関数φのエネルギーを表す量と捉えることができる.この定理はBrown運動に関する1つの大偏差原理であり,それはStrassenの関数型重複大数の法則に応用されたり,確率微分方程式を通して一般の多次元拡散過程の大偏差原理を導くことに用いられたりする重要な定理である.この定理の証明はいくつか知られているがVaradhanによる熱核の短時間漸近挙動(1)を用いた方法がある.SG(2)上のBlown運動{Xt}t≧0の熱核Pt(x,y)に対してはKumagai[Kum]によって (3) が成り立つことが示された.ここでdw=2.321928…,z∈[2/5,1],dはSG(2)上の固有の距離でありFはBrown運動{Xt}t≧0のあるhitting timeのラプラス変換から導かれる関数のルジャンドル変換として決まるF(5y/2)=F(y),y>0を満たす定数ではない連続な正の周期関数である.また有界な関数Hをどのように選んでもlimt→0H(t)t(1/(dw-1))logPt(x,y)が存在しないこともわかっている.SG(2)上のBrown運動は時刻tにおいて出発点から平均t1/dwの定数倍の距離にいることが知られており,このことからdwは粒子の拡散の速さを示す量であるということができる.ユークリッド空間上のBrown運動の場合dwに対応する量は2である.その後Ben-ArousとKumagai[BK]は熱核の短時間漸近挙動を使って,次に挙げるSchilder型大偏差原理を示した.x∈SG(2)を一つ定める.任意の閉集合C⊂Cx([0,1]→SG(2))={ω∈C([0,1]→SG(2)):ω(0)=x}と開集合Gに対して (4) が成り立つ.ここでε(n,z)=(2/5)nzであり{I(x,z)}z∈[2/5,1]はφ∈Cx([0,1]→SG(2))に対して で定義されるレート関数の族である.ただしDφ(t)=lim(s→t)d(φ(s),φ(t))/|s-t|,t>0とする.このことはSierpinski gasket上ではSchilder型の大偏差原理はε→0については成立しないが,各zについて列ε(n,z)でn→∞とするときには成立する,ということを意味している. 本論文では上記の内容がSISG上のBrown運動に対してはどのようになるのか,について考察した.第2章ではまずSISGの明確な定義とその上のBrown運動の構成を簡単に述べる.次にSG(2)の場合のFに対応する関数を構成し,その性質を調べた後に熱核の短時間漸近挙動を述べる.SG(2)との違いは,完全な自己相似性がないためにdwとFに対応する量が(3)でいうところのnに依存する形となることである.第3章ではレート関数を定義し,SISG上のpath空間の上の測度の族についてSchilder型の大偏差原理についての考察を行うがSG(2)の場合で得られたような形の大偏差原理には至っておらず弱い形でしか得られていない.Fに対応する関数がnに依存することから,レート関数も(4)でいうところのnに依存することになり,このことが上手くいかないことの原因となっている.この章では対象としている測度の族が大偏差原理の理論では重要なexponentially tightを満たすことも示す.SG(2)の場合にこのことを述べておく.これは大偏差原理の一般論(ここでの一般論とは例えば[DZ]の第4章)より(4)からただちに得られるものである.測度の族{PxoX(-1εn,z.)}n∈N,z∈[2/5,1]がexponentially tightであるとは任意のL>0に対して,あるコンパクト集合K⊂Cx([0,1]→SG(2))があって を満たすことである.また第3章では(4)のような大偏差原理は求まってないものの,弱い形の大偏差原理よりVaradhanの定理に対応するものを示す。SG(2)の場合にこのVaradhanの定理がどのようなものかを挙げておく.Φ:Cx([0,1]→SG(2))→Rを有界な連続関数とする.このとき が成り立つ.これも大偏差原理の一般論より(4)からただちに得られる.Euclid空間上で対応するものはSG(2)をRd,dwを2,ε(n,z)をε,レート関数を(2)でおきかえてε→0とすればよい.実は一般論としてexponentially tightnessとVaradhanの定理は大偏差原理(4)と同値であることが知られている.本論文ではSISGの上のBrown運動に関して弱い形の大偏差原理を導出し,exponentially tightnessとVaradhanの定理に対応するものを示すことができた.このことから、より良い大偏差原理も成り立つことが期待される.なおレート関数が一つの定まった関数でないこと等から,本論文で扱ったケースは一般論の枠組みに入らないことを注意しておく. 図1:SG(2) 図2:SG(3) 図3:SISGの一例 | |
審査要旨 | 本論文は、非正規なシェルピンスキーガスケット上のブラウン運動に対する熱核の短時間漸近挙動とシルダー型大偏差原理について論じたものである。 シェルピンスキーガスケットは通常2次元ユークリッド空間内の正三角形に対して3つの頂点を中心とする3つの1/2縮小相似変換の不動集合として与えられ、自己相似性を持つ。しかし、これに代わり、6つの1/3縮小相似変換の不動集合として同様な自己相似性を持つフラクタル図形を定義することもできる。一方、さらに複雑な図形として{2,3}Nの元ηに対して各段階の縮小相似写像の族として、ηの第n成分ηnに応じて第nステップを3つの1/2縮小相似変換、または6つの1/3縮小相似変換を選ぶという方法で2次元ユークリッド空間内のフラクタル図形、非正規なシェルピンスキーガスケット(以下IRSGと呼びFηと表記する)、を定義できる。この図形はもはや自己相似性を持たない。本論文ではIRSG上のBrown運動と呼ぶにふさわしい拡散過程の熱核の短時間での漸近挙動とシルダー型の大偏差原理について考察している。 まず各η∈{2,3}N毎に具体的に定められる第n階空間スケールBn(η),第n階面積スケールMn(η),第n階時間スケールMn(η),を定義し、ランダムウォーク次元dw(η)(n),スペクトル次元ds(η)(n)を で定義する。ランダムウォーク次元やスペクトル次元は通常のシェルピンスキーガスケットでは定数となる。さらにFη上の自然な距離から定まる距離関数をdηで表すことにする。 これらの準備の下に、ある関数方程式から一意に定まる連続関数Ψ:[0,∞)×{2,3}zを与え(第2章2.3節)、Ψ*:[0,∞)×{2,3}zを、そのルジャンドル変換として定義している。この関数は通常のシェルピンスキーガスケットではある種の周期関数となる。 Barlow-Hambly(1997)が、時間スケールTn(η)を用いてIRSGFη上に自然な拡散過程を構成し、その推移確率がハウスドルフ測度に関して絶対連続であることを示し、さらにその密度関数(熱核)Pη(t,x,y)に対する上と下からの評価を与えた。 この論文では、この熱核に対して短時間の漸近挙動として以下の定理を示した。 定理1任意のb>a>0に対して がn→∞の時成り立つ。ただし、γn=1/(dηw(n)-1),θ:{2,3}z→{2,3}zはシフト作用素である.また、η*は により定義される{2,3}zの元である。 この定理は普通の熱核に対するVaradhan評価に対応しており、シェルピンスキーカーペットの場合の熊谷(1997)の結果の拡張となっている。 さらに論文ではシルダー型の大偏差原理を調べている。φ:[0,1]→Fηが絶対連続であるとき、 がa.e.t∈(0,1)に対して存在する。 関数Is(η):C([0,1];R2)×{2,3}z→[0,∞],η∈{2,3}N,s>0,をIs(η)(φ)= により定義する。 この時、以下のような定理を示した。 定理2任意の有界連続関数Φ:C([0,1];R2)→R及びb>a>0に対して がn→∞の時に成り立つ。 また、exponential tightnessと呼ばれる性質も示している。 これはシルダー型大偏差原理の言い換えの一つとなっており、熊谷-Hambly(2003)の結果の拡張となっている。 このように本論文では非正規なシェルピンスキーガスケットにおいて,複雑な形ではあるけれども、時間がゼロに収束するときの熱核の漸近挙動や大偏差原理をパラメータに関して一様な形で示すことに成功しており、確率過程論の観点から高く評価できるものである。 よって、論文提出者野田秀明は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/28164 |