学位論文要旨



No 124977
著者(漢字) 山﨑,智裕
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,トモヒロ
標題(和) 非対称作用素に関する逆問題と1次元非整数階偏微分方程式に関する逆問題
標題(洋) Inverse Problems Related with Non-symmetric Operators and Inverse Problem for One-dimensional Fractional Partial Differential Equation
報告番号 124977
報告番号 甲24977
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第332号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 山本,昌宏
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 儀我,美一
 東京大学 教授 中村,周
内容要旨 要旨を表示する

本学位申請論文において,摩擦を伴う振動や伝送線などの電流・電圧を記述する際に現れる非対称な常微分作用素に関する係数による逆散乱問題や1階の非対称双曲型方程式に関する逆問題、さらに1次元非整数階偏微分方程式の係数ならびに階数を境界における観測データから決定する逆問題に対して一意性を証明した。

1 非対称作用素の逆散乱問題について

APu = Bdu/dx+ P(x)u = λu x∈R,

という方程式を考える.ここで

とする.さらにP(jk) ∈ C0(1) (R) とし,{L2(R)} における作用素AP は

で定められているとしておく.Re λ = 0 となるλ ∈ R に対しφ(+)(x, λ), φ(-)(x, λ), ψ(+)(x, λ), ψ(-)(x, λ) を(1.1) の解で

を満たすものと定義する.これらの解のことをJost 解と呼ぶ.このとき,

となるようなα(j)(λ), β(j)(λ), j = 1, 2, 3, 4 が存在することを示すことができる.このα(j)(λ), β(j)(λ) を散乱係数と呼ぶことにする.

このとき以下のような逆問題を考える.

係数による逆散乱問題: 散乱係数α(j)(λ), β(j)(λ) (j = 1, 2, 3, 4) から係数行列P(x) を求めよ.

対称な常微分作用素に関する逆散乱問題はV.A. Marchenko らをはじめとして先駆的な研究が数多くあるが、非対称作用素に関しては研究結果が極度に少ない。学位申請論文の第1部において、このような逆問題における一意性について研究した.

この逆問題に関して一意性は一般には成り立たないが,主定理として、散乱係数が一致するような係数行列の満たすべき必要十分条件を積分方程式の形で導いた.

主定理における積分方程式を用いると、系として,例えば,係数行列の2行目が既知の場合に1行目を決定する逆問題についての一意性が成立することを示すことができる.

なお,付随する順問題の結果として,散乱係数の漸近挙動に関する結果や,作用素AP のスペクトルの分布に関しての結果も得た.

2 1階の双曲型方程式に関する逆問題について

以下の初期値境界値問題を考える.

(2.1)

(2.2)

(2.3)

(2.4)

ここでhj ,Hj ∈ R{-1,1}, j = 1, 2 とする.u(t, x) は4 次元ベクトル関数である.係数P(x) は4 行4 列の行列関数で初期値a(x) は4 次元ベクトル関数である.またE2 を2×2 の単位行列として、B4 =とおく.この初期値境界値問題の解をu(P,a)(t, x) と書く.

この問題に対し以下の逆問題を考える。

逆問題: 2点x = 0, 1 における境界データu(t, 0), u(t, 1),-T≦ t ≦T から係数行列P(x) と初期条件a(x)を求めよ.

学位論文の第2部ではこの逆問題の一意性を考えた。一般にはこの逆問題の一意性は成立しない.そこでMT (P, a)≡ {(Q, b) ∈{C1[0, 1]}(20) ; u(Q,b)(t, 0) = u(P,a)(t, 0), u(Q,b)(t, 1) = u(P,a)(t, 1) -T < t < T}を考えた. この集合は,u(Q,b) の境界値が係数行列がP(x) で初期値がa(x) であるときの境界値と同じになるような係数行列Q と初期条件b の組全体である.

{L2(0, 1)}4 から{L2(0, 1)}4 への作用素AP を

で定義する.学位申請論文の第2部の主定理では、この作用素AP について,(i) 固有空間の次元が1 であること,(ii) 無限遠方において異なる固有値間の距離がある定数c > 0 より大きいこと,(iii) 共役作用素AP(*)の任意の固有関数と初期条件a が直交しないこと,(iv) T≧2, という仮定のもとに,集合MT (P, a) をP,Q に関する常微分方程式とa によって特徴付けた.主定理により,係数行列の一部の成分(たとえば1行目のみ)に関しての一意性の結果を得ることができる.また,証明に当たって作用素AP の固有値の漸近挙動に関する結果や,固有関数が基底をなすことを証明した.

3 1次元非整数階偏微分方程式に関する逆問題

(3.1)

(3.2)

(3.2)

という系を考える.ここでp ∈C2[0, l], 0 < α < 1 であり,Dt(α) u(x, t) はCaputo 導関数:

を表す。またδ はディラックのデルタ関数である。方程式(3.1) はα = 1 に対応する古典的な拡散方程式より一般的な媒質における拡散を表しており、α は一般化された拡散の階数であり、p(x) は拡散係数を記述している.

この系に対し以下の逆問題を考える。

逆問題: 1点x = 0 における境界データu(0, t), 0≦t≦ T から時間微分の階数αと係数関数pを求めよ.

学位申請論文第3部ではこの逆問題の一意性を考えた。

(3.2) はディラックのデルタ関数を含むので,(3.1)-(3.3) の系を考えるに当たり,弱解の定義が必要となる。そのために関数空間の準備を行う.以下の作用素Ap を考える.

このAp は重複度が1である固有値{λn}n∈N⊂R を持っており,適当な番号付けにより0 = λ1 < λ2 <… , lim(n→∞)λn = ∞ とすることができ,しかも漸近挙動として

が得られる.φn をλn に対応するAp の固有関数でφn(0) = 1 を満たすものとすると,任意のψ ∈L2(0, l) に対して固有関数展開が成り立つ:ψ =Σ(n=1)∞ ρn(ψ, φn)φn. ここで(・, ・) はL2(0, l) における内積で,ρn := (φn, φn)(-1)である.このρn については漸近挙動ρn = c0 + o(1) (c0は正の定数) が成り立つ.

さて,定数M > 0 を任意にとり,作用素A(p,M) を

と定義し、その固有値を{λn(M)} と書くと,λn(M) = λn +M となる.したがってλn(M) > 0, n ∈ N が成り立つ.任意のκ > 0 に対して関数空間D(Ap(κ),M ) を

と定めるとこの空間はノルム||ψ||D(Ap(κ),M ) ={Σ(n=1)∞ ρn|λn(M) |2κ|(ψ, φn)|2}1/2 についてBanach 空間となる.さらにD(Aκ(-p),M ) をD(Ap(κ),M ) 上の有界線型汎関数全体としf ∈D(Ap(-κ),M ), ψ ∈ D(Ap(κ),M ) に対しf をψ に作用させたものを-κ < f, ψ >κと書くことにする.いま0 <ε< 12 を固定し,< ・, ・ >=-1/4-ε< ・, ・ >1/4 +εと書くことにする.

以下の(3.4)ー(3.6) が満たされるときu(p, α)(x, t) は(3.1)ー (3.3) の弱解であるという:

(3.4)

(3.5)

(3.6)

第3部の主要定理は以下のように述べることができる:

定理(1次元非整数階偏微分方程式に関する逆問題の一意性)

T > 0 を任意に固定し、p, q ∈C2[0, l], [0,l] でp, q > 0 かつα, β ∈ (0, 1) とする。そのとき、u(p, α)(0, t) =u(q, β)(0, t), 0 < t < T ならばα = β, p(x) = q(x), 0 ≦ x ≦l である.

審査要旨 要旨を表示する

山崎智裕氏は、学位申請論文において摩擦を伴う振動や伝送線などの電流・電圧を記述する際に現れる非対称な常微分作用素系に関する逆散乱問題や1階の非対称双曲型方程式に関する逆問題、さらに1次元非整数階偏微分方程式の係数ならびに階数を境界における観測データから決定する逆問題に対して一意性を証明した。実軸上のシュレンディガー方程式やディラック方程式など対称な常微分作用素の逆散乱問題に対しては、マルチェンコによる先駆的な研究を初めとして、一意性については再構成のアルゴリズムも含めて極めて多くの結果が知られているが、作用素が自己共役でないだけでなく、もともと形式的にも対称ではないシステムの場合の逆散乱問題の一意性はほとんどなく、山崎氏の結果はそのような方面での最初期の数学的な成果である。

第一部において、次のような実軸上の非対称な常微分作用素に対して逆散乱問題を定式化しその一意性を確立した:

APu = Bdu/dx+ P(x)u = λu x∈ R;

ただし、

とし、P(jk)∈C0(1) (R) とし,L2(R)2 における作用素AP は定義域をD(AP ) = H1(R)2 として定義されている。適切な、 に対し、無限遠方で指数関数に漸近するような解のシステムを定め、それらの解の間の線形変換式の係数を、 の関数として考えて、そのような関数から係数行列を決定する問題を考察した。線形変換式は、実軸上のシュレンディガー方程式の場合の散乱係数に対応するものであり、ここで考えられた逆問題は実軸上のシュレンディガー方程式の逆散乱問題に相当するものである。第一部での山崎氏の主要結果は同一の散乱係数を与える係数行列を特徴付けである。それを用いると、散乱係数から2 ×2 の係数行列のうちで例えば一行目の2つの成分のみを一通りに決定できるといった系を容易に導くことができる。証明のためには、非対称作用素のスペクトルの性質を明らかにすることや、レヴィタン以来のロシア学派の方法論である変換公式を非対称な作用素に確立することが必要であり、手法的にも注目すべきものがある。

第二部において1階の双曲型方程式に関する逆問題における一意性について考察した。すなわち、4 成分の空間次元が1 である双曲系の初期・境界値問題を考えて、境界点の解の時間方向の観測から16 個の係数を特徴づける条件を導出した。4 成分の双曲系の初期・境界値問題は、例えば2本の伝送線などの電圧・電流の時間変化に関する支配方程式である。定常部分の作用素のスペクトラムの漸近形などの性質がスツルム・リウビル問題や、すでに逆問題の結果がトルシン・山本らに証明されている2 成分の場合と根本的に異なっており、解析も格段に困難である。山崎氏は、このような4 成分の場合に既存の結果を拡張した。

最後に第三部において1次元非整数α 階の拡散方程式を考えて、ディラックのデルタ関数を初期値にもつような解に関する逆問題の一意性を証明した。ここで、0 <α < 1 として、非整数階微分は

で定義されており、非整数階の拡散方程式はα = 1 に対応する古典的な拡散方程式より一般的な媒質における拡散を表している。主要結果は、端点における解の時間変化によって、αと空間変数に依存する拡散係数を同時に一通りに決定できることを主張するものである。証明の骨子は、ゲルファンドとレヴィタンによるスツルム・リウビル逆問題と非整数階の拡散方程式の弱解の性質である。α は実際の拡散の基本的な性質を確定する重要な物理パラメータであり、山崎氏のこの結果は、実験でα を決める際の数学的な保障を与えたものとして重要である。

山崎智裕氏による第一、二部の結果は、逆スペクトラル問題の深い知識に基づき、従来その重要性にも関わらず省みられなかった非対称な常微分作用素系に関する逆問題を考察したものであり、第三部の主要結果は非整数階拡散方程式の逆問題の一意性に関するまったく新しいものである。

よって、論文提出者 山崎智裕 は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/28160