学位論文要旨



No 124984
著者(漢字) 中村,伊南沙
著者(英字) Nakamura,Inasa
著者(カナ) ナカムラ,イナサ
標題(和) 自明なトーラスの被覆の形をした曲面結び目の研究
標題(洋) Surface links which are coverings of a trivial torus knot
報告番号 124984
報告番号 甲24984
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第339号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 准教授 河澄,響矢
 学習院大学 教授 松本,幸夫
内容要旨 要旨を表示する

トポロジーの一分野である結び目理論、そのなかでも特に2次元ブレイドと曲面結び目について研究している。古典的に広く研究対象とされてきた3次元空間内の1次元のブレイドや結び目の拡張された概念として、4次元空間内の曲面ブレイドと曲面結び目が定義される。特に、単純曲面ブレイドのことを2次元ブレイドといい、球面の局所平坦な埋め込みを2次元結び目という。

曲面ブレイドの概念はViroやRudolphによって導入され、Kamadaによって2次元ブレイドと曲面結び目との間の基本的な関係が研究されてきた。[S.Kamada, "Braid and knot theory in dimension four", Math. surveys and monographs 95, Amer.Math.Soc., 2002]

任意の1次元のブレイドの閉包は結び目であるが、逆に1次元の任意の結び目はあるブレイドの閉包として表されることが知られている(Alexanderの定理)。同様にして、2次元では任意の向き付けられた曲面結び目はある2次元ブレイドの閉包として表される。つまり、任意の向き付けられた曲面結び目は自明な球面の単純分岐被覆の形に変形できることが知られている。(注意.曲面結び目には向き付け不可能なものも存在する。)

また、2次元円盤上のあるグラフ、チャートという概念がKamadaによって導入されたが、2次元ブレイドは境界のないチャートとして表すことができる。また、チャートムーブという局所的な変形による同値変形によって、同じ次数の2次元ブレイドとチャートの同値類は1対1に対応している。従って、任意の向き付けられた曲面結び目はあるチャートで表せる。さらに、この場合、チャートは球面上に描かれているとみなしてもよい。

1次元の結び目からの曲面結び目の構成については多くの研究が成されてきた。2次元結び目として有名なのはツイストスパン結び目である。また、トーラスの埋め込みとして構成されるものとしてはスパントーラス結び目、ターンドスパントーラス結び目、シンメトリースパントーラスなどが挙げられる。

1次元結び目を4次元の中で円周に沿って動かしてできる曲面結び目をスパントーラス結び目といい、円周に沿って1周する間に円周の軸に関して1回転してできる曲面結び目をターンドスパントーラス結び目という。Boyleは円周の軸に関して整数回回転してできる曲面結び目について考察し、1次元結び目が非自明であるとき、このような曲面結び目の同値類は、円周の軸に関する回転が奇数か偶数かにしかよらないことを示した。スパンかターンドスパンしかないということである。[J.Boyle, "The turned torus knot in S4", J.Knot Theory Ramifications 2(1993), 239-249]

またTeragaitoはこれの一般化を行い、周期性のある1次元結び目を、円周に沿って1周する間に軸に関して有理数回回転して構成される曲面結び目をシンメトリースパントーラスと名づけた。[M.Teragaito, "Symmetry-spun tori in the four-sphere", Proceedings of Knots 90, 163-171]

本論文では曲面結び目の中でも特に、上に述べたシンメトリースパントーラスを含む曲面結び目として、自明なトーラスの単純分岐被覆の形をしている曲面結び目をトーラス被覆結び目と名づけ、トーラス被覆結び目の性質を考察する。定義より、トーラス被覆結び目はトーラス上のチャートとして表される。これをトーラス被覆チャートと定義する。また、トーラス上の次数mのチャートで定まるトーラス被覆結び目を、次数mのトーラス被覆結び目と定義する。成分数が1でトーラス上のチャートに黒い頂点が #b 個ある場合、トーラス被覆結び目の種数は 1+#b/2 となっている(#b は常に偶数である)。特に、トーラス上のチャートに黒い頂点がない場合、トーラス被覆結び目の各成分の種数は1となっている。また、2次元結び目、すなわち球面の埋め込みである曲面結び目は、種数がゼロなのでトーラス被覆結び目には含まれない。以下、各節の内容を簡単に述べる。

第1節では、曲面絡み目、2次元ブレイド、チャートの定義、定理等を述べる。

第2節では、トーラス被覆絡み目の定義を述べ(定義2.1)、トーラス被覆チャートを90度回転してもそれから定まるトーラス被覆絡み目は同値であることを述べる(定理2.3)。また、ターンドスパントーラス結び目の拡張として、ターンドトーラス被覆絡み目を定義し(定義2.4)、それを表すターンドトーラス被覆チャートを求める(定理2.5)。また、2回ターンしたトーラス被覆絡み目は元のトーラス被覆絡み目と同値であることを示す(命題2.6)。トーラス被覆チャートをターンする操作と90度回転とは可換でないことに注意する必要がある(命題2.7)。また、リボントーラス被覆結び目(成分数1)のノーマルフォームを定義し(定理2.8)、そのうち、ノーマルフォーム(2)は実際にリボンであることを示す(命題2.10)。最後に、最小三重点数が正の価であるトーラス被覆結び目の例を挙げる(定理2.11)。これは(-)もろて型でないトーラス被覆結び目の例でもある(系2.12)。

第3節では、トーラス被覆絡み目を自明な球面の単純分岐被覆の形にどう実際に変形できるか、4次元空間の全同位を用いて変形することによって調べる。つまり、トーラス上にチャートが描かれてあるとき、それを具体的に球面上にどう描けるか調べる。結果として、トーラス上で次数mのとき、球面上ではその2倍、次数2mで描けることが分かる(定理3.1)。さらに系として、(2,p)-トーラス結び目からできるターンドスパントーラス結び目のブレイド指数は4であることが分かる(系3.3)。

第4節では、各成分の種数が1であるトーラス被覆絡み目の結び目群、絡み目群について考察する。絡み目群の求め方を求め(補題4.1)、1次元の絡み目群について知られている定理を2つ挙げる(定理4.2、定理4.3)。定理4.4では1次元の絡み目群についての定理4.2に反するトーラス被覆絡み目の例を挙げる。また、命題4.5、定理4.6では、リボン型であって、シンメトリースパン(スパン)でない、つまり、リボン型であって絡み目群が1次元の絡み目群でないような2成分のトーラス被覆絡み目の無限個の例を挙げる。それに続く定理4.9では命題4.5、定理4.6のトーラス被覆結び目版、つまり成分数1の無限個の例を挙げる。また、トーラス被覆絡み目の絡み目群は捩れ元を持たないことを示す(定理4.10)。これから、トーラス被覆結び目はトーラス型の曲面結び目を全て含むわけではないこと、つまり、トーラス被覆結び目でないトーラス型の曲面結び目が存在することが分かる(系4.11)。

第5節では、トーラス被覆絡み目の結び目解消数について考察する。トーラス被覆絡み目が自明であるならば、それから定まるターンドトーラス被覆絡み目も自明であることを示す(定理5.1)。これにより、元のトーラス被覆絡み目もそれから定まるターンドトーラス被覆絡み目も同じ結び目解消数を持つことが分かる(系5.2)。また、補題としてトーラス被覆チャートがfree edgeのみから成るとき、それから定まるトーラス被覆絡み目は自明であることを示し(命題5.3)、それを用いて、白い頂点を持たない次数mのトーラス被覆チャートから定まるトーラス被覆絡み目の結び目解消数はm-1以下であることを示す(命題5.5)。さらに、結び目解消数が任意の非負整数であるトーラス被覆結び目の例を挙げる(定理5.6)。また、命題5.7では1次元の(p,q)-トーラス結び目からできるスパン、及びターンドスパントーラス結び目は、結び目解消数が1であることの別証明を与える。さらに命題5.8で命題5.7を適用できる1次元の結び目を決定する。もちろんこの1次元結び目は(p,q)-トーラス結び目を含む。

審査要旨 要旨を表示する

多様体の部分多様体の位置の問題は、多様体論が創始されたときから重要な問題であった。多様体自体の分類はホイットニー等の基本的な仕事の後に、h同境理論などの基本的な道具が整理され、20世紀の後半には、5次元以上の多様体に対しては、かなり良く理解されるようになった。それらの多様体の部分多様体の位置の問題は、グロモフの理論などでかなり分かってきている。一方、3次元多様体、4次元多様体の研究は、手術理論ともかかわって、その中での円周の配置、曲面の配置の問題とともに研究されてきた。3次元空間内の円周の配置、4次元空間内の曲面の配置については、結び目理論と呼ばれ、現在でも多くの不変量が提案され、それらを理解する研究が進んでいる。

論文提出者は、4次元空間に2次元曲面を与え、その近傍にある曲面結び目を2次元曲面への向きを保つ射影から理解する研究を組織的に行い、特に、4次元空間内に標準的に埋め込まれたトーラスに対しての研究が、豊富な内容をもつものであることを示した。

このような研究は、ビロ、ルドルフ、鎌田聖一達により、標準的に埋め込まれた球面への射影を、曲面ブレイドと名付けて研究するところから始まった。任意の向きづけられた曲面結び目は、曲面ブレイドとして表示される。鎌田聖一は、これをチャートと呼ばれる平面上の図式に表示し、その変形を定義して、曲面の埋め込みのアイソトピー類が等しいことを示す手段を与えた。チャートは、1価、4価、6価の3種類の頂点をもつグラフであり、その辺は、ブレイド群の標準生成元に対応している(1価の頂点は、射影の分岐点に対応し、4価の頂点は、可換なブレイド関係式、6価の頂点は、隣り合うブレイド生成元の関係式に対応している)。

論文提出者中村伊南沙は、標準的に埋め込まれたトーラスに対して、その近傍にある曲面結び目を、このトーラスへの射影のチャートにより表示し、曲面結び目の研究を展開した。

論文の構成に沿って述べる。

第1章では、曲面絡み目等についてのこれまでの理論と結果を概観している。

第2章では、トーラス被覆結び目(絡み目)を、このトーラスの単純被覆結び目(絡み目)として表されるものとして定義し、それを表すトーラス上のチャートを定義している。よく知られているトーラス結び目の表示をおこなっている。さらに、望月コサイクル不変量を利用して、最小三重点数が正であるトーラス被覆結び目の例を挙げている。

第3章では、トーラス被覆絡み目を自明な球面の単純分岐被覆の形に具体的な変形を与えている。ここでは、トーラスから球面の2重被覆分岐写像であって、分岐点が4点であるものを利用して、トーラス上の被覆を球面上の被覆として表示するアイディアが使われている。これにより、あるトーラス結び目についてブレイド指数が決定される。

第4章では結び目群の計算によって、トーラス被覆結び目の性質を考察している。とくに、トーラス被覆結び目でないトーラス型の曲面結び目の存在を示している。結び目群の計算では群の表示を工夫し、元の語表示の問題を扱っている。

第5章では結び目解消数について考察を行い、とくに結び目解消数が任意の非負整数であるトーラス被覆結び目の例を挙げている。その際結び目数の下からの評価は望月コサイクル不変量の挙動を調べて得ている。

これらのいずれの議論も曲面結び目理論における基本的な手段を提供しているものであり、トーラス被覆結び目(絡み目)が、明示的にたくさんの興味深い例を与えることができるものであり、それらについての具体的な計算が可能であり、これまでの曲面ブレイドの理論とも関連がはっきりしているもので、これからの2次元結び目理論において重要なものであることを示している。

このように、論文提出者の結果は4次元空間内の曲面結び目の研究において重要な意味を持つものである。よって論文提出者中村伊南沙は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/28152