学位論文要旨



No 124986
著者(漢字) 山下,温
著者(英字) YAMASHITA,ATSUSHI
著者(カナ) ヤマシタ,アツシ
標題(和) グラフの同相群のコンパクト化について
標題(洋) Compactification of the homeomorphism group of a graph
報告番号 124986
報告番号 甲24986
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第341号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 准教授 林,修平
 東京大学 准教授 足助,太郎
 筑波大学 准教授 酒井,克郎
内容要旨 要旨を表示する

位相空間X に対して,その自己同相写像の全体のなす群にコンパクト開位相を導入したものをH(X) で表す.X がコンパクト距離空間,ないし局所コンパクトかつ局所連結な可分距離空間である場合は,H(X)は位相群となる.X が与えられたときに,H(X) の位相的性質を調べることは古典的なgeneral topology のテーマの一つである.X がコンパクト多様体である場合はH(X) は無限次元な,到るところ局所コンパクトでない空間をなす.他方で,1960 年代後半から80 年代前半にかけての無限次元位相多様体論の研究によって,可分な無限次元ヒルベルト空間ι2 や閉区間の無限直積であるヒルベルト立方体Q = [-1, 1]N,あるいは局所的にこれらの空間をモデルとするような多様体(ι2-多様体,Q-多様体)の位相について多くの知見が得られてきた.当時の一連の研究はコンパクト多様体X に対してH(X) とι2-多様体との共通の位相的性質をいくつか見出しており,実際にH(X) がι2-多様体であることが予想されている.この予想はX が2 次元以下の場合にのみ,正しいことが証明されており( 1 次元については[1, p.202],2 次元については[5], [4],[2]),3 次元以上では未解決のままで残されている.

無限次元多様体論のひとつの結果として,「任意の可分なFrechet 空間はι2 と同相である」というものがある(Kadec-Anderson の定理[1, p.189]).Q の稠密な部分集合として開区間の無限直積s = (-1, 1)N を考えよう.s は実数直線R の可算直積RN と同相であり,RN はFrechet 空間であるから,s はι2 と同相である.したがって,ι2 をs と同一視してQ に埋め込んで考えれば,ι2 のコンパクト化としてQ が得られることが分かる.より一般に,ι2-多様体N は有限複体のホモトピー型をもつとき,Q-多様体M をコンパクト化にもつことが知られる.更に,このとき対(M,N) が次の性質をもつようにできる.「M の任意の点に対して,その開近傍U とQ の開集合V とを適当にとると,対(U,U ∩ N) は対(V, V ∩ s) と同相である.」この状況を,「コンパクト化(M,N) は(Q, s)-多様体である」と言い表す.

さて,本論文では,グラフの自己同相写像の群のコンパクト化について調べる.ここでグラフとは,局所有限で,高々可算個の単体をもつ1 次元以下の単体複体で単体分割されるような(局所コンパクトな可分距離)空間のことをいう.Γ をグラフとし,Γ の自己同相群H(Γ) の単位元の連結成分をH+(Γ) で表す.このとき1 次元コンパクト多様体の同相群がι2-多様体になることから,H+(Γ) が(Γ が無限個の孤立円をもつ場合と,離散空間である場合とを例外として) ι2-多様体になることが分かる.更にΓ が有限グラフであれば,H(Γ) もι2-多様体である.では,H+(Γ) やH(Γ) のそれらの自然なコンパクト化であって(Q, s)-多様体をなすものがあるであろうか.本論文の著者は次のようにして自然に定義されるH+(Γ) ないしH(Γ) のコンパクト化について考察し,H+(Γ) のコンパクト化については,それが(Q, s)-多様体をなすための必要十分条件を求めることができた.

再び一般にX をコンパクト距離空間,ないし局所コンパクトかつ局所連結な可分距離空間とする.位相群H(X) の各元はX からX への連続写像であるから,写像のグラフを考えることができ,それはX × X の閉集合である.他方,X × X の閉集合全体のなす空間にはコンパクト距離空間となるような位相を次のようにして導入することができる.一般にY を位相空間とするとき,Y の閉集合全体の集合Cld*(Y ) の上に以下の形の部分集合で生成されるような位相を考える.

(U はY の開集合)

(K はY のコンパクト集合)

このようにして定義されるCld*(Y ) 上の位相をFell 位相といい([3]),その位相を入れたCld*(Y ) のことをCld*F (Y ) と表す.この状況でY が局所コンパクトな可分距離空間であれば,Cld*F (Y ) はコンパクト距離空間になることが知られている.さて,いまX は局所コンパクトな可分距離空間であるから,X ×X もそうである.よって,Cld*F (X ×X) はコンパクト距離空間となり,その中に自己同相写像の群H(X) が集合として埋め込まれていることになる.実際には,これが位相空間としての埋め込みになっている(Lemma 2.1).したがって,H(X) ,あるいはその任意の部分群H に対して,それらのCld*F (X × X) における閉包HF (X)あるいはHF は,それぞれH(X) あるいはH のコンパクト化をなす.

ここでX がグラフΓ の場合を考えれば我々の考えている状況となる.同相写像の群H(Γ) およびH+(Γ)の上のようなコンパクト化をそれぞれHF (Γ),H+,F (Γ) とする.この論文の主結果はH+,F (Γ) に関するものであり,以下のように述べられる.グラフΓ に含まれる単純閉曲線J がループであるとは,Γ に含まれる(離散空間でない)グラフΓ' であって,Γ' ∩ J が一点からなり,かつΓ = Γ' ∪ J となるものが存在することである.また,円周T に基点* を固定するとき,ある整数m = 0 に対してT × {1, . . . ,m} ∪ {(*, 0)} のうち{*} × {0, 1, . . . ,m} を一点につぶして得られる空間をブーケと呼ぶ.これはm = 0 のときは一点であり,m = 1 のときは円周T に同相である.

定理I (Theorem 1.1). グラフΓ の円周と同相な連結成分の個数をoΓ,Γ の連結成分であってR ともブーケとも同相でないものの個数をsΓ,Γ のR と同相な連結成分の個数とループの個数との和をlΓ とする.このとき,次のような対としての同相写像が存在する.

但し,ここで

系II (Corollary 1.2).上の状況において,

(1) (H+,F (Γ),H+(Γ)) が(Q, s)-多様体であるための必要十分条件は,sΓ + oΓ = 1,lΓ = 0 であり,かつoΓ が有限なことである.

(2) H+,F (Γ) がQ-多様体であるための必要十分条件は,sΓ + oΓ = 1 であり,かつlΓ + oΓ が有限なことである.

上の定理I の証明で基本的な先行結果は,以下のものである.

定理A (酒井・上原[6]).I を単位閉区間とする.対としての同相写像

が存在する.

グラフΓ の点のうち,R と同相な近傍をもたない点の全体をΓ(0) とし,Γ Γ(0) の連結成分の全体を{Eλ ; λ ∈ Λ} と表す.Eλ の閉包をXλ とし,Fλ = Xλ Eλ とおく.このとき,H(Xλ, Fλ) = {h ∈H(Xλ) ; h|Fλ = id} の単位元の連結成分H+(Xλ, Fλ) のコンパクト化を,定理A を利用して求めることができる.この議論が本文の§3 で行われている.次に,H+(Γ) のコンパクト化は,いま求めたH+(Xλ, Fλ) のコンパクト化の直積に分解できることを示す.これについての議論は§4 で行われる.以上が,定理I の証明のあらすじである.

同相群の単位元の連結成分H+(Γ) のコンパクト化についての結果は以上である.同相群そのものH(Γ)のコンパクト化については,Γ が一般のグラフの場合は簡明な記述は望めそうにない.しかし,Γ が円周Tの場合は以下が成り立つ.D2 により,複素平面内の単位閉円板{z ∈ C; |z| 5 1} を表し,T をその境界の単位円周{z ∈ C; |z| = 1} とする.Q' = Q × D2,s' = s × (D2 T) とおく.対(Q', s') は対(Q, s) に同相である.更に,0 をQ = [-1, 1]N の座標がすべて0 である点とし,Q' × T に含まれるトーラスT0 をT0 = {0} × T × T で定義する.

定理III (Theorem 3.18).対としての同相写像

が存在する.但し,H はT0 からT0 への同相写像であって,

で定義されるものである.

酒井と上原は論文[6] において,任意の有限グラフΓ に対して(HF (Γ),H(Γ)) が(Q, s)-多様体になるという結果を発表したが,上の結果はこれが誤りであったことを示している(Remark 1.3).

最後の節である§5 においては,2 次元以上の多様体の同相群を同様にコンパクト化した場合についての一つの否定的な結果を述べた.それは次の通りである.

定理IV (Theorem 1.4).M を2 次元以上の位相多様体とすると,(HF (M),H(M)) は(Q, s)-多様体ではない.

[1] CzesAlaw Bessaga and Aleksander PeAlczy´nski, Selected topics in infinite-dimensional topology, Monografie Matematyczne, Tom 58, Warsaw, 1975.[2] T. Dobrowolski and H. Toru´nczyk, Separable complete ANRs admitting a group structure are Hilbert manifolds, Topology Appl. 12 (1981), no. 3, 229-235.[3] J. M. G. Fell, A Hausdorff topology for the closed subsets of a locally compact non-Hausdorff space, Proc. Amer. Math. Soc. 13 (1962), 472-476.[4] R. Luke and W. K. Mason, The space of homeomorphisms on a compact two-manifold is an absolute neighborhood retract, Trans. Amer. Math. Soc. 164 (1972), 275-285.[5] W. K. Mason, The space of all self-homeomorphisms of a two-cell which fix the cell's boundary is an absolute retract, Trans. Amer. Math. Soc. 161 (1971), 185-205.[6] Katsuro Sakai and Shigenori Uehara, A Q-manifold compactification of the homeomorphism group of a graph, Bull. Polish Acad. Sci. Math. 45 (1997), no. 3, 281-286.
審査要旨 要旨を表示する

同相群の位相空間としての性質は、1960年代にアンダーソンにより研究が開始されたが、任意のコンパクトな多様体の同相群が、可分ヒルベルト空間をモデルとする多様体の構造をもつかどうかという基本的な問題も、1次元、2次元の場合にのみ正しいことが知られていて3次元以上の多様体では未解決である。

論文提出者は、この同相群がそのコンパクト化の中でどのようなふるまいをするかを調べている。可分ヒルベルト空間は、開区間(0,1)の可算個の直積s=(0,1)Nと同相であり、そのコンパクト化の一つにヒルベルト立方体Q=[0,1]Nをとることができる。同相写像の空間は、写像の空間のコンパクト化であるフェル・コンパクト化の中にコンパクト化されると考えられる。

もしも、同相群の空間がそのコンパクト化とともに自然な多様体構造をもてば、同相群Hとそのコンパクト化HFは、空間対として(Q,s)多様体である可能性がある。論文提出者の重要な発見は、これが成立しているのは非常にまれであるということである。

論文提出者山下温が対象としているのは、主に、1次元局所有限可算単体複体の同相群である。論文では、実際に局所有限可算グラフΓの同相群の恒等写像成分H+(Γ)とそのフェル・コンパクト化H+,F(Γ)のなず空間対(H+,F(Γ),H+(Γ))の位相型を研究し、これを主定理において、決定している。

定理.グラフΓの円周成分の数をOr,開区間成分の数とループの数の和をlr,Γの開区間ともブーケとも同相でない連結成分の数をsΓとするとき、となる。

一方、論文提出者は、2次元以上の多様体の同相群とそのフェル・コンパクト化のなす空間対は、相対的に局所0連結でないことを具体的に同相の族を具体的に構成することにより示し、この空間対は(Q,s)多様体ではないことを証明している。これは、非常に一般的な結果であり、同相群とそのフェル・コンパクト化のなす空間対は、必ずしも良い空間とならないことを示している。

これらの結果の証明の過程で、論文提出者は先行する論文の誤りを正している。さらに、円周Tの同相の全体からなる円周の同相群H(T))に対して、HF(T)は連結になることを示し、(HF(T),H(T))を決定している。

このように、論文提出者の結果は同相群のコンパクト化のなかで同相群を考察する研究において決定的な意味を持つ重要なものである。よって論文提出者山下温は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/28153