学位論文要旨



No 124987
著者(漢字) 米田,剛
著者(英字)
著者(カナ) ヨネダ,ツヨシ
標題(和) フーリエ解析的手法による回転場内の流体方程式と進み型関数微分方程式の考察
標題(洋) On the Navier-Stokes equations in a rotating frame and the functional-differential equations of advanced type - a Fourier analysis approach
報告番号 124987
報告番号 甲24987
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第342号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 儀我,美一
 東京大学 教授 新井,仁之
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 准教授 齊藤,宣一
 大阪教育大学 教授 中井,英一
内容要旨 要旨を表示する

本博士論文は第1部、第2部の2部で構成されている.第1部では概周期関数を初期値としたコリオリカ付きNavier-Stokes方程式の大域可解性について,第2部では或る進み型関数微分方程式の解の構成について述べる.

第1部:概周期関数を初期値としたコリオリカ付きNavier-Stokes方程式の大域可解性について

本論文ではコリオリカ付きNavier-Stokes方程式の大域可解性について論じた.コリオリカとは地球の自転によって引き起こされる力のことをいい,台風などの発生原理を追求する際にはこの力は無視できない.現在,気象変動などの地球規模の流体を解析するときには,コリオリカ付きの流体方程式を扱うのが主流である.最近はコンピュータを用いたシミュレーションによる気象変動などの研究が盛んにおこなわれており,工学的な技術としても重要な方程式である.この方程式の先駆的な研究として,Babin-Mahalov-Nicolaenkoは1997年に「初期値が周期関数における時間大城解の存在」を示した.この問題に対して著者は初期値が概周期関数の場合の大域解の存在,より具体的には任意の時間区間内における滑らかな解の一意存在を示した(ただし,コリオリカは最初に設定する任意の長さの存在時間に依存する).コリオリカ付きNavier-Stokes方程式の非線形項は,周波数集合の相互作用を分析することでコリオリカに依存する部分と依存しない部分に分けることが出来る.Babin-Mahalov-Nicolaenkoで行われているこの分解法に対して,私は2進数に基づく作用素族を導入して計算がより見やすくなるようにした,より具体的に非線形項は以下の5つの部分に分解できる.1,二次元のみの相互作用の部分,2,反対称性を持ち二次元が三次元へ媒介する部分,3,反対称性を持たず二次元が三次元へ媒介する部分,4,三次元のみの相互作用の部分,5共鳴しない部分(1~4は共鳴する部分).コリオリカに依存する5の部分を取り除いた非線形項(1~4の部分)をもつ方程式は2次元的なので,ここではextended2D-NSという(E2DNS).その方程式の解はコリオリカに依存しない.このE2DNSが滑らかな大域解を持つということを示すのが,証明の鍵となる.Babin-Mahalov-NicolaelnkoはE2DNSのエネルギー不等式を構成してその方程式の大域解の存在を導いているが,扱っている関数を周期関数から概周期関数へと一般化すると,そういったエネルギー不等式が適用出来なくなる.そこで私はGiga-Inui-Mahalov-Matsuiが2005年に初めてNavier-Stokes方程式へと応用したF/M0空間を使った.FM0空間とは,原点に点質量(デルタ測度)を持たない有限ラドン測度のフーリエ逆変換像全体である.ノルムはその有限ラドン測度の全変動とする.FM0空間は初期値が概周期関数であっても解の存在時間がコリオリカに依存しない関数空間であり,mild solutionを扱うには適している関数空間である.私はエネルギー不等式を構成する代わりにmild solutionを使ってE2DNSの大域解の存在を導いた.なお,この研究テーマはClay財団が提起した未解決問題にも関連している.Clay財団は21世紀に解かれるべき数学の未解決問題を7つあげている.そのうちのひとつが3次元Navier-Stokes方程式の滑らかな時間大域解の一意存在または解の爆発を,初期値の大きさの条件を付けずに導くことである.したがって大域可解性はコリオリカのあるなしに関わらず自明ではない.コリオリカがありかつ大きな初期値である場合において,初期値が空間無限で減衰していることを仮定すれば,コリオリカを大きくすることにより顕著になる分散効果を生かすことが出来るようになる.それを使ってChemin.Desjardins-Gallagher-Grenierは2006年に時間大域解の存在を導いた.しかしながら初期値が概周期的な場合にはそういった分散効果はなく,この意味でも本結果は新しい.

第2部:進み型関数微分方程式の解の構成について

著者はフーリエ解析では重要な概念である「スプラインウェーブレット」からヒントを得て,そめ変形を用いることにより「走行中の電車のパンダグラフと架線との接触によって起こる複雑な振動を表現している或る進み型関数微分方程式」の解の構成をおこなった.このように解を具体的に構成し,更に数値計算してグラフ化する研究は皆無であった.これまでに知られている結果は;解の存在や漸近挙動に関するものが主である.代表的な研究として,1972年のKato(加藤敏夫)の研究や1971年のKatoとMcleodの研究が挙げられる.これらはその方程式の解の漸近解について研究しているが,具体的な解の構成までには至っていない.フーリエ解析的手法がそのような微分方程式に応用されたのは著者の試みが最初である.扱った方程式は以下のとおりである.

ここでa=2,λ=2の場合の解の作り方の鞭を述べておく.まず とおく.この関数は方程式 満たすので,hのフーリエ逆変換hはという方程式を満たす.更にこの関数hが滑らかで,その台が区間[0,1に含まれることも確かめられる.ここで

と置く.すると関数fのフーリエ逆変換が,その求めたい方程式の解となる(ここでは収束の意味に関して注意を要する).

審査要旨 要旨を表示する

本博士論文では、フーリエ解析的手法を用いて(i)概周期関数を初期値としたコリオリカ付ナヴィエ・ストークス方程式の大域可解性および(ii)進み型関数微分方程式の新しい解構成法の二つの問題を考察した。

コリオリカ付のナヴィエ・ストークス方程式は、地球流体学で大気の流れや海流のような回転している地球での流れを記述する基礎方程式として広く用いられている。しかし、その初期値問題の大域可解性はコリオリカ付ではないナヴィエ・ストークス方程式についてもよくわかっていない。実際、3次元的流れについては、初速度が大きい場合の時間大域的に滑らかな解が一意に存在するかどうかについて、クレイ社がその解決に1万ドルの賞金を懸けるほどである。回転場内の流体にはコリオリカが働き、コリオリカが十分大きければ、つまり回転が十分大きければ3次元的流れにも関わらず、時間大域的に滑らかな解の存在が知られているが、初速度が空間無限遠で減衰している場合、または周期的な場合に限られている。

本博士論文では、周期的ではなく、かつ減衰していない初速度として、概周期的な関数を考え、時間大域可解性について論じている。その主結果は、回転数が大きければ、時間大域的に初期値問題が一意可解であることを主張している。より正確には、対応する2次元流の解が存在する場合に、任意の時間区間内において回転数の大きな場合に、時間大域的に滑らかな解の存在を示した。小さくもなく、周期的でもなく、減衰しない初速度についての時間大域可解性の結果としては先駆的なものである。

本博士論文では、周期関数の場合の研究の考え方は用いているが、次の点で本質的に新しい。周期条件の場合は、二乗可積分関数の空間や、それに基づくソボレフ空間の様なヒルベルト空間や、またエネルギー不等式が効率的に使える。しかし、概周期関数の場合は、このような手法が使えない。なぜならば、エネルギーは無限になってしまうからである。論文提出者はフーリエ像が速度になる空間を用い、またマイルド解という積分方程式の解を巧みに用いてこの困難を克服した。また、周期関数の場合の証明手法はわかりにくかったが、論文提出者は方程式にあらわれる様々な項を適切に分解し、問題の構造を明らかにした。具体的には、非線形項を(a)2次元のみの相互作用の部分(b)反対称性を持ち、2次元流が回転軸方向へ作用する部分(c)反対称性を持たずに、2次元流が回転軸方向へ作用する部分(d)3次元のみの相互作用の部分(e)共鳴しない部分((a)-(d)は共鳴部分)。このうち、(e)の部分を除いた共鳴部分は2次元的な方程式である。このような分解は文献では明らかになっておらず、本博士論文のこの分解により、非線形項の構造が明確になったといえる。共鳴部分についてではあるが、この構造は2次元流ナヴィエ・ストークス方程式とよく似ている。実際、2次元ナヴィエ・ストークス方程式の大域可解性より、共鳴部分の方程式大域可解性が示せる。また、非共鳴部分は回転数を大きくするとき、ゼロに収束することがわかる。これは周期関数の場合と同様であるが、概周期のために複雑になっている。また、ここで概周期について大域可解性が不明な例外集合があらわれる。この例外集合の扱いは今後の課題である。非共鳴部分がゼロに収束することにより、本博士論文の主張である「概周期関数を初期値とするコリオリカ付ナヴィエ・ストークス方程式」の時間大域可解性が回転数が大きいときに示せる。

進み型関数微分方程式として本博士論文で扱われている方程式は「走行中の電車のパンタグラフと下線との接触によって起こる複雑な振動を表現」していると考えられている。これまでに知られている結果は、解の存在や解の漸近挙動に関するものばかりであった。本博士論文では「スプラインウェーブレット」からヒントを得て、フーリエ解析的手法を有効に用いて、具体的な解を構成した。扱った典型的な方程式はdf(x)/dx=af(λx)という形である。ここでaは1ではない実数でλは1より大きいとする。この解をフーリエ変換を用いて構成するのである。この手法により、様々な具体的な解を構成でき、しかもλの値によって解がどの様に変化していくかが容易に判定できるようになった。一見易しそうな問題であるが、解が具体的に表示でき、しかも簡単に計算できるようになった意義は大きい。

どちらのテーマも、本博士論文の結果は学術上極めて意義深く、今後の研究の進展に多いに寄与することは間違いない。よって論文提出者の米田剛は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/28163