学位論文要旨



No 125235
著者(漢字) 野澤,啓
著者(英字)
著者(カナ) ノザワ,ヒラク
標題(和) 階数2の5次元K接触多様体について
標題(洋) Five dimensional K-contact manifolds of rank 2
報告番号 125235
報告番号 甲25235
学位授与日 2009.09.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第344号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 野口,潤次郎
 東京大学 准教授 平地,健吾
 東京大学 准教授 今野,宏
 東京大学 准教授 足助,太郎
内容要旨 要旨を表示する

本論文の主題は5次元K接触多様体の幾何である。K接触多様体とは、接触形式α を持つ奇数次元多様体MであってそのReeb flowがM上のあるRiemann計量を保つものである。ここで、α のReeb flowとは、α のReeb vector場によって生成されるflowのことである。K接触多様体の主な例は佐々木多様体の下部の接触形式を持つ多様体である。より具体的には、重み付き斉次多項式の孤立特異点のリンクとトーリック接触多様体が挙げられる。以下、本研究の背景、K接触多様体の階数の説明、本論文の主結果、証明方法の概要について順に述べる。

背景

近年・佐々木多様体は数理物理とEinstein幾何において研究されてきたが、その分類については3次元の場合、5次元かつ単連結な場合、トーリックな場合などを除き多くのことは知られていない。また、後述するように、5次元K接触多様体の中では階数2のもののみ他の幾何的対象との対応が知られていなかった。本論文では階数2の5次元K接触多様体について接触形式から定まるT2作用に付随する接触運動量写像にMorse理論を適用し、分類及び構造定理を得た。

運動量写像に対するMorse理論はトーリック幾何の基本的手法であり、Audin[2],阿原一服部[1],Karshon[4]によりhamiltonなSl作用を持つ4次元symplectic多様体の研究の中で有効に用いられた階数2の5次元K接触多様体はhamiltonなS1作用を持つ4次元symplectic orbifold上のSl orbibundleの全空間と考えることができ、hamiltonなSl作用を持つ4次元symplectic多様体の分類は階数2の5次元K接触多様体の分類と関わる。本論文の主結果はKarshon[4]の結果と関係している。

閉K接触多様体(M,α)の階数

α のReeb flowが保つM上のRiemann計量gをとると、Reeb flowはRiemann多様体(M,g)の計量同型群Isom(M,g)の1次元部分群とみなせ、Lie群Isom(M,g)のコンパクト性によりその閉包はある次元のトーラスGとなる。Gの次元は計量gに依らず、(M,α)の階数と呼ばれる。M上のG作用はα を保つので、階数nのK接触多様体はα を保存するTn作用を持つ。このことから、(2n-1)次元閉K接触多様体の階数はn以下であることが容易に分かる。

階数1のK接触多様体(M,α)のReeb flowの軌道は全て閉であり、Reeb flowによる商を取ることで、Mはsymplectic orbifold上のS1 orbibundleの全空間であることが分かる。また、階数nの(2n-1)次元閉K接触多様体の下部のTn作用付き接触多様体はトーリック幾何の手法によりRn内の錘によって分類される[6]。よって、5次元の場合は、階数が2以外の場合には他の幾何的対象との対応が知られていた。階数2の場合には、本論文において初めてある種のグラフとの対応が構成された。

主結果

一つ目の定理は階数2の5次元閉K接触多様体の組み合わせ的な分類を与える。階数2の5次元閉K接触多様体(M,α)に対して、Reeb flowの閉包をGで表す。(M,α)に対して、M上のG作用に付随する接触運動量写像Φα というMから1次元アファイン空間への写像が定義される。ψ をGとT2の同型とする。(M,α,ψ)のgraph of isotropy dataを、Φα のMorse理論的なdataとG作用のisotropy群のdataを持つgraphとして定義する。(M,α,ψ)のgraph ofi sotropy dataの同型類はψ の取り方に依らず、(M,α)のgraph of isotropy dataの同型類が定義される。

定理1.階数2の5次元閉K接触多様体(M,α)の同型類は(M,α)のgraph of isotropy dataの同型類によって決定される。

i=0,1に対して、(Mi,αi)を階数2の5次元閉K接触多様体とし、そのReeb vector場をRiで表す。(Mi,αi)のgraph of isotropy dataの同型類はRiによって決まるので、定理1は次の系を持つ。

系1.(M0,α0)と(M1,α1)が同型であることと、微分同相f:M0 →M1 であって、f*R0=R1を満たすものが存在することは同値である。

二つ目の定理は階数2の5次元閉K接触多様体の手術による分類に関わる。5次元K接触多様体に対して、接触爆発という手術をLermanによる接触切断[5]の特別な場合として定義する。接触爆発は位相的にはK接触多様体からレンズ空間又はReeb flowの閉軌道の管状近傍を切り取り、別のレンズ空間上の複素直線束の零切断の近傍を貼り戻す操作である。接触爆縮は接触爆発の逆操作として定義する。階数2の5次元閉K接触多様体(M,α)の接触運動量写像の極値集合は常に二つの連結成分B(max)とB(min)を持つが、それらはそれぞれReeb flowの孤立閉軌道、又はReeb flowの閉軌道の和であるような3次元部分多様体のどちらかであることに注意する。以下の定理を得た。

定理2.(i)(dimB(max),dimB(min))=(3,3)のとき、(M,α)は閉曲面上のあるレンズ空間束の全空間に有限回の接触爆発を施して得られる。

(ii)(dimB(max),dimB(min))=(3,1)又は(1,3)のとき、(M,α)はS2上のあるレンズ空間束の全空間に有限回の接触爆発を施した後に接触爆縮を1回施して得られる。

(iii)(dimB(max),dimB(min))=(1,1)のとき、(M,α)はS2上のあるレンズ空間束の全空間に有限回の接触爆発を施した後に接触爆縮を2回施して得られる。

三つ目の定理は階数2の5次元K接触多様体がトーリック接触多様体となるための十分条件を与えるものである。B(max)とB(min)を階数2の5次元閉K接触多様体(M,α)の接触運動量写像の極値集合の二つの連結成分とする。Gをα のReeb flowの閉包とし、そのM上の作用のB(max)とB(min)におけるisotropy群の単位連結成分をそれぞれG(max)とG(min)で表す。

定理3.階数2の5次元閉K接触多様体(M,α)が以下の二つの条件を満たすとする。

(i)α のReeb flow の閉軌道が全て孤立している。

(ii)GのS1 部分群G'であって、G' ×G(max)及びG'×G(min) が包含写像の直積によってGに同型であり、M上のG' 作用の軌道がker α に横断的なものが存在する。

このとき、M上のT3作用であってα を保つものが存在する。

仮定(ii)は接触運動量写像の像に関する条件に言い換えることができる。四つ目の定理は以下である。

定理4.階数2の5次元閉K接触多様体(M,α)に対して、M上のRiemann計量gで(M,α,g)が佐々木多様体となるものが存在する。

主結果の証明方法

定理1について述べる。階数2の5次元閉K接触多様体(M,α)の接触運動量写像とReeb vector場が付随するグラフから復元できること、及び5次元閉多様体上の2つの階数2のK接触構造が接触運動量写像とReeb vector場を共有しているとき互いに同型になることがMorse理論に関する議論によって示されるので、定理1が従う。

定理2について述べる。(M,α)の接触運動量写像が1次元の極値集合を持つとき、極値集合に沿った接触爆発を1回施して極値集合を3次元のものに取り替えられるので、(ii)と(iii)は(i)に帰着する。(i)の仮定の下では、有限個の接触運動量写像のgradient多様体の閉包の補集合は運動量写像のgradient多様体の閉包をfiberとするような穴あき曲面上のレンズ空間束の全空間となる。ここで、接触運動量写像のgradient多様体とはReebflowの閉包で得られるG作用と接触運動量写像のgradient flowの積で定義される(T2×R)作用の軌道のことである。除いた有限個のgradient多様体の和の連結成分をC1,C2,…,Cnとする。各Cjの開近傍Uj上にα を保つT3作用が存在するので、Ujはトーリック接触多様体に埋め込まれる。Dirichletの算術級数定理を用いたR3内の錘に関する初等整数論的な議論により、Cjを接触爆縮の有限列によって消せることが示され、定理2(i)が証明される。

定理3について述べる。仮定(i),(ii)の下では、接触運動量写像の極値集合の二つの連結成分が高々2つのgradient多様体の非自明な鎖で結ばれることが、接触運動量写像のレベルセットのG'作用による商の上にG作用から導かれるS1 作用のEuler数の計算により分かる。また、一般に階数2の5次元閉K接触多様体(M,α)の極値集合の二つの連結成分がそれぞれレンズ空間又はReeb vector場の孤立閉軌道であり、それらが高々2つのgradient多様体の非自明な列で結ばれるとき、M上のT3作用でα を保つものを構成できるので、定理3が従う。後半はトーリック幾何の手法を用いる。

定理4について述べる。複素曲面に対するEnriques-Castelnuovoの定理の類似の議論により、(M,α)がα と共に佐々木計量を定義するRiemann計量を持つとき、(M,α)をK接触部分多様体であるレンズ空間に沿って接触爆縮して得られるK接触多様体(M,a)もaと共に佐々木計量を定義するRiemann計量を持つことが分かる。この議論により、定理4の証明は接触運動量写像の極値集合の連結成分が共に3次元の場合に帰着する。このとき、定理2の証明方法において述べたように、有限個のgradient多様体の閉包の補集合は穴開き曲面上のレンズ空間束の全空間となる。除いた有限個のgradient多様体の和の連結成分をC1,C2,…,Cnとすると、Cjの開近傍Uj をトーリック接触多様体に埋め込むことができる。トーリック接触多様体はBoyer-Galickiの定理[3]により適合する佐々木計量を持つので、Uj上ではα と共に佐々木計量を定義するRiemann計量が存在する。このRiemann計量をレンズ空間束の構造を用いてM全体に延ばすことができ、定理4が示される。

[1] K. Ahara; A. Hattori, 4-dimensional symplectic S1 -manifolds admitting moment map, J. Fac. Sci. Univ. Tokyo Sect. IA Math. 38 (1991), 251-298.[2] M. Audin, Hamiltonian periodiques sur les varietes symplectiques compactes de dimension 4, Geometrie symplectique et mechanique, Lec. Notes in Math., 1416 (1990).[3] C. P. Boyer; K. Galicki, A note on toric contact geometry, J. Geom. Phys. 35, no. 4, (2000), 288-298.[4] Y. Karshon, Periodic Hamiltonian flows on four dimensional manifolds, Mem. Amer. Math. Soc. 672, (1999).[5] E. Lerman, Contact Cuts, Israel J. Math, 124 (2001), 77-92.[6] E. Lerman, Contact Toric Manifolds, J. Symplectic Geom. 1, no. 4 (2002), 785-828.
審査要旨 要旨を表示する

K接触多様体とは、接触形式が与えられている奇数次元閉多様体で、接触形式のレーブ流が、多様体上のあるリーマン計量に対して等長変換になるというものである。レーブ流の作用の等長変換群における閉包はトーラスとなり、このトーラスの作用は、接触形式を保つ。このトーラスの次元が階数と呼ばれる。

通常の2n-1次元接触閉多様体において、接触平面場を保つトーラスの作用が与えられている時、トーラスの次元は1次元以上n 次元以下である。このようなトーラスの次元がn であるときには、ト-リックな接触多様体と呼ばれ、近年、Boyer, Galiski, Lerman 等により、構造が良く分かってきている。

また、K接触多様体構造で、さらにレーブ流が横断的に複素ケーラー構造をもつものは、佐々木多様体として、研究されてきたもので、二木らの研究により近年その理解が大きく進展している対象である。

K接触多様体の構造については、3次元のときは、階数2の場合のレンズ空間構造、階数1の場合のザイフェルト・ファイバー構造の両方とも良く分かっている。5次元のときは、階数3の場合は、トーリック接触多様体として分類され構造がわかっていたが、階数2の場合は、分類はされていなかった。

論文提出者野澤啓は、レーブ・ベクトル場と、2次元トーラスにおいては1次独立な接触形式を保つベクトル場の接触形式に対する値が、多様体上のボット・モース関数になることに着目し、これを用いて5次元階数2のK接触多様体の構造を解明した。

まず、このボット・モース関数の臨界点は、レーブ流の閉軌道と一致し、指数は、0, 2, 4 のいずれかになる。指数2 の臨界点の安定多様体、不安定多様体はレンズ空間と微分同相なK接触部分多様体となる。また、閉軌道の近傍、K接触部分多様体となるレンズ空間の近傍では、レーブ流の標準形が得られ、それらのチェインの近傍にT3 作用が存在することに注意する。

5次元階数2のK接触多様体に対し、その2次元トーラス作用の固定化群のデータをあらわすグラフは、ボット・モース関数の安定多様体、不安定多様体の関係をも表わすものになる。論文提出者の最初の結果は、2つの5次元階数2のK接触多様体に対し、固定化群のデータをあらわすグラフが同型ならば、K接触多様体の構造は微分同相で写りあうというものである。

さらに、指数2 の臨界点の安定多様体、不安定多様体、固定化群が自明でないK接触部分多様体の近傍を解析して、K接触部分多様体となるレンズ空間についてのブローアップ・ブローダウン、レーブ流の閉軌道についてのブローアップ・ブローダウンを法として、5次元階数2のK接触多様体は、曲面上のレンズ空間束と同値になることを示した。より詳しくは、ボット・モース関数の最大値集合、最小値集合が3次元の場合は、K接触部分多様体となるレンズ空間についてのブローダウンを繰り返して、曲面上のレンズ空間束にすることができ、最大値集合、最小値集合に1次元の部分があれば、それをブローアップして3次元にして、2次元球面上のレンズ空間束にすることができるということを示した。

このブローアップ・ブローダウンには、近傍におけるT3 作用の存在を用いる。もともと、4次元ハミルトン円周作用をもつシンプレクティク多様体のAudin, 阿原・服部, Karshon による研究の中で、複素曲面におけるブローアップ・ブローダウンに対応する操作が用いられていたことが背景にあるが、状況はこの場合よりも複雑であり、博士論文においては、K接触部分多様体となるレンズ空間についてのブローダウンによる変形に着目した点が独創的である。

また、接触形式を保つT3 作用があれば、トーリック接触多様体となるので、ボット・モース関数の形に制限がつくが、その条件を満たす5次元階数2のK接触多様体に対しては、ある技術的条件を満たせば、接触形式を保つT3 作用が存在することを示した。

佐々木多様体との関係では、5次元階数2のK接触多様体は佐々木多様体となる計量を持つことも示している。

このように、論文提出者の結果は、これからの接触多様体の研究において重要なものである。よって論文提出者野澤啓は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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