学位論文要旨



No 125561
著者(漢字) 柴,正太郎
著者(英字)
著者(カナ) シバ,ショウタロウ
標題(和) BLG模型におけるMブレーン、DブレーンとU双対性
標題(洋) M-branes, D-branes and U-duality from BLG Model
報告番号 125561
報告番号 甲25561
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5469号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 教授 柳田,勉
 東京大学 教授 堀,健太郎
 東京大学 教授 加藤,光裕
 東京大学 講師 小沢,恭一郎
内容要旨 要旨を表示する

M 理論は、素粒子物理学の統一理論の非常に有力な候補であると考えられている。この理論の低エネルギー極限は11 次元N = 1 超重力理論であり、そこに登場する3 形式場C(3) に電気的・磁気的に結合する物理的な存在として、M2-brane やM5-brane と呼ばれる非摂動的な物体が存在することが知られている。11 次元N = 1 超重力理論を7 次元トーラスT7 上にコンパクト化すると4 次元N = 8 超重力理論が得られることから、M 理論には現在我々が知りうる限りのすべての種類の場が矛盾無く組み込まれていると考えられている。

また、M 理論を円周S1 または線分S1/Z2 上にコンパクト化すると、10 次元時空において定義されるIIA 型またはヘテロE8 × E8 型超弦理論が得られる。他の3 種類の超弦理論はこれらとS 双対性、T 双対性で繋がっていることを考えると、M 理論は5 種類存在する超弦理論を矛盾無く統一する理論であると見做すこともできる。特に、これらS 双対性とT 双対性(または両者を部分群として含む最小の群であるU 双対性)を用いると、上述のM-brane(M2-brane とM5-brane)を超弦理論におけるD-brane と関係付けることができる。

このようにM 理論は非常に魅力的な理論である。そして、この理論を理解するためには、その基本的な存在であるM-brane の性質を詳しく研究する必要がある。ここで言うところのM-braneの性質とは、11 次元時空内に置かれたM-brane の世界体積上にどのような場が存在し、その場の理論はどのような作用で記述できるかということである。通常、M-brane 上にはM-brane の各点が存在する位置を表す座標がスカラー場として存在し、その超対称パートナーであるスピノール場も存在する。また、M-brane は超対称性を一部保持する状態(BPS 状態)であるため、M-brane 上の場の理論には超対称性がなければならない。従って、理論が超対称性を持つように、さらに適切な自由度を持った場が加えられる場合がある。

また、Dirac モノポールと同様の議論からM-brane が持つcharge は量子化されることが結論されるため、M-brane には「枚数」という概念が存在すると考えられている。1 枚のM-brane が11次元時空に置かれた系については、それを記述する理論が既に求められている。一方で、複数枚のM-brane が重なって置かれた系については、M-brane が重なることで生じる内部対称性が存在するはずなのだが、適切な対称性を持つ理論を求めることは長年の懸案であった。

ところが最近、この懸案を解決する可能性を持つ大きな進展として、BLG 模型が提唱された。そこで私はこの模型について詳細な研究を行い、この学位論文において、BLG 模型から様々なM-brane やD-brane の系を記述する理論が導けること、またBLG 模型においてM2-brane とD-brane の間にあるU 双対性(の一部)が正しく実現されていることを、その議論と共に示した。

BLG 模型はもともと、M2-brane が複数枚重なった系を記述する理論として提唱された。この理論にはChern-Simons ゲージ場が存在しており、またM 理論から要請される通り(2 + 1) 次元でN = 8 の超対称性を持っている理論になっている。また、M2-brane が重なることで生じる内部対称性がLie 3-代数〓という目新しい数学によって記述されるゲージ理論になっており、数学的にも興味深い理論である。ここで、fabcd は構造定数、hab は計量である。

但し、BLG 模型においてゲージ対称性として用いることができるLie 3-代数はfundamentalidentity(通常のLie 代数におけるJacobi identity を一般化したもの)と不変計量条件fabcd :=fabcehed !=f[abcd] が課せられる。実際に研究してみると、この条件は非常に厳しいものであることが分かる。物理的に有効な理論を得るため、有限次元表現かつ計量が正定値のLie 3-代数の例を探すことにすると、A4 代数〓とその直和しかないことが証明できるのである(a, b, ・ ・ ・ = 1, ・ ・ ・ , 4)。ちなみにこの場合のBLG模型は、2 枚のM2-brane が重なった系を記述することが分かっている。

従って、我々はさらに他のLie 3-代数の表現を構成して、それをゲージ対称性として採用したBLG 模型を解析して、その理論はどのような系を記述するかを議論するため、「有限次元表現かつ計量が正定値」という前述の条件を緩和し、無限次元のLie 3-代数や、計量に負の固有値を持つようなLie 3-代数の具体例を見つける研究を行った。以上の歴史的な背景とBLG 模型の概説、Lie 3-代数の具体例を作る我々の試みを学位論文のPart I に記述した。

Part II では、Lie 3-代数の無限次元表現としてNambu-Poisson 括弧〓を採用した場合のBLG 模型について解析を行い、その結果を示した。ここでN はNambu-Poisson 括弧が定義されている3 次元多様体、y1 (μ = 1, 2, 3) はN 上の座標、fa = fa(y1)(a = 1, ・ ・ ・ ,∞) はN 上の関数である。解析の結果、この場合のBLG 模型は、無限枚のM2-braneが3 次元多様体N 上に広がって、1 枚のM5-brane を構成している様子を記述することが分かった。さらに、得られたM5-brane 理論の超対称変換などを調べることにより、3 次元多様体N 上にM 理論の3 形式場C(3) が背景場として存在している場合のM5-brane の系を記述していることも分かった。

さらに、このNambu-Poisson 括弧を少々人工的に切断することで有限次元表現を作り、その場合のBLG 模型も解析した。この場合、Lie 3-代数の計量が多数の零固有値を持つため、作用そのものを解析して非自明な結果を得ることはできないのだが、我々は運動方程式を解析することで、有限枚のM2-brane が重なった系の性質を解析することに成功した。特に、有名なN32 則、すなわちN 枚のM2-brane が重なった系の自由度はN32 に比例するというAdS/CFT 対応から得られる法則が、BLG 模型から自然に導かれることを具体的に示すこともできた。このことは、BLG 模型が確かに複数枚のM2-brane の系を記述する理論であることを、非常に強力に保証していると考えられる。

Part III では、Lorentzian Lie 3-代数と呼ばれる代数を用いた場合のBLG 模型を解析した。この代数は、任意のLie 代数G の元Ti にLorentzian 計量を作る元の組u, v を加えて、次のように構成される。

ここで、fijk とhij はLie 代数G の構造定数と計量(Killing form) である。この場合、(u -αv, u- αv) < 0 (α > 0) となるため、Lie 3-代数の計量は負の固有値を持ち、理論に登場する場のu, v 成分はゴースト場を作ってしまい、理論のユニタリー性が保証できなくなってしまっている。しかしながら、これらはある種のHiggs 機構を用いて、これらの場にVEV を与えることで消せることが示される。しかも、驚くべきことに、この機構を用いるとゲージ対称性も3 次元N = 8 の超対称性も一切破らずにゴースト場を消すことができるのである。但し、ゴースト場を処理すると、垂直方向の空間次元が1 個だけ理論から消えてしまう。これは10 次元時空における2-brane、すなわち超弦理論におけるD2-brane を記述する理論となることを示している。実際、Lie 代数G としてU(N) を選んでおくと、この場合のBLG 模型はN 枚のD2-brane が重なった系を再現することが示される。

この代数はさらに一般化することができる。Lorentzian Lie 3-代数におけるLie 代数G として、Kac-Moody 代数やループ代数を同様にLorentzian 計量を作る元を加えることで中心拡大(centralextension) した代数を用いると、BLG 模型は複数枚のDp-brane が(p - 2) 次元トーラスTpi2上に巻きついた系を記述することが示される(p ≧ 3)。この場合も複数個あるゴースト場については、同様にVEV を与えることでゲージ対称性と超対称性を破らずに消すことができる。

また、最終的に得られる理論を見ると、このVEV がD-brane の巻きついたトーラスのモジュライやトーラス上の場を記述することも分かる。これらの情報を用いると、BLG 理論の中でU 双対性がどのように再現されているかを議論することができる。今の場合、BLG 模型はDp-braneを記述しているが、もともとのBLG 模型はM2-brane を記述しているのであったから、両者を比較することにより、BLG 模型がM2-brane とDp-brane の間にあるU 双対性の関係をどのように表現しているかを調べることができる。その結果、我々はBLG 模型がU 双対性の一部を正しく再現していることを確認した。特にD3-brane とD4-brane の場合は、BLG 模型からU 双対性全体が正しく導かれることを示すことができた。

以上から分かるように、BLG 模型はM-brane やD-brane の系を幅広く記述し、しかもその間にあるU 双対性も正しく再現することのできる、物理学的に価値の高い理論である。未だM2-brane そのものの理解を深めたとは言い切れないが、その点も含めて今後進むべきと思われる研究の方向性を最後に示し、以上すべての議論をもって学位論文とした。

審査要旨 要旨を表示する

超弦理論の摂動論的定式化においては、10次元平坦時空で5種類の異なった理論が存在することが、80年代中盤から知られている。それぞれの理論内容は、長さの単位を決めるパラメター`s と、ディラトンと呼ばれるスカラー場の真空期待値の値によって定まる弦の結合定数gs の2個の自由定数を除き、一意的に定義される。この5種類の間には弦双対性と呼ばれる様々な相互関係が存在する。その理解は90年代半ばに進展し、5種類の弦理論を結びつけ統合する枠組みとして、M理論と呼ばれる予想が提唱された。M理論の平坦時空の次元は11で、10次元の超弦理論は、1次元分を有限な半径R で特徴づけられる円(S1 またはS1=Z2) にコンパクト化したものと看做される。R はgs に比例(R = gs`s)し、弦理論の摂動論が有効な領域(gsl 1) では、M理論は、弦理論に帰着する。M理論において弦理論の弦に相当する自由度は、2次元的に広がりを持つ超対称メンブレーン(M2ブレーン)であると予想されている。実際、M理論の低エネルギ-有効理論であると考えられる11次元超重力理論には、3階完全反対称なテンソル場としてのゲージ場が存在し、自然にM2ブレーンに結合し、その安定性を保証できる。そのため、M2ブレーンおよびその電磁気的双対関係にあるM5ブレーンの力学の理解が、M理論の構築の鍵になると考えられる。しかし、これらの広がったブレーンの力学は、その本性上、本質的に非線形な構造を持ち、その量子論的定式化は極めて困難な問題であり、M理論の提唱以来15年を経ても、ほとんど進展していない。

その中で、ここ数年の新たな展開として、M 2ブレーンが平行にN 個存在する系の低エネルギ-極限を記述すべき、超対称共形場理論の作用原理に関する興味深い発見がなされた。本論文は、この進展のきっかけになったBagger-Lambert-Gustavsson (BLG) 模型を取り上げ、その拡張、および超弦理論のD ブレーン有効理論との関係に関して詳細な研究を行ったものである。

本論文の構成は以下の通りである。Introduction and Summary において、まずM理論の概略を述べた後、論文の構成とそれぞれの部分の簡潔な要約を与え、各章の目的、相互関係について俯瞰的なまとめを与えている。続く本文は、3部から成っている。

第1部Basics and multiple M2-branes は3章から成っている。まず、第1章でM理論の歴史的な位置づけとともに、M理論の意義に関して論文提出者の解釈が与えられている。また、11次元超重力理論、M2ブレーンおよびM5ブレーンに関する基本的な性質がレビューされている。第2章は、BLG 模型について、その起源、およびゲージ対称性を特徴づける3代数構造についてのレビューを行っている。第3章は、3代数を実現している既知の例であるA4 代数の説明を行った後、有限次元で正定値計量を持つ3代数で非自明なものは、本質的にA4 代数の直積しか存在しないというno-go theorem が紹介されている。そこで、本論文では、no-go theorem の前提を満たさない2つの可能性が議論される。一つは無限次元の例としての、南部-Poisson 括弧、もう一つは、計量の正定値性と満たさないLorentzian 3-algebra である。3 章の残りの部分は、前者とその有限次元への切断の可能性、後者の構成に関するいくつかの例が詳細に論じられている。

第2部M5-brane and applications では、南部-Poisson 括弧に基づいた、M5ブレーンの議論を行っている。第4章では、適当な3次元多様体N 上の南部-Poisson 構造によって構成したBLG 模型は、M2ブレーンの世界体積の3次元多様体M と併せた6次元多様体Ml N を世界体積とする1個のM5ブレーンの理論と做せるという主張がなされる。これは、1個のM 5ブレーンを、無限個のM 2ブレーンの複合系として定式化するのに相当する。この主張を裏付けるため、運動方程式、ゲージ対称性、超対称性を論じている。また、2重次元縮約により、この作用からD 4ブレーンの低エネルギ-有効作用が得られることを示している。第5章では、4章の模型から自由度の切断を適当に行うことにより、有限個のM2ブレーンの系を得る可能性を論じている。この方法では、計量に多くのnull方向が現われるため、物理的に有意味な作用は得られない。しかし、運動方程式の議論から、M2ブレーンのモジュライ次元を定性的に見積ることは可能で、AdS3 l S7 対応から予想されるN 体M2共形場理論のエントロピーの大N 極限での振る舞いN3/2 が得られるという、示唆的な議論がなされている。

第3部Multiple Dp-branes and U-duality では、有限次元3代数の例であるLorentzian3代数に基づくBLG 模型の議論を行っている。第6章は、この模型に含まれる負計量自由スカラー場に、期待値を与えて取り除く可能性が古典論の枠内で議論されている。また、第3章で論じたM5ブレーンからのD 4ブレーン作用の導出に基づいて、自由度の切断を行い、D 2ブレーンの有効理論である3次元U(N)Yang-Mills 理論を導いている。第7章は、Lorentzian の3代数をさらに一般化することにより、様々な多体Dp-brane 模型としてのYang-Mills 理論を導き、それらの関係を論じる。まず、一般化された代数の特別な場合から、Lorentzian なLie 代数に対応する有限質量の超対称Yang-Mills 理論を導く。さらに、Lorentzian なLie 代数として、Kac-Moody 代数を採用すると、高次元の世界体積で有限次元のゲージ対称性を持つYang-Mills 理論が得られることが示されている。この理論のbase space-time は、もともとのM2ブレーンの世界体積M 上の、d 次元トーラスをファイバーとするファイバー束と看做せ、得られた理論は、Dp ブレーン(p = d + 2)の有効理論と解釈できる。それは、Td のモジュライを決めるスカラー場を含み、スカラー場の期待値やファイバー束の接続場の選び方により、様々の異なった作用が得られる。特に、D 3ブレーンの場合には、S 双対性で結ばれる理論が、スカラー場の期待値の変換によって得られるという興味深い結果が得られている。さらに、Dp-brane の場合に、U-duality として知られるより一般的な双対関係が、部分的には期待値の変換によって理解できることが示されている。

以上のうち、第3, 4, 5章および7章の主要部分が、本論文提出者と共同研究者によって得られた成果に基づいている。これらの結果は、M理論の構築に向けて重要な未解決問題、すなわち、M 2およびM 5ブレーンの力学の解明に有用な新知見を与えていると評価できる。また、共同研究において、申請者は主体的に十分な寄与をしていると認定した。よって、審査委員会は全員一致で、本論文は博士(理学)の学位を授与するのにふさわしいものであると判定した。

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