学位論文要旨



No 126103
著者(漢字) 中田,庸一
著者(英字)
著者(カナ) ナカタ,ヨウイチ
標題(和) 超離散ソリトン方程式における頂点作用素と背景解
標題(洋) Vertex operators and background solutions for ultradiscrete soliton equations
報告番号 126103
報告番号 甲26103
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第345号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 准教授 白石,潤一
 東京大学 准教授 WILLOX RALPH ISIDORE
 東京大学 准教授 坂井,秀隆
 青山学院大学 教授 薩摩,順吉
内容要旨 要旨を表示する

1 序

高橋・薩摩によって提出された箱玉系[1]

B j (t+1)= min(1 - B j (t), j-1/Σ/n=-∞(B n (t )- Bn(t+1) )) (1)

に代表されるソリトンセルオートマトンは、ソリトン的な性質をもつセルオートマトンとして知られ、さらに離散ソリトン方程式の非解析的極限(超離散化[2]) として得られることが分かった。ソリトンセルオートマトンおよび超離散ソリトン方程式はソリトン方程式が持つよい代数構造や対称性といったものを保っていると考えられており、さらに最近では代数幾何や表現論との関連も指摘されているため、超離散系が持つ代数構造に興味が集まっている。

超離散系だけで閉じた議論による代数的構造を持つ解の構成としては高橋、広田らによるCasorati 行列の超離散対応物であるパーマネント型の解を用いた表現[3] があり、可積分方程式では解の本質的構造を記述したPl¨ucker 関係式のパーマネント型の解における対応物については長井によって提出された[4]。

本論文ではまず超離散ソリトン方程式における代数的構造を持つ解の別な構成として、頂点作用素の超離散類似物を提出する。ソリトン方程式における頂点作用素とはN-ソリトン解をN + 1-ソリトン解に写す作用素であり、全てのソリトン解は頂点作用素によって生成されることが知られている。論文中では同様の効果を持つ作用素を超離散KdV 方程式、及びその拡張版となる超離散KP 方程式について提出した。多くの離散ソリトン方程式が、離散KP 方程式の解を制限することで得られたように、超離散KP 方程式の解を制限することで様々な超離散ソリトン方程式が得られるため、超離散KP 方程式の頂点作用素が分かれば他のソリトン方程式の頂点作用素を記述することが出来る。

箱玉系(1) の初期値問題はB0j2 f0; 1g の場合は間田らによって組み合わせ論を用いて解決され[5]、ソリトンのみであることが確認されたが、初期値がこの範囲を出た場合、図1 のようなソリトンだけではなく正負入り交じり一定速度で動く解があることが知られており、このような波のみが存在する場合については広田[6]によって解の明示的表記が得られている。

我々はその解の一般化として超離散ソリトン方程式の特殊解となる背景解と呼ばれる解を提出し、さらにその背景解には頂点作用素によってソリトンを追加することが出来ることを示す。一般の初期値について箱玉系は時間発展により必ず背景解とソリトンに分離することが経験的に知られているため、任意の初期値にどのようなソリトンが含まれているかの情報が分かれば初期値問題の解答を与えることが期待できる。

2 超離散ソリトン方程式における頂点作用素

非自励超離散KP 方程式は以下で与えられる(ただしRn > 0 とする)。

Tl;m+1;n + Tl+1;m;n+1 = max(Tl+1;m;n + Tl;m+1;n+1 - 2Rn; Tl;m;n+1 + Tl+1;m+1;n) (2)

この方程式の"N-ソリトン解"としてソリトンパラメータP1,…,PN;Q1,…,QN および位相パラメータC1,…,CN を持つ関数を考える。頂点作用素を考える上では独立変数l; m; n よりもパラメータのほうが重要なので、T(P1,…, PN;Q1,…,QN;C1,…,CN) のように表し、省略のためさらにT(P;Q;C) と表す。"N-ソリトン解"(N _ 1) は以下のように"N > 1-ソリトン解"T(P1,…, PN-1;Q1,…,QN-1;C1,…,CN-1) =T(P';Q';C') を用いて定義される。

T(P;Q;C) := max(T(P';Q';C'); 2nN + T(P';Q';C' - A'N)) (3)

ここでnN は

nN = CN + lPN - mQN -n/Σ/0min(QN;Rd-1) (4)

であり、Σ0(n) ΩN,d は

(〓) (5)

を意味する。さらにA'N は

A'N = t(A1,N ,...,AN-1,N ) Ai,j = min(Pi, Pj) + min(Qi,Qj) (6)

である。またソリトンパラメータPi,Qi(i = 1,...,N) は以下の条件を満たしているものとする。

(Pi - Pj)(Qi - Qj) >0 (7)

またN = 1 のときはT(P',Q',C') は一切パラメータを持たない真空解

T(; ; ) = 0 (8)

であるとする。ここで(3) における右辺は、N -1-ソリトン解T(P';Q';C') がパラメータPN,QN,CN を持つ作用素X(PN,QN,CN) によってT(P;Q;C) に写った先であると考える。すなわち

X(PN,QN,CN)T(P';Q';C') := T(P;Q;C) (9)

この作用素X(PN,QN,CN) が超離散系における頂点作用素の類似物であると考えられる。連続でのソリトン方程式での頂点作用素はKP 方程式の場合、無限個の独立変数を用いて

(〓) (10)

のように表されるが、この無限個の独立変数のずれによって現れる項(相互作用項) に対応しているのが(3)における位相のずれであると考えられる。

頂点作用素は互いに交換可能でありパラメータの添字の入れ替えに対する不変になるので、一般性を失うことなくパラメータの順序を固定することが出来る。例えば超離散KP 方程式の場合、Pi;Qi に対し順番を

PN > PN-1 > ... > P1 > 1 (11)

QN >ZQN-1 > ... >Q1 > 1 (12)

と固定した場合、位相のずれはi > j に対しAi,j = Pj + Qj と簡単になり、このずれは独立変数l,m のずれに組み入れることが出来る。即ち再帰的表現(3) は、独立変数l,m のずれとmax,± のみを用いて

(〓) (13)

と表される。解であることを証明はこの表現を用い、max に関する不等式

max(x, y) - max(z,w) < max(x - z; y - w) (14)

と数学的帰納法を用いて行われる。

離散ソリトン方程式の場合と同様に、超離散KP 方程式の解を制限することによって様々な方程式が現れることが知られている。例えば解を

Tl,m,n = Fn(l-Mm) (15)

の形に制限した場合、超離散ハングリーKdV 方程式が現れることが知られている。また同様に解を

Tl,m,n = Fm+n(l+n) (16)

のように制限することによって超離散戸田方程式が現れる。いずれの制限もパラメータPi,Qi に対して制約を課すことと等価であるため、前述の頂点作用素に同様の制限を課すことによってそれぞれの方程式に対する頂点作用素を作ることが出来る。さらに変数変換によって、それぞれソリトンセルオーマトンに写ることが知られており、この頂点作用素によってソリトンが増えていくことが確認される。

3 超離散ソリトン方程式における背景解及び頂点作用素によるソリトンとの混合

Rn を一定とした超離散KP 方程式の解の中で

Tl,m,n = Tl(0),m+n (17)

の形になるものを考える。Tl(0),m+n が解になるための条件は0 < K < R でTl(0),s が

T0l+1,s + T0l,s+2- T0l,s+1- T0l+1,s+1< 2K (18)

となるK が存在することである。T0l,s についてさらにL > 0 で

T0l,s+1 + T0l+2,s- T0l+1,s- T0l+1;s+1< 2L (19)

を満たすL が存在するという条件を加えると、T(0)l,m,n を0 の代わりにT0l,m+n としたT(N)l,m,n が超離散KP 方程式の解になることが示される。このT0l,s には従来のソリトン解からは外れた解を含めることが出来、さらにT(N)l,m,n はそのような解にソリトンを加えたものと考えることが出来るため、この形の解を背景解と呼ぶことにする。

一方、このような背景解はソリトンセルオートマトンの時間発展によって現れることが知られている。例えば超離散KdV 方程式

(〓) (20)

について、その解は超離散KP 方程式の解を

Tl,m,n = Fl-m(n) (21)

と制限しl -m = t, n = j とすることで得られることが知られているが、境界条件を満たす背景解として以下によって定義されるtravelling wave 解がある[6]。

(〓) (22)

ただしG(x) = max(0, 2x) とし、B0(x) は

B0(x) + B0(x) < R (23)

を満たしているものとする。この解は背景解の中でT0l,m+n = F0(l - m - n) としたものに対応している。またR = 1 の超離散KdV 方程式は変数変換

Bt(j) =1/2(Ft+1(j) + Ft(j+1)- Ft+1(j+1)- Ft(j)), (24)

を用い、箱玉系(1) に移ることが知られている。

箱玉系の初期値に具体的な値を与えたときの初期値問題を頂点作用素を用いて解いてみよう。図1 の場合1の固まりがソリトン(長さはソリトンパラメータの値) に対応しているので、残りの-3, 4,-3, 2 がF0(x) に対応している。実際、

(〓) (25)

に対し、N = 2,Q1 = 2,C1 = 0,Q2 = 6,C2 = -8 としたものがこの初期値問題の解を与えていることが分かる。任意の整数値を初期値とした箱玉系の問題についても、そこにどんなソリトンが含まれているのかが分かれば同様にFtj を明示的に与えられることが出来る。

[1] D. Takahashi and J. Satsuma. A soliton cellular automaton. J. Phys. Soc. Jpn., 59:3514-3519, 1990.[2] T. Tokihiro, D. Takahashi, J. Matsukidaira, and J. Satsuma. From Soliton Equations to Integrable Cellular Automata through a Limiting Procedure. Phys. Rev. Lett., 76:3247-3250, 1996.[3] D. Takahashi and R. Hirota. Ultradiscrete soliton solution of permanent type. J. Phys. Soc. Jpn., 76:104007, 2007.[4] H. Nagai. On Mathematical Structure of Solutions to Some Discrete Integrable Systems. PhD thesis, Waseda University, 2009.[5] J. Mada, M. Idzumi, and T. Tokihiro. The box-ball system and N-soliton solution of the ultradiscrete KdV equation. J. Phys. A: Math. Theor., 41:no. 17, 1757207, 23pp., 2008.[6] R. Hirota. New Solutions to the Ultradiscrete Soliton Equations. STUDIES IN APPLIED MATH-EMATICS, 122:361-376, 2009.

図1 適当な初期値を与えたもの。下線は負値を表す

審査要旨 要旨を表示する

高橋・薩摩によって提出された箱玉系に代表されるソリトンセルオートマトンは,ソリトン的な性質をもつセルオートマトンとして知られ,さらに離散ソリトン方程式の非解析的極限(超離散化) として得られることが分かっている.ソリトンセルオートマトンおよび超離散ソリトン方程式はソリトン方程式が持つよい代数構造や対称性といったものを保っていると考えられており,さらに最近では代数幾何や表現論との関連も指摘されているため,超離散系が持つ代数構造に興味が集まっている.

これまで,超離散系だけで閉じた議論による代数的構造を持つ解の構成としては高橋,広田らによるCasorati 行列の超離散対応物であるパーマネント型の解を用いた表現があり,可積分方程式では解の本質的構造を記述したプリュッカー関係式のパーマネント型の解における対応物については長井によって提出されたいた.

これに対し,論文提出者は,まず超離散ソリトン方程式における代数的構造を持つ解の別な構成として,頂点作用素の超離散類似物を提案した.ソリトン方程式における頂点作用素とはN-ソリトン解をN + 1-ソリトン解に写す作用素であり,全てのソリトン解は頂点作用素によって生成されることが知られている.同様の効果を持つ作用素を超離散KdV 方程式,及びその拡張版となる超離散KP 方程式について提出したものである.離散ソリトン方程式の場合,こうした頂点作用素を具体的に表現することはできていない.論文提出者は, Max+ の操作をのみでこの頂点作用を構成し,いくつかの超離散系のソリトン解(の別表現)を具体的に求めた.多くの離散ソリトン方程式が,離散KP 方程式の解を制限することで得られたように,超離散KP 方程式の解を制限することで様々な超離散ソリトン方程式が得られるため,超離散KP 方程式の頂点作用素によって,他のソリトン方程式の頂点作用素による記述を可能にしている.

さらに,論文提出者は,この頂点作用素のソリトン解以外の解への適用を行い,箱玉系の一般的な初期値に対する初期値問題に適用可能であることを示している.箱玉系の初期値問題は間田らによって組み合わせ論を用いて解決され,ソリトンのみであることが確認されたが,初期値が0,1 以外の値をとる場合,ソリトンだけではなく正負入り交じり一定速度で動く解があることが知られていた.このような波のみが存在する場合については広田によって解の明示的表記が得られていたが,超離散極限として離散方程式の解から構成する方法は適用できず,一般的な初期値問題ばかりでなく,こうした解の具体的な表示式に関してもまったく手つかずの状態であった.論文提出者はその解の一般化として超離散ソリトン方程式の特殊解となる背景解と呼ばれる解を具体的に構成し,さらにその背景解には頂点作用素によってソリトンを追加することが出来ることを示した.この背景解は,頂点作用素が作用しうる解のうち,おそらく最も一般的であるとおもわれる超離散KP方程式の解にある条件を与えたものとして特徴づけられている.

一般の初期値について箱玉系は時間発展により必ず背景解とソリトンに分離することが経験的に知られているため,任意の初期値にどのようなソリトンが含まれているかの情報が分かれば初期値問題の解答を与えることが期待できる.これは,最近注目されている超離散系のネガティブソリトンやソリトン解以外の初期値問題への応用にも関係し,ひとつの重要な発見である.

以上のように,論文提出者はMax+代数のみで閉じた構成方法による超離散系の新たな解法を見出したものであり,超離散可積分系の発展に大きく寄与している.よって,論文提出者中田庸一は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51743