学位論文要旨



No 126108
著者(漢字) 酒匂,宏樹
著者(英字)
著者(カナ) サコウ,ヒロキ
標題(和) 離散群のストーン-チェック境界と測度同値理論
標題(洋) Stone-Cech boundaries of discrete groups and measure equivalence theory
報告番号 126108
報告番号 甲26108
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第350号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河東,泰之
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 准教授 緒方,芳子
 東京大学 准教授 小澤,登高
内容要旨 要旨を表示する

本論文で扱うのは可算無限離散群である. 確率空間への作用による軌道同値関係を通して離散群をとらえなおす測度論的群論という分野が近年盛んになってきている. 離散群の保測作用による軌道同値関係とその間の同型を次で定義する.

定義1. 可算離散群G が標準確率空間X に測度を保つ自由な変換(αg)g2G でエルゴード的に作用しているとする. 作用α による測度同値関係とは次で与えられるX上の同値関係, すなわち, Rα= {(αg(x), x); g ∈ G, x ∈ X} である. もう一つの可算離散群T が標準確率空間Y に測度を保つ自由な変換(β)γ∈rでエルゴード的に作用しているとする. 二つの作用α とβ が軌道同値である( もしくは二つの同値関係R_,R_ が同型である) とは, X からY へのBorel 集合族と測度を保つ写像θ があって次を満たすことである:

θ(αG(x)) = βrθ(x), almost every x ∈ X.

同型な軌道同値関係は群の間に弱いつながりを与えていて, 片方の群はもう片方の群のある種の変形であるととらえることができる. 群G と群rΓに代数的なつながりがあるとは限らない場合でも, G のユニタリー表現からΓのユニタリー表現が誘導され, 群の性質を調べることができる.

群G とr が与えられたとき保測作用を適当に定めると軌道同値になり得るか, という問いが測度論的群論の根本的問いである. この問題は群G とΓが測度同値になるかという問いと(アンプリフフィケーションを除いて) 同等のものである. 測度同値の定義は以下のとおりである.

定義2 (Gromov). 群GとΓ を可算離散群とする. 次の条件が成り立っているときにGとΓが測度同値であるといい, G -MEΓとかく: 標準測度空間(Σ,ν), 測度を保つG ×ΓのΣへの作用, そして可測なΓ-基本領域X ⊂ と可測なG-基本領域Y ⊂ が存在し, ν(X) < ∞, ν(Y ) < ∞ が成り立つ. このような(G ×Γ)-作用を伴った測度空間ΣをG とΓの測度カップリングと呼ぶ.

測度カップリングは群の左遷移と右遷移の対を一般化したものである. 群G とΓの確率空間への保測作用が同型な軌道同値関係を与えるとき, 同値関係自身がカップリングを与えていて, 二つの群は測度同値である. 逆に, 二つの群G とΓの間に測度カップリング_ Σがあるとき, 自然に有限測度空間X~=Γ/Σ へのG-作用α とY~=G/Σ へのΓ-作用β が定まり, 二つの軌道同値関係は(アンプリフィケーションを除いて) 同型である.

測度同値関係と測度カップリングを調べるために, 作用素環とくにvon Neumann環の理論を用いることが有用である. von Neumann 環の研究は1930 年代にMurrayとvon Neumann によってはじめられた. von Neumann 環のうちII1-型因子環の構造論は作用素環論において中心的な研究課題である. 二つの保測作用が与えられたとき, 群測度空間構成によりII1-型因子環L∞X α G, L∞Y ×βΓ が構成される. 作用が軌道同値ならばこの二つの環は弱い意味で同型であり, この作用素環を調べることで測度論的群論の研究を行うことができる.

群測度空間構成とともに重要なII1-型環の構成方法として群von Neumann 環と呼ばれるものがある. 小沢登高氏の研究によって近年群von Neumann 環の分類に大きな進展があった. 小沢はクラスS と呼ばれるStone Cech 境界の従順性で定められる離散群のクラスを定義した. ここでStone Cech 境界βG / G とは可換C*-環l∞(G)/c0(G) のGelfand スペクトルのことである. またクラスS の相対的概念としてBi-exactness と呼ばれるものをBrown との共著書籍で定義した.

本論文でBi-exactness の概念を用いて測度同値についての剛性定理を得る. 以下の三つの定理は二つの可算群の測度同値が各々の特徴的な部分群に遺伝することを示すものである. まずクラスS の直積群についての定理を述べたい. 以下で離散群に完全性が仮定されているが, 多くの群が満たす性質であるため強い仮定ではないことに注意されたい.

定理3. 群Gi (1 <_ i <_ m) が非従順な完全群であるとし, 群Γj (1 <_ j <_ n) をS の元とする. それらの直積をG =Πi Gi, Γ =Πj Γj と書こう. 整数m はn 以上であるとする. もしG ~ME Γ である.

リース積についての結果も述べる. 群A を底とするG のリース積A |G とはBernoulli シフトh((ag)g) = (ah-1g)g による半直積((+)g∈GA(g)) o×G であたえられる群である(群A(g) はA のコピーである).

定理4. 群G とΓ を非従順な完全群とし, 群H とΛは無限完全群であるとする. もしA | (G × H) -ME B | (Γ × Λ) であるならば, (G × H) -ME (Γ × Λ) である.

さらに自由積群についての結果を得る. 融合を取らない自由積についての先行研究はあったが, 次の結果は従順部分群についての融合を許している.

定理5. 群Gi (i = 1, 2) とΓj (j = 1, 2) はそれぞれ二つの非従順完全群の直積であるとする. 群G = G1 *A G2 とΓ = Γ1 *B Γ2 を共通の従順部分群A ⊂ Gi,B ⊂ Γj による融合積であるとする. このときG -ME Γ ならば, `G1 -ME Γ1 かつG2 -ME Γ2'であるか`G1 -ME Γ2 かつG2 -ME Γ1' である.

測度同値の意味で離散群を分類する際に重要なのは測度同値不変クラスの発見である. 本論文で小沢のクラスS が測度同値不変クラスであることを示す.

定理6. もし可算群G とΓ が測度同値であり, Γ がクラスS の元ならばG もクラスS の元である.

この定理の証明ではクラスS であるという性質のC-環的な特徴付けを用いている. 小沢の定理と合わせて次の群von Neumann 環ついての結果を得る. Solid 性はvon Neumann 環のある種の分解不可能性である.

系7. もし可算群GがF2 と測度同値であるならば, 群von Neumann 環L(G) はSolidである.

謝辞. 本研究の主要部分は著者のカリフォルニア大学ロサンゼルス校滞在中に得られたものである. カリフォルニア大学ロサンゼルス校の諸先生方, 特にソリン・ ポパ先生に深く感謝したい. 同大学のアドリアン・ イオアナ氏, 同大学で講師をしていたシリル・ ウデイエ氏によるコメントは初期の結果から本論文の結果に拡張させるのに不可欠であった. 大学院在学中に北海道大学の佐藤康彦君, 東京大学の水田有一君, カリフォルニア大学ロサンゼルス校のジェイソン・ アシェー君, バンダービルト大学のイオヌット・ キファン君など作用素環論に関わる若手研究者の活躍に刺激を受けた. 東京大学数理科学研究棟406, 421, 357 号室の皆様にお世話になった. 九州大学の植田好道先生, 京都大学の木田良才先生, 東京理科大学の戸松玲治先生には研究の指針を探るにあたり, 示唆に富んだアドバイスをいただいた. 本研究科の小沢登高先生および指導教官の河東泰之先生には研究に関わるあらゆる面において絶え間なく支援していただいた. 感謝の意は筆舌に尽くしがたい. 最後になるが, 酒匂真希さんと私たちの家族に感謝したい.

審査要旨 要旨を表示する

本論文において,論文提出者は離散群の測度同値性に関する興味深い研究を行った.

Gromov は,測度カップリングと呼ばれる,二つの離散群の作用付きの測度空間を用いて,離散群の測度同値という概念を定義した.これは,二つの離散群が軌道同値な保測作用を持つという条件を少し弱めて,アンプリフィケーションを許したものにあたっている.これはまた,幾何学的群論における擬等長性の概念の測度論的類似でもある.これを研究することは直接的には,エルゴード理論および離散群論の問題であるが,S. Popa や小沢登高の近年の研究を通じて,作用素環の理論と密接な関係があることが注目されて来ており,論文提出者の研究もこの結びつきに重点を置いたものである.

離散群の性質については従順性が古くから知られている.ここで考えている枠組みでは,従順性は「整数群Z にとても近い」という性質と言える.一方,離散群の完全性とは,群C*-環が短完全列とテンソル積についてよいふるまいをするという条件で定義されるものである.完全な離散群はきわめて大きなクラスをなしており,具体的な離散群は,たいてい完全である.近年,離散群の完全性が作用素環論で重要な役割を果たすことが分かってきている.

指数有限の部分群や商群は,元の群と測度同値であることは定義からすぐにわかる.また,すべての可算従順群は,互いに測度同値であることがわかっており,これを見ると,測度同値性はずいぶん弱い同値関係のようだが,ある種の状況下では,測度同値性から,二つの離散群がほとんど同型であることが導かれる.これが剛性と呼ばれる現象であり,近年盛んに研究されており,作用素環論における多くの重要な結果に関連している.

また,小沢登高は離散群のクラスS を,ストーン-チェック境界への両側作用の従順性を用いて定義した.このクラスは,従順群のクラスより大きく,完全群のクラスより小さい.論文提出者は,ある離散群がこのクラスS に属していれば,その群と測度同値な離散群もやはりこのクラスに属することを示した.これはそのような離散群の群von Neumann 環についての理解も深める興味深い結果である.

さて,ある離散群から別の離散群を作る方法がいくつかよく知られている.ここで考える構成法は,直積,リース積,融合積である.本申請者は,このようにして作られた群同士が測度同値であるとき,もとの群同士の測度同値性が導かれるかという問題を考察した.測度同値性が,離散群のある種の分解について遺伝するか,という問題と言ってもよい.これについて,本申請者は次の3つの肯定的結果を得た.

まず直積の場合は,非従順な完全群の有限個の直積と,クラスS の群の有限個の直積について考察した.前者の群の個数が後者の群の個数以上と仮定すると,実は両者の個数が一致し,番号を適当に並べ直せば,各直積因子同士が測度同値になることを示した.

また,非従順な完全群と無限完全群の直積の形の離散群二つについて,別の二つの群を底とするリース積を考えたときに,それらが測度同値になれば,もとの直積群同士が測度同値であることを示した.

さらに非従順な完全群二つの直積を二つ考え,共通の従順部分群による融合積を考える.このような形の融合積が二つあってそれらが測度同値であれば,融合積を取る前の群同士が測度同値であることも示した.

これらはいずれも,近年注目を集めている重要な問題について,最新の技術を駆使して得られた興味深い結果であり,これからの進展,応用も大いに期待できるものである.よって,論文提出者酒匂宏樹は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51748