学位論文要旨



No 126112
著者(漢字) 津嶋,貴弘
著者(英字)
著者(カナ) ツシマ,タカヒロ
標題(和) ヤコビ和量指標の分岐部分の初等的な計算
標題(洋) Elementary computation of ramified components of Jacobi sum Hecke characters
報告番号 126112
報告番号 甲26112
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第354号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 齋藤,秀司
 東京大学 准教授 辻,雄
 東京大学 准教授 志甫,淳
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要旨本文

有理数体上の代数多様体がある有限素点で順滑モデルを持たない時、悪い還元を持つという。悪い還元の場合には、良いモデルの代わりに、安定モデルを考えたい。安定モデルとは、特殊ファイバーの特異点が高々通常二重点であり、特殊ファィバーの既約成分の中にP1 がある時には、他の既約成分と三点以上で交わっているもののことをいう。K を局所体とし、X をK 上の順滑かつ固有で幾何的に連結な曲線とする。Deligne-Mumford の定理により、X の種数が2 以上ならば、XK' が唯一つの安定モデルを有するような有限次拡大体K'=K が存在する、ということがわかる。この定理により、安定モデルの存在はわかっているのだが、具体的に曲線を考えると、その安定モデルを見付けることは容易ではない。1988 年にColeman-McCallum は、剛幾何(Rigid Geometry) を使ってフェルマー曲線の商の安定モデルを計算し、系としてヤコビ和量指標の分岐成分を明示的に計算した。代数的ヘッケ指標は、各素数l について一次元l 進表現を誘導することが知られている。ヴェイユの研究により、ある種のヤコビ和は、代数的ヘッケ指標と見なせる事がわかっている。それをヤコビ和量指標と呼ぶ。以下、どのようなヤコビ和を考えるか、述べる。

a; b; c を整数とし、a + b + c = 0 を充たすとする。m を正の整数とする。K = Q(_m) とおく。p をK の素点とし、剰余体Fp の標数をp とする。今、(p;m) = 1 とする。( p )m : Fp -→ _m をm 乗剰余記号とする。以上の記号の下で、次のヤコビ和を考える。

1952 年にヴェイユは、このヤコビ和がヘッケ量指標と見なせる事を示した。以下、ヤコビ和量指標といった場合、このヤコビ和に付随する量指標を意味するものとする。ヤコビ和量指標が定めるl 進表現は、以下のようなK のガロワ群の指標になっている。

Gab(K)→Ql×.

この指標は、ml と素なK の素点では不分岐であり、m を割る素点では分岐している。

上述のColeman-McCallum の結果は、このmを割る素点での指標の様子、即ち、分岐成分を明示的に決定したものである。ヤコビ和量指標が誘導するl 進表現は、フェルマー曲線のエタール・コホモロジーH1 へのガロワ作用によって実現されることがわかる。上記のColeman-McCallumの結果に対し、私はフェルマー曲線の準安定モデルも、剛幾何も使わない初等的、かつ簡明な証明を発見した。この証明は、昨今の斎藤毅氏とA. Abbes 氏による分岐理論の研究に触発されて成された。

以下、主定理を述べる。m を正の整数とする。p を素数として、m = pnm'; (p;m') = 1; n _> 1 とかく。a; b; c をa+b+c = 0 をみたす整数とする。a = pra'; (p; a') = 1 とおく。以下(m; a; b; c) = 1;(p; b) = 1; (p; c) = 1; n _> r _> 0 を仮定する。更に、K = Qp(_m) とおく。1 の原始p 乗根_ ∈ Kを固定する。それに付随して_ ∈ K を_p-1 = -p; _1-_≡ 1 (mod _) をみたす元とする。

次に、l \= p を素数とする。以下、埋め込みK ,→ Ql を固定する。この埋め込みから誘導される非自明な指標を_ : _m(K) -→ Q×l とかく。更に、指標 0 : Fp -→ Q×l を合成Fp -→ _p(K) ⊂ _m(K) -→ Q×l として定義する。ただし、最初の射は1 7→ _ とし、次の射は_ であるものとする。また、標準同型_m' (k) = _m' (K) と部分群_m' (K) ⊂ _m(K) への制限_|_m' (K) との合成として、指標_' : _m' (k) -→ Q×l を定義する。関数f ∈ k[s] に対し, アフィン直線A1k 上の、アルティン・シュライヤー被覆yp - y = f と指標 0 で定まる層をL 0 (f) とかく。関数f ∈ k[s±] に対し、Gm 上の、クンマー被覆ym'= f と指標_' で定まる層をK_' (f) とかく。

元f ∈ K× に対し、二次のクンマー拡大y2 = f で定まるSpecK 上のsmooth Ql-層をQ(f) とかく。元f ∈ K× に対し、m 次のクンマー拡大ym = f と指標X で定まるSpecK上のsmooth Ql-層をKX(f) とかく。フェルマー曲線の商Fma;b;c : ym = (-1)cxa(1 - x)b を考える。この曲線Fma;b;c は、幾何的に連結である。この曲線は、ガロワ群をμm(K) にもつUK := P1K- {0; 1;∞} = SpecK[x±1; 11-x ] の有限エタール・ガロワ被覆になっている。UK 上、Fma;b;c : ym = (-1)cxa(1-x)b と指標X で定まるsmooth Ql-層をKX と書く。我々の主定理はエタール・コホモロジー群H1c (U _K ;K_) へのガロワ作用を明示的に計算するものである。

Theorem 0.1. (Coleman-McCallum) 記号と仮定は上記通りとする。

1. n = r とする。このとき、一次元GK 表現の同型として以下が成立する。

H1c (U K ;KX) = KX((-1)cπpn)a) (×) H1c (Gm;k ;KX' (sa') (×) L 0 (b/m' s)):

2. 次にp _> 5 とn > r を仮定する。 = a'2m' ∈ k とおく。このとき、一次元GK 表現の同型として以下が成立する。

H1(c) (U K ;KX) = KX(aabbcc) (×) Q(πpn-r) (×) H1c (A1/k;L 0 (γs2)):

この主定理は、Abbes-斎藤氏によるアイデアに基づいて示されることは先に述べた。以下、そのアイデアについて述べる。両氏は層係数の消滅輪体を計算するときに、その消滅輪体の台を適当な重複度を込めて爆発することで、考えている層をsmooth に延長し計算する、という手法を用いた。考えている層がsmooth に延長されると、何故消滅輪体、あるいはエタール・コホモロジーへのガロワ作用が計算出来るか、については後述する。このアイデアをP1 - {0; 1;∞} の場合に移植することで、エタール・コホモロジーを計算することが出来る。以上述べたことをより詳しく書く。主定理の1について述べる。2も全く同様の議論で出来る。H1c (U _K ;K_) を計算することはK_ 係数の消滅輪体を計算することに等しく、1の場合その台が特殊ファイバーの原点x = 0 にあることが見て取れる。先のAbbes-斎藤氏によるアイデアを踏襲すれば、原点を適当な重複度を込めて爆発すればよい、ということになる。次にどれほどの重複度を付けて爆発すればよいか、という問題になるが、これは以下のよく知られた補題からわかる。

一般に、OK 上平坦な正則ネーター・スキームU を考える。D ⊂ U を既約因子とする。U\D =U (×)OK K と仮定する。U 上の可逆関数f に対し、制限写像Γ(U;O×U ) → Γ(D;O×D) の像を_ f とかく。指標_ とクンマー拡大ym = f に付随するU\D 上のsmooth Ql-層をK_(f) とかく。D上の可逆関数_ f に対し、指標_' とクンマー被覆ym'= _ f から決まるD 上の層をK_' ( _ f) とかく。D 上の正則関数_h に対し、 0 とアルティン・シュライヤー被覆yp -y = _h で定まるD 上の層をL 0 (_ h) であらわす。このとき、以下の補題が成り立つ。

Lemma 0.2. f をU 上の可逆関数とする。f -1 がπppn-1 で割れるとせよ。h := (f -1)=πppn-1とおく。このとき、以下が成り立つ。

1. 層Kx(f) は、U 上のsmooth な層に延長される。これをKとかく。

2. f K のD への制限は、L 0 (h/m' ) である。

今我々が考えたいクンマー層は、ym = (-1)cxa(1 - x)b であった。このクンマー層をym =(-1)cxa とym = (1 - x)b から決まるクンマー層のテンソル積に分けて考えて見れば、最初のものは仮定n = r により初めからsmooth になっているので、二つ目がどういう重複度で爆発すればsmooth に延びるか、という問題になる。これは先述通り、上の補題が其の答えを与えている。補題1によれば関数(1-x)b -1 がπppn-1 で割れて欲しいから、(x; πpn) で爆発すればよい、ことがわかる。実際、x = πpns とおけば、

ym = 1 + bπppn-1s + higher terms

となり補題が適用できる。以下、上の等式の右辺をf とかく。この爆発により元のクンマー被覆はym = (-1)c(πpn)asaf と書け、射影公式より次の同型を得る。

H1c (U K ,KX) = KX((-1)c(πpn)a) (×) H1c (U K ,KX(saf)).

Kx(saf) がsmooth 層に延びると何故コホモロジーへのガロワ作用、あるいは消滅輪体が計算できるか、であるがそれは次のcospecialization map が得られるからである。

H1c (Gm,k ,KX (sa') (×) Lψ 0 (b/m' s)) → H1(c) (UK ,KX(saf)).

右辺のコホモロジー群の次元が1 であることは容易にわかる。左辺のコホモロジー群の次元が1であることはグロダンディーク・オッグ・シャファレビッチ公式から従う。ゆえに、この射が単射であることを示せばよい。これはよく知られたSGA1 にある基本群に関するsemi-continuityの基本定理" に帰着して示される。上記二つの同型により、Theorem 0.1 の1 が証明される。以上が主定理の証明の骨子である。

[AS] A. Abbes and T. Saito,Local Fourier transform and epsilon factor, arXiv:08090180v1[mathAG], to appear in Compositio Mathematica.[CW] R. Coleman and W. McCallum, Stable reduction of Fermat curves and Jacobi sum Hecke characters, J. reine. angew. Math. (1988), 41-101.[D] P. Deligne, Cohomologie etale, SGA 41/2 , LNM 569, Springer-Verlag (1977).[K1] K. Kato, Swan conductors for characters of degree one in the imperfect residue _eld case, Algebraic K-Theory and algebraic number theory(Honolulu, HI, 1987) , Comtemp. Math.,83, Amer. Math. Soc., Providence, RI, (1989), 101-131.[K2] K. Kato, Class _eld theory, D-modules, and rami_cation of higher dimensional schemes,Part I, American J. of Math., 116 (1994), 757-784.[La] G. Laumon, Transformation de Fourier, constantes d'_equations fonctionnelles et conjec-ture de Weil, Publ. Math. IHES, 65 (1987), 131-210.
審査要旨 要旨を表示する

本論文では、ヤコビ和が定める量指標の分岐成分の決定の、簡明な新証明を与えている。ヤコビ和は、ベータ関数の有限体上の類似である。ベータ関数が、フェルマー曲線の周期積分と結びついているように、ヤコビ和は、有限体上のフェルマー曲線の有理点の個数と結びついている。

Weilはこのことを用いて、ヤコビ和が代数的量指標を定めることを示し、この量指標の数論幾何的意味を明らかにした。その際、Weilはこの量指標の導手の評価を与えたが、その決定は問題として残した。

ColemanとMcCullumは、リジッド幾何を用いて、フェルマー曲線の商の安定モデルを計算した。さらに彼らは、この安定モデルを用いて、ヤコビ和の量指標の局所成分を具体的に表示し、導手の計算も与えた。

本論文では、この局所成分の表示の、リジッド幾何を用いない、簡明な新証明を与えている。ColemanとMcCullumの結果により、局所成分はすでに求められているので、この指標の逆をテンソルすることにより、分岐をうち消すことができる。したがって、このようにして得られる消失輪体が不分岐であること、そしてそこへのFrobeniusの作用を決定することにより、新証明が得られる。

ColemanとMcCullumの原証明ではフェルマー曲線の商として得られる射影直線のKummer被覆を扱うのに対し、新証明では、このKummer被覆が定める、射影直線上の階数1の層を扱う。これが、簡易化を可能にしている1つの理由である。

消失輪体の計算は、次のように行う。まず、ヤコビ和の量指標は、P1上の3点0,1,∞で分岐するKummer被覆が定める階数1のl進層のコホモロジーへのGalois表現として得られることに注意する。この層の分岐を調べることにより、消失輪体は、その法p還元の1点に集中していることがわかる。

さらに、この点をブローアップしていくと、Artin-Schreier層が現れる。Grothendieck-Ogg-Shafarevich公式を使って計算すると、この層のH1は1次元である。このことより、消失輪体へのGalois作用は不分岐であることがしたがう。さらにGrothendieckの跡公式より、このH1へのFrobenius作用の固有値はGauss和であることもしたがう。

このように、基礎体上の指標による積とブローアップを組み合わせることで分岐を消す方法は、Abbes-斎藤により分岐理論に導入された新しい手法である。これを、フェルマー曲線の退化という数論的な状況に適用することで、ヤコビ和の代数的量指標という古典的な対象に対し、局所成分の計算の新証明という注目すべき応用が得られている。この方法の、モジュラー曲線などのほかの数論幾何的対象への応用を探ることは、興味深い問題である。

本論文における新証明は、従来のリジッド幾何を用いるものと比べて著しく簡明なものであり、高く評価できるものである。よって、論文提出者津嶋貴弘は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51752