学位論文要旨



No 126120
著者(漢字) 西岡,斉治
著者(英字)
著者(カナ) ニシオカ,セイジ
標題(和) 差分方程式の可解性と既約性
標題(洋) Solvability and irreducibility of difference equations
報告番号 126120
報告番号 甲26120
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第362号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 坂井,秀隆
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 准教授 斉藤,義久
 神戸大学 教授 野海,正俊
内容要旨 要旨を表示する

初等関数は微積分学において基本的な関数で、例えば指数関数、対数関数、三角関数やその逆関数は初等関数である.初等関数は微分代数学において研究されてきた.Rosenlicht は微分体(微分を付加した体)の初等拡大を定義し,初等関数を代数的に研究した.初等拡大は代数的操作と対数と指数を有限個用いて表現される関数によって構成される.この考え方はLiouville による.本論文では差分方程式の可解性と既約性をこのような見地から研究している.つまり,与えられた差分方程式の解がある種の関数たち有限個を用いて表示されるか,という問題を扱っている.

初等関数は微分代数の分野では馴染みのものだが,一方で差分代数においてどのような関数が初等的と言えるのかは未だ明らかではない.Karr はΠΣ拡大を定義しLiouville の定理と呼ばれる初等拡大についての定理の差分類似を与えた.ΠΣ 拡大はy1 = αy + β, α= 0 という形の差分方程式の解で構成される.例えばガンマ関数はΓ(x + 1) = xΓ(x) をみたすが,これはα = x, β = 0の場合の式である.同様にlog Γ(x + 1) = log Γ(x) + log x ではα = 1, β = log x である.

ガンマ関数はx をx + 1 にする変換作用素による差分方程式をみたすが,それ以外の変換作用素も考えうる.変換作用素の例を単純な差分方程式を交えつつ紹介する.例えばcos x は倍角公式cos 2x = 2 cos2 x - 1 をみたす.これをx を2x にする変換作用素による差分方程式と考えよう.この変換作用素に関して,log x はy1 = y +log 2 をみたす.ΠΣ 拡大の方程式でα = 1, β = log 2の場合である.ところでq-ガンマ関数と呼ばれる関数がある.この関数はΓq と書かれ,0 < q < 1で定義され,次をみたす.Γq(x + 1) =1-qx/1-qΓq(x); Γq(1) = 1:qx をt とおけばq-ガンマ関数は次の方程式の解である.y1 =1 - t1 /Γq y (α =1 - t/1 - β; = 0).ただし,この差分方程式の変換作用素はt をqt にするものである.Koornwinder によると,Γq(x + 1) はx 6= Γ1; Γ2; … でq ! 1ΓとするとΓ(x + 1) に収束する.このことはq-ガンマ関数がガンマ関数のq-類似とされる理由の一つであろう.t をqt, q 2 CX にする変換作用素による差分方程式は特にq-差分方程式と呼ばれる.

最後の例はz をz2 にする変換作用素である.関数f(z) =Σ∞(n=0) z2n はMahler 関数と呼ばれ,Mahler により0 < j_j < 1 をみたす任意の代数的数_ に対してf(α) は超越数になることが証明されている.Mahler 関数はf(z2) = f(z)-z をみたす.

差分方程式の可解性の定義をみる前に,次の差分方程式を使ってその考え方に触れておく.変換作用素x 7→ x + 1 による差分方程式(1) y2 - y1 - x2y = 0はy1 = αy + β, α = 0 の形の差分方程式2 つに還元できる.実際,解f はf2 - (x + 1)f1 = -xf1 + x2f; fi = f(x + i)をみたすから,g = f1 - xf とおくとg はy1 = -xy の解で,f はy1 = xy + g の解である.ここで後者の方程式の係数体はg が含まれるように拡大されている.

Franke はLiouville-Franke 拡大(LFE)を用いて線形差分方程式の可解性の理論を構築した.線形斉次差分方程式が可解であるとは,基本解がLFE に含まれることである.LFE はLiouville拡大の差分類似としてFranke により定義された.Liouville 拡大は微分に関する原始関数,対数微分に関する原始関数,および係数体上代数的な元を有限個付け加えることで得られる微分体の拡大である.係数体は方程式(1) に対する議論のように順次拡大される.一方LFE はある共通の自然数k に対してyk = y + β の解とyk = αy, α= 0 の解,係数体上代数的な元有限個で生成される差分体の拡大である.こちらも係数体は順次拡大される.また,差分体とは変換作用素を付加した体のことである.例えばy1 = αy +β, α= 0 の解はLFE に属する.従って上記方程式(1) は可解である.

微分の場合,Airy 方程式は可解でないことが知られている.ガンマ関数と同様Airy 関数にもq-類似が提示されており,それはy2 + qty1 - y = 0 という線形斉次q-差分方程式をみたす.これをq-Airy 方程式と呼ぼう.筆者は差分Riccati 方程式の可解性に関する一般理論を構築し,超越数q に対してq-Airy 方程式が可解でないことを示した.f 6= 0 をq-Airy 方程式の解とするとg = f1=f は次のq-差分Riccati 方程式をみたす.(2) y1 =-qty + 1/y.可解性に直接関係する主要結果は次のものである.つまり,任意回数の逐次代入により線形化されない差分Riccati 方程式がLFE に属す解を持つならば,ある回数逐次代入を行って得られる差分方程式は代数解を持つ.差分Riccati 方程式は一次分数変換とみなせることに注意.

次に差分方程式の既約性に関して得られた結果を紹介する.差分Riccati 方程式(2) の解はa = q としたA(1)6 型q-Painleve 方程式q-P(A6) : (y2y1 - 1)(y1y - 1)(y1 + qt) = aq2t2y1をみたす.q-P(A6) はPainleve II 型常微分方程式のq-類似であるとされており,それゆえにq-PIIとも呼ばれる.代数的単数でないq に対して,この方程式の分解可能拡大に属す解は方程式(2) の解で有理的に表されることを示した.分解可能拡大は線形差分方程式の解や1 階代数的差分方程式の解,係数体上代数的な元などにより生成される差分体の拡大である.Painleve II 型常微分方程式について同様の議論が野海と岡本によりなされている.

微分方程式または差分方程式に関するこの種の研究は既約性の研究と呼ばれている.梅村はPainleve の既約性に対して関数集合の拡大操作により解析的意味付けを与えた.その拡大操作は微分代数の言葉で言えばKolchin の強正規拡大と代数拡大の有限連鎖である.Bialynicki-Birulaが強正規拡大の一般化を行ったが,それは差分の場合を含むものであった.Bialynicki-Birula の強正規拡大と代数拡大の有限連鎖は筆者の定義した差分体の分解可能拡大の一例である.

q-P(A6) の他にA(1)70型q-Painleve 方程式と2 種の双有理型代数的差分方程式の既約性を研究した.A(1)70型q-Painleve 方程式とは次の連立方程式である.(〓)q が1 の巾根でないとき,q-P(A70) の分解可能拡大に属す解を(y; z) = (f; g) とすると,f とg はそれぞれc=pt, c 2 C という形の代数関数である.また2 種の双有理型代数的差分方程式y2y = A(y1)/B(y1) , max{deg A; degB} > 2,(〓)の超越関数解は,どのような分解可能拡大にも属さない.ここで,A, B, C, D は多項式である.

審査要旨 要旨を表示する

Picard-Vessiot理論をはじめとする微分代数の理論を、代数的微分方程式の解法理論に応用するという取り組みが一定の成果をおさめており、当然、代数的差分方程式の研究に同様の方法が使えないかという試みは行われている。たとえば、Frankeの線型差分方程式の可解性の研究や、Singer, Van der Putらの線型方程式のPicard-Vessiot理論などがそれにあたるのだが、これら既存の結果はいずれも線型方程式の理論で、西岡氏の非線型差分方程式への差分代数の応用は、新しい分野を切り開くものとなっている。

提出論文は、差分体の拡大の理論、およびいくつかの線型あるいは非線型の差分方程式への応用を含んでいる。これをまとめると、以下のようになる。(正確には、パラメーターqの超越性などの仮定が必要だが、煩雑になるので、この要旨では仮定について詳しく述べない。)

1.差分Riccati方程式の可解性のための条件を与え、その応用としてq-Airy方程式、q-Bessel方程式の非可解性を証明した。

2.差分体における分解可能拡大を定義し、その性質に関する理論を整備した。

3.A7'型のq差分パンルヴェ方程式の代数関数解の分類を与え、それ以外の場合の既約性を証明した。

4.A6型のq差分パンルヴェ方程式の代数関数解の非存在を証明し、知られているq-Airy方程式の解でかけるものをのぞくと既約であることを証明した。

5.ある種の双有理型代数的差分方程式の既約性に関する一般的定理を示した。

ここで、可解とは、基礎体に対してある解を添加した差分体を考えたとき、その差分体を含むLiouville-Franke拡大体が存在することを意味し、既約とは、そのような分解可能拡大体が存在しないことを意味する。Liouvill-Franke拡大は、微分体の理論におけるLiouville拡大の差分体における対応物で、Frankeによって定義された。これは、Liouville拡大が、初等関数から不定積分を許した操作で作られる関数で構成されるのと同様、かなり限られた関数のクラスに対応している。一方で、西岡氏の定義した分解可能拡大は、線型差分方程式の解を全て含むような広いクラスの関数に対応している。

既約性定理の証明は、ふたつの理論を組み合わせて示されている。ひとつは、分解可能拡大体における一般論で、もうひとつは代数関数解の存在に関する理論である。このうち、西岡氏の示した分解可能拡大体に関する理論のほうは、2階の代数的差分方程式に広く応用が可能で、これを用いるとある種の判定法によって、代数拡大の中に解を持つ可能性をのぞいて既約性を示すことができる。代数関数解の存在、非存在は、方程式を個別に解析する必要があり、難しい問題である。西岡氏は、Hankel行列式の離散付値をみることで差分方程式の有理解の非存在を示すという有効な方法を開発し、この論文でA6型q差分パンルヴェ方程式の代数関数解の非存在を証明した。

これらの結果のうち主要な部分は、対象とする方程式の解がより簡単な方程式の解に帰着できるかどうかを判定するという問題意識の上に行われたものだが、一般論がすでにあってそれを応用しているというわけではなく、一般論の構築も同時に行っているわけだから、研究成果の価値は非常に高い。

よって論文提出者 西岡 斉治 は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があるものと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51759