学位論文要旨



No 126642
著者(漢字) 西山,大輔
著者(英字)
著者(カナ) ニシヤマ,ダイスケ
標題(和) インスタントン効果を含む位相的場の理論における新しい拡張
標題(洋) New extensions in topological field theory with instanton effects
報告番号 126642
報告番号 甲26642
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1059号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 松尾,泰
 東京大学 教授 加藤,光裕
 東京大学 准教授 大川,祐司
 東京大学 准教授 加藤,晃史
 東京大学 准教授 菊川,芳夫
内容要旨 要旨を表示する

背景・動機

位相的場の理論は本来場の理論が持つ無限自由度や複雑な相互作用からくる困難を大幅に低減し、厳密な計算が可能なモデルとして活発に研究されている。位相的場の理論のうち、特にウィッテン型の位相的場の理論、またはコホモロジカルな場の理論と呼ばれるものは一般に、ある超対称な場の理論にトポロジカルツイストという操作を施すことで得られ、もとの超対称な場の理論のBPS セクターを記述することが知られている。いっぽう、コホモロジカルな場の理論はマタイ-キレン形式という幾何学的な定式化を持つ。この定式化によると、位相的場の理論の可観測量はインスタントンモジュライ空間上の閉微分形式と対応することが示され、相関関数が位相的な性質を持つことが自然に理解される。

Frenkel, Losev, Nekrasovはコホモロジカルな場の理論の一つである、位相的量子力学を考察した。彼らはそこに現れるあるパラメータλ が無限大になる極限では、この位相的な理論に対応する理論である超対称量子力学について、そのBPS セクターを超える範囲で相関関数の計算が可能なことを示した。そのような計算が可能になる理由は、この極限では、作用汎関数がインスタントンモジュライ空間に台を持つデルタ汎関数となるために、経路積分がこの空間からの寄与しか受けなくなるためである。ただし、この極限λ=∞で理論はλ が有限の値を持つ領域とかけ離れたものになっているため、彼らの計算結果から直ちにλ が有限の値を持つ、もとの超対称量子力学の相関関数の情報を得ることはできない。これを得るにはλ=∞のまわりである種の摂動論を展開し、λ が有限の値を持つ領域での相関関数を求めればよいと期待されるが、この摂動論は通常の量子力学における摂動論とは非常に異なる性質を持つことが示された。その性質からくる困難のために、彼らはこの摂動論を実行していない。

このような状況を踏まえ、本論文では以下の研究について議論を行う。

・位相的量子力学における新しい可観測量を反復積分の方法を用いて構成する。

・上に述べたλ=∞のまわりでの摂動論を実行する。

第1章においてこれらの研究の背景・動機を説明する。第2章において後の章で必要となる超対称量子力学の事項についてレビューを行う。第3章では位相的場の理論の一般的な性質を復習した後、マタイ-キレン形式を用いた位相的場の理論の定式化についてレビューする。第4章ではこの定式化を用いて位相的量子力学を構成するために必要となる、道の空間の幾何学についてレビューする。また、反復積分の方法により、道の空間の上の微分形式を構成できることを述べる。第5章で、これらの定式化により構成した位相的量子力学において、新しい可観測量の構成を行う。また、λ=∞の極限における理論の概要をレビューする。第6章でλ=∞のまわりでの摂動論を実行する。第7章において、本論文のまとめを行う。

本論文で新たに行なった研究の概要は以下のとおりである。

新しい可観測量

位相的量子力学をマタイ-キレン形式を用いて定式化すると、そのインスタントンモジュライ空間は、モース関数の勾配曲線が作る空間であることが示される。これは両端をモース関数の臨界点に持つ道の空間の部分空間である。したがって、道の空間の上の閉微分形式はトポロジカルな量子力学の可観測量に対応する。本論文では反復積分の方法を用いて、そのような微分形式、したがって可観測量を構成する。こうしてできる可観測量はモジュライ空間の基本群の非可換性に関する情報を引き出すことができる。つまり、これを考えることで、モジュライ空間の幾何学に関する新しい情報を見ることができる。モジュライ空間が非可換な基本群を持つ例として種数2のリーマン面を標的空間に持つトポロジカルな量子力学を考察し、この新しい可観測量を含む相関関数を計算する。

λ=∞のまわりでの摂動論

Frenkel, Losev, Nekrasovの考察に基づいて、X=CP1を標的空間にもつ量子力学について、λ=∞のまわりでハミルトニアンの固有値を求めるための摂動論を行う。ハミルトニアンはという形をとる。これに通常の量子力学の摂動論が適用できない理由は、非摂動ハミルトニアンH0 がエルミートでなく、また、対角化すらもできないからである。この場合、通常のような固有値がλ-1の整数べきで展開されるという仮定は正当化されない。本論文では、レゾルベントを用いたより一般の摂動論を用いることにより、この困難を避ける方法を示す。

結論

本論文により以下のような結果を得た。

・位相的量子力学について、モジュライ空間の基本群の非可換性に関する情報を引き出す、新しい可観測量の構成法を示した。

・Frenkel, Losev, Nekrasovの方法を用いて超対称量子力学のBPS セクターを越える範囲で相関関数を計算するときに必要となる、通常とは異なった摂動論を実行する方法を示し、ハミルトニアンの固有値を摂動の2 次のオーダーまで求めた。

これらの結果をより複雑な位相的場の理論に応用すれば、さらに興味深い結果が得られると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

西山大輔氏の学位論文では,数理物理学の一つの分野である位相的場の理論関して、いくつかの新しい知見を与えている。位相的場の理論とは、ボゾンの自由度とフェルミオンの自由度を完全に相殺させることにより、場の理論が定義されている空間のトポロジカルな情報のみを引き出す手法であり、80年代後半よりWittenらを中心に活発に研究されている。最近Frenkelらにより、自由度の相殺が完全には起こらないような変形自由度の研究が始まり、BPS状態セクター以外の相関関数へ応用された。西山氏の研究は、Frenkelらの研究について2つの新たな拡張を加えている。一つは反復積分を用いた新しい位相不変量の提案であり,もう一つはインスタントン補正の摂動論を独自の方法を用いて具体的に計算したものである。

論文は7章により構成され、第1章は研究の背景や動機の説明、第2章と第3章では位相的な場の理論とこの論文で研究されている超対称量子力学の一般的な性質についてのレビューがなされている。第4章と第5章で第一の結果である反復積分を用いた位相不変量の提案がなされており、第6章で第二の結果である摂動の具体的な計算が説明されている。第7章では論文のまとめが行われている。

この論文では位相的な情報を、モース理論と呼ばれる幾何学的な手法を用いて考察している。モース理論では多様体上で定義された関数の極値に対応する特異点を用いて、多様体上に特異点から特異点までの道(勾配曲線)を定義し、その情報を用いて多様体の幾何学的な情報を引き出す。このような道全体の集合はモジュライ空間と呼ばれる。マタイとキレンによる定式化を用いると、位相的な場の理論の可観測量はモジュライ空間上の閉微分形式に対応させることができる。

通常このようにして定義される幾何学不変量はコホモロジーに関連づけられ、ホモトピー群のもつ非可換な構造を持つことができないが、西山氏は道の空間には非可換的な性質があることに注目して、位相幾何学で知られている反復積分の手法を適用すると、非可換性を反映した位相不変量を定式化できるのではないかという着想をもった。この学位論文の第4章後半から第5章前半では、新しい位相不変量の提案がなされ、それが満たすべきいくつかの性質が確認されている。特に非可換性に関連しては種数2のリーマン面に対して新しい幾何学不変量の計算がなされ、道の合成の非可換性を一部反映された結果が示唆されている。

上でも触れたとおりFrenkelらの論文では位相的場の理論からの摂動が提案されているが、具体的な摂動計算がなされていなかった。問題は基準になるハミルトニアンが対角化できない形をしており、通常の摂動論が適用できない点にあった。西山氏はレゾルベントの方法と呼ばれる、より一般的な数学的技法を新たに導入して摂動計算を実行した。この計算は位相的な場の理論の枠組みからのずれを表す計算として新しい結果である。

西山氏の研究は数学の新しい技法を位相的な場の理論に持ち込み、幾何学不変量や位相的場の理論からの摂動に対して新たな知見をもたらしている。論文の内容は近い将来まとめられて出版される予定である。本人の数理物理学に対する学識も深いことが確認できた。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいと認定する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53589