学位論文要旨



No 126648
著者(漢字) 島田,悠彦
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,ヒロヒコ
標題(和) 共形場の理論による二次元の乱雑および層状ループ模型の解析
標題(洋) Conformal Field Theory Analysis of Two Dimensional Disordered and Layered Loop Models
報告番号 126648
報告番号 甲26648
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1065号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 氷上,忍
 東京大学 教授 国場,敦夫
 東京大学 教授 押川,正毅
 東京大学 准教授 加藤,雄介
 東京大学 准教授 大川,祐司
内容要旨 要旨を表示する

臨界現象において観測される様々なuniversality classは、場の理論の空間に作用するくりこみ群変換における固定点と対応して理解される。さらに共形場の理論(CFT)ではこれらの固定点が共形不変性を持つ場の理論に対応すると考える。共形不変性は二次元で強力な拘束条件として働くため、これまでにイジング模型の臨界点の一般化であるミニマルユニタリ模型という無限個のuniversality classに対応する場の理論が知られている。これらはビラソロ代数の縮退表現に基づいて構成され、格子模型としての定義は先験的には明らかではない。一方、O(n) ループ模型はスピン系の高温展開に基づいて考案されたという単純な分配関数を持つ模型である。ここで和は格子上のループ配位に関してとり、xとnはそれぞれボンドとループ1個あたりの重みである。ここでは格子模型としての定義が明確であり、jnj < 2でxを調節して得られる臨界点がnという連続パラメーターをもつCFTで記述されることが知られていた。またループに向きを付け、ループ配位から決まる高さ関数を導入することで汎関数ガウス積分に基づく経路積分と相性がよくなるというクーロンガス構成法があり、ミニマル模型とも密接に関係することが知られていた。

本論文では、微視的スケールにおけるクエンチ型の乱雑さをもつループ模型と、二層の構造をもちループ配位を投影してできる交点数に応じた重みを課したループ模型を導入してその臨界点を解析した。前者の模型はボンドの重みx が何らかの確率分布に従うと考え、空間の各点ごとにきまる独立な確率変数とすることで定義した。これまでクエンチ型の乱雑さを持つ模型の臨界点への解析的なアプローチとしては主に超対称性の方法があったが、この方法では非自明な臨界指数あるいは複数の固定点間のクロスオーバーを起こす系が見つからないのが普通であった。これにたいしLudwig がランダムボンドq 状態ポッツ模型にたいして用いた内部対称性を動かすアイデアをO(n) 対称性にたいして実行すると、非自明な固定点を伴ったクロスオーバーの重要な一例が得られることがわかった。このときnを連続変数として動かすこと、及びレプリカ法を用いて問題を乱雑さのないM 層のループ模型におけるM → 0 極限にマップすることが重要となる(図1)。具体的にはボンドがくりこまれた姿であるエネルギー演算子を異なるレプリカ面間で結合させる項による摂動論として定式化できる。実際にone-loop ベータ関数を計算するとCFTのある構造定数が重要になり、乱雑模型の非自明な固定点はあるnc ~0.2を境にnc < n < 1で得られることが示唆された。この構造定数は高分子極限n → 0でループ要素同士が強く反発することに対応してn=0に極をもち、n < ncで支配的になるため、固定点は消失してしまう。この領域では、ループがレプリカ面内を動き回るよりも他の面とのあいだを縫うように行き来し束縛状態をなしていると考えられる。非自明な固定点におけるスピンのスケーリング次元を評価するにはtwo-loopの計算が必要である。そこでDotsenko-Fateevの4 点相関関数の表示を含んだ摂動論における多重積分を評価するために、散乱振幅の形をもつ積分公式を導出した。結果としてこの乱雑模型の連続系列を特徴づけるスピン次元のずれの主要項に現れる比例係数が、体心立方格子上の酔歩における再帰回数を2πで割ったものと一致していることがわかった。これは摂動計算による結果であるにもかかわらず、ループ模型が連続変数であるnにたいして格子上で定義されることから、近年提案されたワームアルゴリズムによる数値計算により高精度で検証されることが期待される。

次に解析した二層模型は、周期的境界条件をもつ蜂の巣格子をAB スタッキングとして知られる位置関係で積み、分配関数を向きをもったループ配位に関する和として与えることにより定義した(図2)。層間の結合はループの符号付き交点数1個あたりの重みをλ= exp(iΘ)として決める。符号付き交点数はループの巻きつき数を並べてできる行列の行列式で与えられることを用いると、連続場の理論における有効層間相互作用項が得られる。これはトポロジカルな性質を持ち経路積分では局所揺らぎが分離するため、分配関数はループの巻きつき自由度による「トーラス結び目のペア」に関する総和となる。この分配関数ではmodular 不変性は自然に従うことがわかる。また、これをMobius 反転公式を用いてoperator content がわかる形に書き直した。この結果は明示的なので小さな次元の場の寄与に関しては実用的であるが、一般にはそれぞれ二つの分数電荷及び磁荷という量子数にたいする複雑な選択則を含んでおり簡単な形にまとめるのは難しい。そこで、交点の重みλを連続的に変えていったときのスケーリング次元のフローをプロットして一般的な対称性を考察した結果、相互作用のないΘ= 0の模型および相互作用のあるΘ=πの模型がスペクトルの曲線によって結ばれる双対な関係にあることがわかった。また具体的に、Θ=ぱいにおける二層dilute O(1) 模型と二層dense O(1) 模型という二つの模型が持つスケーリング次元の集合の直和をとると、超対称共形コセット模型〓が持つスケーリング次元の集合と概ね一致することを観察した。このようにして連続パラメーターjnj < 2にたいする二層模型のexact な分配関数が経路積分により計算され、乱雑模型を扱う際にレプリカ法で必要になる一般の多層模型を調べる上での手がかりを得ることができた。

図1 (a) 乱雑さのあるループ模型(b) ボンドの重なりに重みを課した乱雑さのない多層ループ模型.

図2 (a) 蜂の巣格子のAB スタッキング(b) 周期境界条件下の向きつきループ配位の一例.

審査要旨 要旨を表示する

臨界現象は1970年代に繰りこみ群の方法により摂動論的に解明され、さらに二次元系においては共形場理論により臨界指数に相当するスケーリング次元数が厳密に得られる場合(ユニタリ系列)が研究された。クエンチ型のランダムな乱れのある系ではレプリカ法や超対称法による研究がなされたが、多くの場合まだ解明されていないことが多い。

この論文では磁性体の臨界現象としてのO(n)スピン系と等価なO(n)ループ模型に基づき、クエンチ型ランダムな乱れがある場合のスケーリング次元を考察し、その具体的値を解析的に求めた。

論文は2つの研究成果に分けられている。第一部では、O(n)ループ模型でn<1の時、摂動計算で2ループまでスケーリング次元を解析的に求めた。第二部では二層からなる格子上でのO(n)ループ模型でのスケーリング次元を考察し、そのクロスオーバーを明らかにした。

この論文の第一部では、二次元イジング模型(n=1)でランダムな乱れがある場合、正確なスケーリング次元数が得られていることから、O(n) スピン模型のn=1(イジング模型)からのずれを摂動計算することが可能であることを示し、繰りこみ群の方法で、そのベーター関数を2ループまで計算し、n<1のスケーリング次元と固定点を求めた。レプリカ法によりM層の仮想的模型を導入し、M=0の極限操作を行う事により、クエンチ型のランダムな乱れを扱っている。結果はn=1極限ではクエンチ・ランダム結合イジング模型の結果と一致し、n<1では非自明な固定点が得られ、新しいスケーリング次元数が得られた。この論文で扱われているO(n)スピン系の他にq状態ポッツ模型のランダムな乱れがある場合のq=1からのずれに関する研究があるが、O(n)スピン系の結果はq-スピン系とは異なり、新しい知見が得られた。また、2ループの計算において、ゼルバーグ型超幾何関数が得られ、スケーリング次元を第一種完全楕円積分で記す明示的表式を得た。

第二部では、二層の格子上でのO(n)ループ模型の考察が行われた。この第二部では境界条件としてトーラス上でのAサイクルとBサイクルのループに帰着するような模型が提案された。この二層上のループは交差することにより、その交点数をともなって、連続極限の有効相互作用を得ることが出来るが、その分配関数を厳密に解析的に得ることに成功した。得られた分配関数はnと交点の重みの位相で表され、位相を変えることによりスケーリング次元が変化する様子を厳密に得ることが出来た。結果として、スケーリング次元数はc=1, N=2の超対称共形コセット模型に現れる次元と一致することを見出した。これらの結果は非常に興味深く、さらなる発展が期待出来るものと思われる。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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