学位論文要旨



No 127194
著者(漢字) 水谷,治哉
著者(英字)
著者(カナ) ミズタニ,ハルヤ
標題(和) シュレディンガー方程式に対する分散型及びストリッカーツ評価
標題(洋) Dispersive and Strichartz estimates for Schrodinger equations
報告番号 127194
報告番号 甲27194
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第375号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 儀我,美一
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 山本,昌宏
 学習院大学 教授 谷島,賢二
内容要旨 要旨を表示する

本論文では時間依存シュレディンガー方程式の解の平滑化作用, 特に以下の2つの評価について考察する.

・ 分散型評価.

・ストリッカーツ評価.

分散型評価は解の時刻無限大での減衰あるいは有界性を表す評価であり, ストリッカーツ評価はLp型平滑化作用と見ることができる. これらの評価は固有関数(あるいはquasimode)のLp 有界性の解析や非線形シュレディンガー方程式の解析に応用されている. 本論文の目的は「多様体の幾何構造やポテンシャルの挙動がこれらの評価にどのような影響を与えるか?」という問いについて論じることである. 具体的には, 以下の2つのモデルについて考察する:

・ 散乱多様体上のシュレディンガー方程式(第2章).

・ 遠方で減衰する実数値ポテンシャルを摂動した1 次元シュレディンガー方程式(第3章).

1 散乱多様体上のストリッカーツ評価

第2章では散乱多様体上のシュレディンガー方程式に対する時間局所ストリッカーツ評価について論じる. 散乱多様体とは境界付きコンパクト多様体の一つのクラスであるが(cf. Melrose (1994)), ここでは極座標の一般化として定式化する. Mをコンパクトでないd 次元C∞ リーマン多様体(d ≧ 2)として次の分解を仮定する:

M=Mc ∪M∞, Mc b M, M∞=(0,∞) × ∂M ∋ (r, θ), Mc ∩M∞ ⊂ (0, 1) × ∂M.

ここでMcは相対コンパクトな部分多様体, ∂Mは任意のdー1 次元閉多様体である. 次に, 散乱計量を定義する.

Definition 1.1 (散乱計量). M 上のリーマン計量g が(長距離型) 散乱計量であるとは次で定義される: ある∂M 上のリーマン計量(hjk) が存在して

g := dr2 + r2(hjk(θ) + ajk(r, θ))dθjdθk, (r, θ) ∈ (1,∞) × ∂M.

ここでajkは滑らかな実数値関数で, ある正の定数μ > 0 が存在して,

|∂lr∂αθ ajk(r, θ)| ≦ Clαr(-μ-l), (r, θ) ∈ (1,∞) × ∂M, (l, α) ∈ Z+ × Z(d-1)+ .

上記をみたす(M, g)を(長距離型) 散乱多様体と呼ぶ. 定義から散乱計量gの主要部は錐型計量であり, 散乱多様体は漸近的に錐型多様体に近づく. 特に, ユークリッド空間の長距離摂動はM=Rd,∂M=Sd-1ととることにより散乱多様体とみなすことができる.

Lp(M) := Lp(M;G(z)dz), G(z) =√det(gjk(z)), 1 ≦ p ≦ ∞として, 散乱多様体M 上のシュレディンガー方程式の初期値問題を考える:

ここでP=-1/2Δg, ΔgはM 上のLaplace-Beltrami 作用素である. PはC∞0 (M) 上本質的自己共役であり, (1.1)の解はu(t)=e(-it)P u0で与えられる. 主結果を述べる前に用語を2つ定義する. まず計量の非捕捉性について述べる:

Definition 1.2 (非捕捉性). p(z, ξ)をPの主シンボルとする. 任意の(z0, ξ0) ∈ T*M, ξ0≠ 0に対して, p(z, ξ) が生成する測地流(z(t, z0, ξ0), ξ(t, z0, ξ0))=exp tHp(z0, ξ0) がt → ±∞で無限遠方に発散する, 即ち

|z(t, x0, ξ0)| → +∞ as t → ±∞

が成り立つとき(M, g)は非捕捉的であると言う. ここで,

はp(x, ξ) が生成するハミルトンベクトル場である.

次に, admissibleと呼ばれる概念を導入する.

Definition 1.3 (Admissible pair). 実数の組(p, q) がadmissible pairであるとは,

を満たすときに言う. 特に, d ≧ 2のとき(2, 2d/(dー2))をend pointと呼ぶ.

第2章の主結果は以下の通りである:

Theorem 1.4 (論文Theorem 2.1.1 及びTheorem 2.1.2). ある十分大きなコンパクト集合K ⊂ MとK 上でχ ≡ 1となる実数値関数χ ∈ C∞0 (M) が存在して, 任意のT > 0とadmissible pair (p, q)に対して,

||(1 ー χK)e-itP u0||Lp([-T,T ];Lq(M))≦ CKTpq||u0||L2(M), u0 ∈ C∞0 (M), (1.2)

が成立する. さらに(M, g) が非捕捉的ならば全空間での評価が成立する:

||e-tP u0||Lp([-T,T ];Lq(M))≦ CTpq||u0||L2(M), u0 ∈ C∞0 (M). (1.3)

Remark 1.5. (1) 定理から(少なくとも散乱多様体の場合には) 遠方での時間局所ストリッカーツ評価は多様体の捕捉性に影響されないことがわかる.

(2) (1.2)の証明には解の超局所的な分散性を本質的に用いる. より正確に言えば, (1.2)は空間およびエネルギーを局所化した解の分散型評価を用いて証明する.

(3) (ポテンシャル摂動) 以下を満たす短距離型ポテンシャルV ∈ C∞(M;R)を摂動した作用素P + Vに対しても(1.2), (1.3)と同様の不等式を証明することができる.

2 散乱解の漸近展開

第3章ではR 上のポテンシャルを摂動したシュレディンガー方程式:

に対する散乱解の重み付き分散型評価と漸近展開について論じる. ここでV ∈ L11(R)をみたす実数値関数Vに対して, シュレディンガー作用素

H =-d2/dx2 + V

はL2(R) 上の2 次形式

Q(u) =∫(|u&(x)|2 + V (x)|u(x)|2)dx, u ∈ D(Q)=H1(R),

に付随する自己共役作用素として定義する. ただし, L1s(R)は重み付きL1 空間である:

上記のVに対する仮定の下で, Hのスペクトルは絶対連続スペクトル[0,∞)と高々有限個の単純な負の固有値から成ることが知られている. まずHのレゾナンスを次で定義する:

Definition 2.1. (1) (Jost 関数). λ ∈ Rに対して, 以下の定常シュレディンガー方程式

Hf(λ, x)=λ2f(λ, x),

および無限遠方における漸近条件

|f±(λ, x)-e(±iλx)|→ 0 as x → ±∞,

をみたす解f±(λ, x)をJost 関数と呼び, そのロンスキー行列式を

W(λ) := f+(λ, x) ・ ∂xf-(λ, x)-∂xf+(λ, x)・ f-(λ, x).

で定義する.

(2) (レゾナンス). W(0) ≠ 0のときポテンシャルVはgeneric typeであると言い, W(0)=0のときVはexceptional typeであると言う. V がexceptional typeのとき, 連続スペクトルの端点(ゼロエネルギー)はHのレゾナンスあると言う.

Remark 2.2. (1) V ∈ L11(R) ならば, 任意のλ ∈ Rに対してJost 関数は一意に存在する. また,λ≠ 0に対してW(λ)≠ 0である.

(2) ゼロエネルギーがHのレゾナンスであることと方程式Hf=0 が有界な解f ≠ 0を持つことは同値になる. 特に, V ≡ 0はexceptional typeである.

PacをHの絶対連続部分空間への射影とする. 散乱解eーitHPacu0の分散型評価

はWeder (1999), Goldberg-Schlag (2004)によってすでに証明をされている. 第3章の主結果は高階部分についての漸近展開である.

Theorem 2.3 (論文Theorem 3.1.2). m ∈ N={1, 2, ...}とし, V ∈ L12m+2(R) (ゼロエネルギーがHのレゾナンスでない場合はV ∈ L12m(R))と仮定する. また, s=2m (ゼロエネルギーがHのレゾナンスでない場合はs=2m ー1)とする. このとき,

ここで, Pmー1は

と展開される. また, 係数Cjー1は次をみたす.

(1) 一般の場合:

(2) ゼロエネルギーがHのレゾナンスでない場合:

Theorem 2.3 から, ゼロエネルギーがHのレゾナンスでない場合に, 次の重み付き分散型評価が導かれる:

特に, この評価から散乱解は重み付き空間上で自由解よりも速く時間減衰することがわかる. また,Theorem 2.3のCorollaryとして局所エネルギーの減衰評価も得られる:

Corollary 2.4 (論文Corollary 3.1,4). m, VはTheorem 2.3の仮定をみたすとする. s=2m+ 1/2(ゼロエネルギーがHのレゾナンスでない場合はs=2m-1/2)ととる. このとき,

ここで, L2s(R)=L2(R, 2sdx).

Corollary 2.4はすでに知られている結果であるが(cf. 村田(1982)), ゼロエネルギーがレゾナンスでない場合に, 既存の結果よりもポテンシャルおよび重みに対する仮定が一部改善されている.

審査要旨 要旨を表示する

水谷治哉君の学位論文は、ふたつの部分からなっている。ひとつは、漸近的に錐的な、散乱計量と呼ばれる計量を持つ非コンパクトなリーマン多様体上で定義されたシュレディンガー方程式の時間発展作用素についての、Strichartz評価に関する研究であり、もうひとつは1次元シュレディンガー方程式の、重み付きのLp空間での分散型評価の研究である。

シュレディンガー方程式の時間発展作用素に関するStrichartz評価とは、初期条件がL2空間に入っているという条件から、空間、時間的なLp-Lq評価を得るという不等式であり、非線形シュレディンガー方程式の解析において基本的な重要性を持つのみならず、線形の評価としても、それ自身重要で興味深い性質である。散乱計量を持つ多様体上のStrichartz評価については、Hassell-Tao-Wunschによる結果が知られているが、もっとも強い評価である、臨界指数の場合については証明がされていなかった。臨界指数での評価は、一般に困難な問題であり、全く違った証明が必要となる場合が多い。水谷君は、Boucletが双曲型多様体の場合に用いた手法をさらに超局所的に精密化、拡張して散乱多様体の場合に適用し、臨界指数の場合まで含めたStrichartz評価の証明を得た。

1次元シュレディンガー方程式の分散型評価は、多くの研究がなされている重要な問題である。水谷君は、適切な重みを付けたL1空間からL∞空間への写像として、精密な時間無限大での漸近展開を得た。1次元シュレディンガー方程式の解の長時間での漸近挙動に関して新たな知見を付け加えた研究成果として、意味深いものである。

以上のふたつの研究成果は、偏微分方程式の理論への大きな寄与であると評価できる。よって、論文提出者 水谷治哉は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な能力があると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51810