学位論文要旨



No 127195
著者(漢字) 見村,万佐人
著者(英字)
著者(カナ) ミムラ,マサト
標題(和) 普遍格子と斜交普遍格子の剛性定理
標題(洋) Rigidity theorems for universal and symplectic universal lattices
報告番号 127195
報告番号 甲27195
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第376号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小澤,登高
 東京大学 教授 河東,泰之
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 准教授 緒方,芳子
 東京大学 准教授 河澄,響矢
内容要旨 要旨を表示する

本学位論文では, 普遍格子(universal lattice) および斜交普遍格子(symplec-tic universal lattice)のコホモロジーの観点からの剛性を示した. さらに, それらの結果を群作用の剛性に応用した. 具体的には, これらの群から次の群への準同型の像が常に有限であることを証明した: (i) 円周上の(低階数の) 微分同相群; (ii) コンパクトで向きづけられた曲面の写像類群; (iii) 自由群の(外部) 自己同型群.

Kazhdanの性質(T)はKazhdan ([Kaz])により導入された性質であり, 局所コンパクトかつσ-コンパクト群では以下で定義される性質(FH)と同値である. Bader-Furman-Gelander-Monod ([BFGM])は性質(FH)を一般化し,一般のバナッハ空間(ないしはバナッハ空間の族)Bに対して下のように定義される性質(FB)を定義した:

定義1 (i) 群G が性質(FH)をもつとは、任意のGの(強連続) ユニタリ表現(π, H)に対し, π 係数の1 次元(連続) コホモロジーH1c (G; π)=0となることである.

(ii) 群G が性質(FB)をもつとは、バナッハ空間B 上の任意のGの(強連続) 等長表現ρに対し, H1c (G; ρ)=0となることである.

性質(T)を満たす非コンパクト群の例として, (a) 各因子の実ランクが2 以上の半単純Lie 群やその格子(SLm≧3(R), Lm≧3(Z[√2,√3]), Sp2m(F2[x])(m ≧ 2) など); (b) ある種の(Gromovの意味での) 双曲群(ある種の"ランダム群"やSpm;1 (m ≧ 2) など) が挙げられる. 性質(T)は群の著しい剛性を表わす.

性質(FB)の研究で特に興味をもたれているケースが, BとしてLp 空間たちのなす族Lpをとった場合である(ここでpは1 < p < ∞を満たす, 固定された実数である). 背景としては, G が半単純Lie 群などの場合にこの性質が微分形式から定まるLp-コホモロジーと関係があることや, 次の事実がある:

定理2 ([BoPa]; [Pan]) 任意の(無限) 双曲群(性質(T)をもってもよい)Hに対しそれぞれp ≫ 2 が存在して, Hは(FLp)を満たさない; 特に, Spm;1はp > 4m + 2で(FLp)を満たさない.

どのpに対しても(FLp)は(T)を導くことも知られているので, p ≫ 2のとき性質(FLp)は(T) より真に強い. 一方で, Lm≧3(Z[√2,√3]) など, 上の例(a)で挙げた群は任意のpで(FLp)を満たす([BFGM]).

普遍格子とは, SLm≧3(Z[x1, . . . xk])の形の群のことである(kは自然数). 普遍格子が群が性質(T)をもつことはShalom[Sha]とVaserstein[Vas]により2006年に示された. 性質(T)は商群に遺伝するので, この結果から上記の例(a)にある群SLm≧3(Z[√2,√3])のような, 有限生成可換環の基本行列群(基本行列たちで生成される群)はm ≧ 3で全て性質(T)をもつことがわかる(これが"普遍格子"の名の由来である.) 本学位論文で, Bとして上記Lp, 可分ヒルベルト空間上のp-シャッテン作用素の空間Cpをとった場合を考察した. さらに, Sp2m(Z[x1, . . . xk]) (m ≧ 2)の形の群を斜交普遍格子と呼び, この場合も調べた. こちらの性質(T)はErshov-Jaikin-Zapirain-Kassabov[EJK]による. 本学位論文での結果は以下である:

定理I (本学位論文Theorem A, Theorem C, Theorem D) m ≧ 4の普遍格子, m ≧ 3の斜交普遍格子は任意のp ∈ (1,∞)に対し, 性質(FLp),(FCp)をもつ:つまりこれらの群をGとし, ρをLp ないしCp 上のG-等長表現とすると

H1(G; ρ)=0.

次に, 性質(FB)の拡張として, 次の性質(FFB)を定義した. また, 技術的な理由により, 次の性質(FFB)/Tも定義した(記号の中の/Tは"自明表現をmod out する"ことを表す). 特にBとしてヒルベルト空間たちの族をとったときは, Monod [Mon1]により以前に性質(TT)として定義されている.

定義3 (本学位論文) Bをバナッハ空間またはそれらのなす族とする.

(i) 群G が性質(FFB)をもつとは、B 上のGの任意の(強連続) 等長表現ρに対し, 擬ρ-コサイクルが必ず有界となることである.

(ii) 群G が性質(FFB)/Tをもつとは、B 上のGの任意の(強連続) 等長表現ρに対し, 次が成り立つことである: 任意の擬ρ-コサイクルbに対し, 商バナッハ空間への自然な射影B → B/B_(G)でのbの像が必ず有界となる." ここでB_(G)はρ(G)-不変なベクトルたちのなすBの閉部分空間である.

ここで連続写像b:G → B が擬ρ-(1-) コサイクルとは

を満たすことをいう. 性質(FFB)/Tは定義上は(FFB) より弱いが, 真に弱いかどうかは分かっていない. (FFB)は次のように, 有界コホモロジーと関係している: 群Gのバナッハ表現(ρ,B) 係数の有界コホモロジー(bounded cohomology)とは, 標準複体に「有限の像をもつ」という条件を課して得られる複体のコホモロジーである. この複体から標準複体に自然な包含があるので, この包含写像は有界コホモロジーから通常のコホモロジーへの写像

を誘導する. この写像は比較写像(comparison map)と呼ばれ, 一般には単射でも全射でもない. しかし, 群G が性質(FFB)をもつなら, B 上の任意の(強連続) 等長表現ρに対し, 2 次の比較写像

は必ず単射になる. 性質(FFB), (FFB)/Tに関連して, 本学位論文では次も示した:

定理II (本学位論文Theorem B, Theorem C, Theorem D) m ≧ 4の普遍格子, m ≧ 3の斜交普遍格子は任意のp ∈ (1,∞)に対し, 性質(FFLp)/T,(FFCp)/Tをもつ.

またmの(定義で述べた以外の) 制限なしで, 任意の普遍格子ないしは斜交普遍格子Gは性質(TT)/Tをもつ.とくにπをユニタリG-表現でπ + 1Gなるものとすると, 2 次の比較写像

は単射である.

本定理では(π,H)=(1G,R)のときをカバーできていない. 実はこのときが一番難しいということが判った. H2b(G; 1G)=H2b(G)のように書くことにする. 自明表現の擬コサイクルを擬準同型(quasi-homomorphism)という.つまり群G 上の擬準同型とは, 写像φ:G → Rであって,

なるものをいう. 擬準同型φ が自明とは, φとある準同型f:G → Rの差が一様有界であることをいう. Bavardの双対定理とよばれる定理から, 以下で定義する安定交換子長(stable commutator length)と次の関係がある:

定理4 ([Bav]) 離散群Gに対し, 以下の2 条件は同値:

(i)交換子群[G,G] 上で定義される, 安定交換子長

が恒等的に0 (ここでclは交換子長).

(ii)G 上の任意の擬準同型が自明である. この条件は

が単射であることと同値である.

普遍格子での擬準同型に関する満足いく結果を得るには届かないが, ユークリッド整域上の基本線型群(この場合, 特殊線型群と一致する)のときに, 次を示す事ができた:

定理III (本学位論文Theorem E) Aをユークリッド整域, m ≧ 6とするとG=SLm(A)を離散群と見たとき, 比較写像

は単射である. 特にA=K[x], Kは素体からの超越拡大次数が無限であるような体(例えばC など. 可算な体もある)とすると, Gは以下の2 性質をともに満たす:

定理IIIの性質(1), (2)を同時に満たす群があるかはAb´ert が問題にしていて, Monod がICM 2006での招待講演[Mon2]で"Ab´ertの問題"として提起した. 上の結果はMuranov[Mur]の結果と並んでそのような例を与えている.最後に, 定理I, 定理IIを群作用に応用した:

定理IV (本学位論文Theorem F, Theorem G)

(i) m ≧4の普遍格子ないしm ≧ 3の斜交普遍格子の指数有限の部分群をΓとする. 任意のα > 0に対し, 準同型

の像は有限.

(ii) 普遍格子ないし斜交普遍格子の指数有限の部分群をΓとする. 任意の自然数g ≧ 1, n ≧ 2に対し, 準同型

および, 準同型

の像は有限.

ここでS1は円周, MCG(Σg)は種数gの閉コンパクトで向きのついた曲面の写像類群, Out(Fn)は自由群の外部自己同型群である. (i)の証明では性質(FLp) が; (ii)の証明では性質(TT)/T が活躍する. さらにそれぞれ, Navas[Nav]; amenst¨adt [Ham], Bestvina-Brombergー藤原耕二[BBF]の各定理が証明のキーとなる.

[BFGM] U. Bader, A. Furman, T. Gelander and N. Monod, Property (T) and rigidity for actions on Banach spaces. Acta Math. 198, no.1, 57{105 (2007)[Bav] Ch. Bavard, Longueur stable des commutateurs. L'Enseign. Math. 37, nos.1-2, 109{150 (1991)[BBF] M. Bestvina, K. Bromberg and K. Fujiwara, forthcoming paper[BoPa] M. Bourdon and H. Pajot, Cohomologie lp et espaces de Besov. J. reine angew. Math. 558, 85{108 (2003)[EJK] M. Ershov, A. Jaikin-Zapirain and M. Kassabov, Property (T) for groups graded by root systems. Preprint, arXiv:1102.0031[Ham] U. Hamenstadt, Bounded cohomology and isometry groups of hyperbolic spaces. J. Eur. Math. Soc. 10, 315{349 (2008)[Kaz] D. A. Kazhdan, Connection of the dual space of a group with the structure of its closed subgroups. Funct. Anal. Appl. 1, 63{65 (1967)[Mon1] N. Monod, Continuous bounded cohomology of locally compact groups. Springer Lecture notes in Mathematics, 1758, 2001[Mon2] N. Monod, An invitation to bounded cohomology. In Proceedings of the International Congress of Mathematicians, Madrid 2006 Vol. II, Eur. Math. Soc., Zurich, 1183{1211 (2006)[Mur] A. Muranov, Finitely generated in_nite simple groups of in_nite square width and vanishing stable commutator length. J. Topol. Anal. 2, no. 3, 341{384 (2010)[Nav] A. Navas, Actions de groupes de Kazhdan sur le cercle. Ann. Sci. _ Ecole Norm. Sup. 35, 749{758 (2002)[Pan] P. Pansu, Cohomologie Lp: invariance sous quasiisom_etrie. preprint, 1995[Sha] Y. Shalom, The algebraization of Kazhdan's property (T). In Proceedings of the International Congress of Mathematicians, Madrid 2006 Vol. II, Eur. Math. Soc., Zurich, 1283{1310 (2006)[Vas] L. Vaserstein, Bounded reduction of invertible matrices over polynomial ring by addition operators. preprint, 2007
審査要旨 要旨を表示する

群の性質にKazhdanの性質(T)というものがある. これは群のユニタリ表現に関連して定義される性質であるが, 驚くほど多様な分野に対して応用がある大変重要なものである. 性質(T)を持つ群の主な例として連結単純高階数Lie群の格子, 例えばSLn> 3(Z) が挙げられる(Kazhdan, 1967).1 その証明にはLie群の表現論が使われてきたが, ようやく近年になって, Y. halom が直接証明を発見し, センセーションを巻き起こした. さらに彼は, 普遍格子と呼ばれるSLn≧3(Z[x1; : : : ; xk])も性質(T)を持つことを示した(Shalom, 2006). 性質(T)は商群に遺伝するため, 普遍格子は特に重要な研究対象である.

性質(T)の一般化として, Hilbert 空間上のユニタリ表現の代わりに, あるクラスBに属するBanach 空間上の等長表現を考えた性質(FB)というものがある. ここでは特に, Lp 空間たちのなすクラスLpを考える(1 < p < 1). 見村は本博士論文において, 上記Shalomの結果を拡張し, SLn> 4(Z[x1;... ; xk]) が性質(FLp)を持つことを示した. 証明は極めてオリジナルなもので, 特に,部分群に対する性質(T) あるいはその類似から, 全体の群に対する性質(T) あるいはその類似を導く斬新な手法が使われている. 本博士論文の当該部分は学術誌J. reine angew. Math."に掲載予定である.

本博士論文においては以下の純代数的な結果も示されている. 普遍格子SLn≧3(Z[x1; : : : ; xk])はその交換子群と一致する(つまり対角成分が1の基本行列たちで生成される)というのがSuslin (1977)による基本定理である. 群の元gを交換子の積として表すのに必要な交換子の最小数cl(g)は交換子長と呼ばれる. nとkを固定したとき, 交換子長が普遍格子の上で有界になるか否かは代数学における難問として知られている. 安定交換子長scl(g)=lim cl(gn)=nが恒等的に0となるかどうかも分かっていない. 見村は本博士論文において,任意のユークリッド整域Aに対してSLn> 6(A)の上で安定交換子長が恒等的に0となることを示した. AとしてC[x] などをとると, 交換子長自体は非有界になることが知られており, 大変興味深い結果といえる. 本博士論文の当該部分は学術誌Int. Math. Res. Not. IMRN 2010, 3519{3529"に掲載済みである.

本博士論文に含まれる結果は他にもあり, その学術への貢献は大きい. よって論文提出者見村万佐人は, 博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

1性質(T)を持たない群の代表例として, SL2(Z) や無限可解群などを挙げておく.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51811