学位論文要旨



No 127495
著者(漢字) 本良,瑞樹
著者(英字)
著者(カナ) モトヨシ,ミズキ
標題(和) Dバンド無線通信用ミリ波CMOS集積回路に関する研究
標題(洋)
報告番号 127495
報告番号 甲27495
学位授与日 2011.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7581号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 櫻井,貴康
 東京大学 教授 平本,俊郎
 東京大学 教授 森川,博之
 東京大学 准教授 竹内,健
 東京大学 准教授 高宮,真
 広島大学 教授 藤島,実
内容要旨 要旨を表示する

本論文は「Dバンド無線通信用ミリ波CMOS集積回路に関する研究」(Study on Millimeter-Wave CMOS Integrated Circuits for D-Band Wireless Communication)と題し、Dバンド(110-170GHz)を用いる高速無線通信用ミリ波トランシーバの実現に必要不可欠なCMOS集積回路による低雑音増幅器および低位相雑音発振器についての研究を記したもので、全5章より構成される。

第1章は序論について述べている。

近年、社会を支えるインフラとしてネットワークが非常に重要視されており、大容量のデータを送受するためにより高速なネットワークが求められている。無線通信についても市場は驚くべきスピードで広がりつづけ、有線ネットワークに匹敵する通信容量を実現することが求められている。微細化によりトランジスタの周波数特性が改善され、60GHzに代表されるミリ波帯で動作する回路が実現されるようになっている。複数のミリ波無線トランシーバが実現され、短ミリ波を用いる無線トランシーバについても研究が行われている。Dバンド(110-170GHz)では60GHzバンドに比べて非常に広い周波数帯域が利用でき高速大容量無線通信が実現できる。しかしながら、現在提案されているDバンドで動作する無線通信用集積回路は周波数特性に優れる化合物半導体で実現されている。これをCMOSプロセスにより実現できれば低消費電力で大容量高速通信が実現できる。そこで、その周波数帯をカバーできるCMOS集積回路の実現が求められている。本論文では、低雑音増幅器および低位相雑音発振器についての研究を記している。

第2章は「ミリ波広帯域低雑音増幅回路の設計手法」と題し、無線レシーバの実現に必要不可欠な低雑音増幅器(LNA)の設計手法について述べている。本章ではLNAの周波数依存トレードオフ性能指標を明確にすることで回路パラメータを最適化する設計手法と、寄生成分を排除しレイアウトを忠実に実現するレイアウト手法を包括するミリ波単一段LNA設計手法を提案している。ミリ波広帯域CMOS-LNAの設計指標として利得やNFなどの制約条件のトレードオフを示す周波数依存トレードオフインディケータを提案し、それを用いたLNAの設計手法について述べている。一段LNAのための設計手法は全ての基本となる重要な項目である。多段LNAはシステムにおいて必要な高利得を得るためにトランシーバ等で用いられるが、これは一段LNAの設計手法を拡張することで実現できると考えられる。また、ミリ波レイアウト手法としてボンドベースに基づくレイアウト手法を適用することで寄生成分を排除し実測と設計値の乖離を小さくできることを確認した。提案手法を検証するために、100GHz CMOS LNAを65nm1P12MのCMOSプロセスにより試作評価した。利得は95-105GHzの周波数帯で2dBであった。このとき、設計値と実測値との差異は1dB以下であり、提案手法によりアンプが設計でき、かつ設計どおりの性能が得られることを確認した。

第3章は「140GHz広帯域低雑音増幅器」と題し、実際の無線レシーバに用いることのできるDバンド広帯域低雑音増幅器について述べている。高速通信を行うとき、被変調信号はビットレートに従う複数の離散周波数成分を持つため広帯域で安定した利得および群遅延特性が求められる。本章ではLNAの群遅延および利得を帯域内で平坦化する手法について提案している。LNAは高利得を実現するために複数段で構成されるが、個々の段の周波数特性を帯域内で分散させることで、全ての段を組み合わせたときに利得および群遅延時間を平坦化する。これによりイコライザー無しに回路設計が行えるため無線レシーバの実現が容易となる。目標仕様は3dBバンド幅25GHzで、12.5Gbpsの振幅変調(ASK)信号を想定し群遅延時間は16ps以下とし、この回路を1P12Mの65nmCMOSプロセスを用いて実際に試作を行なった。評価を行った結果。中心周波数137.3GHzで3dBバンド幅27.6GHzの広帯域LNAを実現した。ここで、群遅延時間偏差は12.9psであり、利得平坦性の定義とした0.1dBバンド幅は12GHzと非常に広帯域で利得平坦性を実現した。電源電圧1.2Vにおいてピークゲイン10dB、消費電力は57.1mWであった。

第4章は「116GHz低位相雑音電圧制御発振器」と題し、無線トランシーバにおいて搬送波を生成する発振器の低位相雑音化について述べている。無線トランシーバの実現には安定したキャリアを供給できる低位相雑音の発振回路が不可欠である。Dバンドで動作する発振器は幾つか発表されているが、それらは高い動作周波数を実現するために小さいサイズの共振器やMOSFETを用いている。位相雑音の原因となる1/fノイズの帯域幅を決めるコーナー周波数はMOSFETのサイズに反比例するため、小さいサイズのデバイスを用いると1/fノイズが大きく影響し低い位相雑音を実現しにくいという問題があった。そこで、2つの発振器を組み合わせる回路構成を提案した。低い周波数で安定的に動作する発振器により高い周波数で動作する発振器を注入同期させることで、後者の位相雑音を低下させる。これをマスタースレーブ型VCOと呼ぶ。この回路を1P12Mの65nmCMOSプロセスを用いて実際に試作を行なった。評価を行った結果、電源電圧0.6Vにおいて1MHzオフセットにおける位相雑音は-99.3dBc/Hzであり、消費電力は1.46mWであった。位相雑音を提案手法により位相雑音が低くすることができ、同じDバンドで動作するCMOS-VCOに比べ20dB低いFoMを実現した。

第5章は結論について述べている。各章での成果をまとめ、Dバンド無線通信トランシーバの実現への道筋を示した。

以上、要するに本論文では、Dバンド無線レシーバを実現するために必要となるCMOS集積回路である低雑音増幅器の設計手法を提案および実証し、ASK変調で10Gbps超の信号を増幅することができる超広帯域増幅器をCMOSで実現した。また、非常に小さい位相雑音の発振器をCMOSで実現した。これらの手法により10Gbps超の高速無線通信を実現する無線トランシーバを低消費電力で実現する道筋を示すことができた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Dバンド無線通信用ミリ波CMOS集積回路に関する研究」と題し、Dバンド(110GHz~170GHz)を用いた携帯用低消費電力無線通信機を実用化するために課題となる低雑音増幅器と電圧制御発振器をCMOS集積回路で実現するための設計手法と試作実証について述べるもので、全5章で構成されている。

第1章は「序論」であり、無線通信での伝送速度の向上のトレンドについて述べるとともに、振幅変調(ASK)方式を用いた低消費電力Dバンド無線通信のアーキテクチャを例示しつつ本研究の背景を述べ、目的を明確化している。

第2章は「ミリ波広帯域低雑音増幅回路の設計手法」と題し、Dバンドを含むミリ波帯低雑音増幅回路の設計手法について述べている。ここでは、Bond-Based Design (BBD)を用いたレイアウトを前提としたデバイスモデルを用い、雑音指数と電力利得の仕様を満たす領域を、信号源側のスミスチャート上に示すトレードオフインジケータを提案し、トレードオフインジケータの周波数特性をトレースするマッチング回路を設計することにより広帯域の低雑音増幅回路を設計する手法である。本提案手法により、65nmCMOSプロセスを用いた100GHz低雑音増幅回路を試作し、有効性を実証した。

第3章は「140GHz広帯域低雑音増幅器」と題し、超高速通信に必要となる広帯域低雑音増幅回路において、周波数特性の変動を抑制するとともに群遅延特性の変動も抑制するために、多段回路の各段の周波数特性と群遅延特性を適切に調整することにより、全体で特性が均一になる設計手法を提案している。本提案手法を用いてDバンドにおいて、利得変動が0.1dB以内のバンド幅が12GHzという平坦な周波数特性を有する140GHz増幅器を65nm CMOSプロセスを用いて試作し、有効性を実証した。

第4章は「116GHz低位相雑音電圧制御発振器」と題し、低損失伝送線路を用いた電圧制御発振器の設計手法を示すとともに、Dバンド発振器で用いられる狭ゲート幅のNMOSFETから発生するフリッカー雑音を低減するために、1/2の周波数で発振しフリッカー雑音の小さな発振器をマスター発振器として用い、マスター発振器によりDバンドの発振器を注入同期する手法を提案した。本手法により、DバンドのCMOS発振器の位相雑音を1MHzオフセットで22dB低減できることを試作により示した。

第5章は「結論」であり、本研究の成果を要約し結論を述べている。

以上のように本論文は、超高速無線通信を低消費電力CMOS回路で実現する上で重要なDバンド低雑音増幅回路の設計手法を示し140GHz増幅回路の設計・試作・評価を通じてその有効性を実証するとともに、Dバンド電圧制御発振器の位相雑音を注入同期により低減する手法を示し116GHz発振器の設計・試作・評価を通じてその有効性を実証したものであり、電子工学上寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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