学位論文要旨



No 127733
著者(漢字) 河井,博紀
著者(英字)
著者(カナ) カワイ,ヒロキ
標題(和) ニコライ写像を用いたN=2ランダウーギンツブルグ模型の格子上での研究
標題(洋) Lattice studies of the N=2 Landau-Ginzburg model using a Nicolai map
報告番号 127733
報告番号 甲27733
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1146号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 青木,慎也
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 准教授 大川,裕司
 東京大学 准教授 松尾,泰
 東京大学 准教授 加藤,晃史
内容要旨 要旨を表示する

2次元の共形場理論は様々な理由から興味深い理論である.それは統計系の臨界現象を記述する理論として,また,N=2超対称共形場理論は超弦理論において時空のN=1対称性から見いだされる世界面上の理論として,その分類及び相関関数の解析が重要な課題となっている.共形場理論の特徴の一つは,その相関関数がある種の微分方程式を通じて解析できるという点である.しかし,ミニマル系列と呼ばれる,有限個のプライマリー場で代数が閉じる種類の共形場理論については,そのラグランジアン記述が存在すると予想されている.これはLandau-Ginzburg記述と呼ばれている.例えばN=2Wess-Zumino模型(WZ模型)もしくはLandau-Ginzburg模型と呼ばれる模型では,quasi-homogeneous型の超ポテンシャルW(Φ)=λΦn,n=2,3,4,…の場合,その赤外固定点はN=2超対称共形場理論のミニマル系列を記述すると予想されている.本研究では,格子シミュレーションによりN=2WZ模型のラグランジアンからその相関関数を直接評価し,この予想を非摂動的にチェックした.これは同時に,数値的手法による共形場理論の解析という新しい可能性を提案する.

第二章ではN=2WZ模型の定義,その対称性について解説する.本研究において興味があるquasi-homogineous型の超ポテンシャルの場合,この模型にはカイラル対称性が備わっている.この対称性は,理論を格子化する際,そのuniversality classを保つために重要な役割を果たす.また,この模型に存在するNicolai写像と呼ばれる特殊な変換についても解説する.これはボソン場をGaussianノイズに変換し,同時にのそのヤコビアンがちょうどフェルミオヒ行列をキャンセルするような変換である.本研究では,このNicolai写像を用いた有効的なシミュレーション方法を提案・利用する.

第三章ではLandau-Ginzburg記述について解説する,ボソニックな共形場理論を例として挙げながら,ミニマル模型を導出する.ミニマル模型は,その演算子積展開と場の運動方程式の比較を通じて、ラグランジアンにより記述されると予想されている.N=2超対称共形場理論の場合には,非繰り込み定理を利用し,それがN=2WZ模型により記述されると考えられる事を示す.

第四章ではN=2WZ理論の格子化に際して問題となる点について解説する.それはダブリング問題とLeibnitz則の破れである.ダブリング問題とは,カイラル対称性を持つ理論を単純に格子化してしまうと連続理論にはなかったような零質量粒子が現れるという問題である.この超対称模型では超対称性の破れは起きず,ボソンとフェルミオンの状態は対をなすはずであるが,この余分な粒子はそのバランスを崩してしまう.これはoverlapフェルミオンと呼ばれる格子フェルミオンを用いる事で適切に対処できる事を解説する.格子化に伴うLeibnitz則の破れは,超対称な格子作用の構成を困難にする.もし古典的な格子作用が超対称性をもたないならば,我々は手でcountertermを加えてそれらの係数を微調整し,適切なuniversalityclaSSへと調整しなければいけないが,微調整の数は一般に多くあり,現実的ではない.これに対する有効な対処法としては,nilpotentな超対称性を利用する格子化の方法が提案されている.

第五章では,これらの手法を利用した,N=2WZ模型のuniversality classを微調整なしに捉える事のできる格子作用の構成について解説する.この格子模型では,Nicolai写像を利用してN=(2,2)の1個のSUSYを,overlap演算子Dを用いて離散的chiral対称性を,それぞれ保っており,摂動論の範囲では微調整が不要である事がわかっている.そのため,連続理論と同じuniversality classに属していると考えられる.但し,fermion行列式は実ではあるが正負いずれの値もとりうるため,sign問題に直面する.

第六章ではsign問題を避けたミュレーション方法を提案し,いくっかの結果について述べる.我々はNicolai写像を利用し,経路積分をノイズ積分

に帰着させてシュミレーションを行った.ここでD+Fはfermionkernel,{φi|i=1,…,N〔η)}はノイズηに写像されるboson場φの配位,〈…〉ηはGaussianノイズにわたる平均を意味する.標準正規分布でノイズを生成し,Nicolai写像をNewton法で解いて場をサンプリングし,Eq.(1)の分母・分子をそれぞれ評価するという手順である.Eq.(1)の分母は連続極限でWitten指数△になる事が示され,従って0/0を評価するというような問題に直面する心配もない.また,この方法では自己相関は完全に消えている事になる.但し,ノイズごとに全ての解が得られているか不明な点が問題として残っている.この点については,得られたサンプルから,.格子理論の超対称Ward一高橋恒等式を通じて,系統誤差を評価した.

我々は超ポテンシャルがw=λΦ3/3の場合にαλ=0.3と置き,xφ≡α2Σ|x|≧3、〈φ(x)φ*(o)〉の有限体積スケーリングを通じてウェイトを測定した.予想通りφがウェイト(h,h)=(1/6,1/6)でスケールすれば,連続極限での体積V依存性はXφ∞V(1-h-h)ニV(O・666)…となる.我々が得た1-h-hの測定値は0.660±O.0llであり,これは予想とconsistentである.系統誤差は0.5%以下と小さく,分母も今の場合のWitten指数△=2にほぼ留まった.またGaussian模型との対応を仮定すれば,予想されている結合定数とconsistentな結果が得られた。さらに,カレント相関関数を利用した,central chargeのより直接的な測定の試みについても触れる.

この結果は,数値的手法による共形場理論の解析という可能性を提案する.しかし,我々のシミュレーションは計算コストの問題から小さな格子サイズに制限されており,アルゴリズムの改良が今後の課題となる.また,近年注目を浴びているGraphics Processing Unit(GPU)を利用すれば大きな高速化を見込む事ができる.それは共形場理論の強力な解析方法を与えると思われる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなり、第1章は導入説明、第2章は2次元のN=2超対称性を持つWess-Zumino模型の概説、第3章は共形場理論のLandau-Ginzburg理論による記述の解説にあてられている。第4章では格子上に超対称性を定式化する際の問題点に関して議論している。第5章では、N=2超対称性を持つWess-Zumino模型を格子上に定式化する新しい方法を提案し、その性質を詳しく記されている。第6章では、第5章の格子上での定式化を用いて、モンテカルロシミュレーションの実行方法とその計算結果の解析が述べられている。第7章では、この博士論文の結論が述べられ、結果に関する論考及び今後の展望への言及がなされている。

本文

2次元の共形場理論は、統計系の臨界現象を記述する理論としてだけではなく、超弦理論の世界面上の理論となるなど極めて重要な理論である。特に、超弦理論では、時空にN=1超対称性を課すと世界面にN=2超対称性共形場が実現されることが知られている。

共形場理論では、コンフォーマル対称性により相関関数の振る舞いを制限することで理論を「解く」ことが可能になるが、必ずしも対応するラグランジアン的記述が存在するわけではない。その中で、有限個のプライマリー場で代数が閉じているミニマル系列と呼ばれる共形場理論には、Landau-Ginzburg的記述を可能とするラグランジアンとの対応が存在すると予想されている。例えば、N=2 Wess-Zumino模型は,特定の超ポテンシャルの場合に、その赤外固定点でN=2 超対称性共形場理論のミニマル系列を記述することが予想されている。

本論文では、N=2 Wess-Zumino模型を格子上に定式化し、これにモンテカルロシミュレーションの手法を適用して、相関関数の振る舞いを非摂動的に調べた。その結果と、N=2超対称性共形場理論から予言される相関関数の振る舞いを比較する事で、N=2 Wess-Zumino模型がN=2超対称性共形場理論のラグランジアン的記述を与える事を確認した。この結果は同時に、数値的手法による共形場理論の解析という新しい手法を提案したことになっている。

本論文の第2章、第3章は、2次元N=2 Wess-Zumino 模型および(超対称性)共形場理論のLandau-Ginzburg的記述に関する解説であり、著者のオリジナルな研究ではないが、これらの問題に対する著者の知識や理解の深さを示す内容になっている。この2つの章で本論文の研究の意義や位置づけが明確になっている。第4章では、格子上に超対称性理論を定式化する事が困難である事情が詳しく議論されている。困難は2つあり、1つは格子フェルミオンのダブリング問題であり、もう1つは格子化によるLeibnitz則の破れの問題である。本論文では、ダブリング問題の方は、オーバーラップ・フェルミオンを用いることで解決している。オーバーラップ・フェルミオンを格子上の超対称性の定式化に適用することは既に先行研究があり、著者のオリジナルなものではないが、5章以降の計算を成功させるために必要な要素の1つであり、計算時間が余計に係るオーバーラップ・フェルミオンをあえて採用した著者の選択は評価される。また、格子超対称性理論の問題点やオーバーラップ・フェルミオンに関する著者の理解の深さが良くわかる内容である。連続理論では、Leibnitz則は理論が超対称性を持つ事を示すための重要な性質であるが、格子化によるLeibnitz則の破れのため、格子上で超対称性を保つことは難しい。そこで、本研究では、Leibnitz則が破れていても超対称性の一部が保てる方法として冪零な超対称性を利用する格子化の方法が採用されている。この方法はすべての理論に適用できる訳ではないが、N=2のように高い超対称性を持つ場合には適用できる。この方法自体はやはり先行研究があり著者のオリジナルな仕事ではないが、この方法を用いた著者の選択の正しさとこの方法に対する著者の理解の深さとが窺われる内容になっている。

第5章以降が著者のオリジナルな仕事である。第5章では、冪零な超対称性を利用する格子化の方法をN=2 Wess-Zumino模型に適用し、確かに超対称性の一部が保てることが示されている。先行研究に同様の方法で、N=2 Wess-Zumino模型を格子上に定式化したものがあるが、そこで示された超対称性はon-shellのものであり、本研究はその超対称性をoff-shellにまで拡張しており、その点はオリジナルなものと考えられる。著者は、この格子上で残っている(off-shell)超対称性と超ポテンシャルの形に依存する離散的対称性を用いることで、理論パラメタの微調整をしなくても、格子間隔をゼロにする連続極限で、N=2の超対称性が回復する事を(少なくとも摂動展開の範囲で)示した。この点は著者のオリジナルであり、評価される結果である。

第6章では、第5章の結果を用いた格子上のN=2 Wess-Zumino模型の数値シミュレーションの方法や結果が詳しく述べられている。第5章で、冪零な超対称性の方法を用いて格子上のN=2 Wess-Zumino模型が定義されたが、この模型のフェルミオンを積分した有効作用は符号問題を持っているため、このままでは数値計算が難しい。そこで、著者はNicolai写像の方法を用いて、有効作用を符号問題の無い別の理論に書き換えてモンテカルロ・シミュレーションを実行した。Nicolai写像を用いて符号問題を解決する可能性を指摘した先行研究はあったが、実際にそれを用いてモンテカルロ・シミュレーションを実行したのは本研究が初めてであり、オリジナルな業績である。Nicolai写像を用いると、符号問題を解決するだけでなく、モンテカルロ配位間の相関を完全に消すことが出来る。この点は実用的には重要な結果である。この方法でモンテカルロ・シミュレーションを実行するには、Nicolai写像を満たすスカラー場の配位を全て求める必要があるが、すべての解を求めたことを数値的に示すことは難しい。そこで、著者は格子理論の超対称性Ward-高橋恒等式を用いてすべての解が求まっているかの指標とし、それを基に系統誤差を評価している。この方法は、超対称性Ward-高橋恒等式の導出を含めて著者のオリジナルな研究成果である。以上の準備の下に、本研究では主に2つの物理量を計算している。はじめの物理量はスカラー場の帯磁率であり、その体積依存性からスカラー場のウエイトが求められ、その結果は超対称性共形場理論の予想する値と誤差の範囲で一致することが示された。この結果は、本論文の最も重要な結果であり、本研究の根幹をなすものである。もちろん、世界で初めての結果であり、オリジナルな研究成果である。2つめの物理量はカレントの相関関数であり、そこからcentral chargeの決定を試みている。その値は理論から予想される結果であるc=1と矛盾しない結果であるが、数値誤差が大きく、まだ確定的な結果でないので残念である。誤差を減らす方法を考えて、高精度でcentral chargeを決定するのが今後の課題であろう。

この論文の結果は、数値的手法による超対称性共形場理論の解析という可能性を示したものであり、非常に価値があると思われる。先に述べたcentral chargeの精度の向上と共に、数値計算の高速化が今後の重要な課題であろう。

結び

なお、本論文の第5章、6章の一部は、菊川芳夫氏との共同研究であるが、論文の提出者が主体となって計算と解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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