学位論文要旨



No 128377
著者(漢字) 伊藤,敦
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,アツシ
標題(和) セシャドリ定数を評価する方法
標題(洋) How to estimate Seshadri constants
報告番号 128377
報告番号 甲28377
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第385号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川又,雄二郎
 東京大学 教授 宮岡,洋一
 東京大学 教授 石井,志保子
 東京大学 教授 寺杣,友秀
 東京大学 准教授 高木,寛通
 東京大学 准教授 高木,俊輔
内容要旨 要旨を表示する

1 はじめに

代数多様体などはすべて複素数体上で考える. Seshadri 定数とはDemailly [Dem] により定義された以下のような不変量である.

定義1.1. 対(X;L) を偏極代数多様体, p 2 X を閉点とする. この時, L のp におけるSeshadri 定数"(X;L; p)を〓と定義する. ここでC はp を通るX 上のすべての曲線を動く.

定義1.2. 対(X;L) を偏極代数多様体とする. Seshadri 定数はある種の下半連続性をもつので, 非常に一般な点でL のSeshadri 定数は一定になる. 従って, 非常に一般な点におけるL のSeshadri 定数"(X;L; 1) を〓と定義できる. ここでp 2 X は非常に一般な点とする.

同様にして多重点の場合も以下のように定義できる. 重み〓と定義する. ここでp1; : : : ; pr 2 X は非常に一般な点であり, C は少なくとも1つのpi を通るX 上のすべての曲線を動く.

Seshadri 定数は様々な興味深い性質を持ち, また他の概念とも関わっていることが分かっている(cf. [La,Chapter 5]). しかしながら与えられた偏極代数多様体に対し, 具体的にSeshadri 定数を計算することは非常に難しい. 特に高次元の場合には知られている計算例が極めて少ない状況である.

定義からわかるようにSeshadri 定数の上からの評価は比較的得られやすい. つまりC:L が小さくmultp(C)が大きい曲線C を見つけてやれば良い. 一方下からの評価については有効な方法は余り知られていない. 本論文では任意次元におけるSeshadri 定数の(特に下からの)評価方法を調べた.

2 Cayley 多面体の代数幾何的特徴付け

まずCayley 多面体とr-平面を以下のように定義する.

定義2.1. 自然数r に対し, 整多面体P⊂Rn が長さr + 1 のCayley 多面体であるとは, ある全射群準同型Zn ! Zr から誘導される線形写像Rn ! Rr によるP の像がr 次元ユニモジュラー単体になることとする.

定義2.2. 自然数r に対し, (Pr;O(1)) と同型な偏極代数多様体をr-平面と呼ぶ. 偏極代数多様体(X;L) がr-平面で覆われるとは一般の点p 2 X に対し, p を含む部分多様体Z ⊂X で(Z;LjZ) がr-平面であるものが存在することとする. r = 1 の時は, 直線で覆われると呼ぶこととする.

第2 章では, 次を証明した.

定理2.3 (=Theorem 2.1.1). P ⊂ Rn を次元n の整多面体とする. この時P が長さr + 1 のCayley 多面体であることとP に対応する偏極トーリック多様体(XP ;LP ) がr-平面で覆われることは同値である.

この定理を用いて, "(XP ;LP ; 1P ) = 1 となる整多面体P の具体的な記述を得た;

定理2.4 (=Theorem 2.1.2). P ⊂ Rn を次元n の整多面体とする. この時以下は同値である;

i) P は長さ2 のCayley 多面体である,

ii) (XP ;LP ) は直線で覆われる,

iii) "(XP ;LP ; p) = 1 が任意のp 2 XP で成り立つ,

iv) "(XP ;LP ; 1P ) = 1 がトーラスの単位元1P 2 (Cx)n ⊂ XP で成り立つ.

3 トーリック退化を用いたSeshadri 定数の評価

第3 章ではまずn 次元整多面体P ⊂ Rn とその面〓 に対し, 不変量s1(P; 〓); s2(P; 〓) を定義した. この不変量を用いて以下の定理を示した;

定理3.1 (=Theorem 3.1.1). P ⊂ Rn を次元n の整多面体, 〓 をP の面とする. この時,〓が任意のp 2 O〓 について成り立つ. ここでO〓 ⊂ XP は〓 に対応する軌道である.

ここで注意すべきことは, s1(P; 〓); s2(P; 〓) が"(XP ;LP ; p) に比べ計算しやすいということである. さらにしばしばs1(P; 〓) = s2(P; 〓) が成立するので, その場合は"(XP ;LP ; p) が計算できる.

定義1.2 で述べたようにSeshadri 定数は下半連続性を持つ. 従って, トーリック退化を考えることで様々な場合のSeshadri 定数の下界を求める事ができる.

定理3.2 (=Theorem 3.1.3). Xnd⊂ Pn+1 を次数d の非常に一般な超曲面とする. この時〓が任意の〓特に〓が成り立つ.

定理3.3 (=Theorem 3.1.5). Picard 数が1 の滑らかなFano 3 次元代数多様体の各族に対し, (そのような17 個ある), "(X;.KX; 1) は論文中の表3:1 の様になる. ここでX は族の中の非常に一般の元とする

4 Seshadri 定数とOkounkov 体

第4 章ではまず, 代数多様体X 上の双有理(ある種の正値性を保証する条件)な次数付き線形系W● と重みm に対し非常に一般の点における重みm のSeshadri 定数"(W●;m) を定義した. 非常に一般の点でのSeshadri定数は巨大な因子についてはNakamaye [Na] により定義されており, "(W●;m) はその自然な一般化である.

Δ _ Rn をn 次元凸集合とすると, (C_)n 上の双有理な次数付き線形系WΔ;_ := fVkΔgk が定まる. ここでVkΔ =u2kΔZn Cxu _ C[Zn] である. 従ってΔ の不変量s(Δ;m) := "(WΔ;_;m) を重みm に対して定義することができる.

一方, n 次元代数多様体X 上の双有理な次数付き線形系W_, X のある滑らかな点での局所座標系z =(z1; : : : ; zn), 及びNn 上の単項式順序> を決めると, Okounkov 体Δz;>(W_) と呼ばれるRn 内のn 次元閉凸集合が定義できる. これはLazarsfeld-Mustat__a [LM] とKaveh-Khovanskii [KK] により独立に導入された.Okounkov 体はトーリック多様体におけるモーメント多面体のある種の一般化であり, W_ の様々な漸近的性質を含んでいる..

第4 章ではSeshadri 定数とOkounkov 体の以下のような関係性を証明した;

定理4.1 (=Theorem 4.1.1). W● をn 次元代数多様体X 上の双有理な次数付き線形系とする. X のある滑らかな点での局所座標系z = (z1; : : : ; zn) とNn 上の単項式順序> を固定する.

この時"(W●;m) ≧ s(Δz;>(W●);m) が任意のr 2 N n 0 とm 2 f x 2 Rj x > 0gr について成り立つ.この定理によりOkounkov 体がSeshadri 定数の情報を持っていることがわかる.

[Dem] J.P. Demailly, Singular Hermitian metrics on positive line bundles, Complex algebraic varieties(Bayreuth, 1990), Lect. Notes Math. 1507, Springer-Verlag, 1992, pp. 87-104.[KK] K. Kaveh and A. G. Khovanskii, Newton convex bodies, semigroups of integral points, graded algebrasand intersection theory arXiv:0904.3350.[La] R. Lazarsfeld, Positivity in algebraic geometry I, Ergebnisse der Mathematik undihrer Grenzgebiete,vol. 48. Springer, Berlin (2004).[LM] R. Lazarsfeld and M. Mustata, Convex bodies associated to linear series, Ann. Sci. Ec. Norm. Super.(4) 42 (2009), no. 5, 783-835.[Na] M. Nakamaye, Base loci of linear series are numerically determined, Trans. Amer. Math. Soc. 355(2003), no. 2, 551-566.
審査要旨 要旨を表示する

論文提出者伊藤敦氏は、Seshadri定数を評価する方法を研究し、いくつかの場合に評価式および正確な値を求めることに成功した。

Seshadri定数は1990年にDemaillyが定義した不変量である。その値は藤田予想やKahler-Einstein計量の存在などと関係し重要である。しかし、その正確な値の計算は難しく、知られている結果はすくなかった。

射影的代数多様体Xと豊富因子LおよびX上の点xを与えると、Seshadri定数e(X,L;x)が商(L・C)/multxCの下限として定義される。ここで、Cはxを通るすべての曲線をわたる。定義は簡単であるが、すべての曲線を考えなければならないので計算は難しい。Seshadri定数を上から評価するには、X上に曲線Cを具体的に構成することが必要である。一方、下から評価することは豊富因子Lの正値性がある一定値以上あることを主張するという幾何学的意味がある。

Seshadri定数は下半連続性を持つので、X上の非常に一般の点で最大値をとる。ここで非常に一般の点とは、可算個の真の閉集合の合併に入らないような点のことである。伊藤敦氏は、まずXがトーリック多様体である場合を考え、非常に一般の点でのSeshadri定数の上および下からの評価を得た。ここで、Xがトーリック多様体であっても、点xでプローアップした多様体はもはやトーリック多様体ではないので、Seshadri定数の計算は容易ではないことに注意する。

定理1.整数点を頂点に持つ有理多面体Pを考え、これに対応する射影的トーリック多様体をXp、豊富因子をLpとする。このとき、非常に一般の点xに対して以下の評価式が成り立つ:

ここで、S1(P)およびS2(P)は有理多面体Pから容易に計算できる量である。

さらに論文提出者伊藤敦氏は、トーリック退化の方法を使うことによって、さらに一般的なある種の多様体のクラスに対してもSeshadri定数の下からの評価式が拡張できることを証明した。ここで、トーリック退化とは射影的多様体の平坦な族で、退化ファイバーが非正規なトーリック多様体になるようなものである。Seshadri定数の下半連続性と、非常に一般的な点でのSeshadri定数は正規化で不変であることを使うと、下からの評価式が得られるのである。

応用として、3次元の場合をすべて含むようなある種のFano多様体に対してはSeshadri定数の厳密な値が計算できることを示した:

定理2.以下のようなFano多様体に関しては、非常に一般の点におけるSeshadri定数が具体的に計算できる:

(1)射影空間のなかの完全交差多様体で方程式が非常に一般の係数を持つもの。

(2)3次元の場合。

さらに伊藤敦氏は、非常に一般的な点を複数とった場合の一般化されたSeshadri定数についても同様の評価式が成り立つことを示した。

そのほか、以上の議論の応用として、Cayley多面体の特徴付けを証明した。

以上に述べたように伊藤敦氏の得た結果は代数幾何学への重要な貢献である。よって、論文提出者伊藤敦は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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