No | 128383 | |
著者(漢字) | 宗野,惠樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ソウノ,ケイジュ | |
標題(和) | SL(3,R) の主系列表現に付随する球関数, 及び高階Epsteinゼータ関数について | |
標題(洋) | Spherical functions associated to the principal series representations of SL(3,R) and higher rank Epstein zeta functions | |
報告番号 | 128383 | |
報告番号 | 甲28383 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第391号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 次の4本の論文を合わせたものを以て博士論文とする: I.Shintani functions on SL(3,R)(SL(3,R)の新谷関数) II.The matrix coefficients with minimal K-types of the spherical and non-spherical principal series representations of SL(3,R)(SL(3,R)の主系列表現の行列係数) III.A second limit formula for higher rank twisted Epstein zeta functions and some applications(高階Epsteinゼータ関数の第2極限公式とその応用) IV.Fourth moment of the Epstein zeta functions(Epsteinゼータ関数の4乗平均). 大まかに分けると,IとIIはSL(3,R)の主系列表現に付随する球関数についての考察であり,IIIとIVは一般のランクの正定値行列に付随するEpsteinゼータ関数についての考察である.それぞれの論文の概要について順に説明しよう. まず,論文IではSL(3,R)の主系列表現に付随する新谷関数について研究した.新谷関数は1970年代に新谷卓郎氏によりp進体上のGLnの"Whit-taker関数"として導入された.彼は群作用に関するある不変性を持つようなGL(n,k)(kはQpの有限次拡大体)上の関数を定義し,その存在と一意性を示した.この結果は後に村瀬篤・菅野孝史の両氏によって非アルキメデスな体上のより一般的なケースに拡張され,新谷関数によるL-関数の積分公式や重複度1定理が得られた.一方で,アルキメデス的な体からなる群上の新谷関数の研究は比較的最近になされ,例えばGL(2,R),GL(2,C)(平野幹),SU(1,1),U(n,1)(都築正男),Sp(2,R)(森山知則)などの群上の新谷関数がこれまでのところ研究されている.私はG=SL(3,R)上の新谷関数のうち,特に主系列表現の像として特徴付けられるものについて研究した.この場合の新谷関数は, 〓 (τ,Vτ)をKの有限次元表現,(η,Vη)をHのユニタリ表現とするとき,滑らかなベクトル値関数F:G→Vη〓Vτであって,F(hgk)=(η(h)〓τ(k-1))F(g)((h,g,k)∈H×G×K)を満たすものである,論文IではηはHのユニタリ指標に限定し,Kの表現としては主系列表現のminimal K-typeを取った.新谷関数を調べる手法は,Whittaker関数の場合と同様であり,Casimir方程式とDirac-Schmid方程式という2つの方程式(この場合は常微分方程式になる)を構成し,それらを解くことによる.論文Iでは主系列表現がsphericalなときとnon-sphericalなときの両方の場合において,微分方程式を調べることで新谷関数の明示公式を与え,関数空間の次元が1以下になることを示した. 次に論文IIの概要を説明しよう.この論文では,SL(3,R)の主系列表現(sphericalな場合とnon-sphericalな場合の両方)の行列係数について研究した.この行列係数はSL(3,R)上の関数であるが,先と同じ記号でG=SL(3,R),K=SO(3)とするとき,Kの有限次元表現(τL,VL),(τR,VR)があり,滑らかな関数φ:G→VL〓VRであってφ(kLgkR-1)=(τL(kL)〓τR(kR))φ(g)(kL,kR∈K,9∈G)を満たすようなものと同一視できる.論文IIでは,Kの表現τR,τLが主系列表現πのminimalK-typeになる場合を扱った.すなわち,πがsphericalな場合はτR,τLとしてKの自明な表現1を取り,πがnon-sphericalな場合はτR,τLとして3次元のtautorogical表現τ2を取った.球関数を調べるための道具は論文Iと同じであり,Casimir方程式とDirac-Schmid方程式(gradient方程式)を構成してそれらを解くことによるが,今回は2変数の偏微分方程式となる.論文の主結果はspherical表現,non-spherical表現の場合でそれぞれ(a)6つの特性根に対応する級数解の表示を得,(b)行列係数をそれら6つの級数解の線型結合で表したこと,である.(b)の線型結合に現れる係数はc-関数とよばれる.半単純Lie群のclass one主系列表現の行列係数におけるc-関数の導出は古典的な結果として知られているが,論文IIで行ったようなnon-sphericalな場合のひ関数の計算はこれまでに例が無く,新しい結果であると言える. 次に,論文IIIについて説明しよう.この論文では,n×n正定値対称行列Qとu∈Rnに対し,Re(s)>n/2において 〓 で定義されるEpsteinゼータ関数ζn(s,u,Q)を扱った.Riemannゼータ関数と同様,ζn(s,u,Q)は全複素平面に有理型に解析接続され,u∈Znならs=n/2に1位の極を持ち,u¢Znならば全平面で正則になる.前者の場合にs=n/2でのLaurent展開の定数項を与えるものをKroneckerの(第1)極限公式と言い,後者の場合に8=n/2での値を与えるものをKroneckerの第2極限公式と言う.論文IIIでは主に後者の場合,即ちu∈Rn\Znの場合を考えた.n=2のときはKroneckerによる古典的な結果として知られている.n=3の場合は1980年代にEfratにより研究されており,彼はその結果を利用しある関数空間に作用するDirac作用素とラプラシアンの行列式の解釈を与えた.論文IIIはEfratの結果の一般のn≧2への拡張にあたる.主結果として,ζn(n/2,u,Q)の値を,階数の1つ低いζn-_1(n/2,u',Q')(u'∈Rn-1,Q'は(n-1)×(n-1)正定値対称行列)と,Dedekindのη-関数の一般化にあたる保型性を持つ関数で表した.また,計算の途中経過に現れる式を利用し,ζn(s,u,Q)のK-Bessel展開(Chowla-Selbergの公式の類似)を得た.この公式は,Epsteinゼータ関数の実軸上の零点の存在を調べる場合などに有益であると期待される.更にEfratの結果の一般化として,第2極限公式を利用してある保型関数の空間に作用するラプラシアンの行列式の解釈を与えた. 最後に,論文IVの概略を説明しよう.論文IVでは,n≧4とし,n×n正定値行列Qに付随するEpsteinゼータ関数ζ(s;Q)(論文IIIのζn(s,u,Q)でu=0としたもの)のRe(s)=n-1/2における4乗モーメント,即ち,積分 〓 のTに関するオーダーの上限を調べた.Riemannゼータ関数に関しては, 〓 と置くとき,古典的な結果としてI1(T)~TlogT(Hardy-Littlewood,1918年),I2(T)~1/2π2TlogT(Ingham,1926年)となることが知られている.一般にはIk(T)~ckT(logT)k2(ヨck:定数)となると予想されているが,k=0,1,2の場合を除きまだ証明されていない.このようなモーメントを計算する際の有力な道具として,近似関数等式がある.上のI1(T),I2(T)はそれぞれζ(s),ζ(s)2の近似関数等式を利用して計算されたものである.k≧3の場合に同様の結果が出せない最大の理由は,k≧3のときζ(s)kの近似関数等式が積分の評価において十分には役立たないという点にある.DirichletL-関数をはじめ多くのL-関数でモーメントの研究がなされているが,同じ理由により高次のモーメントに関しては予想に見合う結果は得られていない.さて,Epsteinゼータ関数の話に戻ると,ζ(s;Q)の近似関数等式は存在するが,関数等式のT-因子の関係からこれはζ(s)2の近似関数等式に似た形になる.従ってζ(s;g)の2乗モーメントはI2(T)の計算と同様にして求めることができ,既に結果が知られている.ところが4乗モーメントだとζ(s)4の近似関数等式に似たものを用いることになるが,上述したとおりこれは上手く機能しない.従って別の方法を考える必要がある.論文IVの基本的なアイデアは次の通りである.まずEpsteinゼータ関数のDirichlet係数から作られるテータ関数を考える、と,これは重さn/2のモジュラー形式になり,Eisenstein級数とcusp formの和に分解する.従ってEpsteinゼータ関数はEisenstein級数とcusp formのそれぞれに付随するL-関数の和に分解する.cusp formのFourier係数は比較的小さくなることから,cusp fbrmに付随するL-関数の積分はO(T)と評価できる.一方でEisenstein血級数に付随するL-関数は,Hecke,Malyshev,Siegelらの結果を利用すると,Dirichlet L-関数を含む有限ないし無限和で書くことができ,Dirichlet L-関数の4乗モーメントの結果を利用して積分がO(T(logT)4)と評価できることが分かる.従ってEpsteinゼータ関数のRe(s)=n-1/2上の4乗モーメントはO(T(logT)4)と評価できる.Riemannゼータ関数をはじめ,これまで多くのL-関数でモーメントが研究されてきたが,上からの評価がT1+ε(∀ε>0)程度になるものは(私が知る限り)全て近似関数等式が有効に働く場合である.論文IVはそうでないケースにおいて相応の上限を得たという点において意義があると考えられる. | |
審査要旨 | 表題の博士論文は事実上、以下の4 つの英文の論文(I、II, III, IV)を合わせて、それに日本語の序文を付けたものである。 I. Shintani functions on SL(3;R) (和訳:SL(3;R) の新谷関数) II. The matrix coefficients with minimal K-types of the spherical and nonsphericalprincipal series representations of SL(3;R) (和訳:SL(3;R) の主系列表現の行列係数) III. A second limit formula for higher rank twisted Epstein zeta functionsand some applications (和訳:高階Epstein ゼータ関数の第2 極限公式とその応用) IV. Fourth moment of the Epstein zeta functions (和訳:Epstein ゼータ関数の4 乗平均) このうち、I とII はSL(3;R) の主系列表現に付随する球関数についての研究であり, III とIV は一般のランクの正定値行列に付随するEpstein ゼータ関数についての研究である。具体的な内容は個々の論文によって異なるので、後ほどその細部を概観する。その前に、主査の視点から研究の背景を簡単に述べたい。 0. 背景など GL(n;Q) に属する保型形式論の現状について述べる。50 年代の岩澤-Tate 理論によって、20 世紀前半のE. Hecke の研究をアデールで書き換える仕事がなされた。同じくGL(2) の場合にHecke の研究をアデール化する試みは50 年代からいろいろあったが、72 年のJacquet とLanglands のSpringer のectureNote で納得のいく形である程度書き換えは完成した。任意のn に対してこれをGL(n) に一般化するのは、Jacques, Piatetsuki - Shapiro、Shalika の3人が中心になって80 年代に標準L 関数の構成という意味では一応の完成を見た。中には粗忽にもこれで研究が終わったという軽率な人もいるが、実はようやく入り口にたどり着いたところだと心ある人たちは考えている。何故ならば、実はn が3 以上のとき、尖点形式がどのように得られるか、現状では何も分からないし、局所的な問題に限っても、実素点での研究も、整数論研究に必要な明示的な結果はほとんどない。宗野氏の論文は、I、II に関しては、この後者の実素点での研究を進展させたものであり、III、IV は、伝統的な解析整数論的な手法を、保型形式研究に持ち込もうとしたものである。それゆえ、主題の選択は時宜を得たものと言ってよい。以下、個別の論文の主結果などを見てみよう。 (I)Shintani functions on SL(3;R) の部分について ここでは、著者はSL(3;R) の主系列表現に付随する新谷関数について研究した. 新谷関数は1970 年代に故・新谷卓郎の未発表の研究の中で、p 進体上のGLn の場合に最初に導入された。後に村瀬篤・菅野孝史の両氏によってより一般化された形で述べれば、非アルキメデスな体上の簡約代数群G の既約表現_ と、その表現空間内でG のある球面的部分群H に関して不変なベクトルをもつものに対して、H -不変球関数を定義し、その存在と一意性を示した。これは保型的L-関数の構成や関数等式に応用される。現在まで,アルキメデス的な局所体の場合には、対応する問題の研究は少ない。著者はG = SL(3;R)、H = GL(2;R) の対の新谷関数のうち, 特にG の主系列表現の模型で、H の有限次元表現に対応するものに関して、その動径成分を明示的に求めた。 (II)The matrix coefficients with minimal K-types of the sphericaland non-spherical principal series representations of SL(3;R)の部分について この部分では, SL(3;R) の特にnon-spherical 主系列表現の行列係数の動径成分のみたす「超幾何微分方程式系」を明示的に求め、所謂特異境界値問題あるいは漸近的境界値問題の手法により、特異因子上の一変数超幾何関数のモノドロミ―決定の問題に帰着して、元の2 変数超幾何系のモノドロミ―の一部を決定して、その応用としてこの主系列表現のc-functions を決定した。合わせて、著者はクラス1 の場合も明示的に書き上げ、適切な引用文献がない現状を改善している。 この種の問題は、一部軽率な「専門家」によって「non-spherical の場合もspherical な場合と同様にできる」との誤った言説が流布しているが、当論文の序文に明確に指摘されているように、実はnon-spherical な主系列表現で無限小指標だけでは区別できないものがあり、このような断言は誤りである。 ここでは、Casimir 方程式の他にDirac-Schmid 方程式(gradient 方程式)を構成してそれらを解くことが技術的な要点である。二変数の偏微分方程式にも関わらず、著者は優れた計算力ではっきりした結果に至っている。 (III)A second limit formula for higher rank twisted Epsteinzeta functions and some applications の部分について この論文では, n 次実正定値対称行列Q とn 次実ベクトルu に対し、Re(s) >n=2 においてEpstein -Lerch のゼータ関数Sn(s; u;Q) を考える。ベクトルu の成分のどれかが整数でないときに、このゼータ関数は複素全平面で正則に延長できる。この場合にs = n=2 の値を与えるものをKronecker の第2極限公式と言い、この値のある無限積跡表示が当論文の主結果である。これはn = 2 のときはKronecker による有名な結果で、n = 3 の場合は1980 年代にEfrat が研究し、彼はその結果を利用しある関数空間に作用するDirac作用素とラプラシアンの行列式としての解釈を与えた。当論文はEfrat の結果の一般のn _> 2 への拡張にあたる。主結果として、sn(n=2; u;Q) の値を,階数の1 つ低い〓次正定値対称行列) と, Dedekind のη-関数の一般化にあたる保型性を持つ関数で表した。また、計算の途中経過に現れる式を利用し、sn(s; u;Q) のK-Bessel 展開(Chowla-Selberg の公式の類似) を得た。この公式は, Epstein ゼータ関数の実軸上の零点の存在を調べる場合などに有益であると期待される。更にEfrat の結果の一般化として, 第2 極限公式を利用してある保型関数の空間に作用するラプラシアンの行列式の解釈を与えた (IV)Fourth moment of the Epstein zeta functions の部分について この論文では、n ≧ 4 とし、n 次対称正定値行列Q に付随するEpstein ゼータ関数-(s;Q) (論文III のsn(s; u;Q) でu = 0 としたもの) のRe(s) = n-1|2における4 乗モーメント, 即ち, 積分。 〓のT に関する上からの評価式を得た。 Riemann ゼータ関数に関する類似の研究は自明でない零点の存在領域の評価と関連していて、よく知られている研究(Hardy-Littlewood, 1918 年;Ingham, 1926 年など) がある。この場合は近似関数等式を用いて研究が進んできた。 Epstein ゼータ関数の場合にも、近似関数等式を用いて、その2 乗モーメントをRiemann ゼータと同様に求める結果がこれまで得られていた。しかしながら、4 乗モーメントの場合、この手法はうまくいかない。 当論文では著者は別の方法を見出した。その基本的なアイデアは次の通りである。 Epstein ゼータ関数のDirichlet 係数から作られるテータ関数を考えると、これは重さn=2 のモジュラー形式になり、Eisenstein 級数と尖点形式の和に分解する。従ってEpstein ゼータ関数はEisenstein 級数と尖点形式のそれぞれに付随するL-関数の和に分解する。尖点形式のFourier 係数は比較的小さくなることから、これに付随するL-関数の積分はO(T) と評価できる。他方、Eisenstein 級数に付随するL-関数は、Hecke, Malyshev, Siegel らの結果を利用すると、Dirichlet L-関数を含む有限ないし無限和で書くことができ、Dirichlet L-関数の4 乗モーメントの結果を利用して積分がO(T(log T)4) と評価できることが分かる。従ってEpstein ゼータ関数のRe(s) = nー12 上の4乗モーメントはO(T(log T)4) と評価できる。 当論文は、近似関数等式を直接に用いるのでなく、2 次形式のテータ関数の保型形式として性質を用いて4 乗モーメントを求めたものである。この手法は、さらなる一般化も期待でき大変興味深い。 上に見た4 編の論文のいずれにおいても、著者はそれぞれの方向で新たな有意義な結果を得ている。論文I、II は大きな意味で似たような手法と言えるが、III とIV は「Epstein ゼータ関数」の言葉は共通するが、それぞれ別の解析的な手法を用いる。短期間に、多様な手法をこれまでの研究の限界を超えて進展させる著者の力量は注目に値し、今後の働きにも大きな期待をもつことができる。 よって、論文提出者 宗 野 惠 樹 は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |