学位論文要旨



No 128389
著者(漢字) 大川,新之介
著者(英字)
著者(カナ) オオカワ,シンノスケ
標題(和) 森夢空間の幾何学に関する研究
標題(洋) Studies on the geometry of Mori dream spaces
報告番号 128389
報告番号 甲28389
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第397号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川又,雄二郎
 東京大学 教授 宮岡,洋一
 東京大学 教授 石井,志保子
 東京大学 教授 寺杣,友秀
 東京大学 准教授 高木,寛通
 東京大学 准教授 高木,俊輔
 東京大学 准教授 戸田,幸伸
 法政大学 教授 桂,利行
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

博士課程における著者の研究は森夢空間(Mori dream space) の幾何学に関するものが主であった。本博士論文はその成果をまとめたものである。本文は4 つの章からなり、第1 章、第2 章は[Ok1]、第3 章は[Ok2]、第4 章は[Ok3] が元になっている。以下、各章の内容を要約する。

1 第1 章

第1 章は森夢空間の基本性質に関するまとめである。ただし既知の結果を書き直しただけではなく、[HK] で得られた結果をより精密にし、整理した。

k を体とし、X をk 上射影的かつ正規でQ 分解的な代数多様体とする(以下、多様体といった場合にはこれらの性質を全て課すことにする)。X 上の直線束に様々な良い性質を課すことによって森夢空間が定義される(正確な定義は本文Definition 1.1.2。以下定義・定理等は全て博士論文本文のものを引用)。

それらの強い条件を課しているために、森夢空間は著しく良い性質を持つ。特に、任意の因子D に対してD-極小モデルプログラムが走り、しかもD がpseudo-effective の場合には最終的にsemi-ample モデルにたどりつく。これはZariski 分解の存在を意味する(Proposition 1.2.10)。

1.1 第2 節

森夢空間X に対し、その上の任意の因子D の切断環R(X;D) は有限生成である。切断環が非自明ならばX からの自然な有理射φD : X 99K ProjR(X;D) が定まる。さて、因子D のZariski分解をD = P(D) + N(D) と書くことにしよう。このとき、2 つの因子D、E がstrongly Moriequivalent であるとは、φD とφE が同型であり、更にN(D) とN(E) のsupport が一致することである(De_nition 1.2.11)。これはX のQ 因子に関する同値関係である。著者は森夢空間X のeffective cone 上に扇の構造を導入し(De_nition-Proposition 1.2.8) し、この扇に属する錐体の相対内部がこの同値関係の同値類になっているということを証明した(Proposition 1.2.13)。この結果は森夢空間の基本例であるtoric 多様体においては小田-Park のGKZ 分解として知られていたものであり、その一般化になっている。

1.2 第3 節

この節においては、Cox 環のVGIT 理論を再構築した。また、GIT から定まる直線束の間の同値関係とstrong Mori equivalence とが等価であることを証明した。

因子類群が有限生成な多様体に対し、Cox 環と呼ばれる、因子類群による次数づけを持つ環が定まる(Definition 2.4.1)。これが有限生成であることと多様体が森夢空間であることが同値である。森夢空間X のCox 環が定めるaffine 多様体V にはX の因子類群のdual torus T が自然に作用する。さらに、X 上の因子(類) とT の指標とは自然に同一視できる。従ってX 上の因子類に対して、対応する指標が定める半安定点集合(これはV の開部分集合である。) が定まる。さて、X 上の因子類の間に、対応する指標が定める半安定点集合が一致するという条件によって同値関係を入れよう。第3 節ではこの同値関係がtrong Mori equivalence に一致することを示した(Proposition 1.3.8)。

2 第2 章

第2 章では、森夢空間から他の代数多様体への全射について考察した。主にCox 環の見地から考えたため、実際には全射がある状況での多重切断環の振る舞いを調べた。

まず、森夢空間からの全射を持つ多様体はまた森夢空間になることを示した(Theorem 2.1.1)。これは任意標数の任意の全射について成立する。

次に、森夢空間の全射f : X ! Y のもとでX、Y 各々の扇がどのような関係にあるかを調べた。自然な埋め込みf* : Pic(Y )R ! Pic(X)R でEff (X) 上の扇構造をPic(Y )R に制限することができるわけであるが、実はこれがY の扇と一致する、というのが結論である(Theorem 2.1.2)。第1 章のところで述べたとおり扇に属する錐体の相対内部には2 通りの解釈があったので、それぞれに応じて2 通りの証明を与えた。

3 第3 章

第3 章では、森夢空間のglobal Okounkov body に関するLazarsfeld 氏とMustata 氏の予想について考察し、部分的な結果を得た。また、完全解決をするために重要と思われる関連問題をはっきり定式化した。

[LM] において(global) Okounkov body と呼ばれる概念が導入された。正確な定義は本文に譲るが、概要は以下の通りである。X をn 次元射影的代数多様体、L をその上のbig 直線束とする。Xの部分多様体の列Y_ = (Y0 = X ⊇Y1 ⊇... ⊇Yn = fptg) 旗と呼ばれる。) を与えるごとに、Rn 内の有界閉凸部分集合ΔY_ (X;L) が定まり、L の(Y_ に沿った)Okounkov body と呼ばれる。これはL の漸近的な情報を色々と含んでいると期待されており、例えばΔY_ (X;L) のEuclid 体積(のn! 倍) はL の体積に一致することが知られている。Toric多様体の場合、豊富な直線束のOkounkov body はmoment polytope に一致する。

Okounkov body を全ての直線束について束ねたものがglobal Okounkov body である。これはRn × N1 (X)R 内の閉凸錐であり、big 直線束L 2 N1 (X) でのfiber がL のOkounkov body と一致するものとして特徴付けられる(旗Y● は固定しておく)。

さて、一般に(global) Okounkov body は有理凸ではない。また、有理凸性は旗の選択にも依存する。一方で、非特異toric 多様体の場合、toric strata を使って作った旗に関するglobal Okounkovbody は有理凸であることが知られている[LM, Proposition 6.1 (ii)]。森夢空間はtoric 多様体の拡張であるので、同様の性質が成り立つが否かが気になる。すなわち、

問題. 森夢空間X は、global Okounkov body が有理凸になるような旗を持つか?

上記の問題は[LM, Problem 7.1] であり、筆者のオリジナルではない。

素朴なアプローチは、Okounkov body を次元に関して帰納的に計算することである。これは、ΔY● (X;L) の切り口がY1 上の或る直線束のOkounkov body と関係する(理想的な状況では一致する) からである(Lemma 3.3.1)。この方法で上述の問題を曲面の場合に証明した(Lemma 3.1.2)。

高次元の場合、次の問題を解決する必要が出てくる。

問題. 3 次元以上の森夢空間X は、既約な因子であってそれ自体が森夢空間であるものを持つか?

この問題が肯定的に解決できれば、森夢空間X は(2 次元以上の部分が) 森夢空間からなる旗を持つ。この旗に関するglobal Okounkov body は有理凸になるはずである(詳しくはTheorem 3.1.5)。この問題についても少々の考察を行ったが、解決の目処は残念ながら今のところ立っていない。

4 第4 章

森夢空間の重要な例として、標数0 の体上定義されたFano 型多様体がある。[SS, Theorem 1.2]において、Fano 型多様体の殆ど全ての素数における還元がglobally F-regular であることが証明された。この逆が成立するのか、という問[SS, Question 7.1] があるのだが、第4 章ではこれを曲面の場合に解決した(Theorem 4.1.1)。

共同研究[GOST](参考論文3) において、多様体が森夢空間であることが先にわかっている場合には[SS, Question 7.1] が正しいことを証明した[GOST, Theorem 1.2]。証明の最大のポイントは森夢空間であるために反標準因子に関するMMP が存在する点である。

第4 章の証明では最初に、各正標数における還元が森夢空間であることを示した。特に1 つの素数において反標準因子MMP が走るのであるが、直線束の変形理論等を用いてこれを標数0 まで持ち上げたところが新しいアイディアである。

[GOST] Y. Gongyo, S. Okawa, A. Sannai, and S. Takagi, Characterization of varieties of Fanotype via singularities of Cox rings, arXiv:1201.1133.[HK] Y. Hu and S. Keel, Mori Dream Spaces and GIT, Michigan Math. J. 48 (2000).[LM] R. Lazarsfeld and M. Mustata, Convex bodies associated to linear series, Ann. Sci. Ec.Norm. Super. (4) 42 (2009), no. 5.[Ok1] S. Okawa, On Images of Mori Dream Spaces, arXiv:1104.1326.[Ok1] S. Okawa, On Images of Mori Dream Spaces, arXiv:1104.1326.[Ok2] S. Okawa, Surfaces of globally F-regular type are of Fano type, preprint.[Ok3] S. Okawa, On global Okounkov bodies of Mori dream spaces, in the proceedings of theMiyako-no-Seihoku Algebraic Geometry Symposium (2010). Also available onhttp://www.ms.u-tokyo.ac.jp/~okawa/papers.html[SS] K. Schwede and K. Smith, Globally F-regular and log Fano varieties, Adv. Math. 224(2010), no. 3.
審査要旨 要旨を表示する

論文提出者大川新之介氏は、森夢空間の一般論の研究を行い、いくつかの基本的な結果を証明した。とくに、森夢空間の全射像は再び森夢空間になることを証明した。この結果は、たとえば極小モデル理論に出てくる森ファイバー空間や飯高ファイバー空間に応用することができるので有用である。

森夢空間の概念は2000年にHu-Keelが導入した。Hu-KeelはGITにおける偏極の変形の研究から森夢空間の概念に到達した。しかしそのあと大きな進展はなかった。最近になってBirkar-Cascini-Hacon-McKernanが標準環の有限生成定理の応用の一つとして、KLT log Fano多様体は森夢空間になるということを証明し、この概念が再び注目を集めることになった。

一般の代数多様体上では因子の線形系の振る舞いは複雑で、いつもよい性質を期待できるわけではない。しかし極小モデル理論では、標準因子Kxまたはその対数版Kx+Bが重要な役割を持ち、これらの因子に限ればその線形系の振る舞いはよいことが期待できる。森夢空間とは、任意の因子の線形系がよい振る舞いをするような特殊な多様体として定義される。

森夢空間は、そのCox環(または全座標環)が有限生成になるような正規射影的代数多様体と定義される。Hu-Keelは森夢空間上では、任意の因子Dに対してD-極小モデル・プログラムを考えることができ、フリップの存在と終結をこめてすべての主張が成り立つことを証明している。

論文提出者大川新之介氏は以下の定理を証明した:

定理1.正規な射影的代数多様体の問の射f:X→Yで全射になっているものを考える。Xは森夢空間であると仮定する。このとき以下が成り立つ:

(1)Yも森夢空間である。

(2)埋め込み写像f*:Pic(Y)R→Pic(X)RによってXのファンをPic(Y)Rに制限すると、Yのファンになる。

さらに論文提出者大川新之介氏は、森夢空間の研究に関連してKLT log Fano多様体の特徴付けを研究した。Schwede-Smithは標数0のKLT log Fano多様体(X,B)に対して、Xは大域的にF-正則タイプになることを証明した。ここと、代数多様体が大域的にF-正則タイプであるとは、ほとんどすべての素数pに対して、標数p還元をしたときに構造層がFrobenius写像に対して分裂するということで定義される。大川新之介氏はSchwede-Smithの定理の逆を考え、2次元の場合にはそれが成り立っことを証明した:

定理2.正規で射影的な代数曲面Xに対して、もしもこれが大域的にF-正則タイプであるならば、X上にQ-因子Bが存在して、(X,B)がKLT log Fano多様体になる。

以上に述べたように大川新之介氏の業績は代数幾何学に重要な貢献している。よって、論文提出者大川新之介は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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