No | 128710 | |
著者(漢字) | 三村,与士文 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミムラ,ヨシフミ | |
標題(和) | 退化拡散項を持つ完全放物型Keller-Segel系に対する変分的定式化 | |
標題(洋) | The variational formulation of the fully parabolic Keller-Segel system with degenerate diffusion | |
報告番号 | 128710 | |
報告番号 | 甲28710 | |
学位授与日 | 2012.09.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第398号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文では, 次の退化拡散項を持つ放物型偏微分方程式系の時間大域解について考察した. ここで, Ω はRd の滑らかな境界を持つ有界領域であり, α, ε, x は正定数,γは非負定数である. 本論文では, m ≧ 2 - d/2 , d > 2 の場合を次の境界条件の下で考察する. この方程式は, ある種の化学物質に誘引される性質(走化性) を持つ微生物の集合体形成を記述したモデルとして, Keller とSegel によって提唱された[10]. (1) の第一式を積分すればわかるように, u のL1 ノルムは時間に依存しない, すなわち質量保存則が成り立つことに注意する. もともとのKeller-Segel 系は空間次元d = 2 であり, 初期の研究においては, d = 2,m = 1 の場合が盛んに研究され, 次に述べるような質量の閾値Mc > 0 の存在が示された[4, 5, 6, 11]. 0 < u0||L1 ≦ Mc ならば, (1) の解は時間大域的に存在する.他方, 任意のM > Mc に対し, ||u0||L1 = M を満たし, 有限時間で爆発するような解が存在する. d > 2 の高次元の問題においては, m = 2 - d/2 の場合にのみ上と同様の閾値が存在することが知られており, この値m = 2 - 2/d が, (1) における臨界指数である. 実際, Blanchet-Carrillo-Laurencot [3] は, この場合に,ε == 0 の付加条件のもと, 上記の閾値Mc の存在を示した. 後で述べるように, この臨界指数は(1) のLyapunov 汎関数と密接な関係がある. また, 閾値の存在は明らかにされていないが, 臨界指数m = 2 - 2/d の場合の時間大域解と爆発解を扱った先駆的な結果として, 杉山氏の論文[12] がある. ε = 0 のとき, (1) の第2 式は楕円型の方程式となるので, (1) は, いわゆる放物-楕円系となる. Keller とSegel が提唱したのは放物-放物系(完全放物型) であるが, 放物-楕円系の方が解析がやり易いため, これまでの研究は, 放物-楕円系に関するものが多い. これに比べて放物-放物系に関する研究結果は, まだ少ないのが現状である. 本論文では, 本来のKeller-Segel 系であるε > 0 の場合(放物-放物系)の時間大域解の存在を,= 0 の制約を外して考察する. (1) のLyapunov汎関数として知られる汎関数を用いて, (1) を勾配流として定式化することが本論文の特徴であり, このような定式化はε 6= 0 の場合には初めての試みである. 本論文では, まず, m = 2 - 2/d のときに, Lyapunov 汎関数の下からの有界性に対し, 次の性質を持つ定数M* が存在することを示した. u のL1-ノルムがM* 以下であれば, 任意のv に対してLyapunov 汎関数は下に有界であり, M* より大きければLyapunov 汎関数が下に非有界となる. また,m > 2 - 2/d のときには, u のL1-ノルムの大きさに関わらずLyapunov 汎関数は常に下に有界であることも示した. 次に, Lyapunov 汎関数の下からの有界性が時間大域解の存在を保証することを示した. すなわち, m = 2 - 2/d のとき, ||u0||L1 < M* をみたす任意の非負の初期値(u0, v0) ∈ L2(Ω) × H10 (Ω) に対して, (1) の時間大域的な弱解が存在することを証明した. また, m > 2 - 2/d のときには, u のL1-ノルムの大きさに関わらず時間大域的弱解が存在することを示した. これらの結果を導く上で, (1) の勾配流としての定式化が本質的に重要な役割を演じている. 本論文と類似の完全放物系の時間大域解の存在を取り扱った論文として, 石田-横田[7, 8] がある. [8] では, Ω = Rd, d > 2,m ≦ 2- 2/d のとき, u0のLd/2 -ノルム, Ld/2 (2-m)-ノルムとΔv0 のLd/2+1-ノルム, Ld/2 (2-m)+1-ノルムが十分小さいという仮定のもとで時間大域解の存在を示している. しかしながら, 本論文におけるm = 2 - 2/d の場合の結果は, Δv0 の大きさに制約を設けていない点で, また, 放物-楕円系ですでに得られている閾値原理に準ずる形の時間大域解の存在結果を得た点で, 従来の結果と大きく異なっている. なお, m > 2 - 2/d のときは閾値現象は起こらず, 解は常に大域的になるが, 本論文のこの場合の結果は, 弱解の定義の差異などを除いて[7]2とほとんど同じであるものの, 証明においてm = 2- 2/d の場合と分ける必要がなく, 簡明である. ところで, m = 1, d = 2, ε == 0(放物-楕円系)の場合には, (1) の勾配流としての定式化は, Blanchet-Calvez-Carrillo [2] によって, すでに行われている. 放物-楕円系の場合, ラプラス作用素の基本解を用いて(1)の第2 式をu について解き, 第1 式に代入することにより, (1) は単独方程式に帰着されるが, [2] では, この方程式をWasserstein 空間と呼ばれる確率測度の距離空間上の勾配流として特徴付けた. Wasserstein 距離を用いて質量保存則の成り立つ拡散方程式を変分的に取り扱う方法は, Jordan-Kinderlehrer-Otto [9] によって導入された. [2], [9] の手法は, 互いに細かい点で微妙に異なるものの, 通常の関数空間においては変分構造を持たない方程式をWasserstein 空間上の勾配流として特徴付けることにより変分的アプローチを可能にしている点で共通している. どちらの方法も方程式を時間離散近似し, 各時間ステップごとに最小化問題を解いて次のステップの値を決め, こうして得られた離散近似解の収束を議論するというやり方を採用している. なお, Ambrosio-Gigli-Savar´e [1] は, 距離空間の勾配流として抽象的な枠組みで, この時間離散近似法の理論をまとめ, Wasserstein空間においても勾配流の一般論を発展させた. 本論文で考えている完全放物系は, [2] のように単独の勾配流方程式には帰着できないが, 形式的には, (1) のLyapunov 汎関数を用いて, 第1 式についてはWasserstein 空間での勾配流, 第2 式についてはL2-空間での勾配流として考えることができる. したがって, (1) はWasserstein 空間とL2-空間の直積空間での勾配流と見なせる. このことから, 一見すると,Wasserstein 空間とL2-空間の直積空間を考え, [1] によって発展させられた距離空間の勾配流の一般論が適用できるように思われる. しかしながら, (1) のLyapunov 汎関数は, [1] の枠組みには含まれず, 直積空間での勾配流として時間離散近似法を適用しようとすると, 劣微分の存在が問題となる. 本論文では, この問題を解決するために, 各時間ステップごとに, Wasserstein 空間での最小化問題とL2-空間での最小化問題とを交互に解くことで次のステップの値を定める方法を採用した. これにより, 初期値u0, v0 の正則性を, 各時間ステップの値に伝搬させることができ, 劣微分の存在の問題を解決することができた. 近年研究が盛んに行われているWasserstein 空間の勾配流の理論と通常のL2-空間の勾配流の理論を合わせ, それらを連立方程式系に応用した点で本論文の方法は新しい. また, 本論文で得られたLyapunov 汎関数の下からの有界性に関する閾値M* は, [3] がε == 0 の場合に与えた閾値Mc(すなわち大域存在と爆発を隔てる閾値)と等しいこともわかっている. よって, ε > 0(すなわち放物-放物系)の場合にも後者の意味でM* が閾値であることが期待できる. これを厳密に示すためには, 放物-放物系において, M > M* を満たす任意のM に対して, ||u0||L1 = M を満たす爆発解の存在を示す必要があるが, 現在のところ, 放物-放物系においては, 多くの研究者の努力にも関わらず, 爆発解の例はまだ見つかっていない. しかしながら, 本論文の結果により, 閾値問題の解決に向けて大きく前進したと考えている. | |
審査要旨 | 論文提出者三村与士文は,次の退化拡散項を持つ放物型偏微分方程式系の時間大域解について考察した. ここでΩ はRd (d > 2) 内の滑らかな境界を持つ有界領域であり, α, ε, x は正定数, は非負定数である. また,m ≧ 2 - d/2 を仮定する.境界条件は次のものを考える. この方程式は, ある種の化学物質に誘引される性質(走化性) を持つ微生物の集合体形成を記述したモデルとしてKeller とSegel が1970 年に提唱したもので,数学的に興味深い性質をもつことから,多くの研究がなされてきた.方程式と境界条件の形から容易にわかるように,u の総質量∫Ω u dx は保存量である. もともとのKeller-Segel 系は空間次元がd = 2 でm = 1 の場合であり,初期の研究においては, この場合が盛んに研究された.この場合は,解の爆発を生じさせる質量の閾値Mc > 0 の存在がHerrero-Vel´azquez (1996,1998), Nagai-Senba-Yoshida(1997), Gajewski-Zacharias (1998) らによって示され, その後も多くの関連研究がなされている.ここで, Mc が「質量の閾値」であるとは,次の性質が成り立つことを意味する. 0 < ∥u0∥L1 < Mc ならば, (1) の解は時間大域的に存在する. 他方, 任意のM > Mc に対し, ∥u0∥L1 = M を満たし, 有限時間で爆発するような解が存在する. 他方, d > 2 の高次元の問題においては, ε == 0,m = 2 - d/2 の場合に同様の閾値が存在することが, Blanchet-Carrillo-Laurencot (2009) によって示された. しかしながら, Keller-Segel が提唱したもともとのモデルは放物-放物系(すなわちε > 0 の場合)であるにも関わらず, この場合の結果はほとんど知られていなかった. 石田-横田(2012) は, まだほとんど着手されていなかったこの場合を扱った.ただ,彼らの結果においては,時間大域解の存在をu0 およびΔv0 の大きさに制限を課して示すにとどまっている. これに対し,本提出論文では,次の結果を得た. (i) 与えられた方程式系の勾配流としての定式化 (ii) 閾値の候補M* の決定 (iii)∫Ω u0 dx < M* という最適条件の下での時間大域解の存在の証明 論文提出者は, 近年偏微分方程式への応用が盛んに研究されているWasserstein 距離と呼ばれる確率測度空間上の距離を用いて, (1) が勾配流の構造を持っていることを示した. このような勾配流としての定式化とアプローチは, m = 1, d = 2, ε == 0の場合には, Blanchet-Calvez-Carrillo (2008) よってなされていたが, より複雑な方程式系であるε > 0 の場合に対しては初めての試みである. 勾配流としての定式化を用いて, 論文提出者は, (1) のエネルギー汎関数として知られる汎関数から, 閾値の候補M* を決定した. この閾値の候補M* は, Blanchet-Carrillo-Laurencot (2009) がε = 0 の場合(放物-楕円系)に示した閾値Mc と等しいことも示されており,放物-放物系である(1) の閾値として十分に期待できる値である. 次に論文提出者は, 勾配流としての定式化に基づいて, (1) を時間離散化した近似方程式を変分的手法でを定義し,∫Ω u0 < M* のときに, この近似方程式が時間大域解を持つことを示すとともに,この近似大域解が,時間の刻み幅をゼロに近づけたときに元の方程式の時間大域解に収束することを示した.従来の時間離散化の方法をでは,得られる近似解が(1) の解に収束するために必要な評価を導くのが困難であったが,論文提出者は巧妙な時間離散化の方法を考案し,これにより,必要な評価が容易に得られて,∫Ω u0 < M* という最良の条件下で時間大域解の存在を示すことができた. また, 副次的結果ではあるが, 提出者は, m > 2 - 2/d の場合も考察の対象としており, この場合には, M* = ∞と見なせることから,(1) の解が任意の初期値に対して時間大域的に存在することが自動的に従う.これは,石田-横田(2012) の結果の別証明を与えるものであるが,m > 2 - 2/d の場合とm = 2 - 2/d の場合が統一的に扱うことができたのも,提出論文の著しい特徴の一つである. 提出論文は,Keller-Segel 系に関する未解決問題の一つを解決しただけでなく,そこで用いられている手法も極めて斬新なものである.以上の諸点を考慮した結果,論文提出者三村与士文は,博士(数理科学) の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める. | |
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