学位論文要旨



No 129444
著者(漢字) 古舘,信
著者(英字)
著者(カナ) フルタチ,マコト
標題(和) タミフルの形式合成および触媒的炭素骨格構築法に関する研究
標題(洋)
報告番号 129444
報告番号 甲29444
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1485号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 内山,真伸
 東京大学 准教授 松永,茂樹
 東京大学 講師 滝田,良
内容要旨 要旨を表示する

1. タミフルの形式合成

【目的】

タミフル1はGilead Science社により開発され、Roche社により製造・販売されている抗インフルエンザ薬である(Figure 1)1。新型インフルエンザのパンデミックが現実となり、また、高病原性鳥インフルエンザの世界的な拡大が危惧される現在、タミフルの全世界的な供給を可能にすることが大きな関心を集めている。しかしながら現在、タミフルは八角の実からの抽出あるいは遺伝子組み換え大腸菌を用いた発酵によって得られるシキミ酸を出発原料として製造されており、その供給量が限定的で天候等によっても左右されること、および抽出精製操作が煩雑でコストがかかることから、タミフルの全世界的な供給を考えた時には不安が残る。こうした背景から、シキミ酸を出発原料として用いないタミフルの合成法の開発が強く求められていた。私の所属する研究室では、新規の反応機構で進行するHOMO上昇型触媒的不斉Diels-Alder反応の開発とそれを用いたタミフルの合成法を確立している2。しかしながらこの報告では、合成中間体2がアジドを含み、潜在的に爆発性を有することが最大の問題であり、危険な中間体を回避する合成経路を確立することとした(Figure 2)。

【逆合成解析】

先ず逆合成解析を示す(Scheme 1)。タミフル1は既知中間体3から合成可能であり2,3、6員環骨格はジエステル4のDieckmann縮合にて合成出来ると考えた。また、4は化合物5、α,β-不飽和エステル6、アミン7の触媒的不斉三成分連結反応にて合成出来ると考えた4。

【結果】

反応条件を種々検討した結果、10 mol %のCuBr2および20 mol %の不斉配位子9を用いることで、化合物5、α,β-不飽和エステル6、アミン8の触媒的不斉三成分連結反応において94%収率、76% eeにて望みの立体を有するジエステル10を得ることが出来た(Scheme 2)。この時、アミン8の代わりにアミン7を用いると、反応性は89%収率と同程度であったが、エナンチオ選択性は43% eeに留まった。エナンチオ選択性に改善の余地を残すものの鍵となる三成分連

結反応を確立することが出来たので、実際の合成を検討した(Scheme 3)。得られたジエステル10をPd触媒にてジエステル11へ導いた。11のLHMDS処理によるDieckmann縮合にて6員環を構築し、得られたβ-ケトエステルをNaBH4にて還元し、3級アミンの保護基をBoc基とした12を三段階、58%収率にて得た。最後にMs化に続くDBU処理を行い既知中間体3とし、形式合成を達成した。

【逆合成解析の再考】

エナンチオ選択性が最高で76% eeに留まったので、合成経路を再考した(Scheme 4)。ジエステル4を化合物13のZ選択的Horner-Wadsworth-Emmons反応にて合成することとすると、13は市販のL-グルタミン酸γ-エチルエステル14を出発物質として導くことが出来ると考えた。

【結果】

実際の合成を示す(Scheme 5)。先ずL-グルタミン酸γ-エチルエステル14のカルボキシル基をtBuエステルとし、1級アミンをジアリル化した後にtBu基を除去することでカルボン酸15を得た。この時、L-グルタミン酸γ-エチルエステル14の1級アミンとカルボキシル基をトリアリル化し、アリルエステルのみを選択的に脱保護する方法では低収率に留まった。続いて15のカルボキシル基を混合酸無水物経由にて1級アルコールへ還元した後にSO3・Py酸化により化合物13とした。続くZ選択的Horner-Wadsworth-Emmons反応によりZ/E = 95/5にてジエステル4へ導いた。最後に4をScheme 3と同様の方法で既知中間体3へ変換した。HPLC解析および旋光度の比較から、エナンチオ選択性を損なうことなく既知中間体3が得られたことを確認した。

2. チオエステルを求核種前駆体とする触媒的Mannich型反応の開発

【目的】

エステル酸化状態の求核種前駆体から反応系中で触媒的に活性求核種を生成し求電子剤と炭素―炭素結合を形成する反応は事前のエノラート調製が不要で、アトムエコノミーおよびステップエコノミーの観点から効率的な炭素骨格構築法と言える。その中で最も単純かつ困難な炭素―炭素結合形成反応は、エステルそのものを求核種前駆体とするものであるが、そのα位水素の酸性度の低さ故これまでに不斉触媒反応化した報告例はない。また、エステルよりもα位水素の酸性度が高く活性化が容易なチオエステルでさえも、化学量論量のLewis酸を用いる報告や活性化の容易なチオエステルを用いる報告に限定され、プロトン移動のみによる炭素―炭素結合形成反応の報告は1例もない(Figure 3)。そこで私は単純チオエステルを求核種前駆体とする触媒的炭素―炭素結合形成反応の開発に着手した。

【結果】

反応条件を種々検討した結果、触媒量のLHMDSがチオエステル20およびチオラクトン21を求核種前駆体とするチオホスフィノイルイミン19へのMannich型反応を進行させることが分かった(Scheme 6)。チオラクトン21を用いる場合は>20:1のanti選択性であった。

(1) Kim, C. U.; Lew, W.; Williams, M. A.; Liu, H.; Zhang, L.; Swaminathan, S.; Bischofberger, N.;Chen, M. S.; Mendel, D. B.; Tai, C. Y.; Laver, W. G.; Stevens, R. C. J. Am. Chem. Soc. 1997,119, 681.(2) Yamatsugu, K.; Yin, L.; Kamijo, S.; Kimura, Y.; Kanai, M.; Shibasaki, M. Angew. Chem., Int. Ed.2009, 48, 1070.(3) Yeung, Y.-Y.; Hong, S.; Corey, E. J. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 6310.(4) Gommermann, N.; Koradin, C.; Polborn, K.; Knochel, P. Angew. Chem., Int. Ed. 2003, 42, 5763.

Figure 1. The Structure of Tamiflu

Figure 2. Previous Intermediate

Scheme 1.Retrosynthetic Analysis of Tamiflu

Scheme 2. Cu(II)-catalyzed Asymmetric 3-Component Reaction

Scheme 3.

Reagents and conditions: (a) Pd2(dba)3・CHCI3, P(o-tol)3, (Me2HSi)2O, AcOH, toluene, 40 °C, 24 h, 84%; (b) LHMDS, THF, -40 °C, 1 h; (c) NaBH4, MeOH, -20 °C, 30 min; (d) Pd(PPh3)4, N,N-dimethylbarbituric acid, DCM, rt, 1 h; Boc2O, sat. NaHCO3 aq., CH3CN, rt, 1 h, 58 % (3 steps); (e) MsCI, Et3N, DCM, 4 °C, 10 min; DBU, DCM, rt, 1 h, 72%.

Scheme 4. Retrosynthetic Analysis of Tamiflu

Scheme 5.

Reagents and conditions: (f) HCIO4, tBuOAc, rt, 48 h, 64%; (g) NaHCO3, allyl bromide, EtOH, 80 °C, 20 h, 79%; (h) HCOOH, 80 °C, 1 h; (i) ethyl chloroformate, Et3N, THF, -10 °C, 30 min; NaBH4, MeOH, 0 °C, 1 h, 80% (2 steps); (j) SO3・Py, DMSO, Et3N, 4 °C, 2 h; (k) 16, DBU, Nal, THF, 0 °C to -78 °C to 0 °C, 2 h, 80% (2 steps)

Figure 3.The Structure of Ester and Thioester

Scheme 6. Direct Catalytic Mannich-Type Reaction of Unactivated Thioester

審査要旨 要旨を表示する

古舘信は、「タミフルの形式合成および触媒的炭素骨格構築法に関する研究」というタイトルで、以下の2つのテーマの下、博士研究に取り組んだ。

1.タミフルの形式合成

タミフルはGilead Science社により開発され、Roche社により製造・販売されている抗インフルエンザ薬である。新型インフルエンザのパンデミックが現実となり、また、高病原性鳥インフルエンザの世界的な拡大が危惧される現在、タミフルの全世界的な供給を可能にすることが大きな関心を集めている。古舘はタミフルの実用供給を目指して、新たな合成ルートの開発に取り組んだ。

L-グルタミン酸γ-エチルエステルのカルボキシル基をtBuエステルとし、1級アミンをジアリル化した後にtBu基を除去することでカルボン酸を得た。続いてこのカルボキシル基を混合酸無水物経由にて1級アルコールへ還元した後にDess-Martin酸化してアルデヒドとした。続くZ選択的Horner-Wadsworth-Emmons反応によりZ/E=91/9にてジエステルへ導いた。最後にこのジエステルを4工程で既知中間体へ変換した。HPLC解析および旋光度の比較から、エナンチオ選択性を損なうことなく既知中間体が得られたことを確認した。

2.チオエステルを求核種前駆体とする触媒的Mannich型反応の開発

エステル酸化状態の求核種前駆体から反応系中で触媒的に活性求核種を生成し求電子剤と炭素-炭素結合を形成する反応は事前のエノラート調製が不要で、アトムエコノミーおよびステップエコノミーの観点から効率的な炭素骨格構築法と言える。その中で最も単純かつ困難な炭素-炭素結合形成反応は、エステルそのものを求核種前駆体とするものであるが、そのα位水素の酸性度の低さ故これまでに不斉触媒反応化した報告例はない。また、エステルよりもα位水素の酸性度が高く活性化が容易なチオエステルでさえも、化学量論量のLewis酸を用いる報告や活性化の容易なチオエステルを用いる報告に限定され、プロトン移動のみによる炭素-炭素結合形成反応の報告は1例もない。古舘は単純チオエステルを求核種前駆体とする触媒的炭素-炭素結合形成反応の開発に着手した。

反応条件を種々検討した結果、触媒量のLHMDSがチオエステル20およびチオラクトン21を求核種前駆体とするチオホスフィノイルイミン19へのMalmich型反応を進行させることが分かった(Scheme 6)。チオラクトン21を用いる場合は>20:1のanti選択性であった。

以上のように、古舘は重要な抗インフルエンザ薬の既知中間体の簡便合成法の開発とチオエステル類をドナーとしてLHMDSを触媒とするMannich反応の開発に成功した。これらの業績は、医薬品の新たな合成法と重要な炭素骨格構築触媒反応を提示するものであり、博士(薬学)の授与に相当するものと判断した。

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