学位論文要旨



No 129495
著者(漢字) 近藤,健一
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,ケンイチ
標題(和) 対称Max-Plus代数と超離散sine-Gordon方程式
標題(洋) Symmetrized Max-Plus Algebra and Ultradiscrete sine-Gordon Equation
報告番号 129495
報告番号 甲29495
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第410号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 准教授 稲葉,寿
 東京大学 准教授 WILLOX,RALPH
 東京大学 准教授 坂井,秀隆
内容要旨 要旨を表示する

超離散可積分系とは独立変数はZ、従属変数はmax-plus代数R(max)=RU{-∞}に値をとる可積分系のことである。最も有名な超離散可積分系としては箱玉系[11]

があげられる。ここでSt+1n=Σ∞k=nΣtl=-∞Ulkを定義すると、Stnは

を満たすが、これは離散KdV方程式

から超離散化という極限操作によって得られることが知られている[12]。

R(max)には減算、あるいは負の要素が存在しないため、離散系において減算が存在する場合の超離散化が長らく問題となっている。これを解決するための手法もいくつか提案されているが、そのうち対称max-plas代数[10,1]uRを用いたものに注目する。uRは、N2からZを構i成するのとおよそ同様の手法によってR2(max)から構成される。uR上では線型代数が可能であり[10,1]、特にuR上の2×2行列を用いて超離散複素数uCを定義することが可能である。行列値関数を含む場合のuRを用いた超離散化は[3]においてまとめられており、これは次のように表される。すなわち、R上のN次行列に値をとる関数f,g,hが、超離散化によってuR上のN次行列に値をとる関数F,G,Hに移るとき、

および

が成り立つ。ここで⊕はR(max)におけるmax演算を拡張したもの、⊗は+演算を拡張したもの、▽は=を拡張したものに相当する。減算を含む場合の超離散化としては符号変数付超離散化[8]にも注目すべきであるが、uRを用いることによって同等の操作がより簡潔に可能となることが分かる。

離散sine-Gordon方程式[4,2]

は基本的なソリトン解に減算や複素数が含まれるため、長らく超離散化されてこなかった。近年、[5,6]によって超離散化が行われたが、そこではτmlのみを含む三重線型方程式を利用することで減算が避けられている。今回、本論文においては、uRを用いた超離散化を利用することによって新たに超離散sine-Gordon方程式

を導いた。ここで⊝は-演算の超離散版に相当し、また⊗の表記は省略されている。この方程式においては、方程式そのものの形だけではなく、(超離散)複素数を含む進行波解やkink-antikink解などについても離散sine-Gordon方程式との間に極めて明確な対応が見られることが分かる。

さて、ここ二十年ほどの間、非可換可積分系への注目が次第に高まっている。連続系については比較的古くから非可換系の存在が知られているようだが、離散系については非可換離散KP方程式によって近年おそらく初めてその存在が明らかにされた[9,7]。この流れを踏まえ、本論文においては非可換離散sine-Gordon方程式

を導いた。これは線型系の両立条件として得られ、非可換離散KP方程式を含む他の可積分系との関係も明らかにされる。また複数の単純な解から複雑な解を構成するDarboux変換を定義することによって、多重ソリトン解を導いた。最後に、uRを用いた超離散化によって非可換超離散sine-Gordon方程式

およびその1ソリトン解、2ソリトン解を導いた。これによって、可換および非可換の場合について、連続、離散、超離散の各sine-Gordon方程式が揃ったことになる。

[1] F. Baccelli, G. Cohen, G. J. Olsder, and J.-P. Quadrat. Synchronization and Linearity. Wiley, 1992.[2] E. Date, M. Jimbo, and T. Miwa. Method for generating discrete soliton equations. III. J. Phys. Soc. Jpn., 52:388-393, 1983.[3] B. De Schutter and B. De Moor. The QR decomposition and the singular value decomposition in the symmetrized max-plus algebra revisited. SIAM Review, 44(3):417-454, 2002.[4] R. Hirota. Nonlinear partial difference equations III; discrete sine-Gordon equation. J. Phys. Soc. Jpn., 43:2079-2086, 1977.[5] S. Isojima, M. Murata, A. Nobe, and J. Satsuma. An ultradiscretization of the sine-Gordon equation. Phys. Lett. A, 331:378-386, 2004.[6] S. Isojima and J. Satsuma. On oscillatory solutions of the ultradiscrete sine-Gordon equation. JSIAM Letters, 1:25-27, 2009.[7] K. Kondo. Sato-theoretic construction of solutions to noncommutative integrable systems. Phys. Lett. A, 375:488-492, 2011.[8] N. Mimura, S. Isojima, M. Murata, and J. Satsuma. Singularity confinement test for ultradiscrete equations with parity variables. J. Phys. A: Math. Theor., 42:315206, 2009.[9] J. J. C. Nimmo. On a non-Abelian Hirota-Miwa equation. J. Phys. A: Math. Gen., 39:5053-5065, 2006.[10] M. Plus. Linear systems in (max, +) algebra. In Proceedings of the 29th IEEE Conference on Decision and Control, pages 151-156, 1990.[11] D. Takahashi and J. Satsuma. A soliton cellular automaton. J. Phys. Soc. Jpn., 59:3514-3519, 1990.[12] T Tokihiro, D. Takahashi, J. Matsukidaira, and J. Satsuma. From soliton equations to integrable cellular automata through a limiting procedure. Phys. Rev. Lett., 76:3247-3250, 1996.
審査要旨 要旨を表示する

超離散化とは,差分方程式から極限操作によって区分線型方程式を構成する手法である.区分線型方程式は,整数あるいは適当な有限集合上の力学系とみることによって Cellular Automaton (CA) とみなすことができる.与えられた差分方程式が微分方程式のしたがって,超離散化とはもとの方程式の解の極限がCAの解を与え,通常は離散的な性質のために解くことが困難なCAの初期値問題や大域的な性質がわかる.この手法は基本的にはまずlogをとるため,ソリトン解のように解の符号が一定のものではうまくゆくが,解が強く振動するものや本質的に複素数のものではうまく行かないことが多い.Sine-Gordon方程式は通常の方法ではうまく行かない典型例である.そのため,正負の値を振動的にとる解に対する拡張された超離散化の手法が,オーストラリアのグループや,日本では早稲田大学,九州大学のグループなどから数多く提案されてきた.しかしながら,そのほとんどは限定的な結果であり,普遍性のある結果は,青山学院大学のグループの提案した符号付超離散化と呼ばれる手法だけである.この手法は,符号関数とstep関数をうまく用いた解析的な手法であり,超離散化の自然な拡張になっている.

これに対して,近藤氏は代数的な普遍性の高い手法を提案した.もともとの超離散化における極限操作は,系をMax-Plus代数で表現することに対応するが,近藤氏はこれを対称Max-Plus代数の上で表現すれば,こうした振動の問題が解決できることを見出した.対称Max-Plus代数は,Max-Plus代数にいくつかの新しい元と演算を加え拡張した代数であり,実数体などでは逆元の存在しないMax演算に,逆元の類似物を定義することにより,負の値に対するlog演算に相当する代数的な関係を得ることができる.さらにこの手法の重要な点は,複素数値解に対しても適用可能であることで,これは符号付超離散化の手法では取り扱いが難しい点である.

本論文では,この手法を振動解をもつsine-Gordon方程式に応用している.Sine-Gordon方程式は,その可積分な離散化さえかなり困難な系であり,解についても未解決の問題も多いが,本論文では,非自明な2ソリトン解などを構成した.その上で対称Max-Plus代数を用いた超離散化を行い,実際に,kink-antikink解など多くの特徴的な解を再現できるなど有用性を示した.

論文の後半では,ここ数年研究の進んできた可積分方程式系の非可換化の問題がこの系に対して考察されている.ここで,非可換化とは従属変数の非可換である.可積分方程式の非可換化は,J. C. Nimmo らによって,quasi-determinant を用いて,τ関数に対する双線形恒等式の形で取り扱われてきた.離散KP方程式やdKdV方程式に関しては,非可換方程式系に対するソリトン解などが議論されてきたが,離散sine-Gordon方程式については考えられてこなかった.本論文では,まず,線形なLax形式の両立条件を用いて,離散sine-Gordon方程式を連立方程式の形で非可換化し,非可換離散sine-Gordon方程式を導いた.この導出法により,この方程式と非可換離散KP方程式との関係も明らかになっている.その上で真空解と単純なソリトン解を具体的に構成し,単純な解からより複雑な解を作る一般的手法であるDarboux変換を非可換な場合に拡張し,多重ソリトン解を構成している.そして,非可換離散sine-Gordon方程式を,対称Max-Plus代数上で表現することで非可換超離散sine-Gordon方程式を導いた.超離散系に対して,具体的に非可換方程式を構成した最初の例である.その上で,この超離散系の1ソリトン解と2ソリトン解を具体的に構成することに成功している.

以上のように,超離散化を一般化する手法を構築し,さらに非可換な超離散方程式の最初の例を示したことは高く評価できる.よって,本論文提出者近藤健一は博士(数理科学) の学位を受けるに十分な資格があるものと認める.

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