学位論文要旨



No 129502
著者(漢字) 酈,欽龍
著者(英字) Li,Qinlong
著者(カナ) リ,チンロン
標題(和) 既約自由積C*環の核型性について
標題(洋) Nuclearity of reduced free product C*-algebras
報告番号 129502
報告番号 甲29502
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第417号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河東,泰之
 東京大学 教授 金井,雅彦
 東京大学 教授 小林,俊行
 東京大学 准教授 緒方,芳子
 東京大学 准教授 加藤,晃史
 京都大学 准教授 小澤,登高
内容要旨 要旨を表示する

作用素環論はHilbert空間上の有界線形作用素のなす自己共役な位相環を研究する分野である。考える位相により、C*環(ノルム位相)とvon Neumann環(弱位相)に分かれるが、本論文では主にC*環の方を取り扱った。作用素環とGNS忠実な状態の組(Ai,φi)がふたつ与えられたとき、その既約自由積

(A,φ)=(A1,φ1)*(A2,φ2)

を考えることができる。一般の確率論においてテンソル積が独立な系を記述する道具として基本的であるのと同様、自由積の研究はVoiculescuの自由確率論を始めとする量子確率論において中心的な役割を果たしている。ところが自由積の研究にはテンソル積の研究に現れない本質的な技術的困難が存在する。それは非従順性と呼ばれる類のものである。自由積環を構成する際に、性質が良い、あるいは性質が良く分かる環(Ai,φi)を使ったとしても、大抵の場合、生成される環はそれらの良い性質を受け継がない。例えば、離散群の既約群C*環に話を限れば、C*環の自由積は群の自由積のC*環に他ならないが、群の自由積G1*G2が従順性と呼ばれる良い性質を持つのは、G1とG2のいずれかが自明{1}であるときか、G1とG2の双方がZ/2Z(ほぼ自明)であるときに限ることが知られている。C*環論において群の従順性にあたる良い性質は核型性と呼ばれる。核型C*環は、有限次元的対象でよく近似できる扱いやすいクラスであり、C*環の分類理論等でもっとも活発に研究されている作用素環のクラスでもある。本論文では、いつ既約自由積C*環(A,φ)=(A1,φ1)*(A2,φ2)が核型となうかを調べ完全な解答を得た。定理.(A,φ)が核型であるためには以下の条件が必要十分。(Ai,φi)は双方とも核型かつ次のいずれかが成り立つ。(1)φ1とφ2のいずれかが純粋状態、(2)φ1とφ2の双方とも二つの同値でない純粋状態の凸結合として書かれる。

必要条件の証明は、von Neumann環論において先行するDykemaの定理に帰着する形で行った。vgn Neumann環論の定理においては、状態がGNS忠実より強い忠実であることを必要とするので、与えられた自由積とその遺伝的部分環の自由積をHilbert双加群により比較することによりこれを実行した。C*環、特に今回のように純粋状態を扱うときには状態の忠実性は強すぎる仮定であることを言い添えておく。十分性の証明は、(1)の場合に対するOzawaの証明を一般化することにより行った。定理の条件のもと得られる核型C*環の同型類は、Hilbert双加群を使ってある程度は記述できたが、完全には決定できていない。それはこれからの課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文において,論文提出者はC*環の自由積の核型性について研究を行った.

C*環の核型性は古くから研究されている極めて重要な条件で,様々な同値な言い換えがあるが,群の従順性と非常に関連の深い性質である。一方C*環の自由積,特にこの論文で考えている既約自由積は離散群の自由積と関係の深い構成法でこの20年くらいにわたって盛んに研究されている.これはVoiculescuの創始した自由確率論(非可換確率論の一種でランダム行列のと関係が深い)において重要な構成法である.

離散群の自由積については,「二つの離散群の自由積がいつ従順になるか」という古典的な問題があり,その必要十分条件は「片方が自明で他方が従順であるか,両方の位数が共に2である」という極めて限定的なものであることがよく知られている.

本論文ではこの問題の作用素環版を考察した.作用素環版とはすなわち,「二つの作用素環の自由積がいつ従順になるか」という問題であり,考える作用素環の種類により,von Neumann環版とC*環版の2種類がある,von Neumann環の場合はDykemaによる20年ほど前の結果があり,はっきりした答えが得られているが,その後C*環版の問題は極めて自然な問題であるにもかかわらず放置されて結果が得られていないままであった.本論文では論文提出者はこのC*環版の問題について取組み,決定的な解答を得たものである.

von Neumann環の場合もC*環の場合も「特別な場合以外にはめったに従順にならない」という種類の答えが得られるのだが,C*環の場合は既約自由積を考えるために状態を考える必要があり,その状態の凸分解を考えるところが難点である.

本論文ではこの技術的な難点を見事にクリアし,最終的な答えを得たものである.正確に言うと,問題は,二つのC*環と状態の組(A1,ψ1),(A2,ψ2)に対してその既約自由積(A1,ψ1)*(A2,ψ2)がいつ従順になるか,というものであり,本論文で与えられた答えは「両方のC*環A1,A2が従順であり,さらに,ψ1,ψ2の片方が純粋であるか,または両方が非同値な二つの純粋状態の凸結合である」というものである.これは答えを言われてみれば大変自然なものであるが,離散群の場合と比べると「位数が2」ということの対応条件が「状態が非同値な二つの純粋状態の凸結合である」になるということは簡単に思いつくことではない.また,状態について課している条件も「GNS表現が忠実である」という極めて弱い条件である.状態自体が忠実であるという強い条件を課すと様々な議論がだいぶ簡単になるのだが,本論文ではそのような強い仮定をつけていないことも優れた点である.

よって,論文提出者LI Qinlongは,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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