学位論文要旨



No 214765
著者(漢字) 大野,浩司
著者(英字)
著者(カナ) オオノ,コウジ
標題(和) 小平次元0の代数曲面の対数的極小退化におけるオイラー標数公式
標題(洋) The Euler Characteristic Formula for Logarithmic Minimal Degenerations of Surfaces with Kodaira Dimension Zero
報告番号 214765
報告番号 乙14765
学位授与日 2000.07.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第14765号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川又,雄二郎
 東京大学 教授 堀川,穎二
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 助教授 寺杣,友秀
 東京大学 助教授 小木曽,啓示
内容要旨 要旨を表示する

 2次元極小モデル理論に基いた小平氏による楕円曲線の退化の研究以後、曲面の退化の研究への高次元化の最初の試みとして、飯高、上野両氏による、主偏極アーベル曲面の第一種退化の研究が知られている。当時は3次元極小モデル理論は知られていなかったが、その後、KulikovやMorrison両氏は代数的K3曲面やEnriques曲面の半安定退化から、解析的なカテゴリーにおける相対的極小モデルの構成し、その特異ファイバーの分類に成功した。また、Morrison,Crauder両氏は同様な手法で非半安定の場合も考察したが、十分な結果は得られていない。射影的なカテゴリーにおいて、森、川又両氏による3次元極小モデル理論の確立がなされたが、半安定とは限らない、曲面の退化を考察するには、依然困難があった。非半安定退化を考える際、半安定還元を施して、得られた極小退化へ誘導される群作用を考えて、半安定の場合の結果に帰着させようとしても、一般には、そのような群作用は正則な作用ではない。これは3次元の極小モデルは曲面の時と異なり、一般に一意ではないという理由による。このような困難はReid氏によって、指摘されていた。しかしながら、Reid氏は飯高-川又-角田氏等によって開発された曲面の対数的極小モデル理論を援用し、楕円曲線のIV型の退化の例をとり、特異ファイバーの台を境界として、十分な特異点解消した後、対数的極小モデルをとると、得られた退化の特異ファイバーは半安定退化の場合に近い、良いふるまいをしていることに注意した。ここで、g:Y→Dを非特異な3次元複素解析的空間から、1次元複素円板〓への連結かつ射影的な正則写像で、〓上非特異とする。また、任意の〓に対して、〓は小平次元0の曲面、特異ファイバーg*(0)の台は各成分が非特異で、高々単純正規交叉しか特異点としてもたないとする。対数的3次元複素解析的空間(Y,g*(0)red)に近年、Shokurov氏により、完成された対数的3次元極小モデルプログラムをD上に相対的に適用する。これは、gが半安定のときは、通常の極小モデルプログラムを適用することと、同じことである。このようにして得られた新しい退化f:X→Dを小平次元0の曲面の対数的極小退化と呼ぶことにする。対数的極小退化は半安定還元から得られる極小退化に変換群が正則に作用すると仮定したときの商とほぼ同様の役割をもっている。〓とおいて、〓を既約分解とすると、各〓は正規で、成分の交わり方も正規交叉に近い性質をもつ。〓によってdifferentと呼ばれるQ-係数の境界〓が定まり、各既約成分の係数は〓の元であることがわかる。一般にこのようなQ-係数の境界を標準的境界という。以後〓と略記する。また対数的曲面〓は対数的末端的であり、対数的標準因子〓は数値的零である。このような対数的曲面の構造解明が、退化の研究に重要であるが、これらの対数的曲面は有界ではなく、従って、特異性も制御出来ないという困難に突き当たる。しかしながら、特異ファイバーの成分として現れる対数的曲面にはある種の制限が加わっていることを示しているのが、本論文の主定理の一つである、次のオイラー標数公式である。小平次元0の対数的極小退化f:X→Dの対数的標準因子〓は0にQ-線形同値であり・大域的に対数的標準被覆をとることによって、〓が0に線形同値(特に、Cartier)である場合に帰着されることに注意しておく。

 定理1. f:X→Dを小平次元0の代数曲面の対数的極小退化とし、〓はCartierであると仮定する。〓を既約分解とすると、〓に対し,次の式が成立する。

ここで、etop(Xt)は〓のオイラー数,〓は〓のオービフォールドオイラー数そして〓は点Pにおける対〓の特異点の計算可能な不変量である。

 次にここでいくつかの記法を導入しておく。

 Gを有限群、ρ:G→GL(3,C3)を忠実な表現とする。C3/(G,ρ)をρで定義されるGのC3への作用による商とする。但し、商写像C3→C3/(G,ρ)は余次元1で不分岐と仮定し、原点の像における特異点C3/(G,ρ)の局所基本群がGと同型となるようにしておく。正規複素解析的空間Xと被約なX上の因子Dとの対(X,D)が点p∈XにおいてV1(G,ρ)(resp. V2(G,ρ))型の特異点を持つとは、特異点の芽の間の解析的同型写像φ:(X,P)→(C3/(G,ρ),0)と方程式z=0(resp. xy=0)で定義されるC3内の超曲面H(但し、x,yzは(G,ρ)の作用において、半不変なC3の基底とする。)があって、D=φ*(H/(G,ρ))となるときをいう。特にGがσ∈Gを生成元とする巡回群で(ρ(σ)*x,ρ(σ)*y,ρ(σ)*z)=(ζax,ζby,ζcz)(但し、a,b,c∈Z,ζは1の原始r乗根でx,y,zはC3のある基底)であるときV1(G,ρ)(resp.V2(G,ρ))の代わりにV1(r;a,b,c)(resp.V2(r;a,b,c))と書くことにする。

 定理1の公式に現れるδpはQ-Gorenstein 3次元正規複素解析的孤立特異点の芽(X,p)とpを通る被約なX上の因子Sとの対(X,S)が標準的特異点しか持たないときに対(X,S)に対して定義され、次の性質を持つ。

 命題. 不等式δp(X,S)≧0が成立する。また、δp(X,S)=0であるためには、点p∈S⊂Xにおいて、(X,S)がV1(r;a,-a,1)型の特異点のみを持つことが必要十分である(但し、(r,a)=1)。

 定理1に命題とBogomolov-Miyaoka-Yau型不等式を用いると、系として次が得られる。

 系. t∈D*に対して、etop(Xt)=0、即ち、Xtはアーベル曲面か、または超楕円曲面と仮定する。このとき、任意のiに対して〓が成立し、任意の点〓において、(X,Θ)はV1(r;a,-a,1)型の特異点しか持たない(但し、(r,a)=1)。

 上記の結果の応用を論じる前にI型、II型そしてIII型と呼ばれる退化の型を定義しておく。即ち、小平次元0の対数的極小退化f:X→Dの特異ファイバーは大まかに次の3つの型に分かれる。

 I:Θは〓なる成分Θiを持つ

 II:Θは〓かつ〓なる成分Θiを持つ

 III:Θは〓 and 〓なる成分Θiを持つ

 但し、ここで、〓はΔi被約部分を表し、〓は〓の正規化を表すものとする。

 定理1の系の応用として、本論文の第二の主定理である次の定理が示される。

 定理2.f:X→Dをアーベル曲面か、または超楕円曲面の対数的極小退化とする。任意の点p∈Θ⊂Xにおける(X,Θ))の特異点の型は次のいずれかである。

 (0)点p∈Xにおいて、Xは非特異かつΘは高々、正規交叉特異点しか持たない。

 (1)(X,Θ)は点p∈Xにおいて、V2(r;a,b,1)型特異点しか持たない(但し、r∈N,a,b∈Zで、(r,a,b)=1)。

 (2)(X,Θ)は点p∈Xにおいて、V1(G,ρ)型特異点しか持たない。

 さらに詳しく、fがII型ならば、(1)において、r=2,3,4または6で、(2)において、〓または、〓(但し,n=2,3,4または6)。Θの双対グラフは直線的鎖か、サイクルである。さらに、3次元正規複素解析的空間XμへのD上の射影的正則写像ψ:X→Xμがあって、誘因された退化fμ:Xμ→Dに関して、〓かつfμ*(0)=mΘμ(但し、Θμ:=ψ*Θ,m∈N)。さらに、(Xμ,Θμ)の特異点の可能な型とΘμの双対グラフは変わらない(しかしながら、特異ファイバーの既約成分の正規性は保たれない可能性はある)。また、fがIII型ならば、(1)において、r=2であり、(2)は次の3つの型に還元される。

(III-2.1)(X,Θ)は点p∈Xにおいて、V1(r;a,-a,1)型特異点しか持たない(但し、r=2,3,4または6で、かつ(r,a)=1)。

(III-2.2)(X,Θ)は点p∈Xにおいて、V1(2;1,0,1)型特異点しか持たない。

(IIL2.3)(X,Θ)は点p∈Xにおいて、V1(G,ρ)型特異点しか持たない。但し、〓であり、{σ,τ}をGの生成元とすると、特に、fがIII型ならば、Xは標準特異点しか持たない。

審査要旨 要旨を表示する

 論文提出者大野浩司は,小平次元が0であるような代数曲面の1パラメーター族を研究した.これは,小平邦彦氏による楕円曲面,すなわち楕円曲線の1パラメーター族の理論の高次元化を目指したものである.楕円曲面論は曲面論の重要な1章であり,その高次元化は必然的である.

 大野氏は次のような設定から出発した.滑らかな3次元代数多様体Xから滑らかな代数曲線Cへの全射射影的正則写像f:X→Cで,一般ファイバーXtの小平次元が0であるようなものを考える.このとき,Xtは次のいずれかの代数曲面(Xtの極小モデル)と双有理同値になることが知られている:κ3曲面,アーベル曲面,エンリケス曲面,または超楕円曲面.

 従来の手法では,XにC上相対的な極小モデルプログラムを適用し,極小族f':X'→Cを作り,これを研究した.X'はQ-分解的な末端特異点のみを持つ3次元多様体で,f'の一般ファイバーXt'はXtの極小モデルと一致する.小平曲面論ではf'のファイバーを考察したが,3次元ではこれは複雑すぎる.

 そこで,大野氏はその代わりとして対数的極小モデルを考えることにした.fが滑らかな射にならないようなX点のfによる像全体のなす集合をΣとおく.Σは0の有限集合であり,t∈Σに対するスキーム論的ファイバーXt=f-1(t)は特異ファイバーと呼ばれる.B=f-1(Σ)redとおき,対(X,B)にC上相対的な対数的極小モデルプログラムを適用すると,対(X'',B'')と対数的極小族f'':X''→Cを得る.ここで,X''はQ-分解的であり,対(X'',β'')は弱対数的末端特異点のみを持つ.f''にはまだ余分な例外因子があり得るので,これらをつぶすとさらに有用なモデルを得る.すなわち,対数的極小モデルプログラムを工夫して使うと,対(X''',B''')と対数的強極小族f''':X'''→Cを得る.ここで,X'''はQ-分解的であり,対(X''',B''')は対数的標準特異点のみを持ち,特異ファイバーf'''-1(t)(t∈Σ)の各既約因子は同じ重複度を持つようにできる.f'''の一般ファイバーはもちろんXt'と同じである.

 まず,大野氏は対数的極小族f'':X''→Cの特異ファイバー上の各点pに対して,計算可能な不変量δp(X'',S)を定義した.ここで,Sはpを通る特異ファイバーの既約成分である.この量は次の性質を持つ:

命題1. 不等式δp(X'',S)≧0が成り立つ.さらに,等号は,X''がpにおいてC3/Zr(a,-a,1)型の商特異点を持ち,商特異点としての解析的局所座標においてSが座標平面の像になっている場合に限って成り立つ.

 この論文の主要結果は以下の定理である.

定理2. KX''+B''がカルティエ因子であるならば,任意の特異ファイバー〓に対して,次の公式が成立する:

応用として大野氏は次の結果を得た.

定理3. 一般ファイバーがアーベル曲面かまたは超楕円曲面であるならば,X''は高々商特異点のみを持つ.

 これらの結果はファイバー構造を持つようなカラビヤウ多様体の研究に重要な手段を提供する.

 よって,論文提出者大野浩司は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42813