学位論文要旨



No 214872
著者(漢字) 柿市,良明
著者(英字)
著者(カナ) カキイチ,ヨシアキ
標題(和) リー代数及びリースーパー代数の構成
標題(洋) CONSTRUCTION OF LIE ALGEBRAS AND LIE SUPERALGEBRAS
報告番号 214872
報告番号 乙14872
学位授与日 2000.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第14872号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 落合,卓四郎
 東京大学 助教授 松本,久義
 東京大学 助教授 小林,俊行
 東京大学 助教授 寺田,至
内容要旨 要旨を表示する

 既知の代数系から,リー代数及びリースーパー代数を構成し,その構造論を明らかにしようというのが本論文の目的である。ここで,既知の代数系とは,例えばジョルダン代数(この場合は,ある弱い意味での結合則が成り立っている)のように,必ずしも結合則(xy)z=x(yz)をみたさない代数,即ち,非結合代数,及び,ジョルダン三項系やリー三項系等の三項系(普通は,2個の要素の積zxが定まっているが,この場合は,3個の要素x,y,zで始めて積{xyz}が定まる)のような代数系が,主な研究対象となっている。

 ジョルダン代数は,はじめは,量子力学を代数的に定式化するために導入されたが,その後,実解析学,複素解析学,リー代数論,代数群論,幾何学及び数理物理学等の発展に非常に有効な寄与をなしてきた。

 三項系は,はじめはリー代数〓の中で,その積を[a,b]とすると,三個の積[a,[b,c]]で閉じている代数系の研究として発足したが,その後,ジョルダン代数のある種の一般化としてのジョルダン三項系,また,対称空間の接代数としてのリー三項系(幾何学的に云えば,対称空間の接代数では,2個の積は,その接平面の外に出てしまっているが,3個の要素の積ではじめて,またその接平面上に入っているという事実を示している)等が代表的なものであった。更にその後,例外型リー代数論及び幾何学との関連から,一般化されたジョルダン三項系が研究され,これにより,一般のn次の次数付きリー代数が得られることが,カントールによって示された。また,フロイデンタールの例外型リー代数論及び幾何学の研究の流れから生じた三項系があり,上記二つを併せて(但し,一般化されたジョルダン三項系は2次の場合として)フロイデンタール・カントール三項系が生まれた。これらの三項系達が,本論文でリー代数及びリースーパー代数を構成するために非常な有効性を発揮した。

 標数0の代数閉体(この語は以下で時々略す)上の有限次元単純リー代数論は,古典型Al,Bl,Cl,Dlの場合は,一般に知られていたが,例外型G2,F4,E6,E7,E8の場合は,以前はあまり統一的研究は少なく,また,幾何学や,数理物理学への応用の研究も,後の時代になってから発展してきた。本論文は,上記の既知の代数系から,例外型のリー代数を構成しよう,また,できれば,古典型,例外型を両方併せて構成する事により,その構造を,ある程度統一的に研究しようという目的でなされた成果である。しかも,この研究方法で更に,リー代数の次数付き一般化として,MITのKacによって導入されたリースーパー代数をも構成することが,代数的意義,幾何学との関連,更に数理物理学との関係で非常に重要な意味をもってくる。ここで,一言述べておきたいことは,リー代数に次数を付けて一般化しようとすると,自然に生じて来るのは,次数付きリー代数ではなく,リースーパー代数であるという事を強調しておきたい。

 本論文で第一章では,先ず,浅野氏及び山口氏の共同研究で,シンプレクティック三項系(構造論的には,程んどリー代数的である)から,A1型以外の有限次元単純リー代数を全て構成した。一方,私と常に研究の連絡をとってきた,アリソン及びハインは,ジョルダン代数と,三項系を考え,そのジョルダン代数の,その三項系の上での特殊表現を用いて,上記有限次元単純リー代数をすべて構成した。しかも,上記の両方の構成は幾何学と深く関わっている。本論文は,両方の構成法を詳細に研究し比較した結果,浅野・山口の構成は,アリソン・ハインの構成の特別な場合になっている事実を,具体的に同型対応を明示することにより,明らかにした。

 第二章では,ある結合的三項系Wと,一般化されたジョルダン三項系〓とのテンソル積〓がまた一般化されたジョルダン三項系になっており,これに新たな積を導入して,リー三項系を作り,それのジャコブソンの意味での標準埋め込みで,リー代数を構成した。上記で,Wが2次元のときは,〓という直和を考えていることと同じである。また,この本論文で,浅野・山口の構成との関連性も明確に示してある。

 上記に用いられた三項系達のキリング形式等を明確に導き出し,また,三項系達のイデアル論を用いて,構成されたリー代数のイデアルを研究することにより,どのような三項系から,単純なリー代数を求められるか,その方法を明らかにした。

 第三章では,上記第二章の理論をすべて次数を付けて一般化することにより,リースーパー代数を構成した。この理論体系は,程んどすべてが,第二章の次数付きの一般化になっているが,この章でも,明らかに,リー代数の自然な次数付き一般化は,次数付きリー代数ではなく,リースーパー代数であるという私の考えが,実例を通して明示されている。

 第四章では,ある結合的三項系Wと,フロイデンタール・カントール三項系U(ε,δ)(但し,ε=±1,δ=±1であって,ε=+1のとき,フロイデンタールの流れ,ε=-1のとき,カントールの流れ)とのテンソル積〓がまた再び,フロイデンタール・カントール三項系になっており,直和〓がリー三項系になっていることを示し,これの標準埋め込みとして,リー代数及びリースーパー代数を構成することができた。次の第3節では,上記フロイデンタール・カントール三項系U(ε,δ)及び,それの自己準同型写像:(ここで,α,δ∈W,x,y∈U(ε,δ)である)で生成されるジョルダン三項系3とを用いて,それらの直和空間が,自然な二項積と三項積に関して,リー三項代数(既約等質空間の接代数)及び,リースーパー三項代数になることを示し,それらの標準埋め込みとして,リー代数及びリースーパー代数を構成することができた。ここには,幾何学的意味もある。更に,この章の最後のセクションで,ある積の結合的三項系を二つA1,A2を用い,先のフロイデンタール・カントール三項系U(ε,δ)とのテンソル積〓が,自然に再びフロイデンタール・カントール三項系になる事を示し,それを用いて,リー三項系を作り,それの標準埋め込みとしてリー代数及びリースーパー代数を構成することができた。この章の三通りの構成もすべて幾何学及び数理物理学等と深く関連している。

 第五章では,既約等質空間の接代数としてのリー三項代数の性質を充分研究し,その構造論を用いてリー代数及びリースーパー代数を構成した。この代数系は,リー代数の一般化であり,また,リー三項系の一般化にもなっている構造をもっている。この章で,先ずはじめは,このリー三項代数の「対」から,その代数系の微分を上手に用いることにより,新たにリー三項代数を構成し,その構造論を示した。ついで,このリー三項代数に次数を付けて一般化した代数系(本論文中ではLSTAと略記してある)を作ると,この代数系の微分全体が自然にリースーパー代数になっていることがわかる。更に,上記代数系(LSTA)の標準埋め込みとして,ごく自然にリースーパー代数を得ることができる。上記の代数系はすべて,数学的構造から云っても相互に綿密な関連性をもっており,その構成過程である理論及び構造的関連性は,つぎに示したダイアグラムに本質的に明確になっている:

審査要旨 要旨を表示する

 単純リー群やリー環の研究は、Lie, Killing, E.Cartan によって始まり、KleinやRiemannによる幾何の研究とも結びついて発展した。現在では数学の各分野での基礎的な構造を提供している。標数が0の代数閉体上の単純リー群および単純リー環の分類は、E.Cartanによってなされたが、その後はCartan代数やルート系を用いる手法が整備され、それによって単純Lie環の構造を論じ、表現を研究する方法が主流になって今日に至っている。

 一方、有限個の例外型のLie環、あるいはリー環をより一般化したリー・スーパー代数は、数学の他の分野や数理物理に重要性を持って現れて注目されており、これらを他の数学概念と結びつけて自然に構成することはことは極めて意義のあることと考えられる。

 例外型単純Lie環に対しては、N.Jacobson, R.D.Schafer, H.Freudental, I.L.Kantorによってジョルダン代数を用いて、その構成と表現の研究がなされた。これらの結果は、具体的に例外型Lie環やLie群を扱う研究に役立ってきた。

 ジョルダン代数は結合則を満たさない代数であるが、論文提出者柿市は、それを一般化したジョルダン三項系やリー三項系などの三項系、すなわち、2つの要素でなく3つの要素から積として一つの要素が定まる代数を考察し、それをもとに例外型を含むすべての単純リー代数やリー・スーパー代数の統一的な構成の研究を行った。さらに、各種三項系やその間の関係も明らかにした。対称空間の接空間は自然にリー三項系となることから分かるように、構成は幾何学とも深く関わっている。

 浅野・山口によってシンプレクティック三項系からA1以外の有限次元単純リー環すべてが構成されることが示されていた。またAllisonやHeinによってジョルダン代数のある三項系の上での特殊表現からの単純リー環の構成があった。提出論文の第一章では、両者の構成の関係を、具体的に同型対応を与えることによって明らかにし、前者が後者の特別の場合と見なせることを示した。

 第二章ではある結合的三項系と一般化されたジョルダン三項系とのテンソル積にリー三縣の構造を入れ、Jacobsonの意味での標準埋め込みによってリー代数を構成した。この構成ではキリング形式を具体的に書き下すことができ、さらに三項系のイデアルを調べることにより、どのような三項系からどのようなリー代数が構成できるかを調べる方法を与えた。また最初の構成法との関係も明らかにした。第三章では、上記の理論をすべて次数をつけて一般化することによって、リー・スーパー代数を構成した。

 さらに第四章では、Freudenthalの三項系とKantorの三項系を含む三項系を導入して、第二章のようなテンソル積を考察し、それからリー代数やリー・スーパー代数が複数の方法で自然に構成できることを示した。

 具体的には、まず、このテンソル積にFreudenthal-Kantorの三項系の構造が入ることを示して、それの2個の直和にリー三項系の構造を入れたものからの標準埋め込みによる構成。さらに、Freudenthal-Kantorの三項系とそれの自己準同型写像から生成されるジョルダン三項系との直和に、より一般のリー三項代数やリー・スーパー三項代数の構造が入ることを示し、それの標準埋め込みからの構成。また、ある種の結合的三項系2つとFreudenthal-Kantorの三項系とのテンソル積から構成したものからの標準埋め込み、と三通りの方法で、それぞれ、リー代数およびリー・スーパー代数を構成した。

 最後の章では、簡約等質空間の接代数としてのリー三項代数の性質を研究し、その構造論を用いての構成を行った。次数付きのリー三項代数系は、その微分の全体がリー・スーパー代数となることが示され、また、この代数系の標準埋め込みとして自然にリー・スーパー代数を構成した。

 論文提出者柿市は、三項系という既知の代数系からリー代数やリー・スーパー代数を構成する各種の方法を与え、さらに、三項系相互の関連を明らかにした。具体的な例外型リー環やリー・スーパー代数が現れる今後の他方面の研究にも役立つと期待される。

 よって、論文提出者柿市良明は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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