No | 215142 | |
著者(漢字) | 守田,佳史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | モリタ,ヨシフミ | |
標題(和) | 2次元系における乱れによる臨界現象 | |
標題(洋) | Disordered Criticality in Two Dimensions | |
報告番号 | 215142 | |
報告番号 | 乙15142 | |
学位授与日 | 2001.09.17 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 第15142号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 2次元量子系に於ける臨界現象は、現代の凝縮系物理学の最も興味深い対象のひとつである。例えば、強磁場下2次元電子系(量子ホール系)では、プラトー転移という顕著な臨界現象がおこる。古典的な臨界現象では、温度を変えていったときの物理量の特異性が議論された。しかし、量子ホール系などでは、絶対零度でも、系の量子ゆらぎの効果で臨界現象が生じることが知られている(量子臨界現象)。この論文では、2次元系において、系の乱れが電子系にひきおこす臨界現象を議論する。 乱れの強さを変えたときに電子系に生じる臨界現象は、アンダーソン局在とよばれ、長い研究の歴史がある。具体的には、金属の不純物濃度を連続的に変化させたとき、電気伝導度が非解析的に消失する現象などをさす。1979年にE.Abrahamsら(AALR)は、その問題にくりこみ群の考え方を適用した。それによると、いくつかの仮定を認めれば、d=2で β(g)=dlng/dlnL<0 がみちびける。これはL→∞でg=0を意味するので、2次元系において常に電子の拡散がない(絶縁体)という主張にたどりつく。 この論文の第2章では、2次元量子系であるにもかかわらず、対称性の効果にみちびかれ、乱れによる臨界現象が電子系に生じる新しい模型を議論する。 まず、具体的な問題に移る前に、一般的な観点から問題を議論する。第2章で議論の中心となるリンク上にのみ乱れがある模型のクラスを考える。さらに対応する格子が副格子構造をもつ場合(例えば正方格子)、その一族をカイラルクラスと呼ぶことにする。カイラルクラスでは、乱れがある場合でも がある行列γに対して成立する。したがって、エネルギーEをもった状態ψに対応して、エネルギー-Eの状態γψが存在する。つまり、エネルギーEと-Eが必ずペアをくみ、結果E=0が特別な役割をになう可能性がでてくるのに注意する。 さてここで、第2章で議論する具体的な模型を説明する。2次元t-J模型の低エネルギー有効理論と関連して、各単位格子を貫く磁場の平均値を時間反転対称性を破らないπにとる模型(πフラックス模型)がI.AffleckとJ.B.Marstonにより1988年に提案された。第2章では、この模型における乱れの効果を調べる。なお乱れがない場合は、そのE=0近傍の励起はDirac fermionとなり、d波超伝導、量子Hall効果のプラトー転移との関わりも密接である。このようなことを踏まえつつ、我々は基礎的な興味から、 は単位格子を貫く磁場がπになるようにとる。wijは、[-W,W]から一様乱数として選ぶ)というカイラルクラスに属する模型の研究をおこなった。なお、比較のためカイラルクラスに属さない は単位格子を貫く磁場がπになるようにとる。Viは、[-W,W]から一様乱数としてえらぶ)も調べた。数値的に系を対角化し、データを数千から一万ぐらいまでの異なった乱れの配置に対して平均化した。まず、状態密度に関する結果から述べる。乱れがない場合はρ(E)〜|E|だが、乱れによってρ(E)〜|E|αでフィットできる領域が、E=0近傍から、ひろいエネルギースケールにわたって存在するのが見い出された。一方、カイラルクラスに属さない場合はそのような非解析的な振る舞いは見られない。さらに我々は、Thouless数に関してスケーリングが成立することに注目し、前者の場合E=0で臨界現象がおこり、後者はすべての状態が局在していることを確認した。時間反転対称性も、スピン空間における回転対称性も保たれているにもかかわらず、カイラルクラスに属することから2次元系における乱れによる臨界現象生じることは著しい。これから示唆されるように、カイラルクラスはアンダーソン局在の新しい分類に属することが現在では確立している。 量子ホール系における乱れの効果は、いままでの議論とは異なる一面をもった興味深い問題である。量子ホール系における乱れの効果のうち、ホール伝導度σxyが有限の整数に量子化された状況から、0にどのように変化するかは、重要な問題である。その際、Kivelsonらの主張として次の選択則がある。 この選択則はきわめて簡明だが、相図の大域的構造を決める内容がある。量子ホール系における乱れの効果、相図の大域的構造は、現在でも進展中のこみいった問題である。この論文の第3章の前半では、不純物ポテンシャルをふくむ一様磁場下の格子fermion系を例にとって、ホール伝導度σxyが有限の整数に量子化された状況から、0にどのように変化するかを議論した。D. J. Thoulessらが見い出したようにホール伝導度はトーラス(より正確にはU(1)ファイバーバンドル)の位相不変量であらわされるので、摂動に対して安定であることが従う。そのため、ホール伝導度が変化するためには、トーラスに特異点があらわれることが予想される。その特異点近傍に注目すると自然にDirac fermionがあらわれる。このDirac fermionを分析することによって上述の選択則に対応することが導ける。この議論は広がりのある内容をもち、第3章の後半で議論するように、超伝導においても位相不変量が定義でき、同様な現象が生じる。ただし、選択則は、超伝導固有の対称性を反映して異なることを詳細に議論した。このことは量子ホール系と超伝導の密接な関係を示唆する。実際、それは双対性として定式化される。その応用として、磁場下のd波超伝導の準粒子構造に関する議論も最後に行った。 | |
審査要旨 | 本論文は4章からなり、1章は序、2章は不規則性が存在するディラック・フェルミオン系、3章は量子ホール系におけるプラトー転移、4章は結論を述べている。 物性物理学において、量子相転移は最も興味深いテーマのひとつである。量子相転移とは、古典系でよく見られる温度により駆動される転移ではなく、絶対零度において量子系が、何らかのパラメータを変えた際に相転移を起こす現象である。臨界現象が量子揺らぎにより支配されるのが興味の焦点である。不規則性が存在する系における波動関数の局在・非局在転移は、量子相転移の典型例であり、未だに理論的興味を放ち続けるテーマである。 一方、2次元空間における量子臨界現象には特に興味がもたれる。2次元というのは特別な次元であり、これは量子ホール効果という現代の物性物理学の大きな分野をなす現象が現れる舞台でもある。量子ホール効果は、強磁場中に置いた2次元電子系であり、この系ではホール伝導度が量子化されている。このため、電子密度などを変えると、系の状態が一つのホール伝導度量子化状態から別の量子化状態に転移し、これはホール伝導度をプロットすると階段状に振る舞う際に、一つの段から別の段への遷移に対応するので、プラトー転移と呼ばれることがある。本学位論文は、2次元系において不規則性がひきおこす量子臨界現象を、量子ホール系および関連する系に対して、主に数値計算の結果に基づいて理論的に議論したものである。 不規則性の強さを変えたときに電子系に生じる臨界現象は、一般にAnderson局在とよばれ、1950年代に理論的に提案されて以来、実験・理論の長い研究の歴史がある。実験的には、半導体の不純物濃度を変化させたときに、電気伝導度が或る指数をもった冪関数のように消失することが観測されている。その後、1979年にAbrahamsらは、繰り込み群の考え方を適用して、明快な予言を行った。これによると、簡単な仮定の元で、2次元では金属は存在しない(つまり、2次元不規則系は、系のサイズを十分大きくしたり、温度を十分低くすると、どんなに不規則性が弱くても必ず絶縁体になってしまう)という著しい主張にたどりつく。 これは一般論であり、実際実験的にも2次元系とみなせる系でこれが確認されている。これに対し、本論文の第2章では、2次元系であっても、或る特別な対称性が存在すれば、この効果のために絶縁化をまぬがれ、臨界現象が生じる新しい模型が議論されている。本学位論文においては、具体的に、物性物理学でよく用いられる、tight-binding模型(原子軌道の間を電子が飛び移る模型)を採用し、正方格子上のこの模型において、各四角形に磁束量子(の半分)が通っている模型である。格子定数が原子スケールであるとすると、これを実現するには非現実的に強い磁場が必要であるが、高温超伝導の関連で以前に提案された模型の一つ(1988年にAffleckとMarstonにより提案された)と関連があることや、この模型のバンド分散が質量ゼロのDirac粒子と同じなので、2次元Dirac粒子系とみなせる、などの点があるので、理論的には興味がもたれる。この模型は、たまたま、或る種の電子正孔変換(ゲージ変換の一種)に対して不変(カイラル対称性と呼ばれることがある)。このため、或るエネルギーEをもった固有状態が存在すると、必ず−Eの状態も存在することが言え、E=0が特別な役割をになう可能性がでてくる。 第2章では、このような模型に不規則性を導入したものに対して、有限系のハミルトニアンを数値的に対角化し、固有値および固有関数を求めた。これにより、先ず状態密度にρ(E)〜|E|αのような冪的な特異性をもつ以上がE=0近傍に存在することが見い出された。さらに、Thouless数と呼ばれる局在性を評価する方法を用いて、E=0で非局在化に対応する臨界現象が起きることを見出した。普通の系では、Anderson局在は、唯3種類のユニバーサリティー・クラス(普遍的な分類;ここでは無磁場、磁場下、スピン・軌道相互作用系にそれぞれ対応)しかないことが知られていたが、本論文では、特別な対称性を仮定したためとはいえ、新しいクラスが見つかったことになる。 一方、量子ホール効果は1980年に発見され、その直後から、この系における不規則性による局在と量子化との関連に対する理論がAoki-Ando等により提案された。ここでは、不規則性があるにもかかわらず、というより正に不規則性の為に、ホール伝導度σxyが有限の整数に量子化された階段関数になるので、その段の境目の量子相転移は、直ちに重要な問題となる。段は普通は1段づつ変わる、という選択則をもち、これは2次元連続系や格子系の或るものについては知られている。 しかし、量子ホール系における不規則性の効果を含んだ相図の大域的構造は、現在でも進展中の難問であり、複合粒子理論を用いた大域的相図の提案もあるが、よく分かっていない。本論文の第3章の前半では、不純物ポテンシャルをもつ一様磁場下の格子上のフェルミオン系に対して、ホール伝導度σxyが有限の整数に量子化された状況から、不規則性を増やすにしたがってどのように変化するかが議論された。Thoulessらが見い出したように、ホール伝導度は或る種のトポロジカル不変量であらわされるので、ホール伝導度は滑らかに変化することはできず、必ず不連続変化(特異点)が現れることが予想される。この特異点近傍は、実効的にDirac粒子の模型で記述することができ、これからも上述の選択則が導ける。この議論は、第2章とも関連するとともに、第3章の後半で議論されるように、超伝導においても位相不変量が定義でき、d波超伝導と呼ばれる異方的なペアリングを伴う超伝導においても類似の現象が生じることが知られている。第3章の後半では、選択則は超伝導固有の対称性を反映することが指摘され、量子ホール系と超伝導が、形式的には関係することも示唆され、それが双対性として定式化された。その応用として、磁場下のd波超伝導の準粒子構造に関する議論も最後に行われた。 以上のように、本学位論文で新に得られた知見は、量子ホール効果における転移に対する理解が、Dirac粒子系や異方的超伝導体との形式的関連という広がりも含めて、深まったことである。局在の新しいユニバーサリティー・クラスが分かったこと、トポロジカル不変量存在下での量子臨界現象など、興味深い点であり、多様な発展性も暗示している。 なお、本論文の一部は初貝安弘、石橋和洋各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究したものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、審査員全員により、博士(理学)を授与できると認める。 | |
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