学位論文要旨



No 215212
著者(漢字) 滝口,孝志
著者(英字)
著者(カナ) タキグチ,タカシ
標題(和) 超局所解析と逆問題
標題(洋) Microlocal Analysis and Inverse Problems
報告番号 215212
報告番号 乙15212
学位授与日 2001.12.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第15212号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 助教授 山本,昌宏
 東京大学 助教授 平地,健吾
 お茶の水女子大学 教授 金子,晃
内容要旨 要旨を表示する

 近年、様々な分野への応用という観点から逆問題の研究が盛んに行われているが、本論文では、特に超局所解析的手法を用いた逆問題について研究した。本論文は三部から構成されている。

 第一部ではRadon変換の外部問題の一意可解性について研究した。Helgasonの台定理により、この問題の一意可解性が成立するためには、函数が大域的に急減少していることが必要十分であることが知られているが、我々はこの急減少の条件を開錐に制限し、Helgasonの定理の一般化を行った。最初にこの一般化を試みたのはJ.Bomanで、彼は以下のような主張をした。

主張.f∈C(Rn\K)、KをRnのコンパクト凸集合、ΓをRnの開錐、KΓ:=∩x∈K(x+(Γ∪(−Γ)))とせよ。このとき、

(I.3) f decays enough at infinity to be integrable on hyperplanes

であるならば、KΓでf(x)=0である。

 ところが、条件(I.3)は十分でなく、この主張は正しくない。第一部の目的は二つあり、最初の目的は上の主張が正しくないことを反例を構成することにより示すことである。

定理I.1. (I.1),(I.2),(I.3)をみたすf〓0なる解析関数が存在する。

 この反例はφ(z) : =iz2−iとし、

を整函数により

なる領域で近似することにより得られる。

 第一部のもう一つの目的は、条件(I.3)を正しい条件で置き換え、Helgasonの台定理の一般化を証明することである。

定理I.2. f∈C(Rn\K)、KをRnのコンパクト凸集合、ΓをRnの開錐とする。fが(I.2),

をみたすならば、K〓でf(x)=0である。ここで〓はΓの凸包である。

 (I.5)が(I.3)に代わる正しい十分条件であり、この条件は定理I.2の証明中重要な役割を果たす。この定理の証明では、RnをSnに埋め込み、Rn上の函数fをSn上の函数Fに変換するが、(I.5)によりf無限遠で滑らかであることがいえ、その結果、Fが{Sn+1=0}で滑らかであることがいえる。この事実と、解析パラメータをもつ分布の一意性、Holmgrenの一意性定理により定理I.2がいえる。

 Radon変換の大域的一意性については、f∈L1が十分であり、Rf(ξ)が任意のξについて絶対収束するだけでは十分でないことが知られており、我々の反例もこのことを示している。外部問題の一意可解性について、同じような状況が生じていることは興味深い。(I.5)は条件f∈L1の局所化ともいえ、定理I.2では、錐ΓではHelgasonの台定理同様に急減少条件を錐の外では大域的一意性の十分条件と同じ減少の条件を課しているといえる。

 第二部では量子力学系における二体散乱問題の逆問題について研究した。configuration spaceにおいて適当な初期状態φ0(x)>0を固定し、粒子を速度vで加速する。|v|→∞とした高速状態における散乱lim|v|→∞Sφvの観測からポテンシャルを復元するという問題を考える。この問題の一意可解性はV.EnssとR.Wederによって得られているが、我々は次の復元公式を示した。

定理II.1.Vを短距離型ポテンシャルとし、あるK>0に対し

が成立すると仮定する。ここでX(|x|〓R)は{|x|〓R}の特性関数である。このとき、α〓1−nに対し緩増加分布の意味で以下が成立する。

ここでP#はadjoint X-ray transformであり、IαはorderαのRiesz potentialである。

 この復元公式に必要なデータは、Radon変換の復元に必要なデータと同じ量であり、散乱作用素Sそのものを知る必要はない。この結果はポテンシャルの復元において、既存の結果よりも復元に必要なデータを減らしているといえる。

 ポテンシャルの台がコンパクトであるとき、定理II.1は緩増加分布の意味のみでなく、L2の意味でも成立する。これらの証明のアイデアは高速状態lim|υ|→∞SφυをポテンシャルのX線変換により

と表すことである。ここで〓 : =υ/|υ|である。この表現はEnss-Wederによってポテンシャルの一意可解性を示すために示されたが、彼らは(II.2)を緩増加分布よりももっと弱い意味で示しており、我々は(II.1)の仮定の下で(II.2)を緩増加超分布の意味で示した。(II.1)はEnss-Wederの仮定より少し強いが、両者の差はとても小さい。Enss-Wederの仮定をみたすほとんどのポテンシャルが(II.1)をみたす。さらに我々はポテンシャルの台がコンパクトであるとき、(II.2)がL2で成立することも示した。これら(II.2)の意味の拡張が、定理II.1とそのL2への拡張を示す上で本質的な役割を果たした。定理II.1のL2への拡張については、L2におけるX線変換の反転公式を示し、それを応用した。

 第二部ではポテンシャルの近似についても議論した。ここではポテンシャルの台はコンパクトであると仮定した。適当な初期状態φ0(x)>0 for |x|〓2を固定し、観測によって得られる小さい誤差を含んだ散乱のデータからL2において元のポテンシャルに十分近い近似ポテンシャルを構成した。その方法はX線変換のMoore-Penrose inverseを用いて新しいX線変換の正則化法を与え、この正則化を近似ポテンシャルの構成に応用するというものである。

定理II.2.ρ<1かつsuppV⊂{|x|〓ρ}、また十分大なvに対し

とする。ここでe(x,v)は小さな誤差である。このときP〓Gは正則解であり

をみたす。ここでP〓GはポテンシャルのX線変換PV=GのMoore-Penrose inverseであり、Ωn:={|x|〓1}、εはeと次元nのみに依存する小さな定数である。

 第三部では、波動方程式のある過剰決定初期値問題の一意可解性について研究した。Δを〓n,(n〓2)上のLaplacianとし、

なる初期値問題を考える。この問題は一点の観測から全体の波動を復元するという逆問題である。この問題は非準解析超分布の枠組では一意可解であること、佐藤超関数の枠組みでは一意非可解であることが知られている。第三部では、(III.1)が準解析超分布の枠組みで一意非可解であることを示した。

定理III.1.

をみたし、x=x0の近傍でu(t,x)〓0なる準解析超分布u(t,x)が存在する。

 この反例を構成するために、初期値が正則パラメータを含む部分双曲型偏微分方程式の初期値問題の可解性を超分布について示した。

定理III.2.P(D)は定数係数m階線型編微分作用素で、数列Mkは非準解析または準解析クラスを定義するものとする。{x1=0}がPに対して非特性であるとき、次の条件は同値である。

i)ujが(Mk)(resp.{Mk})クラスの超分布で台がx″についてコンパクト、z〓を正則パラメータとして含むとき、初期値問題

はx″について台がコンパクトかつz〓を正則パラメータとして含むような同じクラスの局所超分布解u(x1,x″,z〓)を持つ。

ii)定数β,γ,C,lが存在し(resp.定数β,γが存在し、任意のlに対しCが存在し)P(ζ)=0なるζに対し

が成立する。ここで

である。

 この定理を用いて定理III.1が示される。次の初期値問題を考える。

ここでujたちはtについてコンパクト台で、x′を正則パラメータとして含むとする。

 φをtについてコンパクト台、x″を正則パラメータとして含み、任意のαに対し〓=0、かつ0∈suppφをみたす準解析超分布とする。このような準解析超分布の存在はJ.Bomanにより示されている。(III.3)における初期値を

とすると定理III.2より(III.3)は局所準解析超分布解を持つが、この局所解が定理III.1の反例になることがいえる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文提出者は、超局所解析と逆問題に関し,大きく3部から構成される内容の研究をおこなった。

 第1部は医療工学において重要な課題であるCTスキャナーの理論の数学的基礎付けとして脚光を浴びることになった,関数のラドン変換に関するものである。f(x)をRn上の関数,ξをRn内の超平面とするとき積分

をξの関数とみたものをf(x)のラドン変換という。ここでdμξは超平面ξ上の自然な測度である。フーリエ変換の場合と同じくすべてのRf(ξ)の値を使ってf(x)を復元する公式が得られるが,応用上はなるべく少ないデータから如何にf(x)の部分データが得られるかが問題となる。Helgasonはこの逆対応の一意性を次のように数学的に定式化し証明した:

 "f(x)は無限遠において急減少する関数でコンパクト凸集合K⊂Rnを与えたとき,Kと交わらない任意の超平面ξに対してRf(ξ)=0となるならばf(x)=0 on Rn\K."その後J.Bomanがこの定理の方向別の一般化を試み,

 "f(x)は開錐Γ⊂Rn方向に限ったとき無限遠において急減少し,かつ任意の超平面ξ上で可積分な関数であるとする。そのとき,コンパクト凸集合K⊂Rnに対してKと交わらない任意の超平面ξに対してRf(ξ)=0であればf(x)=0 on KΓ."

を主張した。ただしKΓ=∩x∈K(x+(Γ∪(−Γ))).Bomanの研究の重要性に着目していた論文提出者は彼の議論を追う中で不備があることをみつけ,当該論文の第1部で問題の完全解決を目指した。その結果上記の条件のうち"任意の超平面ξ上で可積分",という部分は

で置き換えられるべきである,ということを反例を構成して示し,これも含めたあらたな条件の下での証明を与えた。このような,応用上でも関心が高い数学上の基本的な問題においてほぼ必要十分ともいえる条件を与えたことは高く評価できる。また反例の構成に使った,非有界集合上での正則関数の近似に関する議論,および主定理の証明に使った超局所解析的な手法は独創的であり今後この種の問題解決の手本としても評価できる。

 第2部は量子力学における2体散乱問題の逆問題についての研究である。1995年にV. EnnsとR. Wederはポテンシャルに関するある条件下で粒子の速度vが大きいときの散乱データからポテンシャルV(x)が一意的に定まることを示した。これに対し論文提出者はやや強い仮定

を課すことによりポテンシャルの,緩増加ディストリビューションの意味での復元公式

を得ることに成功した。この公式は,復元のためにはSそのものよりやや情報量が少ない量で十分であることも示している。またVの台がコンパクトなときは上の公式はL2の意味でも成立することが示している。これらは公式として重要であるばかりではなく証明に使われているラドン変換研究の際のX線変換などの手法がポテンシャル問題にも有効であることを示したことは高く評価できる。この他,第2部では応用上大切な近似理論も扱っている。すなわち観測による小さな誤差を含んだ散乱データからL2の意味での近似としてポテンシャルを構成した。ここでX線変換のMoore-Penrose inverseを用いた点は新しく,結果と共に今後この方面の研究のよい参考になると思われる。

 第3部は波動方程式に対する次のような過剰決定初期値問題の解の非一意性に関する研究である。

すなわち空間のある1点x0での情報{uα(t);α=(α1,…,αn)〓0}だけから時空全体での解が定まるか,という1種の逆問題である。これは1点での盗聴によって状況全体が把握できるか,というような現実的な問題の数学的モデル化ともいえる。これについてはuが通常の関数,すなわち少なくともシュバルツのディストリビューションなどを含む,いわゆる非準解析的超分布の範囲内では解の一意性が知られている。それに対しもっとも広いクラスといえる佐藤超関数の範囲では非一意であることが知られている。論文提出者は第3部においてこの中間クラスである,準解析的超分布のクラスでこの問題を考察し解が非一意であることを反例を作ることにより示した。この反例の構成にはJ.Bomanによる,正則パラメーターをもつ0でない準解析超分布であるが正則パラメーターを止めたときのすべての展開係数が0超分布となるような例が使われる。具体的にはそのような超分布を右辺とする,波動方程式に対する,非時間軸に対する初期値問題を解くことによって反例が構成される。結果自体も純粋数学的には興味深いがむしろ準解析超分布,という従来解析学ではほとんど取り上げられることのなかった超関数を扱い,存在定理を含むいくつかの手法を編み出したことが高く評価できる。

 よって,論文提出者 滝口孝志 は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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