学位論文要旨



No 216099
著者(漢字) 前田,公也
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,キミヤ
標題(和) コレステリルエステル転送蛋白阻害剤JTT-705の創薬研究
標題(洋)
報告番号 216099
報告番号 乙16099
学位授与日 2004.10.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16099号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 新井,洋由
内容要旨 要旨を表示する

 緒言

 近年、食生活やライフスタイルの変化に伴って動脈硬化性疾患が増加しており、これを防止することが現代医療における重要な目標の一つとなっている。動脈硬化性疾患に対する既存薬物の中で最も広範に使用されているスタチン系薬剤は、血中低比重リポ蛋白(LDL)コレステロールを効果的に低下させる薬剤であるが、その効果は完全に満足しうるとはいえない。従って、血中LDLコレステロール低下とは異なった視点に立脚した抗動脈硬化薬の開発が切望されている。このような観点から、血中高比重リポ蛋白(HDL)コレステロールの増加作用を有し、これにより動脈硬化性疾患の予防・治療を達成する、新たな抗動脈硬化薬の探索が精力的に行われており、その標的の一つとしてコレステリルエステル転送蛋白(CETP)が注目されている。

 CETPはHDL中のコレステリルエステルを超低比重リポ蛋白(VLDL)やLDLに転送する蛋白であり、CETPが血中で作用すると血中HDLコレステロールは減少し、VLDL、LDLコレステロールは増加する。この変化は動脈硬化を促進すると考えられるため、CETPは動脈硬化促進的な蛋白であると考えられる。しかし、コレステロールを末梢組織から肝臓に戻すコレステロール逆転送経路の一部にもCETPが関与すること等からCETPは抗動脈硬化的であるとする考えもあり、CETPに対する評価は定まっていなかった。

 このような背景を踏まえた上で、筆者は、CETPが動脈硬化促進的か否かを明らかにするため、またCETP阻害に基づく新しい抗動脈硬化薬開発の可能性を明らかにするために、CETP阻害剤の創薬研究を計画した。

in vitroでのヒト全血漿CETP阻害試験における、ビス(2-アセチルアミノフェニル)ジスルフィドをリード化合物とした構造活性相関研究

 CETPは血漿中に存在することから、生体から得た全血漿をそのまま用いて行う試験系(全血漿CETP阻害試験系)において阻害活性を示す化合物であることがin vivoで有効性を得るための条件と考えられた。しかし、これまで全血漿CETP阻害試験系で十分な阻害活性を示す化合物は報告されていなかった。筆者はこの試験系を用いたランダムスクリーニングによるリード探索を実施した結果、低活性ながらヒト全血漿中で有効なビス(2-アセチルアミノフェニル)ジスルフィド(1)を見出し(図1)、これをリード化合物としたCETP阻害剤の創薬研究を実施した。

 本研究では、1を系統的に部分構造変換し、CETP阻害作用発現に必要な部位や阻害活性向上に影響する部位を特定した(図2)。すなわち、アシルアミノ基の先に付くアルキル基はCETPとの特異的な相互作用を形成する上で極めて重要で、その脂溶性及び立体的な形がCETP阻害活性の強さに大きく影響すること、ベンゼン環上で隣り合って存在するジスルフィドとアシルアミノ基の構造が、蛋白との特異的相互作用を得るために非常に重要であること、ジスルフィドはチオール又はその等価体であるチオエステルに置き換えられ、二量体構造は必要でないことを明らかとした。

 又、母核ベンゼン環への置換基導入について検討を行い、導入位置や導入置換基の種類がCETP阻害活性に与える影響を確認した。その結果、ベンゼン環3位及び6位への置換基導入は許容されないこと、ベンゼン環4位、5位への置換基導入は許容されCETP阻害活性の強さに影響することを明らかにした。これらの知見を基にして構造最適化を実施して、リード化合物に比べ100倍以上CETP阻害活性の強い2、3及び4を創製した(図3)。

ex vivoでのCETP阻害効果に基づいた構造最適化研究:JTT-705の創製

 本研究では、ヒト CETP遺伝子導入マウスとウサギの二種類の動物を用いてex vivoでのCETP阻害効果に基づいた構造最適化研究を実施し、医薬品候補化合物を選定した。

 ヒトCETP遺伝子導入マウスに経口単回投与を行い、そのCETP阻害効果を検討した結果(表1)、CETP阻害作用を発現するチオール、ジスルフィド及びチオエステルの三つの化合物群の内、ジスルフィド型化合物の阻害効果は他の型に比べると明らかに弱く、経口吸収性に問題があると考えられた。チオール型化合物は10mg/kgの用量で経口投与した場合においてもCETP阻害効果を示したが、化学的安定性に問題があることが判明した。一方、チオエステル型化合物は、良好な阻害効果を示し、安定性にも問題がなかった。これらの結果から、医薬品として開発しうる化合物としては、チオエステル型化合物がふさわしいと考えられた。

 次に、ヒトCETP遺伝子導入マウスに対して良好なCETP阻害効果を示したチオエステル型化合物についてウサギに経口単回投与を行って有効性を検討した結果(表2)、2-メチルプロパンチオ酸S-2-(1-(2-エチルブチル)シクロヘキサンカルボニルアミノ)フェニルエステル(JTT-705)に顕著なCETP阻害活性を認めた。すなわち、30mg/kgの単回投与によって95%のCETP阻害を達成し、10mg/kgの単回投与でもCETPを35%阻害した。又、筆者らのグループは、JTT-705がCETPの13番目のシステインとジスルフィド結合を形成することで阻害作用を発現している可能性が高いことを明らかにした。

JTT-705のin vivo血中HDLコレステロール増加作用

 本研究では、JTT-705によるin vivo血中HDLコレステロール増加作用について、ウサギを用いた経口投与連投試験で検討した。ウサギに30mg/kg及び100mg/kgの用量で1日1回3日間経口投与を行い、最終投与から8時間後の血中HDLコレステロール量を測定した。その結果、100mg/kgでは54%、30mg/kgにおいても27%の血中HDLコレステロール増加が確認された(表3)。

この結果は、低分子CETP阻害剤の経口投与によって血中HDLコレステロールが顕著に増加した初めての例であった。又、筆者らのグループは、動脈硬化発症モデルであるコレステロール負荷ウサギを用いた連投試験により、JTT-705の抗動脈硬化作用を証明した。

結論

 以上、本研究において筆者は次に掲げる研究成果を得た。

1) ビス(2-アセチルアミノフェニル)ジスルフィド(1)をリード化合物として、in vitroでのヒト全血漿CETP阻害試験における構造活性相関研究を行い、CETP阻害作用発現に必要な部位や阻害活性向上に影響する部位を特定するとともに、特定された各部位の構造最適化を実施して、リード化合物に比べ100倍以上CETP阻害活性の強い化合物2、3及び4を創製した。

2) ex vivoでのCETP阻害効果に基づいた構造最適化研究を実施し、2-メチルプロパンチオ酸S-2-(1-(2-エチルブチル)シクロヘキサンカルボニルアミノ)フェニルエステル(JTT-705)を創製した。JTT-705は、ヒトCETP遺伝子導入マウスとウサギの二種類の動物に対してCETP阻害効果を示した。

3) JTT-705を用いたウサギ経口投与連投試験を実施し、CETP阻害剤の投与によりin vivoで血中HDLコレステロールが顕著に増加することを初めて明らかにした。

図1.リード化合物(1)の構造

図2.化合物の構造活性相関

図3.in vitroでの最適構造

表1. ヒトCETP遺伝子導入マウスでの各化合物のCETP阻害効果

表2. ウサギでの各化合物のCETP阻害効果

表3. JTT-705のウサギにおけるHDLコレステロール増加作用

審査要旨 要旨を表示する

 動脈硬化性疾患に対する既存薬物の中で最も広範に使用されているスタチン系薬剤は、血中低比重リポ蛋白(LDL)コレステロールを効果的に低下させる薬剤であるが、その効果は完全に満足しうるとはいえない。従って、血中LDLコレステロール低下とは異なった視点に立脚した抗動脈硬化薬の開発が切望されている。このような観点から、血中高比重リポ蛋白(HDL)コレステロールの増加作用を有し、これにより動脈硬化性疾患の予防・治療を達成する、新たな抗動脈硬化薬の探索が精力的に行われており、その標的の一つとしてコレステリルエステル転送蛋白(CETP)が注目されている。

 CETPはHDL中のコレステリルエステルを超低比重リポ蛋白(VLDL)やLDLに転送する蛋白であり、CETPが血中で作用すると血中HDLコレステロールは減少し、VLDL、LDLコレステロールは増加する。この変化は動脈硬化を促進すると考えられるため、CETPは動脈硬化促進的な蛋白であると考えられる。しかし、コレステロールを末梢組織から肝臓に戻すコレステロール逆転送経路の一部にもCETPが関与すること等からCETPは抗動脈硬化的であるとする考えもあり、CETPに対する評価は定まっていなかった。

 このような背景を踏まえた上で、前田公也は、CETPが動脈硬化促進的か否かを明らかにするため、またCETP阻害に基づく新しい抗動脈硬化薬開発の可能性を明らかにするために、CETP阻害剤の創薬研究を計画した。

in vitroでのヒト全血漿CETP阻害試験における、ビス(2-アセチルアミノフェニル)ジスルフィドをリード化合物とした構造活性相関研究

 前田公也はランダムスクリーニングによるリード探索を実施した結果、低活性ながらヒト全血漿中で有効なビス(2-アセチルアミノフェニル)ジスルフィド(1)を見出し(図1)、これをリード化合物としたCETP阻害剤の創薬研究を実施した。

 本研究では、1を系統的に部分構造変換し、CETP阻害作用発現に必要な部位や阻害活性向上に影響する部位を特定した(図2)。

 又、母核ベンゼン環への置換基導入について検討を行い、導入位置や導入置換基の種類がCETP阻害活性に与える影響を確認した。その結果、ベンゼン環3位及び6位への置換基導入は許容されないこと、ベンゼン環4位、5位への置換基導入は許容されCETP阻害活性の強さに影響することを明らかにした。これらの知見を基にして構造最適化を実施して、リード化合物に比べ100倍以上CETP阻害活性の強い2、3及び4を創製した(図3)。

ex vivoでのCETP阻害効果に基づいた構造最適化研究:JTT-705の創製

 本研究では、ヒトCETP遺伝子導入マウスとウサギの二種類の動物を用いてex vivoでのCETP阻害効果に基づいた構造最適化研究を実施し、医薬品候補化合物を選定した。

 ヒトCETP遺伝子導入マウスに経口単回投与を行い、そのCETP阻害効果を検討した結果(表1)、CETP阻害作用を発現するチオール、ジスルフィド及びチオエステルの三つの化合物群の内、ジスルフィド型化合物の阻害効果は他の型に比べると明らかに弱く、経口吸収性に問題があると考えられた。チオール型化合物は10mg/kgの用量で経口投与した場合においてもCETP阻害効果を示したが、化学的安定性に問題があることが判明した。一方、チオエステル型化合物は、良好な阻害効果を示し、安定性にも問題がなかった。これらの結果から、医薬品として開発しうる化合物としては、チオエステル型化合物がふさわしいと考えられた。

 次に、チオエステル型化合物についてウサギに経口単回投与を行って有効性を検討した結果(表2)、2-メチルプロパンチオ酸S-2-(1-(2-エチルブチル)シクロヘキサンカルボニルアミノ)フェニルエステル(JTT-705)に顕著なCETP阻害活性を認めた。すなわち、30mg/kgの単回投与によって95%のCETP阻害を達成し、10mg/kgの単回投与でもCETPを35%阻害した。又、前田公也らのグループは、JTT-705がCETPの13番目のシステインとジスルフィド結合を形成することで阻害作用を発現している可能性が高いことを明らかにした。

JTT-705のin vivo血中HDLコレステロール増加作用

 本研究では、JTT-705によるin vivo血中HDLコレステロール増加作用について、ウサギを用いた経口投与連投試験で検討した。ウサギに30mg/kg及び100mg/kgの用量で1日1回3日間経口投与を行い、最終投与から8時間後の血中HDLコレステロール量を測定した。その結果、100mg/kgでは54%、30mg/kgにおいても27%の血中HDLコレステロール増加が確認された。

この結果は、低分子CETP阻害剤の経口投与によって血中HDLコレステロールが顕著に増加した初めての例であった。又、前田公也のグループは、動脈硬化発症モデルであるコレステロール負荷ウサギを用いた連投試験により、JTT-705の抗動脈硬化作用を証明した。

 以上の研究成果は、新規医薬の開発で重要な貢献をすると考えられ、博士(薬学)に十分相当する成果と判断した。

図1.リード化合物(1)の構造

図2.化合物の構造活性相関

図3.in vitroでの最適構造

表1. ヒトCETP遺伝子導入マウスでの各化合物のCETP阻害効果

表2. ウサギでの書く化合物のCETP阻害効果

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