学位論文要旨



No 216172
著者(漢字) 増野,弘幸
著者(英字)
著者(カナ) マスノ,ヒロユキ
標題(和) ビタミンDの構造活性相関とビタミシD受容体リガンド結合領域の立体構造モデル
標題(洋)
報告番号 216172
報告番号 乙16172
学位授与日 2005.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16172号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 助教授 宮地,弘幸
内容要旨 要旨を表示する

 活性型ビタミンD,1,25-ジヒドロキシビタミンD3(1,25(OH)2D3)(1),はカルシウムおよびリンの代謝調節の他,免疫調節,細胞の増殖抑制,分化誘導などの多様な生理作用を行うホルモンであり,その作用は核内受容体(NR)であるビタミンD受容体(VDR)への結合を介して発現される.選択的な作用スペクトルを持つビタミンD剤開発を目指し,当研究室での研究が開始された当時,1,000を越える合成アナログが報告されていたが,それらの統括的構造活性相関研究は皆無であった.

 著者らのグループは,ほとんどの活性アナログが1の側鎖修飾誘導体であること,特に,20位の立体異性体である20-epi-25(OH)2D3(2)が1より高い活性を示すことに注目し,側鎖のコンフォメーション解析に基づく構造活性理論を展開した.すなわち,側鎖の系統的コンフォメーション解析に基づき,1および2の側鎖25-OH基が空間的に占める位置をドットマップで表し,それらが4つのグループに分けられることから,それら4つの領域にA,G,EAおよびEGと命名した(図1b).そして,25-OH基が占める領域が1つに制限されるコンフォメーション制御アナログ4種(22-メチル化体の4つのジアステレオマー,3〜6)について検討した結果,活性と側鎖の占める空間領域との間に関連が存在することが明らかになった.すなわちVDR結合性はEA>A>G>EG,分化誘導活性ではEA>A>EG>Gの順に活性が高くなる.本アプローチを活性空間領域概念(active space region concept,ASRC)と提唱した.

 本研究では(1)ASRC法を既知ビタミンDアナログに適用し,ASRCが全てのビタミンD側鎖アナログに広く適応できることを証明するとともに,新たな空間領域(F)を見出した.次いで(2)ASRCに基づいて新規高活性アナログを設計・合成し,本アプローチの有用性を示した.さらに,(3)リガンド基盤の構造活性相関理論をVDRのリガンド認識の観点から検証するため,VDRのホモロジーモデルを構築し,レセプター構造基盤の構造活性相関の発現メカニズムについて検討した.

 当時既知の活性型Dアナログの中から,強い活性を持つアナログとそれらと構造が類似した化合物16種(図2a)について側鎖のコンフォメーション解析を行った.各化合物の最安定構造を初期構造とし,側鎖の可動部分を30度ごとに回転させ,発生させた存在可能な全てのコンフォマーを25位水酸基の位置で空間的にプロットし,ドットマップに表した.この結果以下の傾向が得られた:(i)ドットが図の左側にある化合物が右側にある化合物より活性が高い;(ii)ドットが前にある化合物が後ろにある化合物より活性が高い;(iii)一連の作用分離化合物はドットがAおよびEA領域の前に存在する.この領域を新たにF領域と命名した.以上の結果からASRC法はほとんど全ての活性型D側鎖誘導体に適応できることが明らかとなった.ASRCによる空間領域と活性との関係は以下のように要約できる:VDR親和性,EA>F>A>G>EG;転写活性,分化誘導EA>F>A>EG>G;ビタミンD結合タンパク,Aのみ;骨塩溶出,EA>A=G>EG,F;小腸Ca輸送,EA>A=G>>EG.

2.活性空間領域コンセプト(ASRC)に基づく新規活性ビタミンDアナログの設計と合成

 上記ASRCから得られる構造活性相関を用いて,作用分離アナログとなることが予測される新規アナログ22R-ethyl-20-epi-23-dehydro-24,24-dihomo-1,25-(OH)2D3(23)および対照として22S体(24)を設計・合成した.23および24の25位水酸基は,それぞれEAおよびEG領域を占める.

 ビタミンD22位のアルキル基導入法としてClaisen転位を選択した.22-アルデヒド25を原料とし,側鎖を導入しClaisen転位基質26を得,オルト酢酸トリエチルを触媒量の酸の存在下加熱し22-エトキシカルボニルメチル体27を得た.エトキシカルボニル基を還元後,水酸基を除去し,22エチル体とし,脱保護の後,光反応と続く熱異性化により目的物へと導いた.

 24ヒドロキシ体26はMosher法により立体構造を決定した.27は26のそれぞれの異性体から異なる単一の異性体が生成したことからClaisen転位の6員環遷移状態を考慮し27の22位の立体配置を決定した.

 合成した23および24のVDR親和性,転写活性,HL-60細胞分化誘導活性,血清カルシウム上昇活性を1と比較検討した.その結果,22R体23ではVDR親和性は1の1/7でやや弱いものの転写活性,分化誘導活性はそれぞれ1の25倍,98倍と高い活性であった.カルシウム活性については1の1.4倍でありやや強い程度であった.これはEA領域をとる化合物の性質によく一致している.22S体24のVDR親和性,転写活性,分化誘導活性はそれぞれ1の1/500,1/3,0.7倍といずれの活性も弱いという結果となった.これもEG領域を占有する化合物の性質と一致する.以上のようにASRCは新しい機能を持つアナログを設計するために有効であることを示した.

3.ビタミンD受容体(VDR)のホモロジーモデルの作成とドッキングモデル

 次にビタミンDの構造活性相関を受容体のリガンド結合領域(LBD)の構造を基盤にした.1995年にRXRのX線結晶構造が報告されて以来,いくつかのNR-LBDの立体構造が明らかにされていたが,当時VDR-LBDの立体構造は明らかではなかった.そこで私はホモロジーモデリングの手法によりVDR-LBDの構造を構築することにした.

 モデルはVDRにアミノ酸配列が最も類似している(Identity 27%)hRARγ/all-trans-retinoic acidの結晶構造(PDB entry:2LBD)を鋳型とし,SYBYLを用いて構築し,分子力学法(tripos力場)で構造最適化した.モデルを図5aに示す.モデルの妥当性を評価した結果Ramachandran plotで99%の残基が許容領域に入る妥当な構造であった.

 続いてリガンドである1,25(OH)2D3(1)のドッキングを検討した.まず既知のNR-LBD/リガンド複合体結晶構造(RAR,ER,PR,PPAR)のリガンド結合様式を比較検討した.NR-LBDには共通の位置にリガンド結合ポケット(LBP)が存在し,β-turn,ヘリックス(H)3およびH5からなる部位とH11の2か所でリガンドと水素結合を形成している.β-turn側ではリガンドはそれぞれの受容体に固有の定まった位置に収まっているが,H11側はリガンドの位置に多様性がある.このことから多様な構造が収まるH11側に側鎖が結合し,2位以外の構造修飾がほとんど知られていないA環がβ-turn側に結合していると考えた.CD環はステロイドホルモンの受容体への結合構造と同じ向きで容体と結合していると考えた.

 リガンドの水酸基と水素結合を形成する可能性のある残基としてSer237(H3),Ser275(H5),Ser278(H5),Cys288(β-turn)およびHis397(H11)の5つを選択し,それらのアラニン変異体を作成し,リガンド親和性,転写活性を測定した.その結果活性が著しく失われるHis397,Ser237をリガンドと水素結合している残基と特定した.Arg274は先天性II型くる病の原因変異として知られているので重要と考えた.以上の結果から1位水酸基がSer237とArg274,25位水酸基がHis397と水素結合していると考えモデルを構築した.ドッキングモデルを図5bに示す.25位水酸基が水素結合しているHis397はそのコンフォメーションを変化させ,様々な側鎖修飾アナログをポケットに結合することを可能にしていると考えられる.このときHis397はA,F,EAの3つの領域にのみ到達可能である(図5d,緑色のドット).これはこれらの3つの領域をとるアナログが高い活性を示すことと一致している.そしてこのHis397残基とアナログの側鎖のコンフォメーションの違いが転写共役因子の選択性や標的遺伝子の選択性に影響していると考えられる.

 私がVDR-LBDモデルを報告したのとほぼ同時にMorasらによりVDR-LBD deletion mutantと1,25(OH)2D3複合体の結晶構造が報告された.結晶構造では1,25(OH)2D3の1位,25位の水酸基はモデルと同様にそれぞれArg274,Ser237,His397と水素結合している.この結果は構築したモデルと矛盾無くモデルの精度の高さを示している.

 以上のように私は計算化学を応用し全てのビタミンD誘導体に応用できる新しい構造活性相関概念を確立した.またそれに基づき,新規作用分離アナログの設計と合成に成功した.さらにVDR基盤の構造活性相関への展開をはかるため,VDR-LBDのホモロジーモデルを構築し,1,25(OH)2D3のドッキングモデルを作成した.それに基づき受容体によるそれぞれの空間領域の認識と,異なる活性の発現メカニズムを提案した.

図1

ビタミンDの側鎖コンフォメーションと活性の関係

図2.α.コンフォメーション解析を行ったアナログの構造.b.F領域を占有する化合物のドットマップ左上;OCT(7),右上;16-dehydro-1,25(OH)2D3(8),左下;22,23-didehydro-1,25(OH)2D3(9),右下;MC903(18).コンフォメーション解析を行った化合物を赤いドットで,1,25(OH)2D3(1)(青)と20-epi-1,25(OH)2D3(2)(水色)で表した.

図3

図4

(a)LDA CH3CO(CH2)2C(CH3)2OMOM,THF,-78→0℃;(b)NaBH4,CeCl3・7H2O,MeOH,Pyridine or Zn(BH4)2,Et2O(22,54%);(c)CH3C(OEt)3,EtCOOH,toluene,reflux(23,74%);(d)DIBAL,CH2Cl2,-20℃;(e)(1)TsCl,Pyridine,0℃,(2)LAH,THF,reflux;(f)(i)l2,PPh3,Imidazole,THF,(2)NaBH4,DMSO;(g)TsOH,95%EtOH,reflux(24R,43%;24S 14%);(h)hv(i)r.t,2weeks(19,54%;20,26%).

図5 a.構築したVDRモデルの構造.タンパクの骨格をリボンで,リガンド結合ポケットを緑色の表面で表した.b.ドッキングモデル.リガンドを紫色のスティック構造で表示した.タンパクはリガンドとの相互作用に重要な残基をスティック構造でその他の部分は骨格のみを緑色の線で表示した.c.ドッキングモデルにビタミンDの側鎖領域を重ねて示した.d,cの図をリガンド部分のみを拡大した.

審査要旨 要旨を表示する

増野弘幸は「ビタミンDの構造活性相関とビタミンD受容体リガンド結合領域の立体構造モデル」と題し以下の研究を行った.

1.ビタミンの側鎖コンフォメーションと活性の関係

 活性型ビタミンDである1,25(OH)2D3(1)は多様な生理作用を持つホルモンであり,医薬品への応用を目指して多くのアナログの開発が行われている.ビタミンD誘導体の構造と活性の関係について系統立てた研究はなかったが,山本らは1およびその20-エピ体(2),22-アルキル化ビタミンD誘導体3〜4のコンフォメーション解析を行い,ビタミンDアナログの25位水酸基の占有領域がA,G,EA,EGの4つに分けられ,ビタミンD受容体(VDR)への親和性はEA,A,G,EGの順であることを明らかにし,これをビタミンDアナログの活性側鎖空間領域概念(ASRC)として提唱した.

 ASRCを既知のビタミンDアナログに適用しようと,それらから16種(7〜22)を選択し,同様の解析を行った.方法は,(1)それぞれの化合物の側鎖の最安定コンフォメーションを求め,(2)それを初期構造とし側鎖の自由回転可能な結合を30度ずつ回転させ,存在可能なすべてのコンフォマーを発生させた.(3)それぞれのコンフォマーについて25位水酸基の位置を空間的にプロットしたドットマップを作成した.図1右上に22-oxa-1,25(OH)2D3(7)の場合について赤いドットで示す.その結果,新たな活性領域として,作用分離アナログとして知られる化合物が共通して占有するF領域が存在すること,ASRCが多くの化合物に適用できること,ASRCはVDR親和性だけではなく,転写活性,分化誘導活性,カルシウム活性に適用できることを明らかにした.

2.ASRCに基づく新規活性アナログの設計と合成

 ASRCに基づき新規ビタミンDアナログの設計合成を行った.側鎖コンフォメーション制御に有効な22-アルキル基をもち,EA領域を占有する23,およびEG領域を占有する24を設計した.25から誘導された26を基質とし,Claisen転位を行い,22位に置換基を導入した.22位をエチル基に変換し,脱保護を行った後,光反応,熱異性化により目的物へと導いた.

活性を測定した結果(表1),ASRCから予測される結果と一致した.これはASRCが活性アナログの設計にも有効であることを示している.またビタミンDアナログ22位アルキル化の方法としてClaisen転位が使用できることを明らかにした.

3.ビタミンD受容体(VDR)のホモロジーモデルの作成とドッキングモデル

 続いてビタミンD受容体(VDR)のリガンド認識メカニズムを明らかにしようとした.VDRの立体構造は明らかでなかったため,同じ核内受容体(NR)であるレチノイン酸受容体(RAR)リガンド結合領域(LBD)の構造を鋳型としてホモロジーモデリングの手法により構築した.鋳型は既知NR-LBDの構造を詳細に比較検討し選択した.モデルは立体構造パラメータにより妥当性を評価した.続いてリガンドのドッキングモデルを構築した.既知NR-LBD結晶構造を比較し,リガンドと水素結合を形成する残基の候補を選択した.それらをアラニンに置換した変異受容体のリガンド親和性,転写活性を測定し,水素結合残基を特定した.その結果図3bに示すドッキングモデルを構築した.このモデルはほぼ同時に報告されたVDR-LBDの結晶構造により明らかにされた1位および25位水酸基の水素結合残基を正確に予測することに成功している.これは構築したモデルの精度の高さ示している.

 以上の業績は、薬学分野における医薬品化学の進歩に有意に貢献するものであり、博士(薬学)の授与に値するものと考えられる。

図1

図2

(a)LDA CH3CO(CH2)2C(CH3)2OMOM,THF,-78→0℃;(b)NaBH4,CeCl3・7H2O,MeOH,Pyridine or Zn(BH4)2,Et2O(22,54%);(c)CH3C(OEt)3,EtCOOH,toluene,reflux(23,74%);(d)DIBAL,CH2Cl2,-20℃;(e)TsCl,Pyridine,0℃ or l2,PPh3,Imidazole、THF;(f)LAH,THF,reflux or NaBH4,DMSO;(g)TsOH,95%EtOH,reflux(24R,43%;24S 14%);(h)hv(i)r.t,2weeks(19,54%;20,26%).

図3

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