学位論文要旨



No 216422
著者(漢字) 川口,博
著者(英字) Kawaguchi, Hiroshi
著者(カナ) カワグチ,ヒロシ
標題(和) ユビキタスエレクトロニクス環境におけるシリコンVLSIと有機集積回路の低電力回路設計に関する研究
標題(洋) A Study on Low-Power Circuit Design for Silicon VLSI's and Organic IC's in Ubiquitous Electronics Environment
報告番号 216422
報告番号 乙16422
学位授与日 2006.01.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16422号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桜井,貴康
 東京大学 教授 南谷,崇
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 高木,信一
 東京大学 教授 平本,俊郎
 東京大学 助教授 染谷,隆夫
内容要旨 要旨を表示する

センサ・ロボット・車・家・街・農場など,ありとあらゆるところに集積システムが存在する来るべきユビキタスエレクトロニクス環境では,全てがネットワークで結ばれ,我々の安全で快適な生活を支える.各々の集積システムは小容量バッテリーで駆動されるか,太陽光・風・振動・電磁波による送電などの環境エネルギーや無線送電を利用したものであり,低電力であることが要求される.

現在までの高度電子化近代社会が高性能シリコンVLSIを基盤としているように,将来のユビキタスエレクトロニクス環境においてもシリコンVLSIが主流であり,そこでは上述の通り低電力シリコンVLSIが必須である.しかし,それだけではユビキタスエレクトロニクスは実現できない.我々はシリコンVLSIとは違う技術である有機集積回路が,大面積センサとしてシリコンを補完するのではないかと考えている.有機集積回路は速度は遅いものの,大面積であっても低コストであることが利点であり,センサ向きである.この有機集積回路の大面積化に伴う低電力化技術と遅延抑制も必須技術となるであろう.すなわち将来のユビキタスエレクトロニクス環境を支えるシリコンと有機半導体の融合を,低電力技術で支えることが本論分のテーマであり,これを追求する.

以下に本論分の構成について述べる.シリコンによるシステムVLSIを回路設計の側面から研究すると同時に,リアルタイムOSを含めたソフトウェアの観点による低電力化についても述べる.また有機集積回路の低電力・高速化技術も含む.これら本論分の意義については1章に述べている.

2章 シリコンVLSIにおけるクロック電力の低電力化

シリコンVLSIにおける消費電力の20%から45%はフリップフロップとその分配,すなわちクロック網によるものであるが,この電力を抑制するRCSFF (Reduced Clock-Swing Flip-Flop)の提案を行った.クロックの振幅を小さくすることにより低電力を達成する.シリコンVLSIにおいては,電力は信号振幅に比例するが,RCSFFは低振幅のクロックを受け付けることが可能であるため,低電力を達成する.同様にこの低振幅クロックを供給するドライバ回路も用意し,低電力クロックシステムとしの可能性を示した.

クロックの低振幅化により,RCSFF内のp型トランジスタが完全に遮断しなくなり,リーク電流が生じるが,これを基板効果によるしきい値の増大で回避した.RCSFFは電力を従来のフリップフロップに比べて3分の1にまで減少させることが可能である.また,RCSFFは長いRC配線をもった差動回路に最適であることを示した.回路面積についても,従来のフリップフロックに比べ,20%減少させることができた.

3章 分布定数RC配線の遅延・ノイズ解析

2章で述べた通り,低電力化のためには複数の電圧領域,すなわち複数の信号振幅の存在があり得るが,そのような状況下ではシグナルインテグリティ(信号の品質)が問題となる.つまり小さい信号を伝搬する配線に対して,他の配線上の大きな信号がカップリングによりノイズを与える.またノイズのみならず,カップリングによって遅延の増大も引き起こす.この章では,2本もしくは3本の平行したRC分布定数線路におけるノイズと遅延を簡単な数式で求めた.配線モデルは同じ方向に駆動される場合と異なった方向に駆動される場合の2通りについて用意し,加えて駆動トランジスタの接合容量も考慮したものとなっている.回路設計者が設計の初期段階において,ノイズと遅延の見積もりを簡単に行えるものである.精度についてもHSPICEに対して10%以内の誤差に抑えられている.

4章 ロジック回路とメモリ回路におけるリーク電力低減技術

シリコンVLSIにおいて低しきい値ロジック回路が動作していないスタンバイ時に,そのリーク電流を遮断する回路方式としてSCCMOS (Super Cut-off CMOS Scheme)を提案した.SCCMOSはロジック部,遮断スイッチともに低しきい値トランジスタを用いているが,スタンバイ時に遮断スイッチのゲートを負に駆動することにより,低しきい値ロジック回路のリーク電流を抑制する.このため0.5V程度の低電源電圧でも動作可能であり,MTCMOS (Multithreshold CMOS)より0.2Vほど低電源電圧でもリーク電流を増大させることなく動作する.遮断スイッチのゲートの負バイアスにより,1ゲートあたり1pAにまでリーク電流を抑制させることができる.将来の電源電圧0.5V以下のシリコンVLSIにおいても有効な技術である.

DLC (Dynamic Leakage Cut-off Scheme) SRAMは,基板効果を用いたメモリセルのアクティブリークを削減する技術である.ゲート酸化膜に過剰な電圧を加えることなく,メモリセルのサブスレッショルド漏れ電流を抑制し,従来のSRAMより2.5倍高速で電源電圧0.5V動作が可能なものである.選択されていないメモリセルの基板電圧を負バイアスすることにより,基板効果によってトランジスタのしきい値電圧を上げ,リークを抑えるとともに,選択されているメモリセルについては通常の零バイアスとし,低しきい値電圧による高速動作を可能とする.基板バイアス駆動回路は電源電圧を超える電圧,もしくは接地電圧より低い電圧を出力するが,これをゲート酸化膜に高電圧がかからないような回路構成に工夫することにより,信頼性の問題が発生しない.電源電圧1Vの1Mb-SRAMのリーク電流を200mAから0.9mAに抑制できることを示した.

5章 ソフトウェアによる市販プロセッサの低電力化

マルチメディアシステムに用いる市販プロセッサの低電力化をアプリケーションソフトウェアとオペレーションシステムで行った.

アプリケーションソフトウェアが負荷を監視し,その値によってプロセッサの電源電圧とクロック周波数を動的に変化させることにより低電力化を達成する技術である電圧ホッピングについて述べ,この実現を可能とするコントローラの設計指針を与えた.電圧ホッピングを実時間オペレーティングシステムへと拡張し,マルチタスク環境においてもその有効性を確認した.

この実時間オペレーティングシステムは汎用リアルタイムOS(μITRON)の改造によって実現した.マルチメディアシステムの構築については,ハードウェアのみならず,アプリケーションソフトウェアやOSレベルにまで市販品の改良が必要となるが,その方法について追求した.プロトタイプシステム上でMPEG4を含む複数のタスクを動作させ,74%の電力が削減可能であることを確認した.

6章 大面積有機集積回路

有機半導体による人工皮膚(感圧センサ)とシート型スキャナの設計と試作を行い,動作を検証した.

人工皮膚回路ではアクティブマトリクスの適用により,パッシブマトリクスで問題となるリーク電流の増大を回避し,その有効性を確かめた.また物理的に切り貼り可能な,センサ面積に対してスケーラブルな設計を紹介し,設計コストの削減に寄与できることを示した.さらに有機集積回路においても,回路設計はレベル1 SPICE MOSモデルと標準レイアウトツールで行い,シリコンと同じ設計環境を構築できる見通しを得た.

有機シート型スキャナではシリコンメモリでも採用されている二重ワード線二重ビット線を有機p型電界トランジスタのみで実現した.この階層構造をもったスキャナを,積層される3枚のシートのレイアウトを工夫することにより,解像度を低下させることなく実装できた.従来の単純ワード線ビット線構造に比べ,サイクル時間を1/5.6倍に,電力を1/7倍に改善した.

以上,本論分が述べた,ユビキタスエレクトロニクスを構成するシステムの低電力化に対する解決法である.まとめると,本論文ではシリコンシステムを電圧領域で制御するもの,しきい値電圧で制御するもの,またソフトウェアで制御するものになり,それぞれ異なったレベルで低電力化に対して問題解決を行った.その結果,ロジックやメモリ,市販プロセッサ全体などさまざまな回路要素の低電力化に貢献した.また将来のシリコンを補完する大面積有機集積回路の電力と遅延の増大に対する解を示した.8章では引き続き,本論文の学会や産業界に対する貢献について述べ,関連した論文の紹介をした.研究の一部はユビキタスエレクトロニクスの本命である次世代携帯電話に応用を試みられており,将来有望な技術であると言える.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「A Study on Low-Power Circuit Design for Silicon VLSI's and Organic IC's in Ubiquitous Electronics Environment」(和訳:ユビキタス・エレクトロニクス環境におけるシリコンVLSIと有機集積回路の低電力回路設計に関する研究)と題し、将来のユビキタス・エレクトロニクス環境を支えるシリコンと有機半導体の低消費電力回路技術を提示するもので、全7章で構成されている。

第1章は「Introduction」(序論)であり、ユビキタス・エレクトロニクス環境におけるシリコンと有機半導体の補完関係について述べ、それらに低電力性が要求される必要性を説き、本論文の目的と背景を明確にしている。

第2章は「RCSFF (Reduced Clock-Swing Flip-Flop) for 63% Clock Power Reduction」(63%クロック電力を削減可能な低クロック振幅フリップフロップ)と題し、シリコンVLSIにおける消費電力の20%から45%を占めるクロック網の低電力化を、クロック振幅の低電圧化で実現する手法について記述している。

第3章は「Closed-Form Expressions in Delay and Crosstalk Noise for Capacitively Coupled Distributed RC Lines」(容量結合されたRC分布線路における遅延と混信雑音の数式表現)と題し、複数の電圧が混在する領域内での線路遅延と混信雑音が簡単な数式で表現されている。これらの式は同じ方向に駆動される場合と異なった方向に駆動される場合の2通りについて用意され、加えて駆動トランジスタの接合容量も考慮されている。従って、設計の初期段階において、遅延と混信雑音の見積もりを簡便に行える、有用なものである。

第4章は「Leakage-Current Reduction Schemes for Logic Circuits and SRAM Cells: SCCMOS (Super-Cutoff CMOS) and DLC (Dynamic Leakage Cutoff) SRAM」(論理回路とSRAMにおけるリーク電流削減法:スーパーカットオフCMOSと動的リーク削減SRAM)と題し、シリコンVLSIにおける論理回路とSRAMのリーク電流削減技術を提案するとともに、実験により実証し、有効性を確認した。

第5章は「VDD Hopping with Off-the-Shelf Processors for Multimedia Applications and Its Extension to μITRON-LP」(市販プロセッサを用いたマルチメディア向け電圧ホッピングとそのμITRON-LPへの拡張)と題し、電圧ホッピング技術を用いて、マルチタスク環境においてマルチメディア処理を行う市販プロセッサの低電力化が実現されている。電圧ホッピングとは、処理負荷を監視し、その値によってプロセッサの電源電圧とクロック周波数を動的に変化させる低電力化技術であり、この実装を可能とするコントローラLSIの設計指針を与えた。

第6章は「Active-Matrix and Hierarchical Structure in Organic Large-Area Sensors」(有機大面積センサにおけるアクティブマトリクスと階層構造)と題し、有機半導体による感圧センサとシート型スキャナの低電力動作が検証されている。感圧センサではアクティブマトリクスの適用により、パッシブマトリクスで問題となるリーク電流の増大を回避し、その有効性を確かめた。シート型スキャナではシリコンメモリで採用されている二重ワード線二重ビット線構造を有機p型電界トランジスタのみで実装し、従来の単純ワード線ビット線構造に比べ、サイクル時間低減と低電力化を達成した。

第7章は「Conclusions」(結論)であり、本論文の成果を要約し結論を述べるとともに、本論文の学会や産業界に対する貢献についても触れている。

以上のように本論文は、ユビキタス・エレクトロニクスの基礎となる、シリコンをベースとしたロジック、メモリおよびプロセッサの低電力設計手法と、シリコン集積回路を補完する有機トランジスタ集積回路の低電力設計手法を示すとともに、その有効性を設計・試作・測定を通じて実証したものであって、電子工学上寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/38161