学位論文要旨



No 216887
著者(漢字) 小島,寛之
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,ヒロユキ
標題(和) ナイト流不確実性理論への一考察
標題(洋) An approach to the Decision Theory under Knightian Uncertainty
報告番号 216887
報告番号 乙16887
学位授与日 2008.01.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 第16887号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,和也
 東京大学 教授 神取,道宏
 東京大学 教授 松島,斉
 東京大学 教授 松井,彰彦
 東京大学 准教授 柳川,範之
内容要旨 要旨を表示する

この論文は、近年研究が盛んである「ナイト流不確実性理論」への考察である。

不確実性下の意志決定理論の研究は、ノイマン&モルゲンシュテルンの研究を皮切りに、急速に発達した。その中で、とりわけ、サベージの開発した「主観的確率理論」は画期的なものであり、一方では統計学の領域で復権しつつあったベイズ主義の地位を確固としたものにし、他方では公理論的選好理論に大きな方向性を与えた。サベージの与えた公理系がかなり複雑であったため、アンスコンブ&オーマンは、ノイマン&モルゲンシュテルンの方法論に立ち返って、サベージのものよりずっと簡単な公理系によって主観的確率を与えることに成功した。サベージにおいても、アンスコンブ&オーマンにおいても、人間の不確実性下での経済行動は、「確率的期待効用」の最大化行動として描写されている。

これらの研究によって、期待効用最大化による行動が選好の公理系によって表現されることになったため、「人は本当に期待効用を最大化する行動をしているのか」という根本的な問いについて、実験による検証が簡単に行えるようになった。そして、いくつかの実験では、否定的な結果が得られた。その中で最も有名なものがエルスバーグの実験である。エルスバーグの実験により、人間が「はっきりと五分五分の確率とわかっている賭け」のほうを「確率がわからないために五分五分と考えるしかない賭け」より好む傾向が顕著であることが判明した。このことは、客観確率であれ主観確率であれ、従来の確率理論を背景にした期待効用理論では説明のできない事実であった。この実験結果は「エルスバーグ・パラドックス」と呼ばれ、非常に広く引用されるものである。このように人間が「確率のわからない環境」を忌避する性向は「不確実性回避」と名付けられ、人間が「確率のわかる環境」と「確率のわからない環境」を区別している証拠とされる。この違いを最初に指摘したのがF.ナイトであった。彼は前者を「リスク」、後者を「不確実性」と呼び、経済現象の多くは後者を伴っていると主張した。以降、このような区別をテーマにする分野は「ナイト流不確実性理論」と呼ばれている。

その後、シュマイドラーやギルボアの研究によって、エルスバーグ・パラドックスは、確率理論から加法性の性質を除去すれば説明が可能であることが明らかになった。ただし、加法性なしでは確率的期待値は整合的に定義できないため、彼らはショケ期待値という別の集計(積分) の仕方を援用している。測度に加法性を課さず、単調性のみを要請したものを「キャパシティ」と呼ぶ。キャパシティに対しては、リーマン積分の形式でショケ積分というものを定義することができる。ショケ積分は、そのキャパシティが偶然に加法性を備えるなら通常の確率的期待値と一致する、という意味で確率的期待値の拡張といえる。ショケ積分には、顕著な非対称性があるため、これまで謎とされていた多くの経済行動を、合理的な行動として説明することを可能にする。とりわけ、株取引などの金融市場に特有に見られる現象のいくつかを説明することに成功した。ショケ期待効用を用いた不確実性理論は、「非加法的確率理論」とも呼ばれ、経済学だけではなく、オペレーションズ・リサーチや工学などにおいても盛んに研究されている。

この論文は、ショケ積分に関する「局所的な加法性」を研究したものである。シュマイドラーは、ショケ積分が「コモトニック加法性」で特徴づけられることを明らかにした。コモトニック加法性とは、ともに大きくなる(共振性のある)確率変数にのみ加法性を持つような作用素の特性である。つまり、すべての確率変数に対して加法性を持つものが確率的期待値(ルベーグ積分)であるのに対し、コモトニックな確率変数にだけ加法性が保持されている作用素がショケ積分なのである。この論文でわれわれは、コモトニックよりもさらに制限されたコミニマムという概念を導入した。2つの確率変数がコミニマムとは、与えられた特定の事象たちにおいて、どの事象上でも共通の根源事象で最小値を取ることである。われわれは、コミニマムな確率変数についてだけ加法性を保持しているような作用素のクラスを完全に決定した(第3章)。結論からいえば、そのような作用素は、ショケ積分の中のさらに限定されたクラスの作用素であり、その特定の事象たちにおける最小値の加重和を取るようなものなのである。

この結果は広く応用が可能である。まず、第2章において、イプシロンコンタミネーションというクラスの効用関数の公理化に応用している。イプシロンコンタミネーションは、古くからノンパラメトリックな推定などに用いられてきた非加法的な決定関数である。この章では、イプシロンコンタミネーションをショケ積分の中で位置づけし、その公理化を行っている。

第3章では、まず、イプシロンコンタミネーションを特例として含むもっと大きなクラスであるEキャパシティの特徴付けに応用している。Eキャパシティとは、アイクバーガー&ケルセイが導入したものであり、その目的はエルスバーグの原論文に書かれているアイデアそのものを公理化することであった。また、さらに、ギルボアの導入したマルチピリオド決定と呼ばれる効用関数の公理化にも応用している。これは、「人間が大きな変化を嫌う」性向、バリエーションアバース、を導入するための研究である。

第4章では、コイクストリーマ加法性と呼ばれる性質を持つ作用素の特徴付けを行っている。2つの確率変数がコイクストリーマであるとは、与えられた特定の事象たちにおいて、どの事象上でも共通の根源事象で最小値を取るばかりではなく、さらに共通の根源事象で最大値も取るもののことをいう。コミニマムよりもさらに限定的な条件である。この章では、その特定の事象たちの作る族がある正規条件を満たす場合の、コイクストリーマ加法性を持つ作用素のクラスを完全に決定している。結論をいえば、その特定の事象における最大値の加重和と最小値の加重和の合計となる。これは、ハーヴィッチ基準と呼ばれるものと同じ形式を持ち、また、NEO加法的キャパシティと呼ばれるクラスの効用関数の一般化となるものである。

最後の第5章では、我々の理論を協力ゲームに応用している。協力ゲームでは、各部分的グループが提携するとそのグループに固有の利得が発生するという構造の中で、全員提携が達成されるには、全員提携による利得をどう配分すべきか、という問題を研究する分野である。いろいろな解概念が提唱されているが、中でも「シャプレー値」は最も有名なものの1つである。

マイヤーソンは、提携とは別に、「会議構造」と呼ばれる別の構造がある場合の特殊な協力ゲームを考察した。そして、会議構造において位相幾何学的な意味で「連結成分」となるような提携の利益をシャプレー値にしたがって配分するための2つの公理から成る公理系を与えたのである。ある2人のメンバーが位相幾何学的な意味で連結である、というのは、一方のメンバーからスタートして、共通メンバーの存在する会議をたどっていって他方のメンバーにたどりつける関係のことである。このような関係を「2人は間接的に関係性を持つ」と呼ぶことができる。我々はこの論文で、マイヤーソンの結果を発展させ、「直接的な関係性」だけを関係性として認める場合の会議構造におけるシャプレー値を3つの公理によって特徴付けている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はKnight流不確実性理論を扱ったものであり、Choquet期待効用よりも豊かな構造を持っ効用関数を提示し、その公理化を行っている。また、Knight流不確実性理論で使用したテクニックを協力ゲームの理論に応用し興味深い結果を得ている。

本論文の構成は以下の通りである。

第1章 Introduction

第2章 ε-contamination and Comonotonic Independence Axiom

第3章 Cominimum Additive Operators

第4章 Coextrema Additive Operators

第5章 A Refinement of the Myerson Value

Knight流不確実性理論の概要

期待効用の理論は、Neumann and Morgenstein(1947)により提唱されその後の経済学に大きな影響を与えた。より具体的には、少なくとも一見したところ当前に見える選好に関する公理系と両立するのは期待効用のみであることを証明した。また、この理論は客観確率に関するものであったが、Savage(1954)は主観確率の場合にも期待効用を公理系によって表現できることを証明した。しかし一方で、不確実性下の決定において人々は期待効用を最大化してはいないと思われる実験結果もでてきた。そのなかで、もっとも本論文と密接な関係があるのがEllsbergの実験である。彼は、「はっきりと五分五分と確率のわかっている賭け」のほうを「確率がわからないために五分五分と考えるしかない賭け」より好む傾向があることを示した。これは、従来の確率理論を背景にした期待効用理論では説明できない。この結果は、人間が「確率のわかる環境」と「確率のわからない環境」を区別することの重要性を示唆している。この2つの環境の差の重要性を最初に指摘したのがF.Knightである。彼は前者を「リスク」、後者を「不確実性」と呼んだ。本論文の目的は、このKnight流不確実性理論の精緻化である。

Schmeidler(1989)とGilboa.(1989)は、Ellsburgのパラドックスが確率理論から加法性の性質を除去すれば説明可能であることを示した。より具体的には、通常の確率測度による積分である期待効用ではこのパラドックスは説明できないが、加法性のない測度による積分では説明できるということである。ただし、加法性なしでは通常の積分は定義できないためChoquet積分という概念を使うことになる。なお、測度に加法性を課さず単調性のみを要請したものをcapacityと呼ぶ。つまり、capacityとは,statespace S の部分集合上に定義される関数で、(i)v(θ)=0,v(S)=1,(ii)0≦v(A)≦1forall A⊆S,(iii)A⊆B implies v(A)≦v(B)を満たすものである。Choquet積分とは、このcapacityによる積分である。

また、彼らはこのChoquet期待効用の公理による表現も行っている。この公理化は、本論文と密接に関わるのでやや具体的に説明しておこう。以下では、Savageの公理は複雑であるため、より簡単なAnscombe and Aumann(1963)の公理を用いて説明を行う。彼らは選好に関する5つの公理、AA1(0rdering),AA2(Independence),AA3(Continuity),AA4(Monotonicity),AA5(Non-degeneracy)により主観確率下の期待効用が表現できることを示した。Schmeidlerは、AA2(Independence)のみををAA2(como)(comonotonic independence)で置き換えることによりChoquet期待効用の公理化に成功した。ここで、comonotonic independenceとは、comonotonicな選好にのみindependence axiomを課すということである。

Theorem(Schmeidler 1989)

2項関係≧が AA1,AA2(como),AA3,A44,AA5満たすことは、capacityvとafine、関数uが存在してすべてのf、gに対し〓が成立することと必要十分。ここで積分はChoque積分。

各章の内容の要約・紹介

本論文の目的の一つは、Choquet期待効用より一般的な効用関数を提示しその公理化を与えることにある。まず、第2章ではε-contaminationと呼ばれる効用関数〓(1)(ここでαはrandom variable)の公理化を行う。

まず2つの関数がS上で同一のminimizerを持つときcominimumという。cominimumな選好に関してのみindependence axiomを課すのがAA2(comi)(cominimum independence)である。

Theorem:2項関係とがAA1,AA2(comi),AA3,A44,AA5満たすことは、finitely additiveな測度μとaffine関数uが存在してすべてのf、gに対し〓が成立することと必要十分。

第3章では、ε一contaminationを特例として含むより大きなクラスであるE-capacityの特徴付けを行っている。Ecapacityとは、Eichberger and Kelseyが導入したものであり、その目的はEllsburgの原論文に書かれているアイデアそのものを公理化することであった。また、Gilboaの導入したマルチピリオド決定と呼ばれる効用関数の公理化にも応用している。これは、「人間が大きな変化を嫌う」性向、バリエーションアバース、を導入するための研究である。

まず、状態空間Sに対し部分集合の集合ε⊆2sを考える。集合Tは以下を満たすときε-completeという:

すべての2点ω,ω'∈Tに対し{ω,ω'}⊆E⊆Tを満たすE∈εが存在する。

また、εは以下を満たすときcompleteという:

εがすべてのε-complete部分集合を含む。

Theorem:εをcompleteと仮定する。このとき、以下は同値:

1.ν=ΣTβTuTはε-cominimum additive,

2.∫xdv=ΣT∈εβTminTX.

この定理は、第2章のε一contaminationを特例として含み、さらにGilboaの導入したマルチピリオド決定と呼ばれる効用関数の公理化にも応用可能である。

第4章では、coextrema加法性と呼ばれる性質を持つ作用素の特徴付けを行っている。2つの確率変数がcoextremaであるとは、与えられた特定の事象たちにおいてどの事象上でも共通の根源事象で最小値を取るばかりではなく、さらに共通の事象で最大値も取るもののことをいう。この章では、その特定の事象たちの作る族がある正規条件を満たす場合の、coextrema加法性を持つ作用素のクラスを完全に決定している。具体的には〓(2)と表現される効用関数の特徴付けと公理化を行っている。

第5章では、第3,4章で導入したテクニックを協力ゲームに応用している。協力ゲームでは多くの解概念が提唱されているが、中でもShapley値は最も有名なものの1つである。Myerson(1977)(1980)は、提携とは別に、「会議構造」と呼ばれる別の構造がある場合の特殊な協カゲームを考察した。そして、会議構造において位相幾何学的な意味で「連結成分」となるような提携の利益をShapley値にしたがって配分するための2つの公理から成る公理系を与えた。ある2人のメンバーが位相幾何学的な意味で連結であるというのは、一方のメンバーからスタートして、共通メンバーの存在する会議をたどっていって他方のメンバーにたどりつける関係のことである。このような関係を「2人は間接的に関係性を持つ」と呼ぶことができる。この論文では、Myersonの結果を発展させ、直接的な関係性」だけを関係性として認める場合の会議構造におけるShapley値を3つの公理によって特徴付けている。

論文の評価

Knight流不確実性の理論は、ある意味、いかなる集合族に局所的加法性を課すかに帰着する。本論文ではcominimumおよびcoextremaという概念を導入し、cominimum確率変数あるいはcoextrema確率変数についてだけ加法性を保持しているような作用素のクラスを完全に決定した。.これにより、ある意味Choquet期待効用より豊かな性質を持つ効用関数を提示し、またそれを公理化することに成功した。また、Knight流不確実性の理論で使用したテクニックを使ってMyersonの会議構造におけるシャプレー値の理論を発展させた。

これらの結果は、Knight流不確実性の理論を精緻化しより豊かな構造を提示したという意味で高く評価されるものである。実際、これちの結果は国際的にも高く評価されており、第3章は既にJournal Mathematical Ecenomicsに掲載されている。また、第5章は国際的に高く評価されているゲーム理論の学術誌に投稿中で改訂の要求がきている。

なお、第3、4、5章は梶井厚志氏(京都大学)および宇井貴志氏(横浜国立大学)との共著である。しかし、小島寛之氏のこれらの論文に対する貢献度は非常に高いことを付け加えておく。

以上により、審査委員は全員一致で本論文を博士(経済学)の学位授与に値するものであると判断した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42893