学位論文要旨



No 217269
著者(漢字) 深澤,正彰
著者(英字)
著者(カナ) フカサワ,マサアキ
標題(和) 確率的ボラティリティの漸近解析
標題(洋) Asymptotic Analysis for Stochastic Volatility
報告番号 217269
報告番号 乙17269
学位授与日 2009.12.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第17269号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,朋広
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 准教授 稲葉,寿
内容要旨 要旨を表示する

確率的ボラティリティとは, 数理ファイナンスにおける資産価格過程のモデリングにおいて導入された概念で, 確率(的) ボラティリティ(変動) モデルと呼ばれるクラスは, その柔軟性により市場データにおける多くの経験則を再現する一方, 少数の特殊なケースを除いて陽に解析することが難しいことで知られている. それはBlack-Scholes モデルの自然な拡張であるが, そこで得られていた尤度, オプション価格, ヘッジ戦略などについての明示的表現はもはや期待できない. 本論文ではこの確率的ボラティリティにまつわる幾つかの問題を漸近論的手法により解析する. 一般的なモデルに対して, 各種の問題に応じた適切な漸近論(または摂動論) の枠組に載せることで, 陽には追跡できなかったモデルの特性や, またそのモデルをデータ解析に当てはめるための実用的な手法を導くことができる.

第一章では連続セミマルチンゲールの二次変動に対する中心極限定理を証明する. この研究は高頻度に観測された資産価格データから累積ボラティリティを推定する問題に動機付けられている. 連続セミマルチンゲールX と時刻分割列〓に関する二次変動〓に対して, 確率解析における基本的な事実として, サンプリング間隔〓が〓で広義一様に0 に収束するとき,〓なる確率収束が知られている. この0 次の収束(大数の法則) は_n の構造に依存しない一方, 1 次の漸近分布(中心極限定理) は_n の漸近構造に依存することが知られている. その結果は_n がX と(条件付) 独立な場合にJ. Jacod によって1990 年代に与えられたが, より一般の停止時刻列への拡張は未解決な問題であった. 第一章における主要な結果は, 増分X_nj〓の条件付モーメントの構造によって定まる, ある減少列_n と適合過程b, c に対して〓なるC[0;1) 上の安定収束を主張するものである. ここでX0 は, ある独立なBrown 運動W のhXi による時刻変更として定義される. この二次変動の極限分布は確率微分方程式のEuler-丸山近似の誤差分布と密接に関連している. 主結果の応用として, 通常の時間離散化によるEuler-丸山近似法よりも誤差漸近分散を小さくするような離散化スキームを構成する.

第二章は第一章より僅かに強い仮定の下, 第一章の結果を拡張するものである. ここでは確率積分とそのリーマン積分近似の誤差〓の漸近分布を導く. ここでX, Y は連続セミマルチンゲールであり, X = Y のケースが前章に対応する. 主結果は〓なるC[0;1) 上の安定収束を主張する. ここでY0 は, ある独立なBrown 運動W のhYi による時刻変更として定義される. また誤差漸近分散の, 分割列_n に依らない下界とそれを達成する分割列も構成する. このような結果はセミマルチンゲールを現象のモデルとして扱う際, 普遍的に重要な役割を果たすことが期待できるが, 特に確率ボラティリティモデルの枠組では, 高頻度データに基づく推定関数の漸近挙動の解析に本質的な役割を果たす. また与えられた連続時間の(優) ヘッジ戦略に対し, それを離散近似した場合のヘッジ誤差を評価するものでもある. この章では応用として特に取引費用を勘案した最適デルタヘッジ戦略を構成する. 第一章・第二章で与えられる結果はBlack-Scholes モデルに限定しても新しいものであり, 連続時間モデルに基づく理論と, 離散的な取引・データで構成される現実とのギャップを漸近論により橋渡ししていると言える.

第三章では確率ボラティリティモデルの特異摂動展開を考える. これは2000 年前後にFouque らによって導入された高速平均回帰( fast mean reverting ) モデルを拡張するものである. 資産価格過程S t に対して, 摂動パラメータ_ が入った確率微分方程式〓を仮定し, _ ! 0 の極限におけるS T の分布の漸近展開を与える. これから特にヨーロッパ型オプション価格の, Black-Scholes 価格周りの漸近展開公式が導かれる. Fouque らの先行研究では偏微分方程式の摂動により,X がOU 過程の場合にその展開の正当性が証明されている. 一方ここでは著者の, エルゴード的拡散過程に対するエッジワース展開についての先行結果を拡張して, この問題に適用する. エルゴード性についての弱い仮定の下, 広いクラスの一次元拡散過程X に対して漸近展開の正当性が証明される.

第四章ではマルコフ型とは限らない, しかも飛躍を持つ確率ボラティリティモデルに対して, 可積分性と分布の非退化性の仮定の下, より一般の摂動展開の正当性を, マルチンゲール展開に対するYoshida の公式に基づき証明する. 第三章・第四章で系として得られるインプライドボラティリティの展開公式は, その驚くほどの簡明さにもかかわらず, ボラティリティスキューやボラティリティの期間構造を確率的ボラティリティと資産価格過程との漸近的相関構造の効果として再現している. この最後の二章は相補的に, 確率ボラティリティモデルのBlack-Scholes モデル周りの摂動展開に関する多くの既存結果を確率論的手法により拡張している.

審査要旨 要旨を表示する

論文提出者深澤正彰は、確率ボラティリティに関係する混合正規型極限定理および漸近展開に関する新しい結果を与えた。

確率ボラティリティは、ファイナンスにおける資産価格過程のモデリングにおいて頻繁に用いられ、これにより、Black-Scholesモデルなどの基礎モデルを拡張し、より表現力豊かな確率過程を構成することが可能となる。その有用性に反して、尤度、オプション価格、ヘッジ戦略などの陽表現ができず、理論的な取り扱いだけでなく、計算上も困難が生じる。本論文は統計学における漸近的方法に基づき、確率ボラティリティに由来する問題に対して厳密な解析を行っており、それは確率統計学とファイナンスの境界分野での新しい試みである。解析を実行するために、新しい極限定理を与えており、純粋た確率統計学的観点からも価値あるものである。

セミマルチンゲールに対して、停止時の増大列に沿った二次変動を考える。これは統計学的には、セミマルチンゲールを、一般にそのパスの履歴によって定まるランダムな時刻において、時間離散的に観測し、セミマルチンゲールのブラケット(二次変動過程)を推定する問題に対応している。その推定量の誤差分布が第一の課題であり、この問題は、よく扱われる等間隔独立サンプリングの場合にくらべ遥かに難しい問題となる。近年、様々な強可予測性の概念が導入され、そのもとで混合型中心極限定理が証明されるようになって来たが、本論文ではヒッティングタイムを含むより一般的なサンプリングスキームに適用可能な極限定理と安定的収束が示されている。確率過程の増分のエネルギーおよび条件付きの高次モーメントの局所的な条件で結果が与えられており、ヒッティングタイムにも便利な定式化がなされている。同様の方法により、確率微分方程式の離散近似に伴う誤差に対する極限定理を証明し、その応用として、オイラー・丸山近似よりも漸近的に誤差分散を小さくする離散化のスキームを構成しており、応用上も興味深い結果である。

論文後半は確率ボラティリティモデルにおける非正則汎関数の期待値の近似を、特異摂動のもとで示している。これは、Fouque、Papanicolau、Sircarによる高速平均回帰(fast mean reverting)モデルを拡張するものであるが、ここでの解析は確率統計学的で厳密なものである。応用として非線形モデルに対してボラティリティ・スキューが漸近展開によって捉えられている。主要結果の証明には、深澤が修士論文として発表した(Probab.Theory Related Fields、2008)regenerative functionalの方法による拡散過程の加法的汎関数に対するEdgeworth展開が使われている。この方法は漸近展開の際に必要なミキシング係数の減衰指数を低減するとされ、緩い条件の下で証明するために長い手続きが取られている。最終章では、マルチンゲール漸近展開の方法によってこの問題が解決されている。過去の多くの結果が統一的に導かれ、ジャンプや強従属性が存在する場合にも適用され、その手法の普遍性により更なる一般化の可能性も示唆している。

2次変動過程に対する新しい極限定理を与え、さらに、確率統計学の漸近的方法により、確率ボラティリティの問題に独自の視点を与えた本論文の意義は大きなものである。よって、論文提出者深澤正彰は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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