学位論文要旨



No 217402
著者(漢字) 富安,亮子
著者(英字)
著者(カナ) トミヤス,リョウコ
標題(和) CM体のCM-typeとreflexの体のある代数的性質について
標題(洋) On some algebraic properties of CM-types of CM-fields and their reflexes
報告番号 217402
報告番号 乙17402
学位授与日 2010.09.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第17402号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 教授 寺杣,友秀
 東京大学 教授 松本,眞
 東京大学 教授 辻,雄
 東京大学 准教授 志甫,淳
 東京大学 教授 早野,龍五
内容要旨 要旨を表示する

本論文においては、CM 体Kのreflexの体が持つ代数的構造に関する新しい定理を3つ示す。Kの有理数体Q 上のガロア閉包Kcのガロア群Gal(Kc/Q)の構造から導かれるhalf norm mapの組合せ論的な性質からこれら三つの定理が導かれる。この結果から、志村・谷山によるアーベル多様体のcomplex multiplicationの理論に登場するreflexの体と元のCM 体Kの関係性について、新たな視点を提案することが本論文の目的である。

楕円曲線におけるCM理論は志村・谷山により高次元へと拡張された。高次元においては、CMを持つアーベル多様体のモジュライの体およびn 分点によって、CMを与えるCM 体Kではなく、reflexの体と呼ばれる別のCM体のアーベル拡大体が生成される。また、アーベル拡大体のガロア群はイデール群の間の写像として定義されるhalf norm mapのkernelによって与えられる。

CMを持つアーベル多様体によるアーベル拡大体ついては、論文[Shimura, 1962; Ovseevich, 1974]において調べられ、Kの最大総実部分体K0の類体と全てのCM-type から生成されるアーベル拡大体の合成体のガロア群に関する記述が与えられた。また、[Kubota, 1965]において一つのCM-typeによって生成されるアーベル拡大体のランクが求められた。さらに全てのCM-typeによって生成されるアーベル拡大体(K0の類体は含まない)のガロア群の記述が[Wei, 1994]において与えられている。まず一番目の定理(Theorem 2.1)において、Weiの定理を一般化し、モジュライの体と任意の自然数nにおけるn 分点によって生成されるアーベル拡大体の記述を与える。証明の方法としては、上記のhalf norm mapに関する組合せ論的な補題を用いることにより[Wei, 1994]とは異なる証明を与える。

Reflexの体と元のCM 体の関係に関して、[Shimura, 1977]において、ガロア群Gal(Kc/Q) が二面体群D2nに同型のときには、体Kとそのreflexの体との間に指標関係式が成立することが指摘された。一般に、指標関係式からArtin L 関数の関係式、さらに相対類数などの代数体の不変量の関係式を得ることができる。二番目の定理(Theorem 3.1)では、一般のCM 体において成立する指標関係式を与え、さらに志村によって得られた指標関係式がこれから導かれることを示す。関係式の左辺と右辺にはそれぞれ、全てのreflexの共役類の代表系、および、元のCM 体Kを含むCM 体K(I)の集合が現れる。KのQ 上の次数が2, 4, 8に等しいときには、全てのK(I) がKに等しい。

三番目の定理(Theorem 4.1)は、multiplicative quadratic formであるPfister formとreflexの体の関係について述べる。CM体Kの最大総実部分体をK0とし、ある総正な元d ∈K0 が存在してK =K0(√(-d))であるとする。さらに、K0の実数体R への埋め込みをφ1,…, φNとして、ΛをCM-typeの代表系とすると、K0のQ上ガロア閉包Kc0 上で定義されたPfister form q :=<1, φ1(d)…< 1, φN(d)>は、reflexの体の直和Φ∈ΛK*(Φ) 上で定義される2 次形式TrK*(Φ)/Q(aa)のorthogonal sumに同型となる。

一般にCM 体Kのイデアルaに対し、a〓Φ∈ΛNΦ(a)の像はΦ∈ΛK*(Φ)の格子となる。これによって、KのK0 上の相対イデアル類群から2N 次元2 次形式への写像を作ることができるが、一番目の定理と三番目の定理は、この写像のkernelとimageに関する結果を与えている。特に、K が虚2 次体の場合、この写像によって、Kのイデアル類群の積構造は2 次元2 次形式のcompositionによる積構造に一致することはよく知られているが、本論文の結果はこのことの高次元への拡張を与えていると考えることができる。

審査要旨 要旨を表示する

第二次世界大戦後、Andre Weil, 志村五郎、谷山豊によって組織的な研究が始められた、高次元の極大虚数乗法をもつアーベル多様体の理論は、一次元の古典的な場合と異なり、そのアーベル多様体の自己準同型代数であるCM体K(総実な体上の総虚な2次拡大体はCM体という)と、そのアーベル多様体のmodulusのCM体K*は、一般には異なる体になる。ここで、KからK*を得るときに、Kの複素数体の埋め込みの「半分」Φを指定して(これはアーベル多様体から決まるCM型と呼ばれる)、それによってhalf-norm map, half-trace mapをKからK*(Φ)へ、有理数体上の代数群の写像として定めることが基本的な構成で、双対あるいはreflexの体K*(Φ)も、この写像を与える最小の代数体として特徴づけられる。ここで付言すれば、これが一般のShimura多様体の正準模型を自然に定義する体の構成の原型となっている。

さて、ここで問題となるのは、KとK*(Φ)の関係であるが、これについては興味深い重要な問題にも関わらず、極めて研究が少なく不十分な状態であるのが現状である。

さて申請者は、Journal of Number Theoryに掲載予定の同じ表題の論文で、この問題に関して以下の重要な三つの定理を得ている。通常の手続きで、いまKとK*(Φ)の役割を交換する。

主定理1 : AをK上定義される極大虚数乗法をもつアーベル多様体で、bをそのreflexの体の整イデアルとするとき、Aのmodulusとb-等分点で生成される体の(類体論で対応する)Galois群を特徴づける結果である。

主定理2 : これは、Kとそのreflexes (CM型Φを動かせば、Kの次数を2nとすると、2n個ある)のGalois群の指標の間のある関係式から、ArtinのL関数の関係式を導く。

主定理3は、CM体の相対イデアル類群に、そのreflexの体上のPfister形式という2次形式を対応させる結果である。

上記の論文の三つの定理のうち、定理1は、既存の結果(論文中で引用されているWeiの結果)をよりシャープにした。技術的な改善であるが、特定のイデアルbを固定して定式化した形で結果が得られる点が優れている。定理2は、これまでの結果(Shimura, Dodsonなど)を包括的に含む、一般性のある結果である。元のCM体のいくつかのArtin L関数と、reflexの体のArtin L関数の関係式を示すということは、例えば有理数体上の分岐する素数などにある関係が存在することを意味する。これは個々の実例では確認できるが、その関係の適切な定式化を与えるのは容易ではない。

定理3は、Gaussの古典的な2次体の研究で、イデアル類群と2次形式のWitt群が自然に同型になる結果を高次の場合に拡張を試みた。まだ、いろいろ関連する問題を解決する必要があるが、新たな方向への出発点であり興味深い。

高次元の極大CM型のアーベル多様体は、複素数体上で形式的に存在を示すことは易しいが、そのmoduliの体を決めた例は、Fermat曲線のJacobi多様体の因子の外は、2・3の強い対称性をもつ曲線のJacobi多様体の因子ぐらいしか例が知られていない。申請者はわずかな手がかりから、既存の結果の本質を見抜き、おそらくは、標準的な議論でできる最良の一般化を得ていると思われる。

この論文によって既存の、いわば「中途半端」な過去の結果が、収まるべきところに収まったように思う。今後CM体と、そのreflexを研究するときには基礎となる良い結果である。

よって、論文提出者 富安亮子は、博士(数理科学)の学位をうけるにふさわしい十分な資格があると認める。

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