学位論文要旨



No 217536
著者(漢字) 高岡,浩一郎
著者(英字)
著者(カナ) タカオカ,コウイチロウ
標題(和) マルチンゲール理論およびその数理ファイナンスへの応用に関する幾つかの性質
標題(洋)
報告番号 217536
報告番号 乙17536
学位授与日 2011.07.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第17536号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 新井,仁之
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 吉田,朋広
 東京大学 特任教授 志賀,徳造
内容要旨 要旨を表示する

マルチンゲールとは「公平なゲーム」というイメージに対応した確率過程のクラスであり,ゲームや賭け事に関係する確率現象だけでなく,直接関係のない確率現象の分析にも随所に顔を出す概念である.本論文は,マルチンゲール理論およびその数理ファイナンスへの応用に関する計3 つの話題,すなわち(1) マルチンゲールの一様可積分性,(2) 数理ファイナンスの基本定理,(3) 新しい株価過程モデルの提唱と分析についての研究成果である.

5 つの章から成っており,第1 章では日本語で全体の概説を行っている.そして第2 章はマルチンゲールの一様可積分性に関する章である.実マルチンゲールM = {Mt}∈[0,∞) が確率変数族として一様可積分であることと,時刻∞も込めて{Mt}t∈[0,∞) がマルチンゲールであることの同値性が古典的な結果として知られている.与えられた(局所)マルチンゲールの一様可積分性のチェックは一般には難しいので,その絶対値の上限supt| Mt|や2 次変分〈M〉∞ を用いて一様可積分性を特徴付けることへの興味が生じた.この話題に関する先行研究Azema-Gundy-Yor(1980) を精緻化し,さらにElworthy-Li-Yor (1997) とGaltchouk-Novikov (1997) の定理の仮定(M が下に有界であるという仮定)を緩めて適用範囲を拡げたものが,第2 章の主結果である.

定理2.1.1M= {Mt}t∈[0,∞)t∈[0,∞) は,通常の条件を満たすフィルター付き確率空間上の実連続局所マルチンゲールとする.確率1 でM∞ := limt→∞Mt が存在し,かつE[|M∞|]<∞ であると仮定する.このとき2 つの極限

が存在して,

が成り立つ(ただしι(1)= ι(2)=∞の可能性もある).さらに,M が一様可積分マルチンゲール⇔ι(1)= ι(2)=0.

この定理の証明において極限ι(2) の存在を示すのが最も難しいが,M と2 次変分が等しい局所マルチンゲールNt :=-∫ t0 sgn(Mu)dMu を考え,これに田中の公式やSkorohod方程式の議論を適用してι(2) の存在を示していくのが,証明の主なアイデアである.

第3 章は数理ファイナンスの基本定理に関する章である.確率過程を用いた資産価格過程のモデル化に関して,Harrison-Kreps (1979) およびHarrison-Pliska (1981) は,無裁定条件と同値マルチンゲール測度(資産価格過程をマルチンゲールにする確率測度)の存在との同値性を示すことにより,マルチンゲール理論と無裁定理論とを結びつけた.彼らの定理およびその様々な一般化は総称して数理ファイナンスの基本定理と呼ばれている.Harrison-Kreps やHarrison-Pliskaの定理は離散時間かつ有限確率空間の設定下での結果だが,連続時間の設定下での定理として有名なDelbaen-Schachermayer (1994, 1998) は,一般のRd 値セミマルチンゲールに対して,無裁定条件を少し強くしたNFLVR (No Free Lunch with Vanishing Risk) 条件と同値σ-マルチンゲール測度(資産価格過程をσ-マルチンゲールにする確率測度)の存在との同値性を示した.またNFLVR を少し弱くしたNUPBR (No Unbounded Profit with Bounded Risk) 条件と,同値σ-マルチンゲール測度の存在を少し弱くした条件との同値性が, Rd 値連続セミマルチンゲールに対してはChoulli-Stricker (1996) によって示され,また一般の実セミマルチンゲールに対してはKardaras(2011) によって示された.この同値性が一般のRd 値セミマルチンゲールに対しても成り立つことを証明したのが,第3 章の主結果である.

定理3.2.5 S = {St}∈[0,T ]は,通常の仮定を満たすフィルター付き確率空間上のRd 値セミマルチンゲールとする,ただしT は満期を表す正定数.このとき以下の2 つの性質は同値である.

(i) NUPBR 条件が成り立つ,つまり実確率変数族

{(H ・ S)T|H はRd 値可予測過程で,S-可積分かつH ・ S ≧-1a.s.}

が実確率変数空間L0 において有界である.ただしH ・ Sは,H のS についてのベクトル伊藤積分を表す.

(ii) 値が正の局所マルチンゲールZ で,E[Z0] < ∞ かつZS がσ-マルチンゲールになるようなもの(strict martingale density) が存在する.

この定理の証明方法は,上記のChoulli-Stricker やKardaras の論文とは全く異なり,基準財をうまく変更させてDelbaen-Schachermayer の定理に帰着させる方法をとっている.次元に依らず適用可能な手法である.

第4 章および第5 章では,新しい株価過程モデルの提唱と分析を行っている.株式オプションなどの派生証券(デリバティブ)の価格付けの際に用いる株価変動モデルの原型として有名なのは,Black-Scholes モデル(1973) である.1 銘柄の株価過程を幾何Brown 運動でモデル化し,安全債券価格をBt := ert とモデル化するという計算上扱いやすいモデルだが,モデルでは定数と仮定している瞬間的ボラティリティが実際には変動しているなど,実際の株価データと合致しない点が早い時期から指摘されてきた.モデルを現実により近付けるために,様々な拡張/代替モデルが先行研究で提唱されている.本論文では,安全債券価格をBlack-Scholes モデルと同様にモデル化し,1 銘柄の株価過程モデルとしては

S t (1) := s0 ert∫ ∞0exp{ν(Wt + Ct)- (ν2|2) t}λ(dν) (第1 拡張モデル)

および

S t (2) := s0 ert 1|(∫∞0 exp{ν(Wt + Ct)- (ν2|2) t}λ(dν)((第2 拡張モデル)

という2 種類の拡張型Black-Scholes モデルを提唱している.ただしW は,通常の仮定を満たすフィルター付き確率空間上の1 次元Brown 運動でW0 = 0 とし,フィルトレーションはW から生成されているとする.またλ は([0,∞), B([0,∞)))上の決定論的な測度で

λ([0,∞)) = 1 かつ ∫ ∞0 νλ(dν) < ∞

を満たすものとする.そしてs0 > 0, r, C の3 つは定数である.s0 は初期株価を表す.2 つの拡張モデルの割引株価過程は,互いに逆数の関係になっている.決定論的な測度λ の形を1 つ定めるごとに株価過程のダイナミクスが1 つ定まることになり,特にλ が1 点に集中している設定はBlack-Scholes モデルと一致する.また今回の拡張モデルは局所ボラティリティモデルの範疇に入り,それぞれのモデルに対して割引株価過程をマルチンゲールにする確率測度が唯一定まる.第4章ではモデルの提唱後に,両モデルに関する幾つかの数学的性質やこれらのモデルに基づくオプション価格について論じている.また経済学の均衡論的な議論からモデルを導いて,測度λ が経済学的に「リスク許容度の市場における分布」と解釈できることを示している.また第5 章では,両モデルの瞬間的ボラティリティ過程

の挙動や,局所ボラティリティ関数およびインプライド・ボラティリティ関数について調べている.インプライド・ボラティリティが第1 拡張モデルに対しては行使価格について狭義単調増加だが第2 拡張モデルに対しては狭義単調減少であるなど,第2 拡張モデルの性質のほうが現実の株価データと符合している.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、数理ファイナンスに関連したマルチンゲール理論の問題の研究を行っており、さらに2種類の新しい証券過程モデルを提唱しそれらについて解析を行っている。

マルチンゲール理論に関連した結果の主要なものは以下の2つの定理である。

定理 M= {Mt}t∈[0,∞)t∈[0,∞) は,通常の条件を満たすフィルター付き確率空間上の実連続局所マルチンゲールとする.確率1 でM∞ := limt→∞Mt が存在し,かつE[|M∞|]<∞ であると仮定する.このとき2 つの極限〓が存在して、

が成り立つ(ただしι(1)= ι(2)=∞の可能性もある).さらに,M が一様可積分マルチンゲール⇔ι(1)= ι(2)=0.

この結果はAzema-Gundy-Yor(1980) の精緻化、Elworthy-Li-Yor(1997),Galtchouk-Novikov (1997) の結果の拡張となっている。

定理. T > 0, とし、S = {St}t∈[0,T ] は通常の条件を満たすフィルター付き確率空間上のRd 値セミマルチンゲールとする。このとき以下の2 つの性質は同値である。

(i) NUPBR 条件が成り立つ,つまり実確率変数族

{(H ・ S)T|H はRd 値可予測過程で,S-可積分かつH ・ S ≧-1a.s.}

が実確率変数空間L0 において有界である.ただしH ・ Sは,H のS についてのベクトル伊藤積分を表す.

(ii) 値が正の局所マルチンゲールZ で,E[Z0] < ∞ かつZS がσ-マルチンゲールになるようなもの(strict martingale density) が存在する.

この結果はChoulli-Stricker (1996), Kardaras(2011) の結果の拡張となっている。

さらに本論文では、証券過程のモデルとして、

S t (1) := s0 ert∫ ∞0exp{ν(Wt + Ct)- (ν2|2) t}λ(dν) (第1 拡張モデル)

および

S t (2) := s0 ert 1|(∫∞0 exp{ν(Wt + Ct)- (ν2|2) t}λ(dν)((第2 拡張モデル)

という2 種類の拡張型Black-Scholes モデルを提唱した。ただしW は原点から出発する1 次元Brown 運動で、フィルトレーションはW から生成されるものを考える。またλ は

λ([0,∞)) = 1 かつ ∫ ∞0 νλ(dν) < ∞

を満たす([0, ∞), B([0, ∞)))上の測度、s0 > 0, r, C は定数である。

これらのモデルについて、無裁定条件を満たすことを証明すると共に、ヨーロッパ型コールオプションの価格公式など様々な公式を導いている。また、部分均衡の存在の証明など経済学的な考察も行っている。また、インプライドボラティリティの作る曲線についても数値計算を用いて調べている。

このように本論文ではマルチンゲール理論において新しい結果を得ると共に、証券価格の新しいモデルを提唱し、それに関して様々な結果を与えた。これは確率過程論及び数理ファイナンスの観点から高く評価できるものである。

よって、論文提出者 高岡浩一郎 は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める。

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