学位論文要旨



No 217594
著者(漢字) 安福,悠
著者(英字)
著者(カナ) ヤスフク,ユウ
標題(和) ネヴァンリンナ理論とボイタ予想に基づく有理多様体上のabc型問題と数論的力学系の研究
標題(洋) An abc-type Inequality and Arithmetic Dynamics on Rational Varieties Based on Nevanlinna Theory and Vojta's Conjecture
報告番号 217594
報告番号 乙17594
学位授与日 2011.12.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第17594号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野口,潤次郎
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 宮岡,洋一
 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 教授 松本,眞
 日本大学 教授 河野(平田),典子
内容要旨 要旨を表示する

この論文では,ディオファントス幾何の重要な予想のひとつであるボイタ予想に関連する,射影平面のプローアップ上や射影空間上での3つの結果を扱っている.第一章の背景で詳述されているように,ボイタ予想とは元々,有理型関数の値分布に関する複素解析学の一分野であるネヴァンリンナ理論に基づいている.具体的に,ネヴァンリンナ理論とは,有理型関数f:C-→P1と値α∈Cに対し,半径rの円上でどれだけfがaに近い値をとるかを測る接近関数

と,半径rの円内でノが丁度aの値をとる回数を原点に近い所に重みをつけて数えあげる個数関数

の間の密接な関係についての理論である.ネヴァンリンナ理論の第一主要定理は,位数関数と呼ばれるTf(a,r)=mf(a,r)+Nf(a,r)が,aを変えてもrの関数として有界な差しか現れないことを主張する,特に,fがaの値をとらないならば,その分aに近い値をとる頻度が多い事で調整される.次に,第二主要定理は,任意のe>0に対し,測度0の集合E(e)があり,

がr¢E(e)で成り立つことを言う.つまり,いくつもの接近関数が同時にあまり大きくなることがない.

ボイタ[4]は,この第二主要定理と,ディオファントス近似のロスの定理の類似性に着眼し,ネヴァンリンナ理論の概念と整数論の概念を結びつけるいわば辞書を作り出した.本論文の第一章で詳しく解説しているように,例えば有理型関数は無限個の有理数に,接近関数は局所高さの有限和に,位数関数は高さ関数に対応する.この辞書を使うと,第二主要定理の誤差項を少し弱めたものが丁度ロスの定理に翻訳されることが分かる.そこでボイタは,ネヴァンリンナ理論の第二主要定理の高次元化の試みであるグリフィス予想を,彼の辞書を使ってディオファントス近似に翻訳した.これがボイタ予想で,具体的には次の主張である.

ボイタ予想.kを数体,Xを滑らかなk上射影代数多様体とする.X上の因子として,Pを直交交叉因子,Kを標準因子とし,Aを豊富な因子とする.sをkの付値の有限個の同値類とし,v∈Sに対し,局所高さλD(-,v)を固定し,また大域高さhA(-)とhK(-)を固定する.この時,任意のe>0に対し,Zariski閉でXには等しくないZ=Z(e)と定数0があり,

がP∈X(k)\Zで成り立つ.

右辺はeがあるため小さいので,上の式の左辺も小さい.因子に点がv進距離で近いほど局所高さ関数は大きいので,有理点が因子Dにあまり近づけない,というのがこの予想の主張である.標準因子Kに負の部分があれば,その分だけ有理点がDに近づくことができ,大域的幾何の情報である標準因子が,有理点が因子にいかに近づけるかという整数論の近似の問題を制御している.この予想は大変強力で,例えば射影空間上の線形因子に関しては,シュットの部分空間定理と同値であり,またこの予想はモーデル予想(ファルチングスの定理)やボンビエリ・ラング予想も導く.しかしながら,多くの場合で未解決であり,なぜこの予想が成り立つのかを理解する上でより多くの具体例での考察が欠かせない.

本論文にはボイタ予想に基づく結果が3編含まれている.第二章が一編目で,射影平面のブローアップ上でのボイタ予想と,整数論の最も重要な予想のひとつであるabc予想との関連である[7].主結果は次である.

定理.Dを射影平面上の三角形とし,三角形の丁度一辺だけにのっている点で射影平面をブローアップしたものをX(1)とし,例外因子をE(1)とする.続いて,E(1)上だがDの固有変換上にはない点でX(1)をブローアップしたものをX=X(2)とし,新しい例外因子をE(2)とする.このとき,X上の因子D+E(1)+E(2)のボイタ予想は,aをS単数,b=1-a,c=1としたときのabc予想を導く.

この場合,aを割る素数は5に含まれる有限個のみのため,abc予想は,任意のe>0に対し,ある定数0があり,

〓 aはS単数

となる.これは未解決である.ボイタ予想からαbc型の問題を導けること自体は驚きではなく,現にボイタが任意次元でのボイタ予想を仮定してabc予想を導いている[5].本章の結果の重要性は,特殊ケースとはいえ,幾何学的に単純な有理平面一つの上でボイタ予想を仮定するだけで,abc型という整数論の難題を導けてしまう点,そして,この定理のX(1)上ではボイタ予想はシュミットの部分空間定理から導ける[7]にもかかわらず,そこから一度プローアップしたX(2)上では,ボイタ予想の中身が格段に深遠になる点である.ブローアップは幾何学的に双有理であり,しかも因子の構造もあまり変わらない.幾何学が整数論を制御する予想であるボイタ予想もブローアップによっては大きくは変わらないと思われているため,この結果は意外である.X(2)上でのボイタ予想は知られていないが,一般の有理曲面上でコルバヤとザニエーの手法[1]に基づいて筆者が限定的には証明しているので[6],この視点からabc予想をみるのは興味深い.上記定理の証明には,単数方程式の解の有限性など,ディオファントス方程式の結果も使われている.

本論文の第三章は2編目の結果で,射影空間上のボイタ予想と数論的力学系の関連を初めて扱ったものである.数論的力学系とは,数体上の代数多様体Xの自己写像φ:X→Xの多重合成φ(n)=φo…oφ}n回の数論的性質を調べる分野である.例えば,軌道

が有限集合であるような有理点Pが(固定された)数体上有限個なのか,などが典型的問題である.第三章の論文の主結果は,軌道の整数点についての次の定理である.

定理.φ:pN→pNをQ上定義できる次数dの射とする.Hを超平面とし,これがX0=0で定義されるようpN上の座標を固定する.P∈pN(Q)に対し,P=[α0:…:αN]となる,公約数を持たないai∈Zを取ることができる.同じようにφ(m)(P)=[a0(m):…:αN(m)]とおく.この時ボイタ予想を仮定すると次が導ける.

(a)di>N+1でかつ(φ(n))*(H)が直交交叉因子になるようなηが存在し,またP∈pN(Q)の軌道のどの無限集合もZariski密ならば,Pの軌道Oφ(P)には有限個の整数点Z(pN\H)しかない.つまり,a0(m)=±1となるmは有限個しかない.

(b)(a)と同じ条件を全てのnが満たすのであれば,軌道の無限集合がZartski密なPに対し,次が成り立つ.

N=1の場合は,ロスの定理を使ってシルバーマンがより弱い条件のもとで証明している[3].ロスの定理の高次元版をボイタ予想と捉えることができるので,上記の定理でボイタ予想を仮定するのは自然である.しかしながらボイタ予想を使う以上,直交交叉の条件を外すことは難しい.また,証明では高さ関数を使って軌道の点の座標の大きさを調べるため,射であるという条件(つまりφ=[Fo:…:FN]とd次斉次多項式で書いた時,fiの共通の零がない)も外せない.このような不完全性はあるが,一般の位置の射は(a)の条件を満たすため,一般の射による軌道には整数点が有限個しかないことが分かる.この論文のなかで具体的な例も扱っている.

第四章が3編目の論文で,ボイタ予想を仮定せずに第三章の類似結果を得られる具体例を考察したグレガー氏との共著である[2].具体的には,射影平面上の単項式写像,つまりφ=[F0:F1:F2]でFiが単項式となっているものを分析した.このような写像は射ではなく有理写像なので,厳密には第三章の論文の具体例ではない.射でない分,必ずしも第三章の主結果の通りにならないが,逆に第三章の結果を有理写像へ拡張する際の土台にもなりうる結果である,

この章は主に3つの結果からなる.φを非斉次化すると,F0/F2=xiyj,F1/F2=xkylとなり(i,j,k,l∈Z),この指数を行列化したA=(ijkl)が重要な役割を果たす.これは,(1,1)でのヤコビアンと捉えることができ,φ(n)を非斉次化し指数を行列化するとAnとなるので,多重合成の性質を司る.ここでの整数点は,Z(P2\(Z=0)),つまりa,b∈Zで[a:b:1]と書ける点とする.A,あるいはφ(n)の指数行列の全ての成分が非負の場合,整数点から始めるとまた整数点に戻ってくるので,軌道の整数点は自動的に無限個となる.第一の結果は,多重合成がこのような「多項式型」になりうる可能性についてである.

P1上の射の場合は,2重合成が多項式にならない限り,n重合成も多項式にならないというシルバーマンの結果があり[3],この定理はこれの射影平面単項式への拡張となっている.上の定理にあげられた回数で初めて多項式となる単項式写像も挙げた.

定理.φがP2上の単項式写像で,φ(n)が多項式となるnが存在するならば最初のこのようなnは1,2,3,4,6,8,12のいずれかである.

次の二つの定理が,第三章の論文の主結果の(a)と(b)にそれぞれ対応する.

定理.φをP2上単項式写像とし,Aをその指数行列とする.φの軌道のうちの少なくとも一つは無限個からなるとする。全ての軌道が有限個しか整数点を含まないのは,次のいずれかの場合である:

(1)Aに実数固有値λ1,λ2〓Qがあり,|λ|1>|λ2|かつ―|λ1|>1かつ(i-λ1)j>0の時.

(2)Aに有理数固有値λ1,λ2があり,|λ1|>|λ2|かつ|λ1|>1かっ(i-λ1)j>0,さらに|λ2|≦1か(i-λ2)j>0のどちらかを満たす時.

(3)Aが対角化不可能で,唯一の固有値λが|λ|>1かつ(i-λ)j>0を満たす時.

(4)m≧1に対し,φ=(x/ym,y),(ym/x,1/y),(x,y/xm),あるいは(1/x,xm/y)の時.

これら以外の(場合例えばAに複素固有値がある場合)では,無限個の整数点を含む軌道が存在する.

定理.φが上記の定理の(1)-(3)に属するとし,P∈P2(Q)\(xyz=0)の軌道が無限集合だとする.φ(n)(P)のx座標とy座標を既約分数で書いた時,Nnを分子の積,Dnを分母の積とする.このとき

が存在し,正の数である.

単項式写像は射でないこと,また(φ(n))*(Z=0)は重複度が高い因子となり直交交叉でないことから,第三章の結果と違い,軌道の整数点の有限性は必ずしも保証されない.また,座標の大きさの比も1に収束するとは限らず,Aの成分とPの座標から容易に計算はできるものの,様々な正の数になり得る.このように,第三章の直接的な例にはならないが,行列の冪乗計算に帰着できることから,力学系的考察ができる.証明には円分体理論や線形代数のペロンの定理なども使われている.

尚,この要旨の詳細,及びネヴァンリンナ理論やボイタ予想の背景を第一章で言及している.

謝辞今回の論文執筆にあたり,主査の野口潤次郎氏には沢山の助言を頂きました.ここに感謝の意を表します.

[1] Pietro Corvaja and Umberto Zannier, A lower bound for the height of a rational function at S-unit points,Monatsh. Math. 144 (2005), no. 3, 203-224.[2] Aryeh Gregor and Yu Yasufuku, Monomial maps on P2 and their arithmetic dynamics, to appear in J.Number Theory.[3] Joseph H. Silverman, Integer points, Diophantine approximation, and iteration of rational maps, Duke Math. J. 71 (1993), no. 3, 793-829.[4] Paul Vojta, Diophantine approximations and value distribution theory, Lecture Notes in Mathematics,vol. 1239, Springer-Verlag, Berlin, 1987.[5] ―, On the ABC conjecture and Diophantine approximation by rational points, Amer. J. Math. 122(2000), no. 4, 843-872.[6] Yu Yasufuku, Integral points and Vojta's conjecture on rational surfaces, to appear in Tran. Amer. Math.Soc.[7]― , Vojta's conjecture on blowupsof Pn, greatest common divisors, and the abc conjecture, Monatsh.Math. 163 (2011), no. 2, 237-247.
審査要旨 要旨を表示する

この論文では、複素解析学の一分野である値分布理論(ネヴァンリンナ理論)に源泉を持つ、ディオファントス幾何の重要な予想のひとつであるヴォイタ予想" に関連する研究が行われている。研究成果として、射影平面のブローアップ上や射影空間上で主に3つの結果が得られている。

第1章では、ネヴァンリンナ理論とヴォイタ予想について論じている。前者に現れる色々な量が、ディオファントス近似・幾何学に現れる諸量とどのように対比・関連付けられヴォイタ予想が定式化されるかが述べられている。その内で、中心的役割を果たすのがネヴァンリンナ理論に於ける第二主要定理と呼ばれる評価式である。この評価式がディオファントス近似論に於けるロスの定理に類似することは、既にC.F. オスグードにより述べられていたところであったが、P. ヴォイタはこれを更に完成させる形でネヴァンリンナ理論の概念と整数論の概念を結びつけるいわば辞書を作り出した。本論文の第1章で詳しく解説しているように、例えば有理型関数は無限個の有理数に、接近関数は局所高さの有限和に、位数関数は高さ関数に対応する。この辞書を使うと、第二主要定理の誤差項を少し弱めたものが丁度ロスの定理に翻訳されることが分かる。そこでP. ヴォイタは、ネヴァンリンナ理論の第二主要定理の一般化・高次元化の試みであるグリフィス予想を、彼の辞書を使ってディオファントス近似に翻訳した。これがヴォイタ予想で、以下に述べる研究成果の動機付けとなっている。

第2章ではある特殊な代数多様体とその上の因子に関するヴォイタ予想がabc 予想のある特別な場合を含むことを示すものである。得られた結果は、

「射影平面上の三角形をD、D の辺上の点で射影平面をブローアップしたものをX(1)、そのときの例外因子をE(1) とする。E(1) のある点でもう一度ブローアップしたものをX(2)、そのときの例外因子をE(2) とする。このときX(2) 上の因子D +E(1)+E(2)に対するヴォイタ予想からa をS-unit、b = 1-a、c = 1 としたときのabc 予想の主張する不等式が導かれる。」

一般にヴォイタ予想は強い予想であり、色々な主張がこの予想から導かれることは知られている。しかし今の場合、ブローアップしたあとの対象物については数論的な情報が崩れてしまい、統制が難しいという現実がある。申請者は特殊な有理曲面の場合のヴォイタ予想を仮定しているが、相当に仮定を弱め、その上でabc 予想の不等式と同じ指数という強い評価を得ている事は特筆に値する。一方、見方によってはこのような単純な多様体についてのヴォイタ予想から、特別な場合とは言えabc 予想が導かれることは興味深い発見である。abc 予想は次の様に述べられる。

「任意のε > 0 に対し、ε > 0 にのみ依存する正定数C(ε) が存在して、a+b = c を満たす互いに素な任意の整数a, b, c ∈ Z に対してmax{|a|,|b|,|c|} < C(ε)・(Πp|abc p)1+εが成立する。但しp は素数とする。」

abc 予想は現状において一般的状況下では、予想されている評価の、指数的オーダーの評価という弱い部分的結果しか得られていない。

第3章と第4章では算術的(或いは数論的)力学系(Arithmetic Dynamics) の問題を扱っている。まず第3章では、J. シルバーマン等によって考察されたP1 上の限定的な結果を、一般次元の場合に拡張するにはどのような十分条件を設定すれば良いのかを問う一つの考察が行われている。代数多様体の自己写像φ のn(2 N) 回反復合成φ(n) により反復力学系が定義され、それによる有理点の軌道を調べる。無限個のn について、φ(n) による超平面因子の引き戻しが正規交叉となり、ある有理点軌道の任意の無限部分集合がザリスキー稠密、つまり代数退化する無限部分集合が存在しないという非退化条件の下で、更にヴォイタ予想を仮定するとき、軌道座標のある比の極限が値1 を持つことを示した。

代数多様体上の自己写像の反復合成により生成される力学系という、算術的(数論的)幾何学の興味深い対象と、一見それと離れて見えるヴォイタ予想との関係を調べるということが新しく提起された視点である。J. シルバーマンは、彼の定理を得るのにディオファントス近似の古典的結果であるロスの定理に依った。申請者は、この部分をヴォイタ予想に置き換えて高次元化を計ったことになる。代数多様体上の自己写像の合成を考察することは、多くの数論的な問題を統一的に包括するばかりでなく、多方面への関連する研究を促すものである。本結果は、ヴォイタ予想を仮定するものながら、これからの数論の新しい方向性を期待させるものである。

第4章では第3章の主結果において仮定したヴォイタ予想を仮定することなく、ある具体的な特別な場合に対応する結果を証明したものが主定理である。このような具体例は他になく、得られた二つの定理は簡潔で美しくまとまっている。

補足ながら、申請者の過去のブラウン大学でのPhD 論文との重複がないことも確認した。

以上要するに、本論文では算術的(数論的)幾何学の重要な未解決問題であるヴォイタ予想に関連して、色々な方向から考察を加え興味深い結果を導いている。よって、論文提出者安福 悠は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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